第29話 それが本当に響かせたい音なのか
最初の提出期限として定められた時になった。
シャンテと会って、二週間後。音楽の形をそれぞれ考えて、ある程度の形になったとは思う。
……漠然とした不安はあるけれども。
「どうしましたか、未来」
カランドに指定された場所は、花吹雪町にある防音室。彼女がレコーディングを行う時にも使う空間で、かなり本格的な空間になっている。
そこで私は、落ち着かない気持ちになっていた。
「こういう瞬間にあんまり馴染みがなくって、緊張してる」
「わかる。なんていうか、そわそわっていうかぞわぞわっていうか、プレッシャー的なの感じてる」
私の言葉にシャンテも小さく頷く。
「張りつめすぎると気持ちが沈んでしまいますよ、もっとリラックスするべきです」
「リラックス……わかった、やってみるね」
「結果がどうなるかはわからないけど、気持ちを引き締めすぎると身体にも負担がかかるから、無理はしないようにね」
真っ白な空間には私とシャンテ、アイが椅子に座っている。椅子の前には長机がふたつ。その上には、今回録音した音楽を収録した魔法端末が置かれている。
机を挟んだ先にあるみっつの椅子にはカランド、かなた、かがみの為の椅子が用意されていて、少し見方を変えると面接のような空気感を覚えさせられる。
「さて、そろそろやってきたみたいです」
防音室の扉が開き、三人の魔法少女が姿を現す。
「やっほー、みんな! ボクはやる気絶好調だから、覚悟しておいてね!」
そう言いながら笑顔でやってきたのがカランド。
「未来さんとは、なんだかこういう空間で話すことが多い気がします」
「なんとなくわかるかも」
「ふふっ、最初の台本を見せてきた時みたいにしっかり感想は伝えるつもりです、よろしくお願いしますね」
「ありがとう、しっかり受け取るね」
次にやってきたかなたは小さく微笑みながら私に話しかけてきた。
妥協のない意識があるからこそ、アニメーションもよいものになるというものだろう。私もしっかり感想を受け取っていきたいところだ。
「あたしは音楽の専門知識については正直からきしだけど、作品に込められた熱を感じ取ることはできると自負してる。だから、フィーリングを伝えていくよ」
「フィーリング……うまくできてると、いいけど……」
かがみからは言葉にしている通り、熱を感じさせるような強い真剣さを感じる。
シャンテは少し不安そうになっているものの、それでも、目は背けていなかった。
「さてさて、これで全員だよね! ふふん、ボクの目の前にある魔法端末の中に音楽が入ってるってことだよね!」
「はい、そうです。あと今回、皆様に聞いてもらいやすくするように、魔法端末に合致するいい感じのスピーカーも用意しています」
そう言いながら懐から中型くらいの大きさのスピーカーを取り出すアイ。
なんていうか、用意周到だ。
「しっかりしてますね……」
「ふふっ、皆さんのサポーターですからっ」
慣れた手つきで用意を行い、接続が完了する。
いよいよ聞いてもらう時間だ。
「では、音楽を流しますね」
アイが音楽の再生を行い、部屋全体に音楽が響き渡る。
バイオリンの音から始まるメロディ。
私が悩んで書いた歌詞。
シャンテの歌声。
それぞれの音が響いていく。
それらの音を聞いて、私は考える。
旋律そのものは問題ない。綺麗に聞こえているだろう。
シャンテの歌声も綺麗だ。なめらかで、聞き取りやすくて、まっすぐな声量。
だけど、なぜか物足りなく感じる。
……これで、完成だとは思えない。
曲を耳にすると、その感情は強くなるばかりだ。
気が付いたころには、スピーカーから音が聞こえなくなり、音楽の再生が終わっていた。
カランドは悩んでいるような、それでいてどこかを伝えたいといったような、難しい表情をしていた。
「……そうだね、あえてひとこと言うとしたらね」
「は、はい」
「『悪くはない』よ」
「悪くは、ない?」
「テストの平均点を狙って、確実にそれを取りに行ったって感じなんだ。無難で、間違いなく、普通にしていれば問題ない音楽。それは間違いない」
「……でも」
「足りないって思ってるんじゃないのかな、シャンテ。まだ、なにかが足りてなくて、無難になっちゃったって思うんだ」
俯くシャンテ。
真剣に取り掛かってなお、わからなかった『足りないもの』の答え。
それに悩んでいるのは私も彼女も同じだった。
「歌詞についてもまだまだ及第点な感じだったかな」
「なにかが足りないって感じ、だよね」
「そう、あと一歩踏み出してほしいっていう部分までは来てるんだよね。だから、いい感じに調和してほしいところなんだけど……」
そう言ってカランドはかがみとかなたのふたりに目を向ける。
「ふたりなら、きっといいアドバイスできるよね?」
「音楽的な知識を求められてない、感覚的なものならば教えられるよ」
「はい、具体的かはわかりませんが……伝えます」
そう言ってカランドはふたりに会話を預けていった。
最初に口を開いたのはかがみだった。
「無難、平均は時に美徳になるかもしれないけれども、ふたりの作る音楽にしてはもったいないってあたしは思ったんだ」
「も、もったいない?」
「どうして、もっと心の中を打ち明けないんだって、もっと素直にぶつけていいんじゃないかって」
胸元に手を添えながらかがみが続ける。
「あたしが役を演じている時は、自分だからこそできる演技を、そして伝えたい表現を全力でぶつけることを意識してる。そうすることで伝えられるなにかがあるんじゃないかって思って」
「全力でぶつける……」
「いいんだよ、怖がらなくて。馬鹿正直にぶつかって、まっすぐ自分の感情をぶつけてみていいんだ。音楽だって自己表現なんだから、自分のやりたいように奏でていいんだ」
諭すように、優しく、伝えるかがみ。
視線はまっすぐシャンテの方を向いている。少し内気な彼女の心に寄り添うようにかがみは伝えていた。
「もちろん、今日言われたことがショックなのはわかる。失敗したって考えるとへこむし辛い。でも、いいんだ。一歩ずつ進めばいい。きっとうまくいくから」
「……う、うん。頑張って、みる」
暗い表情になっていたシャンテは、彼女の励ましによって少し明るい顔になっていた。
励まし上手なのが伝わってくる。
「あと、未来もきっちり再起すること! まぁ、未来に限っては大丈夫だろうけど」
「……私の扱い、少しいい加減なような」
「隣で不敵に笑ってるパートナーさんもいるし、平気そうだって思ったからさ。それに、沈んでた頃よりは活動的で元気そうだし」
「私に対してのアドバイスとかはないの?」
「それはかなたにやってもらおうって思ってた。かなた、いける?」
「はい、大丈夫です」
静かに微笑みながらかなたが私を見つめてくる。
少しプレッシャーを感じる視線だ。伝えたいことがあるのがはっきりとわかる。
「未来さんはカラっとしてるようで意外とナイーブですよね」
「ナイーブ……」
「改めて歌詞カードで歌詞を見つめて思ったんです。現状を踏まえた上で描かれた歌詞はしっかり描けているのですが、昔のことを記載していないと」
「瞳のことを踏まえた歌詞がほしい、みたいな」
「身もふたもないことを言うとそうですね。今の心境も大切なのはわかりますが、過去のアニメーションがあっての続編なのもあって、瞳さんを思う歌詞がもっとほしかったと思うのです」
「……私が瞳に対して抱えている感情は結構複雑だけど」
「だからこそ、それを言葉にしてほしいんです。難しいのはわかってます、向き合うのがしんどいかもしれません。それでも、やってほしいんです。きっと、未来さんの為にもなります」
「私の為……」
そう言われて、考える。
もしかしたら、まだ逃げている部分もあるのかもしれない。
瞳に向き合いきれてない、私の弱い気持ちが存在していて、それが足を引っ張っている可能性だってある。
前を向こうとしているシャンテがいるのに、私だけが下を向いているわけにはいかない。
それならば。
「……わかった、私なりにまた、向き合ってみる」
「ありがとうございます。月並みの言葉かもしれませんが、応援しています……!」
新しく目標が増えた。
それは大きな進歩だと思う。
少なくとも、漠然とした不安を抱えていた時間よりは、前向きになれているはずだ。
かがみとかなたがそれぞれアドバイスを言葉にしたのち、カランドは笑いながら話しかけてきた。
「よかったぁ、反省会ムードでしょんぼりって空気にならなくって! 前向きになってくれたなら、ボクたちも嬉しいよ!」
「わたしがフォローに入る心配もなかったですね?」
「あぁでも、アイにはやってほしいことがあるよ」
「わたしに、ですか?」
きょとんとするアイ。
それに対して、素早くカランドは隣に移動して耳元でなにやら話していた。
その言葉を受け止めたのち、アイは頷き、笑顔になっていた。
「えぇ、そうですね、それは賛成です。是非やっておきます」
「頼んだよ、サポーターさん!」
「わかりました」
成功したとはまだ言えない音楽作成。
それでも、新しい音を作るきっかけになったはずだ。
私たちが本当に響かせたい音はなんだろうか。
私たちが、伝えたい思いはどんなものなのだろうか。
それらの答えはまだ見つかっていない。
でも、きっと大丈夫。私たちは前を向けているのだから。
防音室で音楽を聴いてもらう時間。
新しい視野で音楽を見つめられるようになったと信じていた。




