第37話 平和のサイン
『久遠の魔法少女』の夢を見た後日。
私とアイはかなたに提案された通り、サイン会兼撮影会を行うことになった。
場所は花吹雪町の中央公園。かなりの大きさのある空間だ。
「ふふっ、たくさん集まってきてますね」
サイン色紙の準備を行いながらアイが私に微笑みかける。
「こういう場面、想像したこともなかったから色々心配なんだけど……」
「大丈夫ですよ、皆さんきっとルールは守ってくださると思いますし」
「まぁ、私にできることをやっていけばなんとかなるか」
練習用にひとつ用紙を貰って、そこに私なりに考えたサインを書き込んでいく。
羽根の模様に月を重ねたような形のサインだ。その隣に夜空をイメージして青いペンで私の名前を『みらい』と書いて記載する。
「その羽根は未来の魔法少女としての服を意識しているということですかね?」
「そうだね、普段の魔法少女服の袖の部分の模様を形にして私っぽくしてみてる」
瞳から羽根みたいで綺麗だと言われた時から、ずっと羽根の模様として認識している。
魔法少女としての姿を意識したのも、見た目を言われてからだった気がする。
「では、月はなにを意識してるのでしょうか?」
「第一はみらいのパブリックイメージかな」
「珍しい横文字を使いますね」
「そう?」
補足で説明した方がいいかもしれない。
そう思いながら言葉を続ける。
「ひとみは太陽のような印象を与えていて、みらいは月のようなイメージって言うのはアニメを見ている人からすると結構定番みたいで」
「なるほど、それにあやかると」
「そういうこと。まぁ、私自身太陽よりは月の方が雰囲気的にそれっぽいは感じてるから、アクセサリーでもそういうのを意識して買ってたりとかもしてる」
静かな雰囲気が月っぽいとか、衣装の青さが夜空っぽいというのはよく言われていて、私の衣装とかを参考にした『ひとみ・アイゼン』におけるみらいの魔法少女服もおおよそそんなイメージになっている。
「ふむ、そうなんですね。……第二の理由とかありそうな言い方を最初にしてましたが、他にはなにかあるんですか?」
「もうひとつは単純で、アニメでみらいの役を演じてるかなたに対する敬意」
「敬意?」
「彼女のフルネームは月灯かがみ。文字通り月の印象もある魔法少女だから」
「未来も彼女のことを意識しているという意思証明ですね」
「うん、かがみの演技、凄いからね」
私が歩んできた物語も、彼女が演じることによって別の味わいを生み出すことがある。
その当時の思い出を鮮明に振り返ることができるのは彼女のおかげだ。
準備が整っていき、サイン会兼撮影会が始まろうとする。
私が座っているテントの付近には背景を魔法で投影できる撮影スポット、テントの中には大量の色紙が用意されている。
今日はなかなか大変そうだ。
「さて、そろそろサイン会の開始の合図を出しましょうか」
「タイムキーパーと撮影手伝いはお願い。私は手や身体を動かさないといけない関係、そこまで見てる余裕とかないと思うから」
「ふふっ、わかりました。では……」
小さく息を吸い込んで、アイが合図する。
「これから、サイン会並びに撮影会を行いますっ! 皆さん、列を乱さないように並んで楽しんでくださいね!」
アイの声が大きく響く。
彼女が大声を出すことはそこまでないからなんだか斬新に思えた。
「さぁ、ここからが本番ですよ」
ふふっと笑いながら私の隣に後ろに座る彼女。
ここから、私の長い日が始まっていくことになった。
今回のサイン会兼撮影会のルールとして写真を2、3枚撮るか、サインを1枚受け取るかどちらかを選ぶ形になっている。
どちらも行いたい場合は再度並んでもらうという条件を注文されていたので、なるべく待たせないようにテンポよく、そしてしっかりと行動することが求められる。
「で、伝説の魔法少女のサイン……! 一生大切にします!」
「みらい・アイゼンもよろしくね。きっと素敵なお話になると思うから」
「はいっ、絶対見ます!」
歓喜している魔法少女を見つめて、彼女が幸福であることを願ったり……
「大先輩と写真が撮れるなんて嬉しいです! こう……ふたりでいい感じにきゃぴって写真撮りたいですがいいですか!」
「きゃ、きゃぴ……? う、うん、やってみるね」
「やった!」
両頬に指を添えて笑顔になるようなポーズで写真を撮って、少し気恥ずかしい気持ちになったり……
「……結構不思議なサイン?」
「そこまで慣れてないから、そこはご愛敬ということにしてほしいな」
「ううん、変だと思ってないよ! むしろ、庶民的で……こう、励みになる魔法少女の方がいっぱいいると思うし、わたし、応援してます! サインありがとうございます!」
目を輝かせながらも、私を応援してくれる子もいた。
「当時の姿のままって言うのも凄いよね~、あーしなら精神的におばちゃんになりそ」
「……なるべく流行のトレンドとかは追いかけられるように努力はしたいなぁって思ってるよ」
「あはは、『破滅の日』を食い止めた大先輩魔法少女も大変だね。ま、あーしのコスを見つめながら現代系女子を学ぶといいよ」
「ありがとう、色々勉強するね」
ギャルな印象を感じる子とも写真を撮ったりした。
現代系女子。それを知ったらもう少しいい感じの印象を与えたりできるのだろうか。
……全体的な印象として感じることは、やっぱり大先輩として見られていることが多いということだった。
『ひとみ・アイゼン』は基本ノンフィクションの魔法少女の物語だ。実際にあった出来事を参考に作られている。
そうした都合もあって、緊張している人は多いように思えた。
流石に私の目の前にやってきて『みらいちゃん』と言葉にする人は少なく、指で数えるくらいしかいなかった。
「あ、あの、すっごい失礼かもしれないのですが、ええっと……」
中でも面白いなと思ったこととして……
「どうしたの? 安心して、しっかり応じるから」
「ええっと、未来さんとも写真が撮りたいのですが、写真をいつも撮ってるお姉さんも素敵だなぁって思って……! 一緒に写真、撮りたいです!」
「あら」
途中からアイも撮影に参加したりすることがあったのが挙げられた。
「ふふっ、未来ほど有名人ではありませんが、わたしの写真が思い出になるなら、しっかり皆さんで撮りましょうか」
彼女もまんざらではない様子で写真に映っていたあたり、こういうイベントは好きなのかもしれない。
少しずつ写真と書いたサインの数が増えていく。
様々な要求に対応していくことで、次第に慣れていったのもあって、サクサクとやってきた人を案内できるようになった。
「遊びに来たよ! 未来さん!」
「折角なので写真を撮りに来ました」
「レガ、クミ! 公演とかは大丈夫?」
「今日は休み! ふふっ、思い出作りタイムはいつだって大切だから!」
友達の魔法少女が列から現れた時も、しっかり対応できた。
「どんなポーズがいい?」
「ふふっ、マジシャンポーズ」
「レガはサーカス団みたいな華やかな感じにしたいそう」
「そうそう! みんなで笑顔がいっぱいがいい!」
「わかった、じゃあ、みんなで笑おっか」
「うん! アイさんも一緒に撮ろう!」
「えぇ、わかりました」
協力しあったひと時のことを思い出しながら、嬉しい気持ちになる。
色々な縁が私を繋げてくれていると。
写真を撮り終わったふたりは微笑みながら手を振っていた。
「じゃあ、またね! 困った時はいつでもレガちゃんとクミが手を貸すよ!」
「だから、気軽に頼ってください」
頼りになる言葉。
それを聞いてもっと頑張ろうと思えた。
またしばらくの時間が経過したのち、今度は別の友達が顔を覗かせてきた。
「シャンテっ」
「色々興味が湧いて……あっ、あたしのやつはサインでお願い」
色紙を手に持ち、だんだん書き慣れたサインのマークを記載していく。
「何に興味を持ったの?」
「サインの書き方。……その、あたしもこういうのを書く場面になったらどういうのにすればいいかの参考にしたくて」
「なるほど……勉強熱心です」
「だから、渾身のサインを見せてほしいんだ!」
「渾身かはわからないけど、書いてるうちに自分の形のひとつになってきた感じはあるよ。……ほらっ」
迷いなく完成させてサインを渡す。
それを見たシャンテは感嘆の声をあげていた。
「いい感じ……! あたしもこういうサイン書けるように頑張ろうっ」
「応援してるね、シャンテ」
「うん……!」
サインを受け取ったシャンテも列から離れていく。
「師匠はエンディング制作で大変そうだけど、あたしは暇してるから何かあったら力になるよ!」
「ありがとう! じゃあ、また今度ね!」
「うん!」
彼女もまた、私に対して協力してくれると言葉にしてくれた。
「素敵な縁ですね」
「うん、本当にそう思う」
みんなから貰った活力を持ってさらに行動していく。
やがて時間は休憩を挟みながらも夕方になり、次第に終了が近づくにつれて、人の数も少なくなる。
「今日は頑張りましたね、未来」
「そうだね。みんなの笑顔を増やすことができたなら、それで満足」
夜空の星が見えてきた終了時間になると、人はいなくなっていた。
人が賑やかだった瞬間を考えると寂しい気持ちにはなるものの、アイとおちついて話せるようになったのは日常が戻ってきた感覚にもなる。
「平和に終わってよかったですね」
「……トラブルはなくって安心した」
列を故意に乱す人もいなければ、不安を煽るような存在もなかった。
しっかりとみんなルールを守ってくれていたのもありがたかった。
「ただ、『久遠の魔法少女』の情報は得られなかったですね」
「……目立つ行動はしてたけどね」
もう一つの目的のことを考えている余裕は正直なところなかった。
目まぐるしい時間もあったのもあって、気をまわせていなかったという部分が大きい。
「何事もないのでしたら、それに越したことはないですが」
設備を片そうとしながらアイが動いていた時だった。
「待って」
ひとり、魔法少女が私たちに歩いているのが見えた。
これまでに見た魔法少女とは雰囲気が違う。
いや、雰囲気どころか……
「彼女、見覚えがある」
私は彼女の姿を見たことがある。
漠然としていた夢の記憶が呼び覚まされて確信に変わる。
「『久遠の魔法少女』……!」
銀色の髪には白いジャスミンの花飾り。
黒を基調とした制服のような衣装。
凛とした表情。
私が夢で見た彼女の姿そのものだった。
彼女は静かに私に近づき、そして話しかける。
「……興味があったんだ」
彼女から発せられる低めの声からは、悪い感情は伝わってこない。
むしろ、どこかまっすぐな気持ちが伝わってくる。
「興味……?」
「私ではない、誰かが『久遠』を名乗り生きていること。そして、その誰かが『破滅の日』を終息させた人物であること……会ってみたいと、心から思った」
顔を上げて、『久遠の魔法少女』が青く光る眼で私の眼を見つめる。
そして、小さく微笑み言葉を続けた。
「こんばんわ、久遠未来。私は久遠莉愛。『久遠の魔法少女』と呼ばれていたこともある……遠い昔の魔法少女だ」
遠い過去を見つめるような彼女の眼。
それは夜空のように透き通っていた。




