第30話 秘めた心の内を明かせば
「視点を変えるべきだと思うんです」
私とアイが暮らしている家の客室で、アイの声が響く。
今日集まった場所はシャンテの家ではなく、自分たちの家。
そこで私たちはテーブル越しの椅子に座り会話している。
私とシャンテが隣同士、アイがひとりテーブル越しに座っているという具合だ。
「視点を変える……って、どういうこと?」
きょとんとした表情のシャンテ。
今日は音楽を作成するのではなく別の目的で集まっている。
……私も詳しいことはわからない。家に集まるように提案したのはアイだからだ。
「目の前のことだけに集中すると、見落としが発生する可能性があります」
「そうならないように、別の観点からものを見るということかな」
「そういうことです。アニメーションのオープニングを作るのは確かに私たちの今の目標ではありますが、あえて遠回りをしてみるべきだとと思ったのです」
そう言葉にしながら、アイはなにやら紙でできた資料をいくつか用意してきた。
アンケートのような形式になっている資料には、私やシャンテが書き込む為の空欄も空けられていた。
「ええっと……テストとか、そんな感じかな」
「堅苦しい内容の試験ではありませんよ」
「そうなの?」
「はい、どちらかというと心理テストの方が近いかもしれません」
微笑を浮かべながらアイが続ける。
「シャンテは音楽に対しての想いの原点、未来は瞳に対しての感情を色々書いてもらえたらなと思ってます」
「原点……すぐ言葉にするのはなかなか難しいかも」
「大丈夫ですよ、少しずつ言葉にしていきましょう」
目を薄めながら悩む仕草を取るシャンテ。
私も心理テストには応じていかないといけないので、しっかりと向き合わないといけないだろう。
静かに頭の中で考える。
「行き詰った時は、自分の正直な気持ちに向き合うべきです。少なくとも、選ぶ状況になった時、わたしはそうしました。……未来も瞳さんに対しての感情は想起できますよね?」
「それは……」
実のところ、完全にできると断言するのは今でも難しいと言える。
瞳に対しての感情というのはなかなか自分の中でも決着がついてないものも存在する。ある程度は整理整頓していたとしても、細かい部分で気にしてしまう箇所があるというのが現状だ。
……それでも、こういう機会が与えられたということは向き合うべきだということだろう。
「できる限りのことはやってみるつもり。言葉にすることで新しくわかる気持ちもあるはずだから」
「少しでも前向きな返事が聞けてよかったです。では、早速色々お話していきましょうか。胸の内を明かそう大作戦、みたいな感じで」
「……名称に作戦とかつけるの好きなの?」
「ふふっ、緊張感をほぐしたい気持ちからそうつけているだけですよ」
「な、なるほど」
ゆったりとした空気の中、自分を見つめる時間が始まった。
「では早速ですが、シャンテは音楽とはどういう気持ちで向き合ってますか?」
「い、いきなりだね……なんていうか直球……?」
「えぇ、ストレートに聞いた方がよさそうな質問は大胆に聞いてみます」
少し悩み、シャンテは答えた。
「自己表現、かな」
「自己表現……自分をアピールできるみたいな感じですか」
「それもある。あるけど、うーん、なんて言えばいいのかな……自己表現したい気持ちはあるんだけど、あたし自身が目立ちたいわけじゃないみたいな、変な感じだけど、そういうので……」
「目立ちたくないですが表現したい……なかなか不思議ですね?」
「う、うん、それは自覚してる。まだ、シャンテっていう魔法少女として有名になってるわけじゃないし、まだまだ凄い人に比べると未熟。……えっと、なかなか表現が思い浮かばないけど、あたしじゃなくて音を聞いてほしいみたいなそんな感じ、かな」
「なるほど……未来はどう思いますか?」
突然私に話を振られる。
彼女と私の悩みは全然違うし、音楽畑の人ではないから、シャンテの漠然とした感情に答えを示すのは難しいだろう。
それでも、気になったことは話していけるはずだ。友達として。
「私の主観で話すから、間違ってたらごめんね。私が感じるシャンテの音楽による自己表現には、明るい感情を伝えたいっていう気持ちがあると思うんだ」
「明るい感情? ええっと、どういうことかな」
私の言葉にシャンテがきょとんとする。
もしかしたら無自覚な部分もあるかもしれない。そう思いながら、私は言葉を続ける。
「ピザパーティーみたいな形で夕食を取った次の日のこと覚えてる?」
「えっと……朝早く起きて、音楽を創ったかな」
「そう、それ。その時に聞いた音楽の感じが印象的でね」
「ど、どういうところが印象的だったの?」
「前向きになるような明るい感情が音楽全体から届いてくるような感じがあったんだ」
「そ、そんな感じだった? あたし、いつも通り自分のペースで作ってただけなんだけど……!」
驚く表情を見せるシャンテ。
やっぱり無意識のうちにそういった感情をこめているのかもしれない。
「あら、気になりますね、その音楽。恐らくわたしは聞いていませんよね?」
「聞いてないはず。朝早かったから」
「き、聞いてみても大丈夫だよ。題名は『些細で、それでも思い出になる一日』って言うんだけど……」
「聞いてみたいですね」
「わ、わかった」
魔法端末を取り出し、シャンテが音楽を流す。
ちょうどピザパーティーの次の日に作られた曲だ。
日常の明るい雰囲気を表現したほんわかしたものになっている。
音楽の再生が終わり、少しの時間が立ったのち、アイが言葉を発した。
「かなり自然な印象を受けますね」
「ど、どういうこと……?」
困惑するシャンテにアイが答える。
「音の調律に迷いがない……という感じでしょうか。自然とやりたいことができているような雰囲気を受けました」
「特になんにも考えてなかったのに、そうなってたんだ……少し、不思議かも」
「では、次の質問をしてみましょうか。シャンテが表現したくなったきっかけはなんですか?」
「き、きっかけ。それは……」
突然、言葉に詰まるシャンテ。
話していいのか悩んでいるような様子だ。
「無理に話さなくてもよいとは思いますが……ただ、きっとこれは重要なことだと思うのです」
「重要って?」
「未来の瞳さんに対しての思い入れみたいなものです」
「……なかなか言葉にしずらいやつだよね」
「そういうことです。でも、そういう胸のつっかえを取った方が色々楽になると思うのです」
悩むシャンテ。
それを見守るアイ。
私も静かに動向を見守っていく。
少しの時間が経過したのち、シャンテは口を開いた。
「その……あんまり自慢できることでもなければ、凄い理由でもないけど、それでも、いいかな」
「大丈夫ですよ。少なくとも、馬鹿にしたりすることはありません」
「どんなことでも受け止めるよ。真剣に聞く」
「……わ、わかった。じゃあ、話すね」
意を決した表情になったシャンテ。
迷わないという意思を感じる。
「その、あたしさ、好きなアニメがあったんだ」
「好きなアニメですか」
「うん。そのアニメって最初はみんな好きって言ってたんだけど、中盤あたりからの展開があんまり評判が良くなかったみたいで、どんどん悪口が増えていったんだ」
「悪口……」
「でもって、最終話付近になるともう好き放題言われちゃうようになって……気が付いたころには、明るい話を聞かなくなっちゃったんだ」
「それは災難でしたね……」
「で、そうなってくると好きって言ってる人にも攻撃が入ってきたりするんだ。『こんな作品が好きだなんておかしい』ってね」
「いくらなんでも、それは……!」
あんまりだと思った。
好きだったものが嫌いになったから、攻撃を行う。それは関心があるから発生することかもしれない。
けど、それは、なんていうか、切ない。
私は……嫌いだと、嫌いになったりするのはしたくない。
「うん、変だなって思った。だから、あたしは表現したくなったんだ」
「明るい感情を引き起こす為に、ですか?」
「そう。マイナスの感情ってどこまで行っても広がっちゃうものだから、明るいことをもっと広げたい、なにかしてみたい。そう思うようになったんだ。あたしにできることはなんだろう。悩んでいた時に、できるようになっていったのが作曲だったんだ」
そう言葉にしながら微笑むシャンテ。
優しい表情だ。どこか、落ち着きも感じさせる。
「好きだったアニメのアレンジ楽曲も二次創作として作ってみたこともあった。今も好きだから、時々作ってもみてるよ。それで、思い出に浸れる人が少しでもいるのなら幸せだって思って、いつも作ってるんだ」
「なるほど……」
反応しながら、唇に指を添えるアイ。
なにか、言いたそうな雰囲気だ。
「もしかしたら、シャンテの自己表現への感情が今回のオープニングに込めきれなかったというのは大きかったのかもしれませんね」
「ど、どういうこと?」
「どんな人に届けたいか、というのが明確じゃなかったと思うのです。目標があったから作った、という部分が大きく、シャンテさんが思うがままに作れる音楽になってなかったのではないか……そうわたしは思うのです」
「あっ……」
その言葉にハッとするシャンテ。
彼女自身、その意味を理解したのだろう。
「作らなきゃ、作らなきゃって気持ちがいっぱいになってて、凄く悩んでたんだ。これでいいのかなって。でも、それだとうまくいかなかったんだ……!」
「もちろん、締め切り通りに準備できたのはとても良いことだと思います。ですが、シャンテならもう一歩踏み出せると思うのです。……気持ちの整理整頓ができたら、きっとうまくいくのではないでしょうか」
「う、うん……! なんとなくだけど、霧が晴れてきたような……そんな感じがする!」
明るい表情になるシャンテ。
彼女の心の内を明かしたことによって、やりたいことが明確になってきたのだ。
アイが用意した場によって、少しずつ変化が促されている。それはとてもありがたいことだと思った。
「シャンテさんの音楽に対する気持ちが自己表現の感情が強いというのがわかったのは大きな進歩と言えますね、では、次のステップに移るとしましょうか」
「次は私の瞳に対しての感情を打ち明ける番だよね」
「えぇ、そうですね。歌詞にだって感情は宿るもの。色々気持ちをすっきりさせた方が先に進めると思いますからね」
「わかってる、なるべく言葉にできるようにしていくよ」
「出し惜しみはしないようにしてもらえたら今のパートナーとしても嬉しい限りです」
「頑張る」
「む、無理しないでね、未来……!」
「大丈夫、向き合わないといけないっていつも思ってるから」
シャンテはしっかりと自分の気持ちに寄り添うことができた。
次は私の番だ。私なりに、自分の感情を整理整頓していかないといけない。
瞳に関する思い。その中にはプラスとは言い切れない感情だって存在する。それらに向き合って、言葉にすることによって見えてくるものもあるはずだ。
かつて瞳と私で暮らしていた家。今はアイと私が暮らしているその空間での会話は、見えている世界を広めてくれているとなんとなく感じていた。




