第18話 その選択は間違いじゃない
異様な魔力量。
それはかつて遭遇していた魔物と似たものを感じていた。
10年前の魔物と同格の強さ。その気迫を覚える。
「クミ、レガ、こいつは私とアイに任せて」
「で、でも、牛王ちゃんだっているから大丈夫……!」
「うまくアシストはできるつもりです、だから……!」
自分も戦える、と構えるふたりに対して、私は首を横に振る。
「ううん、厳密にはふたりには観客の誘導と保護をお願いしたいんだ」
「一緒に戦わなくて、大丈夫なんですか……?」
「平気平気、私はこれでもベテランだからっ」
笑顔でそう言葉にしてみる。
少し不安そうな表情を見せていたレガとクミだったものの、私の様子を見て、決心し行動していった。
「わかりました、怪我しないでくださいね」
「観客はこっちでなんとかする。だから、気を付けて」
牛王三式、そしてレガとクミがそれぞれ観客の元に向かう。
舞台に残っていたのは私とアイ、そしてイヴィルと名乗った男性だけになった。
「僕相手にふたりだけで相手するなんていい度胸しているじゃないか」
「自信過剰というわけではありませんが、未来さんとならなんとでもなると感じるのです」
「減らず口を、正規のパートナーではないというのに」
「……瞳はもういないよ。それに、私はアイだって大切なパートナーだって思ってる」
「未来さん……」
「だから、負けないよ」
「貴様っ!」
私に対して急接近。
そしてイヴィルは爪で襲い掛かってくる。
「……アイゼン・シュヴェルト!」
魔力の結晶で黒鉄の剣を作り上げ、爪に対して剣で受け止める。
イヴィルの爪は切り裂かれることなく、そのまま剣を圧し続けていた。
「ぐっ……!」
このまま力勝負を挑んでも押し負ける。
そう思い、力のかかる方向を逸らし、爪の一撃から抜け出した。
その瞬間、抉れる舞台。強烈な力を持っていることを感じ取れた。
「そこっ」
胴体部分には男性がいる。
だから、その場所以外を狙って切りつけようとする。
狙いは悪魔と化した腕。
しかし……
「ふんっ!」
腕の一振りで返されてしまった。
相手の胴体には傷一つない。
「魔物数十体分の硬さがある! お前たちには止めることはできない!」
「そうですね、確かに厄介です」
目玉の使い魔を展開して、それぞれビームを解き放っていく。
そのひとつひとつはダメージにならないものの、牽制として相手の動きを妨害している。
「煩わしい! 魔物の分際で!」
「ですが、弱点がないわけではないです」
警戒の為に離れた私に対してアイが近づく。
「身体の節々の間に脆弱性を見つけました」
「場所は?」
「いわゆる、人体における関節部分です、狙えますね?」
「大丈夫……!」
イヴィルに対して走っていき、確実に狙いをつける。
最初は右腕の関節部分……!
「ちょこざいな! お前に何ができる!」
「未来さん、全身が輝いています! なにか仕掛けてくるかと……!」
「アイ、攻撃が外部に襲われるのをできる限り抑えて! 私に対しての攻撃は、自分でなんとかする!」
「ほざけっ!」
全身から赤黒い閃光が放たれ地面が抉られていく。
ビームやレーザーの類の技だろう。
「死ねっ!」
全方位に飛び交うレーザー。
アイは使い魔の眼光を利用して、ひとつひとつの攻撃を軽減してゆく。
一方、私はレーザーの一撃を黒鉄の剣で弾いていく。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
それぞれの一撃を受け流して、それでも攻撃が私の身体に刺さる。
「ぐっ……!」
攻撃が当たったのは左腕と右足。熱さを帯びた痛みが身体全体に響く。
痛い、苦しいと身体が叫びをあげる。
「まだ、だっ!」
それでも私は怯むわけにはいかない。私は魔法少女なのだから。
繰り返し放たれる光線に対応しながら、飛翔する。
腕を広げて攻撃を繰り広げている。関節を狙うならば、絶好の機会。
「叫べ! 恐れろ! 絶望しろ!」
繰り返す光線によって舞台は壊れていく。
ひとつ、ふたつ。私の身体にも傷がついていく。
右腕、左腕、胴体。
それぞれ光線が掠り、痛みが増えていく。
痛い、痛い。
でも、まだ、動ける……!
「止まれーっ!」
目標、右腕の関節部分。
飛翔した勢いを乗せて、そのまま狙いをつけて黒鉄の剣を構えて突撃する。
息を飲み、集中して、関節に黒鉄の剣を突き刺す。
「ぐ、ぁああああああ!」
イヴィルの叫び声が響く。
結合した魔物の腕の脆弱な部分に一撃を加えられたみたいだ。
その衝撃の影響からか、敵のレーザーの攻撃が一時的に収まる。
「ここを起点に……!」
突き刺した黒鉄の剣を全力で引き抜き、切り裂いた箇所に狙いを定めて、切り裂く。
「やぁっ!」
斬撃による一撃。それによってイヴィルの合体させていた魔物の右腕を切断することに成功した。
「貴様……!」
大きくふらつくイヴィル。
合体させた魔物の魔力が切り払われたことによって、弱体化している様子だった。
「形成、逆転といったところでしょうか」
ふわりと着地したアイがそう言葉にする。
油断をしないように、私は構えたままイヴィルに問いかける。
「このまま魔物の姿を維持してると、完全に魔物に取り込まれる。はやく解除した方がいい」
取り返しのつかない事態になる前に、解決したい。
その気持ちからでた言葉だった。
しかし、イヴィルは軽く笑いながら、返答してきた。
「く、くくく……どうせ紛い物の腕。別に必要などない。だが、強大な魔力を右腕。そいつを媒介に、悪いことはできそうだよなぁ?」
「何を……!」
切り下ろした魔物の右腕が周囲に黒い煙を発生させていく。
そして、その右手に対して、イヴィルは左手で魔力を集中させていく。
「さぁ、絶望の霧に呑まれるがいい!」
そう言葉にした瞬間、黒い煙が瞬時に私たちを覆い隠した。
もはや、煙は霧のように周囲を覆い隠し、一面を暗く染め上げてしまった。
「ぐぅ……!」
あたりの視界が途絶え、見えなくなる。
近くにいたはずの、アイの姿もいない。
「霧を晴らさないと」
魔力を展開して、初歩的な魔術で風を起こす。
しかし、その一撃だと霧はびくともしない。
『くくくく……この霧は、後悔の光景を映し出す。君には耐えられるかな』
イヴィルの声が空間全体から聞こえてくる。
その真偽を確かめる前に、霧はある光景を映し出してきた。
『なんで、私を見捨てたの』
冷たい声が響く。
聞き覚えのある声、だけれども絶対にもう聞けないあの声。
「瞳……」
それは愛染瞳の声だった。
私のパートナー、私をこの世界に顕現させた魔法少女。
『世界を救わないで、一緒に生きることだってできたはずなのに、どうして私に責任を負わせたの?』
繰り返し聞こえてくるのは嘆きの声。
もっと一緒にいられたはずなのに。
責任を押し付けていたのではないか。
それらの言葉は全部、知らないけど、知っていた。
……私の心の中でずっと嘆き続けていたことなのだから。
『本当は私とずっと一緒にいたかったんじゃないの?』
そうやって、ずっと自分を追い込んでいた。
『間違ったことをした』
繰り返し、嘆いた。
『取り返しのつかないことをしていた』
いもしない人の声を聞いていた。
『本当は自分もいなくなった方がいいと思ってるんじゃないの?』
まるで本人が言ってるように、何回も耳にしていた。
繰り返し、繰り返し、嘆いて、苦しんで、悩んで、わからなくて。
何回だって、繰り返した。
黒い世界、漠然とした不安と絶望が支配する空間。
……この霧は、まるで私の夢のようだ。
その夢の終わりに、目覚めた時に私は何回も言葉にしていた。
ごめんなさい、ごめんなさい……!
届かない謝罪。
誰に向けてかはわからない。
自分に対してなのだろうか。
それとも、いなくなってしまった瞳の為なのだろうか。
ただただ、自分だけが生きているという事実が怖かった。
パートナーを失って、ひとりで生きていくことが恐ろしかった。
……でも、今は違う。
少しずつ時間が経過して、みんなと出会って、変わったことがある。
「そうだね。もしも奇跡があってもう一度会えるならば、私は瞳に会いたい。話もしてみたいって思うよ」
『じゃあ、見捨てたのは間違いだったと思わない? どうして、貴女は私を見送ったの?』
霧の声が思考を誘導するように言葉を繋げてくる。
確かにその声は瞳のものを再現している。だけれども、それは絶対に彼女が言わない言葉だ。
だからこそ、わかる。
この霧は、心を沈ませる為に存在しているまやかしだということが。
「私は、私の選択を間違ったと思わないよ。きっと瞳だって同じことを言うと思う」
『違…! お前…私を…見殺…に…! 恨………!』
霧から発せられる声に徐々にノイズが走っていく。
彼女が言わないだろう台詞。言うはずがない言葉が繰り返されていく。
そのひとつひとつに対して、言葉を返す必要はない。
魔力を展開して、全力で霧を晴らそうとする。
「最善の選択なんて、いつもできてる保障なんてない。どんな選択をしたとしても、失敗しちゃうこともある。だけど……」
黒い霧を晴らすのは光輝く光の魔力。
輝く結晶を魔力として生成。
そこから発する光で突破する。
「積み重ねた選択が、今の私を作るから」
光輝く魔力が周囲を包み込む。
今日使った魔力の最大の一撃。
それが周囲の魔力を晴らしていく。
「その選択は、間違いじゃないんだ」
黒い魔力を、白い魔力が塗りつぶす。
真っ白な世界。
少しだけぼんやりとした意識の中、ふと、声が響いたような気がした。
『もう、未来は後ろ向きになりがちなんだからっ、前向きにならないとダメだよ?』
懐かしい、優しい声。
それは紛れもない、彼女の声だった。
『どんな思い出も、明日に繋がるきっかけなんだからっ、悪い声に騙されないようにしないと!』
どこかの日常で話していたかもしれない会話。
それが、今の私を励ますように言葉として響く。
『大丈夫、魔法少女の未来はきっと明るいからっ!』
その言葉と同時に思い浮かぶ愛染瞳の笑顔。
……明るくて、みんなを支えていた存在。
「ありがとう。私のかけがえのない、魔法少女」
私に色んなことを教えてくれた、大切な人。
日常の尊さを学ばせてくれた、友達。
素敵な日々を過ごしさせてくれた、魔法少女。
……瞳。これからも、私は生きていくよ。
私らしく、自分のペースで。
霧が晴れる瞬間、私の感情も落ち着いていた。




