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魔法少女の瞳に映る未来  作者: 宿木ミル
第一章 舞台が幕を開ける時、魔法少女は新しい世界を見る
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第4話 迷い

 会場内で上映された特別映像が終わり、私や観客はロビーに戻っていった。

 多くの人々は先ほどの映像の話に夢中になっている。

 私はその中で自分の携帯端末を開く。魔法少女の端末とは言え、特殊な機能を使わない場合、一般人の端末と見た目は変わらない。

 上映前に届いていた連絡を確認する。


『映像上映後、舞台の裏、スタッフ室で会いたい』


 メッセージを送ってきたのはかがみだ。

 私との直接会話を通じてアニメ制作の展開を相談したいというところだろう。

 行くことには問題ない。とはいえ、心の準備ができているかと言われると、なかなかに難しい。


「私は……」


 会場で映像を見た人の声が聞こえてくる。


「続編は嬉しいけど、どういう話をするつもりなんだろうか?」

「大人になったみらいちゃんが頑張る話……とか?」

「ひとみちゃんが復活する展開もありえる」

「いや、それはどうなんだろうか。ひとみとの決別からそこに繋げるか……?」


 期待の声、そして作品を繋げることに対して考察する話。

 様々な意見が聞こえる度に、自分のことについて考えてしまう。


 ……私は残念ながら大人にはなれていない、と。


 あの日から私自身はずっと変わっていないだろう。

 瞳と別れた日から、前を向けているかもわからない。

 だからこそ『みらい』のことを考える人の姿を見ると、不安に思ってしまう。


「……行こう」


 ここで立ち止まっていても始まらない。

 そう思い、かがみが待っているスタッフ室に向かうことにした。




 私も『ひとみ・アイゼン』の関係者ではある。そうした事情もあり、スタッフに証明できるものを用意したら、しっかりと案内してくれた。

 スタッフ室にはちょっとしたお茶の飲み物が置かれていて、ひとみ・アイゼンに関係があるふたりが出迎えてくれた。


「実際に会うのは久しぶりかな、未来」

「……数か月前に会ってるけど」

「うーん、言い方を変えようか。役者、というかアニメに関連する話でこうして一緒するのは久しぶり」

「それは、そうなるね。瞳関連で顔を合わせるのはそうそうなかった」


 月灯かがみは私と同じような青髪をしている。私よりも身長が高く、すらっとした雰囲気が特徴的だ。

 顔を合わせる度に、役者としての姿勢を感じさせられる。


「み、未来さん! 元気にはしていましたか……?」


 不安げな表情で問いかけてくる彼女は、陽空かなた。魔法使いとして人々を支えている存在であり、『ひとみ・アイゼン』においては主役のひとみの役を担当していた。

 小柄な体格ながら、年齢は不詳。ただ、多くの魔法少女の物語に寄り添っていた存在だというのは間違いない。なぜならば、彼女自身、魔法少女の物語を見届ける存在として、アニメーションに関わることも少なくないからだ。


「ほどほど、かな」

「それはよかったです……ずっとお話もできなかったので……」

「ほぼ半年くらい空いてたような気がするかも。最後の連絡は近況報告だよね」

「は、はいっ、企画とは関係なしに気になっちゃって……」

「よっぽどのことがなければ私は平気だよ。でも、気にかけてくれたの、嬉しかったよ。ありがとう」

「やっぱり心配にはなっちゃいますので」


 彼女の方がきっと私より長い年月生きているだろう。そんな彼女が気にかけてくれているのは素直にありがたいことだ。

 しっかり彼女の言葉に受け答えする。


「……今なら、健康面は良好だと思う。精神的には正直、まだ複雑だけど」

「やはり、瞳さんのことを……?」

「うん、ずっと考えちゃってる」


 自分でも引きずっていることはわかっている。

 あの日の選択が間違っていたと言いたいわけではない。

 ただ、無意識に彼女がいる時間を考えてしまうだけだ。

 そんな私を見つめて、心配そうに見つめるかなた。


「大丈夫。あらかじめ言うけど、『みらい』が主役になるアニメを作るっていうのは楽しみにしたいし、なるべくは手伝いたいって思ってるから」


 念のために言葉を繋げる。作られて嫌というわけではない。新しくお話を展開するのもありがたい話だ。賛成の方針だ。

 しかし、そんな私を見つめながら、かがみは静かに話してくる。


「それでも、不安そうだ」

「わかっちゃうよね」


 なかなか視線が上向きにならない。

 自分でも感じていたことだ。ふたりを前にしたあと、明るい表情にはなれていない。きっと仕草もぎこちなかっただろう。


「物語制作に問題が……?」

「それには問題はないの。でも、『ひとみ』の物語が現実であったことを表現したのなら、『みらい』の物語もその形に少しでも近づけてあげたいとは思ってるんだけど……」


 申し訳ない気持ちになりながら、続ける。


「……瞳がいなくなった後の、10年間。これといって、しっかりとした物語になるようなことはしてこれなかったのかなって」


 そう言葉にしながら、行く前に準備しておいた自分のことを書いた資料を渡す。

 ここ10年の間に発生した出来事を纏めたものだ。


「受け取ります」

「うん、遠慮なく使って」


 真剣な表情でかなたが資料を見つめる。

 その様子を私は静かに見守る。


「本来の私から離れた、オリジナル展開を繰り広げても、私は……」

「それは極力避けたい」


 きっぱりと首を横に振るかがみ。その表情には覚悟があった。


「愛染瞳が生きた証を残すという目的で作られたのが『ひとみ・アイゼン』だ。そして、今回の企画はその『ひとみ・アイゼン』の続編となる」

「だから、次は私の生きている証を残すと?」

「……我儘な願いだけれども、私は今の『未来』が紡む物語を演じたい、そして知りたい」

「今の私が紡ぐ物語……」


 明るい眼差しをしているかがみの姿はまさしく魔法少女だ。

 今の私よりも、ずっと輝いて見える。

 誰もが、真剣に企画に向き合えている。私だけが、まだ、前を向けていない。

 少ししたのちに、資料を見つめ終えたかなたが顔を上げた。


「この資料を参考にするのならば、魔法少女の寂しさを感じる、静かな日常を描くことはできると思います。ただ……」

「うん」


 悲しそうな表情のまま、かなたが言葉を繋げる。

 その先の言葉は予想できていた。


「明るい将来を託された、魔法少女のお話を描くとなると……かなり、厳しいものがあると思います」

「そうだよね、やっぱり、そう」


 あの日以来、いつも夢と希望を持った魔法少女の手助けを行っていた。

 自分の趣味と呼べるようなものも、そこまでなくて。自分の存在に悩みながら、ただ各地を移動していた。

 明るい姿を見る度に胸が痛んで。

 支え合う友達と一緒にいる魔法少女を見る度に、自分のようにならないでほしいと願って。

 ずっと、明るい魔法少女になれずにいた。平和で幸せな魔法少女の物語の主人公のように生きられなかった。


「……私を題材にした、魔法少女の物語を描くのなら、明るい物語にしたいんだ」

「はい」

「だから、少しでも、幸せな『未来』を映せるように、今からでも明るくなれるように、頑張るつもりだよ」

「……企画こそ立ち上がっていますが、まだ本格的にアニメーションは制作されてはいません。いくつかの月は余裕があるかと」

「それまでに、いくつか明るい魔法少女の姿を報告できるようにしないとね」

「未来さん……」

「大丈夫。私は、大丈夫だから」


 私だって魔法少女だ。

 平気なはずだ。

 彼女が生きていた時間のように、幸せな日を探すことだってできるはずだ。

 自分に何回も言い聞かせる。


「未来」


 そんな私に、かがみが声を掛ける。

 落ち着いた声で、まっすぐ、私に届くように。


「未来が歩んだ今までの時間も、これから歩む時間も全部無駄じゃないはずだ。きっと、なにかを見つけられるはずさ」


 『愛染みらい』を演じてきた彼女だからこそ、私に対して励ましの言葉を言えたのかもしれない。

 寄り添うような言葉は、暖かくて、心を癒してくれる。


「……ありがとう」


 だからこそ、私は溢れだしそうになる感情を抑えて、返答した。


「なにかあったら、また連絡してほしい。何もなくっても構わないよ」

「うん、また資料を送れるように頑張るよ」

「思い詰めすぎないようにしてほしい。本当に辛くなったら、別の手段も考えよう」

「力になれるようにするよ。断念は……しないつもり」

「わかった」


 話がひとまずひと段落し、立ち上がる。

 今日はアニメーションの内容まで着手するところまでは到達はできなかった。

 けれども、それぞれの想いを伝えあうことはできた。一歩進むことができたはずだ。


「じゃあ、また今度。……しばらくは花吹雪町に滞在するつもりだから、よろしくね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

「気を付けて」

「うん」


 会場を抜け出し、花吹雪町の歩道へと進んでいく。

 とりあえず、宿泊する場所を考えないといけない。

 花吹雪町で前に暮らしていた場所は、今は別の人が住んでいるだろう。瞳と暮らしていた住居は、今は別の魔法少女が使っていると聞いたことがある。戻るのは難しいだろう。

 どうするべきか。悩みながら、進んでいると、不思議な雰囲気の女性が声を掛けてきた。

 黒いドレスのような衣装を身に纏い、紫色の瞳を輝かせる。

 黒と紫が混じった色の髪が揺れ、彼女は微笑みかけてきた。

 


「目は口程に物を言う、と言いますが……今の貴女はどこか切ない雰囲気ですね」


 知人に話しかけるような口ぶりで言葉を紡ぐ彼女。

 その姿に警戒する。


「問題でもあるの」

「あら、そんな身構えなくてもいいじゃないですか。私も貴女もどうせ知り合いなんですよ?」

「知り合い?」


 交友関係はそこまで多くはない。

 瞳を通じて知り合った人を除くと、かなり限られている。

 そんな私の知り合いを名乗る人物。何者だろうか。

 困惑する私を見つめながら、彼女は悪戯っぽく笑った。


「わたしはかつて愛染瞳、そして……貴女、愛染未来の敵だった存在」


 ふわりとスカートを揺らしながら、囁くような声で言葉にする。


「凝視のオルクス・アイですよ。ふふっ、これで思い出したでしょう?」

「オルクス・アイ……!」


 凝視のオルクス・アイ。それは、十年前に敵対していた人型の魔物。

 いくつもの眼を操る存在。繰り返し交戦してきた相手でもある。かつての二つ名は、破滅の日の導き手。破滅の日が到来する日まで人々の動向を凝視していた魔物だ。

 そんな彼女が、私の前に再び姿を現した。

 それにはどれほどの意味があるのだろうか。

 不敵に笑う彼女の口から、どんな言葉が発せられるか、想像もできなかった。

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