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魔法少女の瞳に映る未来  作者: 宿木ミル
第一章 舞台が幕を開ける時、魔法少女は新しい世界を見る
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第7話 青春の色を知れば

 花吹雪町で活動することになった私とオルクス・アイ。

 魔法少女のアニメ制作についても頭に入れての作業にはなるけれども、当然魔法少女としての活動の手を抜くつもりはない。

 危険を未然に防いだりするのは魔法少女の義務でもある、と考えているからだ。

 花吹雪町の中央通り。魔力探知を行いながら、歩いていく。


「用心してますねぇ」


 小さくあくびをしながら、オルクス・アイがそう言葉にする。

 警戒を深める私に対して、彼女はかなりマイペースな様子だ。気にはなるけれども、特別咎めるつもりはない。


「やるべきことはやっておきたい主義だから」

「いつも気を張っていると、疲れません?」

「否定はしないよ。でも、これは性分みたいなものだし、仕方がないと割り切ってほしいな」

「はいはい」


 こういう時に活動的になるのは、何も考えない時間よりも、行動している時間の方が気が楽という状態なのも大きい。

 ぼんやりしているとどうしても後ろ向きになりがちなのだ。


「……魔力感知は異常なし。今、この瞬間は少なくとも異変がないと思う」

「根拠はありますか?」

「長年のカン」


 魔物関連のトラブルの影には魔力反応があることが基本だ。

 負の感情によって現れる魔物も現在は数を減らしているのもあって、安全な状況と言えるだろう。


「では、なにか厄介ごとがあったりとかは?」

「見たところ今は特にピリピリしてる人もいないし、平和と言えるね。もしトラブルがあったら手助けするけど……」


 花吹雪町の人々の生活はパトロールしている限りでは特に問題なく暮らしている印象だ。

 のどかな時間を過ごしている人々を見ていると安心感を覚えるくらいだ。


「なるほど、伊達に魔法少女してないと」

「いざという時の為に私がいるからね」

「へぇ、正義の魔法少女っぽいです」

「貴女だってそうでしょ」

「わたしはほどほどに魔法少女したいもので」

「ほどほど……」


 私も全力で魔法少女をしたいというわけでもない。

 どちらかというと、魔法少女を遂行しないといけないと思いがちな部分あるのが大きい。

 だからこそ、彼女のスタンスも否定はしないし、悪くないと思う。


「未来さんもリラックスするのはどうでしょう」

「ほどほどに魔法少女をするべきと?」

「そうですね。純粋に未来さんの素顔の目が気になりますので」

「わかりやすい」

「視線を観察するのは楽しいものですから」


 ふふっと笑いながら、彼女が少し先に歩いていく。そして、目の前にあるお店を見つけると立ち止まった。


「気分転換しましょう」


 突然の提案。

 それに対して、私は困惑する。


「いきなりじゃない?」

「甘味を味わうのは少女の嗜みですから」


 そう言って私の視線を誘導してきたので、看板を確認する。

 どうやらチュロスのお店みたいだ。甘い砂糖の香りが漂ってくる。

 なかなか美味しそうだ。


「……少女、ねぇ」

「まさか、魔法少女なのに少女であることを否定するんですか?」

「魔法少女ではあるけど……うーん」


 素直に受け入れられないのはなんでだろうか。

 俗に言う肉体年齢的なものは少女的だろう。外から見ても違和感はない。

 とはいえ、私は瞳と肩を並べていた時期から10年は経過している。少女としてのメンタルを持っているかはちょっと怪しい。

 むしろ、アダルトチルドレンというべきなのではないか……

 そんなことを考えている間に、オルクス・アイはチュロスを買っていた。


「4本。それぞれ別の味でお願いします」

「はいよ、毎度ありっ」


 その行動速度はさっきまで怠惰な態度をとっていた彼女とは思えない。

 会計を済ましたのち、オルクス・アイは私にチュロスをふたつ手渡してきた。


「イチゴ味とチョコレート味です、どうぞ」

「あ、ありがとう」


 お店の外に置かれているベンチに隣り合って座り、チュロスを見つめる。


「……ひとりでふたつ食べるのはちょっと初めての体験かも」


 なかなかの長さのチュロスがふたつ。

 ちょっと食べきるのは大変かもしれない。


「あら、それはいいですね、ラッキーです」

「そう?」

「えぇ、ちょっとばかりは印象を強く残せそうなので」


 そう言いながら、彼女もチュロスに注目する。私と違うチュロスの味なのもあってか、色合いがちょっと違う。


「印象を残して、なにかしたいの?」

「そうですねぇ、単純な話、私だけに向ける視線に興味があるんです」

「なにそれっ」


 まるで特別な関係の人同士みたいな言い分に笑ってしまう。


「そうです、その表情。呆れたような面白いと興味を持ったような眼」

「随分特殊な趣味」

「えぇ、えぇ、自覚はしてます」


 笑顔で受け入れるオルクス・アイ。

 なかなか大胆な一面があるなと思いながら、チュロスを食べる。

 まずはイチゴの味から……


 一口、味わう。

 甘い食感が来ると思ったのは一瞬。やってきたのはすっぱさだった。

 なるほど、こっちのタイプのイチゴだったか。


「……意外とすっぱいね、これ」

「一瞬目を瞑りましたね?」

「不審」

「ふふふ」


 なにか行動を起こす度に見られているのではないだろうか。

 それくらい、私に注目している。


「そっちもチュロス食べれば?」

「はい、いただきますよ」


 もぐっと食事をとる彼女。

 プレーン味だろうか。食べる時は優雅な印象を感じさせる。


「やはり美味しいですね、ここのチュロスは」

「食べたことあるんだ」

「はい、なかなか好きな味なので気に入ってます」

「なるほど……」


 私が活動していた時期にはできてなかったお店だ。店員さんも見たことがない。

 こっちで活動している時間が長いであろうオルクス・アイとは土地勘の差を感じさせる。


「この様子だとチョコレートは結構独特な感じになってそう」


 次にチョコレートのチュロスを味わう。

 口にした瞬間、広がったのは濃厚な甘さ。

 しっとりした味わいが心地よさを感じさせる。


「うん、文句のない美味しさ」

「オーバーリアクションはしないのですね、残念です」

「そこまで食通じゃないからね」


 しゅんとするオルクス・アイ。とはいえ、美味しく食べていることには嬉しく思っているのか、チュロスを食べる手は進んでいた。


「でも、なんでこういう休憩を?」

「未来さんの目を輝かせてみたいから……なんて言ったらどうします?」

「それはなかなかレベルが高いと思うって返す」

「あら」


 何故だか返答したら笑いだした彼女。

 なにが変だったのだろうか。


「確かに、笑顔満点なんてことはなかったですが、悪くない表情はしてましたよ?」

「まさか、本当に?」

「青春を謳歌している女子高生のような顔でした」

「嘘くさい」

「さて、どうでしょう」


 くすくすと笑う彼女はからかっているようにも、本音を言っているように見える。

 些細な私の表情の変化なんて自分には正直わからない。

 だけれども、表情が緩くなっていたのならば、それは珍しいことだと思う。


「……仮の話をするけど」

「なんでしょうか?」

「瞳が今の私を見ているとしてさ、ふと笑ってたりしたらどう思うかな」

「そうですねぇ……」


 かなりの時間が経過したのちに、日常を謳歌している時間。

 彼女が去った後に、私だけが楽しんでいるという事実。

 ……どういう風に思われるのか、ちょっとだけ不安になる。

 そんな私の問いかけに対して、アイは考えたのち、答えた。


「わたしは瞳さんではないですし、同じような立場ではないのでわかりませんが、多分未来さんが笑っているのなら……」


 少しの間をあけて、言葉にする。


「きっと、安心したり、素敵だとか思ったりするのかもしれませんね」

「……そっか」


 その一言を受け止めて、目を瞑る。

 私が元気にしているのなら、ほっとする。よかったと思ってくれる。

 その考え方はいいと思う。なんていうか、前向きでいい。


「今の眼」

「……今までの中で今日のどの眼よりよかったとかいうつもり?」

「えぇ、そうですね。なかなか見れるものではない、良質なものでした」


 はっきりそう言葉にするオルクス・アイ。

 不思議に感じる部分もあるものの、彼女も誰かを笑顔にする魔法少女としてしっかりしているのかもしれない。

 ……私も、距離感を縮めてアイ、と気軽に呼んだりしてもいいかもしれない。

 優雅にチュロスを食べる姿を見つめながらそう思う。


 彼女も彼女なりに、私のパートナーとして優しくしてくれている。

 魔法少女として活動している。

 そんな彼女に対して、警戒し続けるのもよくないだろう。


「ありがとね、アイ」

「あら? 未来さんが気軽に名前で呼んでくれるなんて、どういう心境の変化ですか?」

「ぱ、パートナーだからね。もっとこう……親近感を大切にした方がいいかなって」

「なるほど……わかりました。わたしも嬉しいですよ、未来さんに名前で呼んでもらえるのは」

「どういたしまして」


 食事を通じて仲が深まるというのは魔法少女らしい展開だ。

 こういう出来事を繰り返せばきっと、アニメーションの手伝いも捗るのかもしれない。


「ふふっ、満足させられますよ? 美味しいものはもっとありますので」

「いや、流石に食べすぎるのはよくない気がするけど……」

「そうですか? わたしはまだまだいけますよ」

「……意外と食いしん坊?」

「グルメなんですよ、わたしは」


 さて、この先どうしようか。

 食べ終わった包み紙をゴミ箱に捨てた時だった。


「た、たたっ、助けてぇ!」

「だーかーら言ったじゃないですか、不審なアイテムは使わない方がいいって」

「そうだとしても! この状況は、まずい、誰か、この子を止めてぇー!」


 騒々しい声と共に、よくわからない……牛のような物体に追われている少女ふたりが道を爆走していた。

 駆ける牛のような物体。それを全力で走って追うふたりの少女。なんともアニメっぽい光景だ。

 ちょうど、私たちの方へ向かってきている。


「あら、愉快なことになりそうですね」

「助けよう、困ってるみたいだし」

「わかりました」


 人助けだって、魔法少女の役割だ。

 糖分はしっかり蓄えられた。気合も十分。きっといつも以上に頑張れるはずだ。

 怪しげな牛のような物質に向かって私たちは走ることにした。

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