第40話 日常に忍び寄る影
クオリアと行動を共にすることを決めた次の日。
早速私たちは花吹雪街の調査を行うことにした。
『破滅の日』の再来に影響された現象が発生した場合、速やかに対処するべきだと思ったのだ。
「ちょっと意外です、遠出にはならないんですね?」
朝の花吹雪町に心地よい風が吹く。
まだ、そこまで不穏な気配は感じられない。
欠伸しながらアイが話しかけているくらいだ。
「あぁ、異変が発生するのなら、ここになると睨んでいるからな」
「……瞳が『破滅の日』を終息させた場所だから?」
「今の町は平和そのものだが、魔力の流れが不安定になりやすくもなっている。強力な魔物も発生しやすいだろう」
「強力な魔物……」
その言葉に聞き覚えがあった。
イヴィルが行っていた実験でも魔物は強大化していた。それと関連があるのだろうか。
「意図的に魔物を強くする実験を行っていた方はいましたね。魔法少女相手に、負の感情を詰め込んだ装置を利用した魔物を襲わせようとした方」
「イヴィルのことだよね。彼はもう捕まって留置所にいると思うけど」
「あの時はあまり気にしていませんでしたが、彼がどうして行動を起こしたかはわからずじまいでしたね」
「……その話、詳しく聞いても?」
「構わないよ。えっと……」
ちょうど歩いた先に公園があったので、そこのベンチに座ってそれぞれ説明していく。
イヴィルと名乗った男性が『魔法使いの国』由来の技術を使い、魔物を強大化させていた事実。
その計画を私たちが阻止して、意図的に発生させられる強力な魔物の発生を食い止めたこと。
そして、イヴィルとの問答ののち、戦いに決着が付き、彼が捕まったという顛末。
それぞれを端的に話した。
ふと、イヴィルと会話していた内容は振り返った時。私は彼には彼なりの意思があるように思えた。
『……人は不安や不満を抱えて生きている! だからこそ魔物もまだ存在するんだぞ!』
魔物が完全に消えることがないという事実を感情的ではあるものの、理解して話していたということ。
『だから俺は、魔物を効率的に操れるように負の感情を増幅させられるようにしたんだ! 負の感情から得られる魔力を活用する為にな!』
負の感情から得られる魔力を活用するという手段を考えていたこと。
両方とも、イヴィルの言い分ではあるものの、改めて考えると不思議な気持ちになる。
イヴィルのやり方は褒められたものではない。それでも、なにかを成し遂げようとしていた……?
話を聞いたのち、クオリアは少し考え、言葉を開いた。
「彼のやり方は魔物に対しての対抗手段としてはひとつの手段としても言えるな。暴論でもあるが」
「毒を持って毒を制す、ということですよね?」
「あぁ、『破滅の日』の事象は負の感情の結び付きが強いからな」
クオリアからしても、やり方が悪かったという印象を感じているところが強いみたいだ。
負の感情、不安、悲しみ、怒り。色々な感情があって、それが人間にある限り、魔物は姿を形成し襲い掛かってくる。
絶対に消すことができない存在だ。
「この地で研究を行っていたのには、都合がよかった以外にも理由があるのかもしれない」
「それなら、ちょっと調べてみようか」
立ち上がり、次に向かう場所が思い浮かぶ。
漠然と探すよりは、怪しい場所を調査した方が手っ取り早い。
「イヴィルさんが研究してた場所に向かうんですね?」
「うん、まずはそこから行ってみよう」
「案内、よろしく頼む」
「任せてっ」
公園から離れ、街はずれの道を移動していく。
表の道から外れて、裏道に進み、イヴィルの研究所がある鉄製の扉の前まで進む。
前に行ったことがある場所だったのもあって、到着には苦労しなかった。
「人はいませんね。もう調査済みといったところでしょうか」
「イヴィルの事件からはそれなりに時間が立ってるからね。もう彼の情報は確保されてるんだと思う」
「なるほど」
念のために迷子になっている人がいないかどうかを確認する為に魔力感知を行う。
人の気配はない。
魔法少女がいるわけでもなし。
心配なさそうだ。
「この扉の先がイヴィルの研究所か」
「私たちが入ったときにはほぼなにもなかったから、イヴィルに関連するものはないと思う」
「そうか、どういう人物か、興味があったが……」
クオリアが扉に手を伸ばして、開こうとした瞬間だった。
「……っ! 離れてください!」
突如、アイが大声を出して警戒を促した。
その言葉に即座に反応したクオリアは扉から距離を取り、臨戦態勢を取った。
「魔物……!?」
私も魔力を集中させ、黒鉄の剣を構える。
アイゼン・シュヴェルト。魔力を集中させた、切り裂くことに特化した魔法だ。
扉の向こう側から、多くの手が伸び、鉄の扉が開く。
そうして、魔物の姿が目に映る。
不定形だ。人型のように見えるが顔がない。
手の部分には合計八本の手があり、歪な印象を感じさせる。
特定の動物の形をしているわけではない、不審な魔物だ。
「アイ、見覚えある?」
魔物の立場としての知識がある彼女に確認を取る。
すると、彼女は首を横に振った。
「あの手の魔物を見たのは初です。異変、と言ってもいいかと」
「なるほど、図らずもトラブルに遭遇しちゃったわけだね……!」
魔物は静かに、それでも着実に扉の外に出て、私たちに迫り来る。
敵意はあるみたいだ。
「撃退しよう、戦闘はいけるな?」
「平気! クオリアは?」
「私も問題ない、前線は任せてもらうか」
「行こうっ」
「ではふたりに任せて、わたしは調査を進めます」
クオリアが接近し、武器も持たずに魔物に向かう。
「そこっ!」
魔物の胴体部分に素手を利用した攻撃を行っていく。
その一撃一撃が魔物をひるませ、押していく。
「ふんっ!」
蹴りが加わり、魔物の動きを硬直させる。
これならば、切り裂く一撃を加えられそうだ。
数多くある、八本の手。あれを切ればきっと魔物としての形を失うはず……!
「続けるよ、クオリア!」
「頼んだ!」
クオリアが作った隙を利用して、魔物の右手四本を切り裂く。
無言ながらも困惑する魔物。
「もう一撃……!」
即座に剣を握り直して、魔物の左手を切る。
合計八本の手を切った。
これで、消滅するはず……!
勢いを抑えて、体制を戻そうとした瞬間だった。
「未来、クオリア、手に動きがあります! 気を付けて!」
「手が……!?」
アイの言葉に反応して、左に目を向ける。
そこには分離したはずの手が宙に浮き、私に飛び掛かってきていた。
「くっ!」
それら全てを剣で弾こうとする。
しかし、相手の攻撃の手段が多くなっているのもあって対応しきれない。
ひとつ、ふたつ、みっつ。それぞれを切ることによって動作を止めることはできた。
しかし、よっつめが間に合わない。
私の眼前に迫ってくる。
このままでは攻撃に当たる。そう思った時。
「投げるっ!」
魔物の分離した右手のひとつをクオリアが投げつけた。
それによって私に迫ってきていた魔物の左手が吹き飛ばされた。
ふと、彼女の方を見ると、魔物の手が撃退されていたらしく、右手すべてが地面に転がっていた。
「無事か、未来」
「なんとか! でも、魔物が消えない……!」
両手を切り離しただけでは倒したことにはならない。厄介な相手だ。
どうするべきか考えようとした時、宙からアイの使い魔が魔物の胴体に向けて牽制をしているのが見えた。
「手はおとりです! 本体全体に対して攻撃を加えるべきかと!」
「私ができるのは格闘術くらいだ。未来、いけるか?」
「わかった、やってみる……!」
「……みなさん、気を付けてください! 手が再生します!」
ばらばらにした魔物の左手も、地面に叩きつけられた右手も元通りになり、宙に浮かぶ。
本体を倒さなければ、いつまでも続く戦いといったところだろう。
「手の妨害お願い!」
「任された」
更なるスピードをもってクオリアが動く。
そうして、魔物の右手と左手のそれぞれの動きに対応して拳をぶつけていく。
アイは使い魔を的確に動かし、敵の手の動きを束縛する。
本体は、動かずじまい。
今はチャンスだ。
「確実に倒す一手なら……!」
魔方陣を展開し、魔力を集中させる。
私の魔法は結晶を操る。
その一撃を相手にぶつける。
「ザフィーア・シーセン!」
青く輝く結晶を魔物に解き放ち、包み込ませる。
魔物の胴体全てが結晶に覆われたのを確認して、魔力を解き放つ。
「……弾けてっ!」
結晶に覆われた魔物の胴体が魔力の開放によって砕け散る。
バラバラになった魔物は、やがて光を放ち消滅していく。
先ほどまで動いていた手も連動するかのように消えていった。
「よかった」
失敗すると不利になっていただろう。
そう感じたのもあって、うまくいったことにほっとする。
「なるほど、未来の魔法は強力だ」
「クオリアの格闘術も凄かったよ。武闘家みたいだった」
「魔力の使い方がこれしかなかっただけさ」
「ともかく、みなさん、お疲れさまでした」
それぞれねぎらいの言葉をかけあい、改めて情報を調べていく。
不意に襲ってきた魔物。
その強さはかなりのもので、私たちのように戦い慣れている魔法少女でもないと大怪我していた可能性だってあっただろう。
改めて魔力感知を行う。
「そういえば、先ほど感知した時は感じ取れなかったのですか?」
「うん、魔物の気配は感じなかった。遭遇してからは感じるようになったけど……」
「不思議ですね」
魔物を視認してからは魔力を感じていたもののその以前は感じ取ることはできていなかった。
これまでにはないパターンなのもあって異様に思える。
「魔力として感知される前の感情が渦を巻いていたという可能性が高いな」
クオリアが静かにそう言葉にする。
「つまり……魔物が発生した瞬間に遭遇してたってこと?」
「あぁ、そうなる」
発生した直後から強い魔物。
それは非常に危険だ。
多く発生するようになると、被害は増えてしまうだろう。
「どうにか解決しないと危なそうですね」
「しかし、手がかりが思い浮かばないな……どうするべきか」
「その手の研究をしていた相手に聞くのがいいと思う」
「まさか」
やれることは確実に、色々行った方がいい。
そう思い、言葉にする。
「……イヴィルに会いにいこう」
敵だった存在と会ってどんな結果になるかはわからない。
だけれども、きっと状況を動かす一手にはなるはずだ。
イヴィルの研究所にて発生していた魔物。それは私たちの捜索への意思をさらに強めていた。




