第1話 深夜のパトロール
『想い願ったストーリーは きっと未来に届くから』
『ほら、進もう 希望の明日へ』
深夜。
ヘットフォンから流れる音楽に耳を傾けながら、見知らぬ街のビルを飛び回る。
あの日から十年立ったとしても、世界から完全に魔物がいなくなるということはなかった。
人々の負の感情から発生するエネルギーを媒体に成長する魔物は、時々魔法少女が退治しないと人々に危害を及ぼす。その被害を未然に回避する為に、魔物を撃退するのが魔法少女の役割だ。
……もっとも、世界の危機ほどの深刻な事態になるようなことはもう無くなっているのだけれども。
「今、魔物と交戦している魔法少女は……」
魔力探知を行い、他の魔法少女の気配を探る。
私たちが生きているこの世界において、魔法少女は特別珍しい存在というわけではない。
人々の多くは魔法少女の活動をある程度知っているし、魔法少女として生きることを仕事にしている存在だっている。
……ふと、上空から見かけた魔法少女はそういったベテラン系な魔法少女ではなさそうだ。
「やったよ、アカネちゃん! 敵を倒したよ!」
「ばっちりだね、アオイ! 相性抜群!」
ハイタッチをするふたりの魔法少女。彼女たちは、魔物を倒すのに連携が取れていた。そこそこ熟達しているのだろう。
とはいえ、雰囲気から察するに、そこまで年月が経っている魔法少女というわけではなさそうだ。友達と元気に励ましあう姿は、なんというか若々しい。眩しさを覚えるくらいだ。
「……こういうこと考えると、時代に取り残されちゃうかな」
自分でそう反省する。
内面的には大人といってもいいとは思うけれども、私は魔法少女なのだ。もっと気持ちを明るいものにしないといけない。
改めて状況確認。あのふたりの魔法少女がいる周辺は問題なさそうだ。
飛行速度を上げて、別の地区を探し回る。
魔物の凶暴さは『破滅の日』を迎えたあの日に比べると大人しいと言える。実際、新米魔法少女でも、油断をしなければ撃退できるほどの能力になっている。
しかし、それでも怪我の危険があるのが魔法少女という存在だ。
魔法少女に変身させる存在だって、それは口酸っぱく言葉にする。
「きゃあっ」
空、街の右方面から悲鳴が聞こえた。
すぐに身を翻して行動に移る。
上空から状況を確認。魔法少女と熊型の魔物が戦っている。
魔法少女はひとり。熊の魔物の体格は魔法少女より一回り大きい。
「に、逃げた方がいいよ! 危険だよ!」
魔法少女と一緒に行動しているマスコットが避難を勧める。
マスコットが一緒にいる魔法少女には見習いが多い。
つまり、彼女はまだ魔法少女として修業を重ねていないような存在といえる。
「い、いや、にげちゃ駄目、だよ。そうしたら、みんなが危なくなっちゃう……」
「で、でも!」
全身を打ち付けたからか、少しふらついた様子で魔法少女が立ち上がる。
魔力は乱れ、不安定。それでも自分の身を犠牲にしてでも勝とうという意思を感じる。
ある意味、魔法少女としては立派な姿かもしれない。それでも、危険だ。
無理をして、大怪我をした魔法少女の例を私はいくつも知っている。彼女をそんな風にさせたくはない。
……この状況を見過ごすわけにはいかない。
魔法少女に対して、熊の魔物が襲い掛かる。大打撃を与える為に。
それなら、私は……
「危ないっ!」
「えっ……」
最大加速。上空から降り立ち、魔力を展開。
「……魔法少女を傷つけるのは、この私が許さない」
「グォッ……!」
熊の魔物をはじき飛ばし、魔法少女の様子を見る。
彼女の身体は震えていた。
「あ、ありがとうございます……っ」
「逃げないでここを守ってくれていたんだね。ありがとう」
「わ、私にはこれしかできることがなくて……」
「傷を負ってでも、責任を果たそうとするのは立派で素敵だと思う。だけど……」
「だけど……?」
「大怪我したら、両親やみんなが悲しむよ」
「そう、ですよね……」
魔物が再び襲い掛かる。
目標を私に切り替えて、疾走。
「行ける?」
「は、はい。大丈夫ですっ……!」
「私が動きを拘束するから、やっつけて!」
「わかりました!」
魔物に対して魔力の結晶を放つ。
敵の足、そして腕に結晶を纏わせ、拘束させるという大技を決める前の束縛魔法だ。
「グオオオォ」
結晶が足を拘束し腕まで動きを封じ、熊の魔物の動きが止まる。
チャンスだ。
「決めて!」
「え、えーいっ!」
魔法少女の杖に込められた魔力が思いっきり熊の魔物にぶつけられる。
「グガァ!」
その一撃で魔物は消滅し、撃退することに成功した。
「か、勝てたぁ……!」
「お疲れ様、傷、見せて」
「あっ、はい……」
擦り傷のような跡を見つけ、そっと魔力で癒していく。
治癒魔法も私はある程度なら使うことができる。
ひとりで活動する中で、対応しないといけないことが増えていたのも大きいかもしれない。
「ヒリヒリ、しなくなりました」
「よかった」
「おかげで助かったよ! ええっと君……ん? 青くて肩が白い羽のようなコスチューム……?」
マスコットが私の周囲を飛び回り、確認する。
私の魔法少女としての衣装は腕回りは白く、それ以外は藍色や青のような色で調整したものになっている。
「んん? どこかでこの衣装に似た魔法少女を見たような」
昔から変わっていないコスチューム。
変わっているのは、あの当時と違って私の髪が片方隠れているくらいだろうか。
「あの、名前を教えてくださいっ。助けてくれたのに、名前を呼べないなんて寂しいので……!」
「教えるよ」
あの時と少しだけ変わっている、私の今の名前。
その名前は……
「久遠未来」
「未来?」
「久遠、未来よ」
愛染瞳と一緒にいたころは少しだけ違う名前をしていた。
けれども、今の私は久遠未来だ。そう名乗ることにしている。
「未来……もしかして、君は」
「頭の中で想像している魔法少女がいるなら、きっとそれが正解なんだと思う」
「そうか、わかった」
それで納得したのか、マスコットがこれ以上なにか言うことはなかった。
「な、なんの話なんですか……?」
「結構長生きな先輩魔法少女ってだけだよ」
「と、とにかく、助けてくださり、ありがとうございました、未来さん! これからも一生懸命頑張ります!」
頭を必死に下げながら、彼女がお礼を言う。
そんな姿を見つめながら、私は補足するように言う。
「ひとりで頑張りすぎるのは、危険だから他のみんなを頼ったりするのもいいかも」
「他の、魔法少女の方……ですか?」
「この町を守る魔法少女はあなただけじゃないから、きっと、手を取りあえるはず」
「……でも、私……人見知りなんです」
「大丈夫、最初はみんな完璧なコミュニケーションなんて取れないものだから」
私が瞳と出会った時は不愛想だった。
今みたいに話せるようになったのは、対話を繰り返していったから。
最初から完璧に生きられる人なんていない。
「……うまく、できるかも心配です」
「私とこうして話せてるから、大丈夫」
「そう、ですか……?」
「魔法少女はいっぱい可能性を秘めてるの。だから平気っ」
瞳のように眩しく人を導くことはできないかもしれないけれども。
後進の存在を励ますことくらいならできるはずだ。そう思いながら、笑顔で話す。
少ししたのち、魔法少女は小さく笑った。
「わ、わかりました、できることから少しずつ、進歩していきます!」
「その意気っ、じゃあ、私は行くね」
「ど、どこに行くんですか?」
「知らない場所がいいかな。まだ、行ったことがない場所とか」
「わかりました、ではまた」
「縁があったら会えるかもね」
同じ場所に留まると色々考えてしまう。
だからこそ、私は留まらない生活を繰り返してきた。
瞳と離れてから、今に至るまでずっと。
少しずつ魔法少女から離れていって、深夜の街を進んでいく。
「各地で見かけるって情報があると思ったらそういう事情があったんだね」
ちょこんと話しかけてくるさっきの魔法少女のマスコット。
どうやら当時の私を認識しながら、会話しているみたいだ。
「私についてこなくっても」
「どうしても確認したくて。君はどうして、放浪してるの?」
「……留まるのが怖くって」
「君でもそういうことがあるんだね」
「どうしても、ぬぐえない過去があるから」
「そういうものなんだ」
「あの子の心に傷を負わせるようなことはしちゃ駄目だよ。やられた方は引きずっちゃうからさ」
「わかった、肝に銘じるよ」
「それじゃ、またいつか」
「『愛染未来』ちゃんもよい旅を」
「……今の私は久遠未来だよ」
手を振って、別れを告げる。
彼女はきっと立派な魔法少女になる。
そう信じながら、私はまた放浪することにした。
行き先は決めていない。
きっとこれからも、そうして各地を移動して人助けをしていくのだろう。
そう、思っていた。