第62話 約束は日常と共に
白い世界から抜け出した先、花吹雪町の空。
飛行姿勢に切り替え、通り抜けた世界の出口を見つけようとする。しかし、その出口は私が振り向いた時にはもうなくなっていた。
上空を覆っていた巨大な空間の裂け目も消滅していた。
「『破滅の日』は、終息したのかな」
周囲の魔力を探って状況を確認する。
魔物の気配は感じられない。負の感情が集まっているような感覚も受けない。
戦闘している様子もない、となると今回の戦いは勝利に終わったと考えていいだろう。
「よかった」
胸をなでおろし、少しずつ降下していく。
現在時刻はどれくらいなのだろうか。もし、時間が過ぎ去っていたら心配だ。
そう思いながら、地面に足を付けられるように降りていく。
「それにしても、みんな、どこだろう」
静かな花吹雪町にひとり、降り立つ。
魔法少女を除く、一杯市民はみんな避難していたのもあって人影は見えない。
ゆっくりと町を歩いていても、誰も見つからない。
魔力を感知してみても、反応がない。
「そうだ、魔法端末使えば……」
現在時刻を確認できるはず。
そう思って、魔法端末を開く。
「日は跨いでない」
作戦実行日、そのままの時間だ。
それについては問題ない。
しかし。
「時刻……お昼、過ぎてる……」
お昼時を通り越して、もはやおやつ時だ。
つまり、時間は十五時。そのことを実感した瞬間、私もお腹が空いてきた。
「どうしよう、アイが怒ってるかも!」
急いで合流しないといけない。
そう思って魔力探知をさらに強める。
しかし、相変わらず魔力の反応がない。
クオリアや他の友達の魔力を辿ってみても、見つからない。
「これは、いったい……?」
家に戻るべきなのだろうか。
それとも、みんなはまだここにいるのだろうか。
考える。……わからない。
でも、約束はしたのは確かだ。
私にはそれなりに高いお店で奢る義務がある。
今、この町で奢るのは状況的に難しいけれど、アイには会っておきたい。
そう思いながら、急ぎ移動する。
しばらく移動して、到達したのは中央公園だった。
「見つからない……」
もしかして、みんなに不安を与えてしまったのだろうか。
そう思いながら、中央公園に足を踏み入れる。
誰もいない中央公園。静かな空間。
ベンチに座り込み、考えこもうとした時だった。
「イッツ、ショータイム!」
高らかな声。
そして、指を鳴らす音が聞こえてきた。
ショータイム。その掛け声を言う友達はあのふたりだ。
「レガ、クミ……!」
派手な花火を展開して、ふたりの魔法少女が私の前に現れて、頭を下げる。
笑顔を見せる、ふたりはまるで私を待っていたと言わんばかりに嬉しそうな表情をしていた。
「英雄の帰還、ファンファーレ」
「出迎えるのは、今の未来さんのパートナー、オルクス・アイ!」
紙吹雪が展開されて、その中から、ゆらりとアイが現れて私の目の前までやってきた。
さっきまで見えなかったのは、魔力を使って存在を隠していたからだろう。
私が座っているベンチの前まで来て、私に手を差し伸べながら彼女が口にする。
「一緒に歩きましょう、未来」
「どこまで?」
「ふふっ、今日のお楽しみの場所まで、です」
「わかった」
立ち上がり、アイの手を取り、少しずつ移動する。
彼女も嬉しそうに微笑を浮かべている。
少なくとも、怒っているようには見えない。
それでも、謝ってはおきたかった。
「ねぇ、アイ」
「なんですか?」
「……その、帰ってくるのが遅くなってごめん」
「お昼に間に合わなかったことに対しての謝罪ですか?」
「うん。もし不安にさせてたら悪かったって思って」
「……別に、そこまで気にしていませんよ。ただ、強いて言うなら……」
アイは自身のお腹を押さえながら、苦笑して言葉にする。
「お腹が空きました」
「……もしかして、食べてないの?」
「えぇ、今日は帰ってこなければお昼抜くつもりでしたし」
「それは悪いことしたかも……」
「いいえ、無事に帰ってきたなら、それでいいんです。これからいっぱい食べますし」
「どういうこと?」
「こういうことです、クオリアさん」
中央公園の広間に私を案内したアイが、クオリアを呼んだかと思うと、なにもなかった空間から様々なものが増えていった。
「荷物はもう運んである。問題ないな」
クオリアの周辺も魔力で物が隠されていた。
テーブル、椅子、バーベキューコンロ、野菜にお肉……
中央広場には、ちょっとしたバーベキュー会場が開けそうなセットが展開された。
「え、まさか、バーベキューするつもりだったの!?」
「そうです、バーベキューするつもりでした。経費は未来負担で」
「私負担なんだ、お金」
「そ、その、『破滅の日』を終息させたことによる謝礼金は魔法少女の協会の方と相談しますので、大丈夫です!」
「かなた!」
遠くで機材の準備をしていたかなたが私に話しかけてくる。
魔法少女としては現実的すぎる話ではあるものの、色々掛け合ってくれるのはありがたい。
「だから、まぁ、収支的にはマイナスにはならないとは思うよ。……こういう場で現実的な話はあんまするべきじゃないし、どんちゃん騒ぎしたいけどね、あたしは」
「かがみも……もしかして、みんないるの?」
「当然。遠くでは音楽得意なふたりがバックミュージックを用意しているよ」
音響道具を調整しているシャンテとカランドのふたりが遠くから手を振ってきて、私も手を振り返す。
友達がみんな集まっているバーベキューの空間。
優しい雰囲気が周囲を包みこんでいた。
「みんなで、食べよっ! お腹空いてきた!」
レガが走ってきて、箸を掴む。
「ジュースも万端、美味しいものもいっぱい」
クミもそれぞれのジュースを用意する。
オレンジジュースが紙コップに注がれていき、手渡されていく。
「肉を食べれば元気になる。それは真理だよね! ボクも今日はがっつり食べるよ!」
「バーベキュー、友達と一緒に食べるのなんて初めてだから、楽しみ……!」
音響準備が終わったシャンテとカランドもやってくる。
それぞれが期待に満ち溢れた表情。
平和な瞬間。
「こうして、未来さんが戻ってきてよかったです」
「お腹は空いてるけど、未来の無事がわかったから気にならなかったよ。本当によかったな!」
私を信じてくれた人がいる。
みんな、待っていてくれていた。
温かいみんなの声に、頬が緩む。
「未来、おかえりなさい。今のパートナーとして、帰ってきてくれて、とても安心しました」
優しい笑顔を見せるアイ。
何気ない日常に戻ることができた。
戦いから戻ってこれたという実感を感じながら、私はみんなに改めて挨拶した。
「みんな、ただいま! ちゃんと、世界を救ってきたよ!」
積もる話もいっぱい話そう。
そう思いながら、めいいっぱいの笑顔を見せる。
「未来さん、号令お願いしていい?」
「乾杯の合図、お願い」
「わかった」
それぞれが紙コップを持ったことを確認して、小さく息を吸い込む。そして言葉にする。
「無事に、みんなで『破滅の日』を終息させられたことを祝って、乾杯!」
「乾杯!」
それぞれの声が響いていく。
そうして、私たちは平和な日を、バーベキューを楽しむことになった。
それぞれのバーベキューコンロに火が付き、その上に様々な具材が焼かれていく。
お肉に野菜、キノコなど多種多様なものが用意されている。
調味料の味付け用のお皿もばっちり用意されている。
「……それにしても、急だよね」
「なにがですか?」
「いや、バーベキューすることになったの」
肉が焼きあがるのをじっくり待ちながらアイと会話をする。
まだ驚きを感じている私に対して、アイはけろりとした態度で話していた。
「絶対に帰ってくると信じていましたので」
「トラブルで戻ってこれなくなるとか考えなかったの?」
「帰ってくる時間が遅くなるのまでは想定済みでした。ですので、戦闘終了後は比較的のんびりとバーベキュー準備をしていました」
「……みんなに声をかけて?」
「そうですね。クオリアとはこっそり話を付けていましたので、機材や具材の準備はすぐできました。当然、友人の魔法少女は巻き込む予定でしたし、食料は大漁にありますよ」
「随分大がかりな計画……」
「食事はいついかなる時も大切ですから」
お肉が焼きあがったのを確認して、箸でしっかり焼き目がついた肉をタレに付けて味わう。
炭焼きのサクッとした味わい、そして油がしっかりしたたる肉の味わいが生きているという実感を感じさせる。
「美味しい」
「ふふっ、野菜もいっぱいありますよ」
焼きあがった玉ねぎを味わってみるとほのかな甘みが口に広がって美味しさを感じ、ニンジンはこってりとした噛み応えを楽しませてくれた。
戦いを終えた身体の疲れが取れていくようだ。
少し遠くではレガとクミのふたりが肉を取り合ってはしゃいでいる。
のんびりと食事を味わうかがみとかなた。
シャンテが肉の上にとろけるチーズをまぶして、カランドに困惑されていたりと、様々な情景が見える。
みんなの様子を見守っていると、クオリアが私の隣に移動してきた。
彼女も美味しそうにお肉を味わっている。
「そういえば、クオリアさ」
「なんだ?」
「空間の裂け目の内部まで魔力を伝わせるの、どうやってたの?」
クオリアとアイが魔力を通じて声を届けてくれたから、私は戦うことができた。
私の疑問に対して、クオリアは少し気恥ずかしそうに顔を背けながら、言葉にした。
「知識として『破滅の日』の内部を知っていたから、届かせることができた、というのも事実ではある。だが、それ以上に……」
小さく笑い、クオリアが言葉にする。
「……必死に、願ってたんだ」
「願った?」
「あぁ、戦ってる未来に、想いを伝えたかった。その気持ちが強い」
静かに、語るクオリア。
その表情には暖かい眼差しがあった。
「この世界は確かに悲しい出来事も多いかもしれない。時に傷つけあうこともあるだろう。それでも、生きていればきっと、助けてくれる人がいる。それを伝えたかった」
「そっか」
「そのことを教えてくれたのは他でもない未来だ。だから、私にできることをやって、みんなの声を届けたんだ」
「……ありがとう、クオリア」
「こっちこそ。未来に出会えたからこそ、この世界を守る手助けができたし、守りたいと思えるきっかけを得ることができた。感謝してもし足りない」
お互いに感謝を伝える。
そんな私とクオリアの間にアイが挟まる。
「魔力を集中させて、途切れないように全力を出してました。これでもわたしも、クオリアと一緒に魔力を束ねてたんですよ?」
「こうして前向きになれたのはアイのお陰だから、アイにもお礼を言わないとね。いつもありがとう」
「ふふっ、どういたしまして。これからも楽しい日々を過ごしていきましょうね」
全ての出来事が繋がっている。
アイに出会って、日常を知ることができたから前向きになれた。クオリアに日常の楽しさを教えることができた。
「未来さん、こっちのお肉も美味しいよ!」
「ちょっと高価みたいです。食べないと損ですよ」
「うん、いま行くね!」
レガとクミのふたりと解決した事件も今ではいい思い出だ。
この場にいないイヴィルもきっと今は、別の場所でほっと一息ついているだろう。
更生することができている彼にも今度何か渡しておいていいかもしれない。
「お肉もーらいっ」
「あぁ、私が焼いてたやつ! ……うぅ、大人げないです、師匠!」
「ふふん、感性はいつまでも子供っぽくいたいからねっ。次のやつの焼き加減いい感じに見るから許してね!」
私が移動した先、焼きあがった肉をひょいっと箸で掴み味わうカランド。テンポよく肉を焼いているあたりリズム感もなんだか感じさせられる。
師匠であるカランドに振り回されているシャンテだったけれど、私の姿を見て、明るい表情を見せながら歩いてきた。
「あっ、未来! 音楽役に立ってた?」
「うん、とっても活躍してくれた」
「よかったぁ、渡して正解だった」
「ふたりで考えた判断は完璧だったね!」
「そうですねっ」
頷き合うふたり。
師匠と弟子という間柄ではあるものの、心が通じ合っているのを感じる。
「この世界との繋がりを用意してくれたから無事に戻れたっていうところもあるから、いいオープニングを作ってよかったって本当に思う」
「もっと作曲してみるのもいいかもね! プロデュースするよ!」
「未来、あたしともっと音楽やってみよう」
「今度行う時は、アイやクオリアも誘って曲を作ってみたいかも」
「楽しそう……! その時は一緒に頑張ろうっ」
「うんっ」
いい感じに話がまとまり、別の場所に移動する。
次の場所はかがみとかなたのいるところだ。
「未来さん」
「花吹雪町では色々あったけど、これでひとつの物語に纏まりそうかな」
「そうだな。まさか、『破滅の日』が再来するなんて思わなかったが……無事に解決したし、お話にできそうだ」
「今回の出来事もをアニメにしてもいいんですか?」
「構わないよ。また、後で遭遇した出来事を纏めてメモにして送るよ」
「ありがとうございます……! 素敵な物語を届けられるようにします!」
かがみとかなたのふたりが教えてくれた『魔法少女ひとみ・アイゼン』の十周年企画。続編のアニメ化。
そのアニメの題材にできそうな出来事を書き記していく中で、少しずつ成長することもできた。
みんなのお陰で、今の私がいる。
「そういえば、『みらい・アイゼン』の最初の話はそろそろ放送されるのは知ってますか?」
「え、もうできるの?」
「はい、元々完全パッケージではなく放送するつもりでしたので」
「……それ、最終話とかどうするつもりだったの?」
「ふふっ、未来さんを信じていますので」
「いい話のタネはあるから、提出できるけど……」
「どんなタネだ?」
「それは……」
すぐに言おうとして、あえて言葉を紡ぐ。
そのことはまだ、彼女とこの世界で再開してから言っておきたい。
「今はまだ内緒。ちょっと賛否両論にはなっちゃうかもだけど、それでもいい結末になるはずだって信じてるから、期待してね」
「ふふっ、わかりました。ですが、遅くはならないでくださいね。スタッフさんも困ってしまうので」
「プレッシャー重いかも」
「気にするな。未来は未来の思うように行動したんだろ? なら、それを言葉にすればいいだけさ」
「……わかった。私なりに纏めてみるよ」
どうやってこちらからアニメが放送される日を伝えればいいか、正直にわからない。
だけれども、瞳ならきっと気合で探し出してくるだろう。なんだかそんな感じがする。
「アニメの放送日は来月の頭の夕方です。リアタイしますよね?」
「当然、関わってるから見るに決まってる」
「気合を感じるな」
「私たちの物語だからね」
ひとりで作り上げたものではない。
それぞれが力を合わせて、日常を楽しんで形成された物語だ。
だからこそ、しっかり見つめていきたい。
「じゃあ、私はアイのところに戻るね」
「はい、まだまだ楽しんでくださいね」
会話を終え、アイの元に移動する私。
そんな時、ふと公園に立ち寄る人影が見えた。
誰かと一瞬思ったが、顔を見た瞬間、すぐに相手が誰だかわかった。
「えっ、ルイン?」
対峙していた時の仰々しさはなく、私服の姿だ。
戦闘中は気にしていなかったものの、白い髪も相まってなんだか斬新だ。
「激闘を繰り広げた日のお昼にバーベキューなんて笑えるわね?」
「何をしに来たの……?」
「それはまぁ、お昼を食べに来たに決まってるでしょう」
悪びれもなくハッキリとそう言葉にする彼女。
その意思には迷いがない。
「ふてぶてしい」
「美味しいものを食べたりしてみろって言ったのは未来が先よ。だからそれを実践しに来たってわけ」
「そっか。なら、一緒にいこっか」
彼女をアイの元に案内する。
「怪しまないの?」
「あの戦いで色々吐き出したでしょ? もう疑う要素はないよ」
「そもそも受け入れてくれると思ってる?」
「危害を加えるつもりもないなら平気。みんな優しいし」
「……はぁ、本当に毒気が抜かれる」
「私としては生きるっていうのもそんなに悪くないっていうのを知ってもらえたらいいけど」
「はいはい、善処するわよ」
ルインを案内して、アイの元へとたどり着く。
「まさか未来が知らない人を連れてくるなんて、想像もしてませんでした。成長してますね?」
アイは私の姿を発見すると、少し意地悪っぽくそう言葉にした。
「……ねぇ、あなたのパートナーって性格悪い?」
「いや、牽制してるだけだと思うよ?」
仲介になる必要はあるだろう。
そう思い、彼女のことを紹介する。
「彼女はルイン、お腹が空いてやってきた人」
「なるほど、肉に釣られましたか」
「否定できないのが悔しいわね……」
ぐぬぬ、と悔しそうにするルイン。
なんだか人間味を感じるその仕草にほっこりする。
ルインの様子を伺いながらも、アイはすぐさま肉を用意してルインに手渡した。
「食べてみてください、美味しいですよ」
「……いただきます」
ルインが食事を取る。
お肉を食べた瞬間、彼女の表情に笑みがこぼれた。
「口いっぱいに幸福感が溢れるわね……不思議な感覚だわ」
「おかわりもまだまだありますので、一緒に楽しみます?」
「……えぇ、そうね? まぁ、楽しむのも悪くはないと思うわ」
「わかりました、ではルインさんをお借りします」
「行ってらっしゃい」
「ちょ、ちょっと? 私は一緒するとは言ってないわよ?」
「ふふっ、どうやって未来と知り合ったかとか教えてもらわないと」
「な、なにその目? 独占欲でもあるの?」
「内緒ですっ」
気が付いたころに、ルインはアイに連れ去られてしまった。
好奇心を示してくれる相手と行動するのは楽しいのだろう。
「……これからもこういう日々が続いていくんだろうな」
楽しそうにはしゃぐみんなの姿。
賑やかなひとときもあれば、真剣に悩む瞬間もある。
なにげない日常が続いていき、交友も深まっていく。
それはこれからも変わらない。きっと。
「よし、まだまだ頑張らないと!」
明るい日々を守り、みんなの笑顔を増やす魔法少女。
そんな存在として生きていけるように、これからも私なりに動いていこう。
快晴の空。太陽が見守る中行われるバーベキューはみんなの笑顔を彩ってくれた。




