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魔法少女の瞳に映る未来  作者: 宿木ミル
第三章 幾星霜のクオリア、願いを紡ぐ未来
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第39話 日常を知るということ

 サイン会の片づけも終わり、『久遠の魔法少女』ごとクオリアの会話もひと段落した夜。

 ゆっくりと家に帰る時間。少しずつ消灯が始まっていく瞬間。


「似たようなことがあると、つい頬が緩んでしまいますね」


 そう言って微笑むアイの姿があった。

 その理由は単純明確だ。


「……申し訳ない。私は別に食べたり、ある程度の睡眠はしなくても生きてはいけるから、構わないのだが……」


 私とアイが歩いている隣にクオリアが申し訳なさそうにする。

 そう、彼女も私たちの家にしばらく泊まることになったのだ。


「そういうのはよくないですよ。睡眠は心の癒しにもなりますし、食事だって重要です」

「……未来は、どう思う?」


 歩いている最中、クオリアが私に問いかけてきた。

 魔法で形成された私やクオリアのような魔法少女は最悪食事を取らなくても生きていけるのは間違いない。それは感覚として理解している。しっかりとした食事がなくとも、魔力さえ補うことができれば、霞を食べるみたいな生活でもなんとかなる。

 だから、魔力を循環させる手段として食事、睡眠といった日常生活の作業があるといい、という言い方もできなくはない。だけれども、そういうのもなにか違うと思ったので、私は私なりに伝えてみることにした。


「楽しい時間が増えるから、食べたりするのは好きだったりするよ」

「眠るのは、どうなんだ?」

「そうだね……頭がごちゃごちゃした時にリフレッシュできるから、私は意識して寝てる。魔法少女だって、完全超人なんかじゃないからね」

「そういうものなのか……」

「ふふっ、こう偉そうに言ってる未来ですが、私と一緒に活動するようになるまでは転々と移動しながら活動してたんですよ」

「……転々としてた時も三食睡眠は意識してたよ?」


 生活リズムを変にしてしまうと、不安定な気持ちになってしまうだろう。

 そんな気持ちもあったからこそ、傷心だった時期でも私は食事はとっていた。


「……ん? 未来も私みたいにしていた時期があったのか?」

「うん、放浪してた時期があった」

「不思議と親近感を感じるな」

「そうだね、わかる」


 偶然だとしても、その場に留まらず生きる生活をしていたというのは、他人のようには思えない。

 クオリアも静かに微笑んでいた。


「それにしても、食べる、か……この時代に顕現してからは食事を取ったこともなかったな」

「あら、それはもったいないですよ?」

「どうしてだ」

「美味しいものを食べないで生きる。それは人生の半分以上損してるとわたしは思いますので」


 真剣な目でそう発するアイ。

 食べ歩きが好きな彼女の言葉なのもあって、本気で言っているところも多いだろう。


「美味しい……考えたこともなかった」

「これは教えがいがありますね。今後の行動に食べ歩きを追加しておきます」

「私たちの協力関係はあくまで『破滅の日』の裂け目を封印するといったものなのでは……?」

「いいえ、それだけにするつもりはありません。クオリアさんには是非とも日常の楽しさを知ってもらいたいと思います」

「そ、そうか」


 困惑した表情。

 どう返答すればいいか悩んでいる様子だった。

 ここは私がそれとなくアドバイスした方がいいかもしれない。

 そう思い、補足することにした。


「やるべきことだけを考えて生活してると疲れちゃうからね。息抜きも大切だってこと」

「……それでも、やり残したことはやらないといけない」

「もちろん、それは協力するよ。でも、気負いしすぎちゃうと逆にいざって時に力を発揮できなくなっちゃうこともあるからね」

「だから、食事を取るべきと?」

「うん、あと睡眠もね。それと……今を楽しむこと。これも大切」

「楽しむ……」


 考える彼女に言葉を続ける。

 私なりに最近暮らしてきて感じてきたことを伝えていく。


「やれなかった、できなかったの後悔を抱えてると、どうしても辛い気持ちが先走っちゃう。けど、そういう時だからこそ、なにか自分を変えるきっかけを用意するのは大切だと思うんだ」

「未来も、そう言った気持ちを抱えてきていたのか」

「そうだね。実際、結構悩んでた。だけどこうして生きているのは楽しい出来事も多かったからだと信じてるよ」


 瞳がいなくなった後の時間も、アニメに支えられていた時期があった。

 漠然とした放浪の中、食べた食事の味に感動を覚えたこともあった。

 そして、アイと出会って新しい視野を広げることだってできた。

 今の私を支えているのは、数多くの日常、そして楽しい出来事に違いない。

 私の言葉を受け止めたクオリアは小さく頷き、そして答えた。


「わかった。……百年前にはできなかったようなことを、今やってみるのもいいかもしれないな」

「ふふっ、色々お付き合いしますよ」

「あぁ、よろしく頼む。……しばらくの間、家に居候することになるが許してほしい」

「大丈夫だよ。一緒に色々頑張ったりしよう」

「あぁ」


 会話しながら移動していって、家が見えてきた。

 それなりに距離はあったと思うけれども、短い距離に感じたのは会話が弾んだ恩恵とも言えるだろう。


「さて、夜も遅いですし、お風呂に入って眠りましょう。明日のことは明日考えていく方針で。いいですか? 未来」

「こっちは問題ないよ。クオリアは?」

「あぁ、それで構わない」

「では、クオリアと未来が一緒に先にお風呂に入るということにしましょう。すこし用意してきます」


 そういって彼女がお風呂場へと向かう。

 魔法だけで作られてるわけではないので、一部は機械も使っている。

 シャワーなんかは魔法の部類ではない。


「……シャワーの使い方とか、大丈夫?」


 ふと気になったので、尋ねてみる。

 するとさらっとした態度で答えてきた。


「よくわからないな。最近は綺麗な水辺で身体を洗っていた」

「……百年前は?」

「銭湯よりは水辺で身体を洗うことが多かったな」

「な、なるほど」


 十年前との違いとかだったら語れるけれども、百年にもなると色々違ってくるのかもしれない。

 彼女の話を聞いていて、少しだけ不思議な感覚になっていた。

 しばらくの間、雑談をしていたらお風呂場の準備が出来上がったらしく、アイに案内されたので、私とクオリアは一緒にお風呂に入ることにした。




「回すとお湯が出る機械……斬新だな」


 シャワーの説明を行ったところ、うまく使いこなせているみたいで温度調整もうまくできていた。


「冷たくもできるから、汗を流したりするときに便利だったりするんだ」

「随分銭湯も変わっていったんだな」

「そうだね、文化の進化かも」


 少しずつ変わる文化の中で、私たちが生きている。

 その事実をなかなか感じ取る機会はないから、こうしてクオリアが反応をしてくれるのがなかなか楽しく感じる。


「石鹸以外の身体を洗う用のものもあるのか」

「私が好きな香りがあるものあるよ。柑橘類のやつとか」

「使ってみても?」

「どんどん使ってみて」


 色々問いかけてくるクオリア。

 キリっとした目をしていて、かっこいい印象がある彼女だけれども、こうして話しているとやっぱり少女らしい一面も感じさせられる。

 百年前の魔法少女だって、私と同じように魔法少女であるという事実を改めて実感する。


「なるほど、いい香りだ」

「お風呂から出たらドライヤーで乾かそうね」

「それはいったい」

「熱風が出る機械」

「なんでもあるな」

「百年前にどれだけ普及してたかはとか、わからないけど、凄いよね文明の進化って」

「そうだな、色んなものが斬新に見える」


 身体を洗い終わり、一緒にお風呂に入るタイミングになったのでのんびり湯に浸かる。


「こうして湯に誰かと一緒に入るのは初めてだ」

「百年前は、そういった機会もなかった?」

「私が呼び出されたのはその当時の封印を執り行う魔法少女がいなくなってからだったからな。同じような友人はいなかった」

「……そうだったんだ」


 彼女が責任を負おうとする気持ちは、最後のひとりとしての責任からといった部分も強かったからかもしれない。

 やらないといけないことがある。そこから逃げることはできないと。


「だから、こういう時間は初めてだが……悪くない感覚がある」

「なんとなく、落ち着くよね」

「あぁ、一緒に湯に浸かるというのはここまで心が落ち着くものなんだな」


 そう言葉を発する彼女の表情はおちついていて、今という時間を大切にしていると思えた。

 だからこそ、私もゆっくりとお湯の暖かさを感じることにした。





 お風呂から上がったのち、寝間着に着替えた私とクオリア。

 しばらくするとアイもお風呂を上がり、寝間着に着替えていた。

 そして寝室。ふたつのベッドが置かれている。


「今日はわたしと未来が一緒の布団で眠るということで」

「まぁ、そうなるよね。私のベッドになるけど、クオリア、平気?」

「構わない。むしろ、ベッドを占拠しているようで申し訳ないような気もするが……」

「ふふっ、こっちはこっちで楽しみますので、大丈夫ですよ」

「言い方がちょっと気になる……!」


 悪い笑顔で言葉を発するアイに少しの心配を覚える。

 いや、多分大丈夫だろう、きっと。


「意図して眠るのはやったことはないが……うまくいくといいな。おやすみ」

「えぇ、おやすみなさい」


 全員が布団に包まったのを確認して消灯する。

 ……楽しむといっていたものの、アイは私に対してなにかするわけでもなくそのまま横になっていた。





 ……深夜。

 アイがそっと立ち上がるのを布団の感触で感じ取る。


 なにかあったのだろうか。


 彼女に気づかれないようにそっと目を細めて動向を確認する。

 アイはクオリアの元に歩いていき、顔を覗き込むように見る。

 そうして、安心したような微笑みを見せたのち、布団をかけ直して戻っていった。


 ……なるほど、うまく眠れているか確認していたのか。


 アイの様子から察するに、睡眠をとることには成功していたみたいだ。

 私も安心して眠れるだろう。

 そう思いながら、細めた目を閉じようとした瞬間だった。


「……ふふっ、ちょっとドキドキさせるお楽しみの時間ですよ」


 そう、私の耳元で彼女が呟いてきた。

 起きてきたことをわかっていたかのように。

 私はあえて、なにも聞かなかった態度を取り、そのまま眠る動作を続ける。

 すると、アイはおもむろに私の身体に自身の身体をひっつけてきた。

 ……やわらかい。


「……こういう悪戯も、楽しい日常だと思いませんか?」


 悪戯っぽい口調で話す彼女。

 起きてることはわかっているのだろう。

 それなら、ひとことは言った方がいいかもしれない。


「……やっぱり、アイはパートナーとしてのアプローチが瞳とは違う」

「……どういう意味でしょうか?」

「……少し、大胆」


 それだけ言って私は眠ることを意識した。

 最終的には全然眠れなかったけれども、たまにはこういう日も悪くはないのかもしれない。

 そう思うことにした。


 日常の形は人それぞれだ。

 だからこそ、知らない楽しみと向き合いながら、私たちなりの歩幅でもう一度『破滅の日』に向き合っていきたい。そう思う。

 大切な日常があると感じられるからこそ、守りたいと思えるのだから。

 クオリアと過ごしていくであろう日々。そのひとつひとつも大切にしていきたい。

 朝、目覚めたクオリアの表情は少しだけ、明るい表情になっているように感じられた。

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