第3話 花吹雪町の追憶
電車に揺られて、かつて暮らしていた場所に向かう。そんな時間が長いように感じたのは、後ろめたい気持ちもあったからかもしれない。
目を閉じるとあの時の夢を見てしまいそうだったから、ぼんやりと窓から見る風景を見つめていた。
そうして繰り返し、駅のホームを見送っていって、私はかつて住んでいた場所まで到達した。
「……久しぶりの帰郷になるのかな」
花吹雪町。
駅から見つめる風景は懐かしさを感じさせる。
春先、この町には桜が咲き誇る。その景色を見つめる為に、花吹雪町までやってくる観光客も多い。
事実、駅から降りてくる人も昔よりも多い気がする。春祭り以外の目的を持った人がいるからかもしれない。
「行こう」
改札を通って、町の道を歩く。
桜が舞い散る景色はあの時と変わらない。お店はいくつか変わってしまっているけれども、当時の姿が残っている。
それが多くの感情を発生させていく。
「……不思議と、落ち着くな」
愛染瞳と共に過ごした時間はほんの一年しかない。彼女と一緒に魔法少女として活動してきた時間だって同じだ。
私が花吹雪町に滞在していた時間はその一年だけだ。だけれども、どこか安心する。それと同時に、寂しさもある。
私の隣に、彼女はいない。
「過ぎた時間は戻らないのに、よくないよね」
つい、あの時のことを考えてしまう。考えを振り切ろうとしても、どこまでも悩んでしまう。
もしもを考えては、それはあり得ないという自問自答を繰り返している。
「会場に着けば、少しはすっきりするかな」
かがみから受け取った情報ではイベントは花吹雪町の文化ホールで行われると書かれていた。
今、歩いている時間を考慮しても、程よい時間に到着できるだろう。
寄り道を行うことなく、私は文化ホールまで向かうことにした。
花吹雪町の文化ホール。
そこには、老若男女の人々が集まっていた。今日のホールは貸し切り。
つまり、ここにいるみんなは『魔法少女ひとみ・アイゼン』の十周年企画のイベントの為に集まっているのだ。
様々な飾りつけがされていて、アニメ内グッズを販売している箇所も存在している。
「……こんなに、色んな人に見てもらえていたんだ」
ロビーではアニメの思い出を語っている人がいる。
勇気を貰えたみたいな話もあれば、最終話が寂しかったという言葉も聞こえてくる。
みんな、瞳の物語を受け止めている人々だ。
「こうしてやってきているということは、君もファンなのかい?」
ふとした時、青年の男性が話してきた。
当然、彼は私が本物の『愛染未来』であることを知らない。
「うん、大ファンだよ」
「どういうところが好きだったか、聞きたいな」
見ず知らずの人にぐいぐい話しかけてくるその勢いは、今の私にとって逆にありがたい。
少し考えたのちに、返答する。
「アニメのオープニングが好き」
「『瞳の未来』だっけ」
「そう、それ」
始めてその名前を聞いたとき、あまりにも直球な名前のオープニングだとびっくりしたことは覚えている。
だけれども、今はその名前がとても大切なものだと感じている。
「『想い願ったストーリーは きっと未来に届くから』」
「サビの歌詞だね」
「この歌詞が特に好きなんだ」
「明るい、ひとみの心情を写し取った歌詞みたいだよね」
「うん、きっと、そうだね」
この歌詞には実は隠された事情が存在している。
それは、歌詞の制作には愛染瞳当人も関わっているということだ。
『破滅の日』が到来する前、彼女はアニメに記録を残す為に行動を起こしていた。それがこの歌だったりもする。
私はそのことを彼女がいなくなるまで知らなかった。
「あと、魔法少女の日常を写し取っているのが好きだった」
「ひとみ・アイゼンは魔法少女ものとしては、ダークな演出は少なかったからね」
「日常があるからこそ、非日常にも立ち向かえる。何気ない時間が魔法少女を支えている。そういう描写がいっぱいあったのがよかったかな」
「日常回はいいもの多かったね、カフェとかで食べたりしている回とか平和でよかった」
「ひとみの笑顔がよかった」
「わかる」
私と瞳が過ごした時間を元に作られたのが『魔法少女ひとみ・アイゼン』だ。何気ない日常、笑顔になった時間。そういったものをアニメとして表現したいという瞳の言葉を受け止めて、私はアニメの資料に協力していた。その影響も相まって、基本的に作風は明るいものになっていた。
……その結末に別れこそあるものの、魔法少女として一生懸命頑張る姿はきっと、いい印象を与えていたはずだ。
そうした雑談を繰り返していると、アナウンスが入ってきた。
そろそろイベントがホール内で始まるみたいだ。
「じゃあ、僕はこれで。君もよい時間を」
「うん、話に付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ」
挨拶を終えて、ホールの席へと移動していく。
これからイベント映像が上映されるのだろう。
緊張しながら見つめる。
どんな反応になるのだろうか。
証明が暗くなり、ステージに映像が投影される。
記念映像。
アニメの主人公の愛染ひとみや、パートナーの愛染みらいの出会いや日常、別れがそれぞれ新規の映像で描かれていく。
写真のフィルムに収められているかのような描写はかつての思い出を想起させられる。
一緒に美味しいものを食べた思い出。
魔物を討伐する時に支え合っていたこと。
ふとした瞬間には、カメラを使って写真を撮っている時間だってあった。
アニメに移るひとみは、私と一緒にいた愛染瞳とは異なる部分もある。脚色されている箇所だっていくつかある。
それでも、彼女の人生をアニメーションにしたのが『ひとみ・アイゼン』という作品なのだ。懐かしい記憶が呼び覚まされる。
『みらい。私は、行くね』
そうして映像が続いていき、『破滅の日』を阻止したあの日を題材とした映像が描写されていく。
『ひとみ・アイゼン』の最終話。ひとみとの別れ。
永遠の別れかどうか、解釈を見ている人に託した終わり方だったのを覚えている。
『きっと、これで、この世界の未来は幸せになるから』
『ひとみ・アイゼン』における最後のやり取りにはさよならはなかった。
実際のやり取りに永遠の別れがあったとしても、それを取り入れたくはなかったのだ。いつかきっと、めぐり合うかもしれない。そんな希望を残しておきたかった。私の、些細な我儘で『破滅の日』の別れのやり取りは変化している。
『破滅の日』が過ぎたのちの映像。映像では愛染みらいがひとり立ち上がる。
そして、静かに、ゆっくり歩いていく。
明るい道を、少しずつ、前に。
『ひとみ。私は今も……元気だよ』
記念映像はそこで終わりを告げる。
記念だけれども、少し物悲しくて、それでも前を向いている。
そんな独特な味わいがあった。
映像内の愛染ひとみの台詞は私が言葉にしているわけではない。私の役を演じてくれた月灯かがみが発している。
その言葉を、私は静かに受け止める。
……今、私が元気かどうかはわからない。だけれども、こうして生きていることには意味があるはず。きっと。
かつて『愛染未来』として一緒にいた今の私……『久遠未来』なら、こう言葉にする気がする。
どうやら、アニメで活躍している『私』ほど、私は前向きになれてないみたいだ。
自分のことに少し苦笑しながら、ステージを見守る。
ステージで、愛染みらい役の月灯かがみが静かに語る。
『未来に続く物語の制作を予定してる』
『続報はまだ出せないけれど、前向きになれる物語を届けて見せる』
その言葉に拍手が響き渡る。
愛染瞳の物語は『ひとみ・アイゼン』で完結している。
しかし、まだ私の物語は続いている。私が生きている証を物語にできる。
……それでも。
「今の私の物語って、なにがあるんだろう」
瞳と一緒にいた世界を映したあのアニメのように、私という存在は誰かに感銘を与えることができるのだろうか。
それだけは、考えても思い浮かばなかった。