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魔法少女の瞳に映る未来  作者: 宿木ミル
第三章 幾星霜のクオリア、願いを紡ぐ未来
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第60話 世界と自分に問いかける

 赤い世界をひとりで歩く。

 ルインが守っていた『破滅の日』の核はそこまで遠い位置にあるわけではない。

 戦場となっていた場所から少し離れた位置にその核は存在していた。

 赤と黒の魔力が収束する魔力の核。そこから感じる魔力は暖かさを感じるようなものではなかった。薄暗い、負の感情が混ざったような冷たさを感じさせられる。

 球体のような形をしている核は宙に浮かび、静かに鼓動を繰り返す。まるで、生きているかのように。


「これを壊せば……」


 今回の『破滅の日』を終息させることができる。

 そう信じて、私は自身の魔力を核に向けて放つ。

 しかし、その魔力は核に届くことなく消えてしまった。

 距離を取って浄化を行うというのはなかなかに困難そうだ。


「直接触れて浄化するしかないのかな」


 手を伸ばして、核に触れる。

 その瞬間だった。

 核全体から赤黒い魔力が発せられる。

 その魔力が渦となり、私の周囲を多い、呑み込もうとしてきた。


「防衛本能……!?」


 私も魔力を展開して、核の魔力を防ごうとする。

 しかし、膨大な魔力が押し寄せてくる中、私ひとりの魔力で補うのには限界があり、赤黒い魔力の渦に包まれてしまった。





 暗い視界の中、目を開ける。

 命に別状はない。

 魔力が悪い影響を受けていることもなさそうだ。身体も問題なく動く。支障はない。

 しかし、ひとつ気が付いたことがある。


「外との魔力の流れが完全に途絶えた……?」


 ルインとの戦闘中に届いた外のみんなとの魔力を感じることができない。

 当然のように魔法端末も繋がらない。

 完全に孤立した状態だ。


「ここは、いったい……」


 先ほどまで目の前にあった『破滅の日』の核も見当たらない。

 ただ、存在するのは赤く染まった世界。

 違うのは、薄暗い雰囲気に包まれていること。

 気持ちを沈めてくるような、重い空気が空間全体から感じさせられる。


「とにかく、核を破壊しないと」


 足を進めて、行動を起こそうとした瞬間だった。


『何故、お前は絶望に抗う?』


 不定形な人型をした存在の手に足を掴まれた。

 地面から這いずりながらも、うめき声と共に問いかける不定形な存在。

 それは負の感情が形として顕現しているものだった。

 ……つまり、私が打ち倒すべき魔物だ。


「それだけが全てじゃないって思うから」


 私の身体から魔力を解き放ち、魔物を浄化する。

 ここで足を止めるわけにはいかない。

 一歩ずつ、進んでいく。


『期待されても失敗したら意味がない。役立たずだって言われるだけだろうに』


 再び聞こえる声。

 それは、特別な絶望などではない。

 繰り返す日常の中で嘆きを発したような些細なものも含まれている。


「失敗したとしても、支えてくれる人はいるはずだよ」

『それは綺麗事だろう? 人は生きている限り孤独だ』

「……完全な孤独なんて、きっとないと思う」


 静かに、それでも確実に前に進んでいく。

 向かってくる魔物には強い心で対抗する。

 この世界はそんなに悪いものではないと。


『世界はそう明るいものではない。悪事を行うような存在もいれば、罵詈雑言をぶつけるような奴もいる。そんな世界を救う価値はあるのか?』

「だからといって、全てが悪いというわけではない」


 まとわりつく魔力を払い、ただ前に。

 立ち止まるわけにはいかない。

 私は、託されたのだから。


『世界の破滅を望んでいる人もいるはずだ』

「……私は滅んでほしくない」

『不幸を望んでいる奴もいるだろう』

「私は、幸福を祈りたい」

『傲慢だ、実に傲慢だ。魔法少女ひとりが抗い、世界の意思を覆せるとでも思っているのか?』

「その為に私はいる」

『そうか……なら』


 まとわりついた魔力が離れていき、目の前で大きな影となる。

 負の感情でできた人型の存在。その全身からは薄暗い魔力が感じられる。


『我々は世界の意志』

『人々の感情の塊』

『何度打ち消しても消えぬ絶望を導くもの』

『そして、ここは負の感情の坩堝』

『お前は逃れることはできない』

『負の感情に呑まれて死ぬ定めにある』

『さぁ、ここで朽ち果てるがいい!』


 繰り返し聞こえる声は何重にも響く。

 まるで、空間全体から声が響いているようだ。

 不安を感じる不協和音を感じさせるような、不安を煽る音。

 そして、大きな影の魔物。

 それでも私は恐れを感じることはなかった。


「どんな攻撃も、届かないよ」

『減らず口を……!』


 振り下ろされる影の魔物の巨大な拳。

 しかし、その一撃は私に当たることがなく身体をすり抜けた。


「だって、形がないから」


 不安を掻き立てる魔力は空間全体に広まっている。

 魔物の拳が身体をすり抜けた時も、悪寒は走っていた。それでも攻撃にならない理由。

 ……それは、この空間は人の心を折ることによって、侵入者を取り込む仕組みになっているから。私はそう判断した。


「ルインは直接、私に問いかけてきた。世界を救う意味があるのかって。直接、彼女の意志で話したんだ。代行者として。でも、お前たちは違う」

『何が違うと?』

「……人々の意思がそれを望んでいると、勝手に思い込んでいる。ひとつの視野だけを見て、それが真実だと思いこまされているだけなんだ」

『何が言いたい……!』

「世界は、まだ絶望していない」

『黙れ!』


 繰り返し行われる影の魔物の攻撃。

 それらは全て私に届かない。

 負の感情が魔力としてぶつけられるのなら、私は明るい感情で対抗する。それだけだ。


「自分の足で世界を歩いて、目で知らないものを見る。それで、変わる世界もあるから」

『くだらぬことを!』

「なにもできないって考えてたことはあった。ひとり生きている世界に意味があるかって悩んでた時期もあった。でも……」


 魔力を展開して、影の魔物に解き放つ。

 負の感情に立ち向かう為に。


「それでも、この世界を今は好きだって言える。だから、世界を守るんだ!」


 私と友達になってくれた存在の為に。

 憧れてくれた人たちの為に。

 そして、かつて一緒にいたパートナーとの約束を果たす為に。

 私は、私の意思で世界を救う。

 魔力を込めた一撃は、影の魔物に直撃し、その姿が薄れていく。


『わ、我々は、世界の意志! 絶望は人々の心からは決して離れない!』

「……そうだとしても、人は生きていくよ。他の人と支え合って」

『わ、我々は、我々は……世界の人々の意思を……! 絶望を形にしている魔物……!』

「まったく、往生際が悪いわね。負の意志の集合体」

「ルイン!?」


 静かに空間の空から降りてきたルインが呆れた様子で現れる。


『だ、代行者様……!』

「お前たちの意志は私が取り込む。だから安心して人類のことを見ていればいい」

『あ、あぁ……!』


 消滅をしていた影の魔物は気が付いたころにはルインの魔力として取り込まれていった。

 その後、彼女は私の方を振り向いて、静かに告げた。


「焦ってたからつい、やってきちゃったわ」

「『破滅の日』の核に取り込まれたことに?」

「そうね、防衛本能があることを伝えそびれていた」


 彼女はこの空間の仕組みを知っているからか、ここにやってくるのは簡単そうな様子だった。


「けど、安心したわ。貴女が強くて。もし撃ち負けてたら笑って放置してたかも」

「……みんなの意思を背負ってるからね。そうそう負けないよ」

「そう言うと思った。なら、最後の役割も果たせそうかしら?」

「核を破壊すること?」

「そうね、『破滅の日』の本当の核はここにある」


 ルインが手を伸ばした先。

 そこには水晶のような物質が宙に浮かんでいた。

 両手の掌で持てるくらいの大きさの水晶は静かに浮かびながらも赤黒い魔力を発していた。


「ただ、これだけは言っておくわ、愛染未来。核を破壊して帰ってこれた魔法少女はいままでいない」

「……クオリアは戻ってこれたけど」

「百年前の魔法少女? あれは、核を魔力で抑え込んでいただけよ。完全な封印とは違ったもの。だから、運よく戻ってこれただけ」

「じゃあ」

「もし、完全に『破滅の日』の再来を防ぎたいというのなら、貴女の身を捧げる覚悟はしておいた方がいいわ」


 淡々と告げるルイン。

 彼女が言うことはきっと事実なのだろう。

 今までの魔法少女もそうしてきたという現実を教えているのは感じられる。


「私は、戻ることはできない……?」


 約束をしたのに、戻ってこれない。

 置いてかれたみんなは私をどう思うのか。

 その気持ちは容易に想像ができる。


「覚悟の上で来たんじゃないの?」

「覚悟はしてきたつもり。でも」

「でも?」

「……やっぱり、私は諦めたくない」


 知り合った魔法少女に辛い思いはさせたくない。

 まだ、世界を見つめていたい。

 ……今のパートナーであるアイを悲しませたくはない。

 だから、私は諦めるつもりはなかった。

 そんな私を見て、ルインは小さく息を吐いて、静かに告げた。


「魔法少女なら、奇跡の一つくらい起こしてみせれば?」

「それって」

「条理を覆すとか、そういうの得意なんじゃないの? なら、やってみせればいいじゃない。別に神様になろうってわけでもないんだし、やれるだけのことをやって、駄目だったって方が結果に納得もできるだろうし」

「……うん、そうだね」

「私はこの空間が中途半端に壊れたりしないように見張ってることにするわ。だから、精々頑張ればいい。愛染未来」

「やってみる……!」


 核に対して魔力をぶつけて、破壊すればいい。

 それから先のことはまた後で考える。

 魔力の剣を展開して、その中に魔力を込める。


「アイゼン・シュヴェルト……!」


 集中。

 目標は、水晶の核。


「ルイン」

「なに?」

「行く前に行っておくけど、今の私は久遠未来って名乗ってるから」

「突然自己紹介?」

「……今度会った時まで、覚えておいてね!」

「そうね、覚えておこうかしら」


 彼女が呆れた様子でそう頷くのを確認して、私は思いっきり剣を振りかぶる。

 まだ、この世界でやるべきことがある。

 だから、私は絶対に戻ってくる。

 そう心に誓いながら放つ一撃。


 割れる水晶。

 そして、光が私の身体を包み込む。

 これで『破滅の日』が終息すればいい。

 そう思う私の身体を、光は包み込んでいった。

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