プロローグ ひとつの物語の終わり
「これは、私が決断した選択だから」
赤く染まる空。
空間が捻じれ、異形の魔物が空を覆う。
それでも彼女……魔法少女、愛染瞳は怯まずに立ち向かっていた。
繰り返し襲い掛かる魔物を煌めく魔法の力で撃退し、たどり着いた果て。
「そうだとしても……!」
「私ね、未来と出会えてよかったと思ってるんだ」
「わたし、は……!」
『破滅の日』
それは、人類が逃れることのできない災厄。
かつて、人類の歴史を滅ぼしたとされる、本来避けられない運命。
運命を捻じ曲げる為の存在さえいなければ世界は滅ぶ。
その因果を変える存在こそ、愛染瞳だった。
「世界を救う魔法少女なんて大役、未来が一緒じゃなかったらできなかったから」
「私、役に立ってた……?」
「いつも、励ましてくれた」
「それが、役割だったから」
「それでも、わたしたちは巡り合えた、支え合えた。それは嘘じゃないから」
精一杯笑顔を見せる彼女。
その言葉のひとつひとつが、まるで最期を意識しているかのようで。
「……まだ、全然瞳のこと知らないよ! この世界のことも、全然わからない! それなのに、あなたまでいなくなったら、私、わたし……っ」
その事実が怖くて、恐ろしくて、私は喚いた。
現実を受け入れたくなくて。
「大丈夫。わたしは知ってるから」
「なにを……?」
「今、目の前で、わたしを支えてくれている魔法少女の未来は、この先の世界を支えてくれるって」
それでも、犠牲になってでも世界を救う。そう決意した瞳は、もう止まらない。
だから、私は。
「……わかった」
彼女を見送る決意をした。
涙を飲み込んで、辛い表情を見せないようにして。
「平和な世界、楽しんでね」
そんな私に対して、瞳は優しく諭すように言葉を繋げる。
まっすぐ、私の目を見つめながら。
「……私は、背負っちゃうかもしれないけれど、それでも生きてみせるよ」
「うーん、呪いにはなりたくない、かな?」
「少しずつ、前向きになれるようにする」
「そっか」
空の空間の裂け目に向けて魔力を集中させる瞳。
彼女に魔力を送り、空間を封鎖する為の最後の手助けを行う。
『破滅の日』の終息。それは選ばれた魔法少女が力を行使することによって完遂するのだ。
「約束、覚えてる?」
「自分が魔法少女のアニメになりたいって話?」
「うん、みんなが笑顔になれるような物語にしてほしいなっ」
「シナリオとかはもう受け取ってるよ。だから、しっかりとした物語になると思う」
「よかった」
そういって安堵の表情を見せる彼女。
実際の私たちの歩んできた日々をアニメーションにすること。
それは、しっかりとした目標となって計画も進んでいる。
「……でも、結末は、どうするの?」
少なくとも『この結末』を私はアニメとして見返すことはできないかもしれない。
思い出すと、辛くなってしまいそうだから。
「うーん、そうだなぁ……とびきりの笑顔で、友情を称え合うみたいな展開とか、どうかな」
「……ちょっぴり、ありきたり」
「でも、いいんじゃない? なんだか明るい魔法少女ものみたいな感じで」
「明るい魔法少女……瞳らしいね」
少し脚色を加えてしまうかもしれないけれど。
明るい物語を届ける、というのはいいかもしれない。
辛いだけの物語、その終わりにはしたくないから。
「涙でさよならは、したくないからね」
「それも、そうだね」
会話の中で、収束した魔力が彼女に集まっていくのがわかる。
そして、私は理解する。
もう、彼女と話せる時間は少ないと。
「瞳」
「どうしたの、未来」
「……絶対に、忘れないから! ずっと、瞳のこと、大切に思い続けるから! だから、瞳、瞳も……私のこと、忘れないで……っ!」
涙を抑えて、伝えたいことを伝える。
彼女がどこに行ってしまうかもわからない。空間の先になにがあるかもわからない。
もう、会えないかもしれない。それはわかってる。だけど、だからこそ、伝えたかった。
私の言葉に対して、そっと顔を合わせて、彼女が言葉にする。
「……忘れないよ。ずっと、ずっと見守ってるから」
「約束。覚えていて、ほしいな」
「うん、忘れないよ、未来」
彼女が私に抱き着き、私もそれを受け止める。
少しの時間の抱擁。それだけで、不思議と心は落ち着いた。
このぬくもりは、きっと忘れない。絶対に。
「じゃあ、世界を救いに、いってきます!」
全ての魔力を展開し、私に視線を向け、飛び立つ彼女。
終わりのやり取り、最後の瞬間。
「いってらっしゃい。私の、かけがえのない……」
瞳が魔力を解放し、空の魔物を殲滅しながら空間の裂け目へと突入する。
そして、煌びやかな魔力が空を覆い、赤い空はやがて青い空へと戻っていった。
最後に私が彼女に言った言葉。
その言葉だけが、なぜか思い出せずにいた。
「……夢」
宿泊施設の部屋のベッドから身体を起こす。
相変わらずだ。あの光景をずっと忘れられずにいる。
「楽しい思い出もいっぱいあるのに」
瞳と過ごしたかけがえのない時間。
そのひとつひとつを夢の景色として見れたら幸せなのに、現実はそう甘くはないみたいだ。
「今日は、どこに行こうかな」
身支度を整え、部屋から抜け出す。
宿泊の代金を問題なく支払って、外に。
「空、綺麗」
ふと見上げた朝の空は青く澄み渡っている。
あの日の赤い空とは違う、平和の色をしている。
ぼんやり外を歩いてたどり着いた公園。ふと、大学生の女の子が雑談していることに気が付いた。
「ねえねえ、『魔法少女ひとみ・アイゼン』って知ってる?」
『魔法少女ひとみ・アイゼン』という名前が出てきたことで、私は思わず聞き耳してしまう。
そのアニメは愛染瞳が生きた証を残すという目的で作られた作品。
私や瞳が戦ってきた時間や瞬間がアニメーションとして描かれているものだ。
フィクションのような魔法少女の物語。だけれども、その本質はノンフィクション。実際にあった出来事を元に作られている。
それもあって、当事者からすると、当時を写し取った思い出の記録になっている。
「懐かしい名前っ、それ、随分前のアニメだよね」
「そう、もう十年前」
「十年前……」
ふたりの会話に挟まらないように小さな声で呟く。
もう、十年も経過している。
あの日の出会い、共闘、そして別れの時から十年も離れてしまっている。
私はあの時から前に進めているのか。
それを考えると、時々不安になる。
「私たちはもう二十歳を超えちゃったわけだけど、大人になれてるかな?」
「んー、わからない。でも、こうして懐かしいなぁって話し合えるのは悪くないかなって思うよ」
「わかるかも」
些細な雑談を繰り返しながら、ふたりの大学生は公園から去っていった。
公園のベンチには私ひとりが残った。
隣には誰もいない。昔を語り合える人も今はいない。
「……私はまだ、大人になれてないよ。瞳」
遠くに行ってしまった彼女に届くかはわからない、独り言だ。
静かに呟きながら、私は自分の掌を見つめる。
大人には程遠い、あどけなさを残した手。大人とも子供とも言い難い思春期のような容姿。
……私が成長することはない。
「私は、『魔法少女』だから」
『破滅の日』を阻止したあの日から、十年先の未来。
私は、魔法少女として生き続けていた。