第32話 私なりに歩いていこう
「ここはこんな感じに調整したいけど、合わせてくれる?」
「うん、いいと思う。このあたりのリズムとかはこれで決まりかな」
「聞きやすくていいと思う、それでいこう」
「わかったっ」
シャンテの家に集まる時間。今日も作曲の時間が続いていた。
「あら、随分順調そうですね。ノートも結構色々書き込まれてますし」
そういってアイは歌詞を考案していたノートを見つめる。採用されてない歌詞も使いたくなる日が来るかもしれないので、しっかり温存している。
「色々やることやって満足した上で送り届けたいからね、音楽を」
「なるほど、素敵な発想です」
活動的な姿を見て微笑ましく思うのか、アイは笑顔で私たちのことを見つめていた。
ここ数日の音楽への活動内容は順調だ。自分たちの感情の振り返りを行ったことによって気持ちがすっきりしたのもあってか、前よりも作詞や作曲のペースが進歩していると感じられるようになったと実感できる。
……当然、うまく行かない日もあるけれども、そういう時は仕方がない。考えても思い浮かばない時は休んでいた。
「最初にサンプルとして作ってた歌詞はどうする?」
「ある程度残しておきたいって思ってる。けど、それなりに変える予定でもあるかな」
「そ、そうなの? 二番とかの歌詞にしてもいいかなとは少し思ってたけど……」
「うん。なんていうか、瞳に対しての暗めの感情が出てるような感じがあってね。それを明るい方面にしておきたくて」
「今も健康に生きてるよみたいな感じに、かな……?」
「方向性としてはそれに近いかな。背負って生きるんじゃなくて、想いを抱いて生きるみたいな……うーん、説明しずらい」
歌詞を書いていても、なかなか表現の壁にぶつかることは多い。
それなりに国語力とかはあるとは思うんだけど、専門的な知識とかがないから、どうにも言葉にするのが難しく感じる。
ふと、考えていたアイがこれ、と言いたそうに言葉を発した。
「受け継ぐ、みたいな感じでしょうか?」
「そうそう、そんな感じ! ……でも、受け継ぐって結構形式っぽい感じがあってちょっと硬い雰囲気なんだよね」
「では、こういうのはどうでしょう。『あなたのくれた想いをそっと胸に抱いて』」
「……いいね、そういう形で行こう!」
雰囲気として柔らかく、優しい感じになった。
この言葉の並びはなかなかいいのではないだろうか。
「わかった、じゃあ色々また譜面を調整してみるね。……でも、あたしもちょっとびっくりかも。アイがいい感じの歌詞をぽんって閃くって凄い」
「いいえ、私だけの力ではありません。ここにある色々な言葉を合体させてみただけです」
そう言いながら、作詞ノートを見つめるアイ。
感慨深い様子で、彼女が言葉を続ける。
「何かを作成する時はどうしても主観的になりがちなものです。自分で書いたものを客観的に見るというのはできなくもないですが、作成した記憶があるので、何かを見落としてしまうこともあります。そういう時は、第三者の目があるとなにかと便利だったりするのですよ」
アイの言葉を受け止めて、改めて私のノートを確認する。
そこに書かれていた言葉には、律儀に『想いを胸に抱く』といったフレーズが書かれていた。
なるほど、ここから着想を得たということか。
「第三者の眼というのは音楽に関しても有効だと思います。自然な形で今、シャンテと未来がやっていますのでそれを継続していけばいいものが作れるかと」
「アイの協力もあるとありがたいけどね」
「ふふっ、そうですね、なるべく力を貸せるようにします」
繰り返し続ける作曲作業。
気になった部分を指摘して、歌詞に悩んだら相談するのを繰り返す。
地道な作業と言われるかもしれない。だけれども、楽しい感覚もそこにはあった。
「この音楽にいつか映像が付いたりするんだよね。どんな感じになるのかなぁ」
「絵コンテに首を伸ばすと作成期間が鬼のように増えそうですが、やってほしい構図くらいは多分未来が話せば乗っかってくだ去ると思いますよ?」
「そういうのいいなぁ、ロマンかもっ」
「アニメーションの映像かぁ……」
将来の話。オープニングには映像が付いてくるのは間違いない。
その映像にどんな表現を加えてほしいか、指摘したりする。
……過去にもこういう場面があった気がする。
「そういえば、瞳もオープニングに対して色々言ってた」
ひとみ・アイゼンのオープニングの制作には私は関与していなかった。あとから聞いた話によると、私が関わらないようにして作っていたみたいだ。
私抜きで色々制作していたのは、瞳が私に対してサプライズを送りたかったという部分が強かったというのはよく覚えている。
「あら、瞳さんが? 意外です」
「何が意外なの?」
「ああいえ、瞳さんってなかなか『いい子』って印象ですので。勝手にわたしの中で素直に通したんじゃないかと思ってました」
「言われてみれば……アニメでもひとみちゃんって結構いい子属性強かったよね」
ふたりが頷きながら言葉を交わす。
それに対して私は、昔のことを思い出しながら小さく笑って答えた。
「瞳は確かにいい子って印象は強いけど、それ以上に頑固でもあるよ」
「……といいますと?」
「自分の譲れない想いを貫く為なら、まっすぐ意思をぶつけてくるタイプ」
「ヒーロー気質っぽい」
「うん、ヒロインであると同時にヒーローだった。……アニメーションの時にそれが発揮されてたっていうのは後から聞いた時、驚いたけどね」
世界を救うという信念のもと、『破滅の日』を止めたというのは間違いなくヒーローと言っていいだろう。
けれども、彼女は等身大の少女でもあったと私は言える。ちょっとわがままで、笑顔が印象的な魔法少女。そういうイメージも強い。
「瞳さんはどういうこところに拘ってたんですか?」
「本人の話だと二人そろっている場面と日常風景を増やしてほしいって言ってたみたい」
「言われてみれば、戦闘の場面よりも日常描写が多かったような……?」
「うん。瞳は『これからも日常を大切にしてほしいし、一緒にいた時間をいつでも思い返せるように』って言ってた」
ちょうどオープニングが完成したのは最終決戦の数日前だった。
そこで初めて私はオープニングを見て、瞳から笑顔でそう言われたのはまだ鮮明に覚えている。
あの日の感情の揺れ動きは今でも、印象に残っている。
「一緒に見ることができたオープニングだったんですね」
「そういうこと。これから手掛けることになるオープニングが私主体でなにかしら口出しできるなら……」
少し考えて、目を瞑る。
瞳の姿を映すのもいいかもしれない。けれども、それは寂しさを増してしまうのではないだろうか。
ひとりで生きている姿を映すか。それもやっぱり静かな印象を与えてしまいそうだ。
それなら。
「アニメに登場するみんなの楽しそうな姿を映してみたいな」
「それは……」
「アイ、レガとクミのふたり。カランドやシャンテとの出会いを表現したりするのも楽しそう」
「えっ、えっ? あ、あたしもアニメに?」
「うん。なんだかんだで、お話も書いてるからね」
そう言って作詞ノートとは別のノートを取り出す。
こっちに名前を付けるなら物語ノートといったところか。それなりにずっしりした量になっている。
「これまでの起きたことを記録してるんだ。なにかしらアニメのお話の題材になるようにね」
「実際に起きたことを前提としたお話を描いた作品でしたからね、ひとみ・アイゼンは。その流れを組む形でそうなってる感じです」
「つ、つまり、あ、あたしも、アニメデビュー……?」
「もしつらいなら、断っても大丈夫だよ。エピソードは色々私も考えてるから……」
言う機会がなかったのもあって伝えられてなかった。
もし嫌な気持ちにさせていたら申し訳ない。そう思いながら、念のために確認する。
「ゲ、ゲストとして参加していいなら……あたしも、やってみたい!」
「ふふっ、だそうですよ、未来」
「いいの? レガやクミみたいに顔出ししてるわけじゃないんじゃ……」
「そ、その……あたしが誰かの応援になれそうな機会だから、やってみたいんだ。前向きになるきっかけになるなら、きっと幸せなことだからっ!」
まっすぐ見つめる視線。
その表情には覚悟があった。
彼女の想いを受け取って頷く。
「わかった。しっかりお話として記載していくね」
「ありがとう、未来!」
「でも、私ひとりで書くとズレが発生する可能性があるから、きっちり確認してほしいからよろしくね」
「ふふっ、客観的な視線というものですね」
「そう、そういうこと」
みんなで笑い合い、改めて集中力が高まる。
このエピソードをしっかりとしたハッピーエンドにする為に。
そして、しっかりと自分たちがやり遂げたという気持ちになれるように、音楽作成をしていく。
きっとうまくいく。そう信じて。
「よし、ここからエンジンかけてこう! あたしも頑張ってく!」
「調整しながら作詞も考える。大変だけど、しっかり動くよ」
「相談役はいつでも任せてくださいね。皆さんの活動を全力で支援しますから」
私は瞳のように生きられるわけではない。
だけれども、私として生きて、考えることはできる。
私なりの歩幅で歩いて、みんなと寄り添って会話していく。
そこから見えてくるものを掴んで、新しい物語にしていきたい。
繰り返す作曲、メロディ作成。
組み合わせる作詞に、歌う声。
何回もリピートして、悩んだ結果。
ひとつの音楽が完成した。
「よし、これでマスターアップ!」
シャンテの声が高らかに響く。
彼女が振り向いて、私に笑顔を見せる。
それに対して、私も笑顔で答えた。
「聞かせに行こう」
「うん!」
音楽が完成した日。
私たちには、自分を表現できたという確信が胸の内に存在していた。




