第58話 絶望に立ち向かう心
空間の裂け目から侵入した『破滅の日』の内部、赤い世界。
そこに存在した少女の形をした魔物ルイン。
彼女は冷徹な態度を取りながら、私に迫る。
「力だけで全てが解決できると思ってる?」
加速、そして、接近。
赤と黒が混じった魔力の剣の一撃が迫る。
「少なくとも、お前を止めることができる」
その攻撃を私は黒鉄の剣で受け止める。
力量差は互角。魔力を込めて切り替えそうとしても、相手の魔力が強い。
つばぜり合いの状況。
その中でも、ルインは口を止めずに語り掛けてくる。
「その行動にどれだけの意味がある? 人々が絶望を繰り返す限り、『破滅の日』という現象は終わらないというのに」
「それでも、理不尽に世界が終わるというのは許せない……!」
「現象としての『私』は人々の意思を代行しているのに過ぎないわ。貴女ひとりが頑張ったところでそれは変わらないの」
「そうだとしても、私は!」
「抗うというの? なら、現実を見せてあげましょうか?」
剣に攻撃を打ち付け合い、それぞれがその衝撃で離れた瞬間、ルインが空間に細工を仕掛ける。
それは、空間の四方八方に映像を展開することだった。
『どんなに頑張っても、評価されない。俺はいなくなった方がいい』
ひとつひとつの映像に映し出されたもの。
それは数多くの悲しみの記録だった。
『どうしてあいつだけがうまくいく?』
『なんで俺は救われない?』
『こんな世界に意味はない……』
見ず知らずの男性の言葉。
繰り返す失敗によって、心を負ってしまった存在。その絶望。
「魔法少女なら、この絶望を救済できるの?」
「それは……」
寄り添うことはできても、心を癒しきることはできないのではないか。
そういった懸念が頭を過る。
そうだとしても、私はそんな悲しみに立ち向かわないといけない。
だから、言葉を紡ぐ。
「私に助けられるのなら助けるつもり」
「傲慢ね、自分の力を過信している」
指を鳴らし、別の映像を見せつけるルイン。
彼女には煽るような意図もなく、ただ事実を見せつけるような淡々とした態度が存在していた。
『なんで、私には力がないんだろう』
嘆く魔法少女の姿が映った映像。
『友達に頼ってばかりで』
『助けられてばっかりで』
『こんな私に価値なんてあるのかな』
『役立たずって思われてるんじゃないかな』
『私、生きてていいのかな』
気持ちを沈める魔法少女の姿。
それは、劣等感と共に自分の自信を失っている少女の姿であった。
『魔法少女になったころは、なんでもできると思ってた』
『でも、私にできることは限られてて』
『うまくいくことも少なくて……』
『これが、大人になるってことなのかな』
『……大人になんて、なりたくない……!』
できることに限界がある。
それは、生きていると嫌でも気が付いてしまう現実だ。
全能感はいつか消え去り、うまくいかないことも多いという世界が残る。
それは、夢や希望とは違う悲しみ……絶望なのかもしれない。
「能力を持つ人間は、こうした絶望を知らないと思うの」
「私は自分のことを万能だとは思っていない」
「そう。なら、黙って『破滅の日』を受け入れればいいのに。全てが終わった世界では、みんな平等よ? 劣等感も悲しみもない、ただ静かな世界が広がってるわ」
「……世界は、終わらせちゃいけないから」
魔力を展開して、結晶の魔法を構える。
この世界には数多くの絶望がある。
わかっている。
それが強大なものであるのも知っている。
それでも、私は戦うべきなのだ。
この世界を守る為に。
「自分勝手。なら、容赦はしないわ」
ルインの両手から、赤黒い魔力が収束する。
「立ち向かうなら、勝手にどうぞ? ただ、その結果、貴女はさらに傷つくことになるわ」
「……解き放つ!」
結晶を込めた魔力の一撃と、赤黒い魔力の一撃が交差する。
打ち出した結晶はひとつひとつかき消されて、有効手がルインに届かない。
その中でもルインの攻撃は私まで届いていた。
「っ……!」
攻撃を受けた両肩から血が流れる。
魔力を纏わせて、ある程度ダメージを抑えたつもりでも、攻撃は容赦なく届いていた。
肩の感覚が熱い。ヒリヒリする、痛い。
「貴女は私に勝てないわ」
「根拠もなく、よく言えるね」
「減らず口。性根を潰した方がいいかしら?」
迫り、襲い掛かるルイン。
即座に剣を構える彼女に対して、私も剣で対抗する。
先ほどより、剣を構える力が入らない。
血を流すほどの攻撃によって、腕の力が弱まっている。
「最初の打ち合いではもっと気迫を感じたけど、それっきり?」
「まだまだ……!」
今、相手の攻撃を真正面から受けるのは危険だ。
そう判断し、受け流すように剣をはじき合い、隙を狙う。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
打ち合いの中、胴体に隙ができたのを確認し、攻撃を行う。
「そこ!」
「む……?」
察知したルインによって、その攻撃は完全には入らなかったものの、胴体に少しの切り傷を付けることができた。
魔物の身体からは血が流れることはない。しかし、攻撃が入れば、その部位にはダメージは入る。
「怪我を負っても戦う意思が途切れないのは流石ね。覚悟が違うのかしら」
「託されたから。ここで負けるわけにはいかない」
「なるほど、そういうこと。だったら、こちらも本気で潰しにいった方がいいわね?」
一時的に距離を取ったルインの周囲に黒い魔力が集まる。
その瞬間、私はなにかの感情を感じ取る。
『怖いよ、助けてよ』
寒いような冷たい感情。
『お前のせいで、俺は……!』
怒りの激情を覚えさせる感情。
『世界なんて、もうどうでもいい』
そして、深い絶望の感情。
それら全ての感情を含めた思念を纏った魔力がルインに集う。
そして、彼女の姿が変貌していく。
「ただ一人の存在では、負の感情には立ち向かえない」
黒いドレスのような衣装。
歪な姿をした羽根。
そして強大な魔力。
「それを知るべきよ。魔法少女愛染未来」
……ルインは『破滅の日』の代行者として戦闘に最適な姿を取ったのだ。
「そうだとしても……!」
素早く魔力を展開し、魔法を解き放つ。
「トパーズ・バレット!」
ルインを追うように放つ結晶の弾。
しかし、その一撃が当たることはなく、高速で移動する彼女は即時的に私まで迫る。
「遅い」
「……っ! アイゼン・シュヴェルト!」
対応して、私も剣を構える。
しかし、敵の攻撃の方が一枚上手だった。
ルインが私の胴体に掌を押さえ、魔力を展開する。
「これは痛いかもしれないわね?」
距離を詰めた状態で放たれる魔力の一撃。
「きゃあっ!」
それにより、私の身体は吹き飛ばされ、地面に打ち付けられる。
不幸中の幸いは、斬撃のような一撃ではなかったから、切り傷にはなっていなかったことか。
とはいえ、全身が打ち付けられた衝撃によって痛みが回る。
苦しい、痛いと身体が嘆く。
「ようやく少女らしい悲鳴をあげた。安心したわ」
「悪趣味……!」
「なら、もっと悪趣味なことをしましょうか?」
ルインがくすくすと笑いながら指を鳴らすと、そこには再び映像を映し出すような空間が浮かび上がった。
違うのは、そこにアイやクオリアといった知った顔の存在がいたことだ。
知っている魔法少女の姿、そして遠くで戦っている知らない魔法少女の姿。
それらがまるで眼のように浮かび上がる。
「何を……!」
「今、貴女がやられている姿を見てもらうの。そうすることでもっと絶望してもらえそうじゃない?」
「私が負けなければいいだけでしょ……!」
「ふふっ、その余裕……どれだけ持つでしょうか」
再び襲い掛かるルイン。
対応し、攻撃を撃つ返す私。
しかし、重なる攻撃に耐えることができず、再び魔力をぶつけられる。
「くっ……!」
次は足への一撃。
足がふらつく、痛い。
身体が悲鳴を上げている。
「悲鳴をあげないだけ偉いわね? でも、どんどんそれが不安を呼び起こすのよ」
「何が言いたい……!」
「ほら、みんなの姿を見てみて?」
ふらつく身体で見つめる映像。
そこには、見ず知らずの魔法少女が恐怖していた。
私という存在が痛みつけられているという事実に耐えられないという様子で震えている。
他にも、涙をこらえている姿もあった。
「傷だらけの魔法少女。貴女に何ができるというの? みんなを救うはずの希望だった貴女が今は絶望を与えている。その事実、わかってる?」
「それは……」
ここで私が倒れるわけにはいかない。
負けてもいけない、弱音を吐いてもいけない。
わかっている。立ち向かうべきだと。
不安を見せてはいけない。
でも、このままでは勝てないかもしれない。
これが、個人の限界なのか。
私ひとりの力の限度だというのか。
怯む身体をなんとか起こし、立ち上がった時。
心にある声が聞こえた。
『未来はひとりじゃないです』
それは、遠く離れた場所で戦っているアイの声だった。
『希望はまだ潰えたわけじゃない』
クオリアの声も届く。
幻影のようなその言葉。
しかし、私が生み出した幻ではないというのが心でわかる。
だから、私はもう一度立ち上がった。
「傷だらけでもやれることは、ある」
「何ができるというの?」
「戦い続けることはできる……!」
剣を構えて、ルインに向かう決意を固める。
迷いはない。
繰り返し痛みつけられても、立ち向かう。
声が導いてくれる。
私を守ってくれる。
絶望に立ち向かう心、その願いを背に、再び私は立ち上がった。




