俺「やれ」女神「はい……」
深夜、誰もいない居間に降りてくると、
俺、黒桐 雨はテレビのリモコンを手にして、
今にも踊りだしそうな感情を隠し切れずにいた。
今日は心待ちにしていた、〝魔法少女・まじかるマリリン〟の
記念すべき第一話が放送される日なのだ。
俺は最近まで、この手の萌え系アニメというものは
見る価値などないと思い込んでいた。
その価値観が一変したのは、俺のクラスメイトである
望月 甘露に家に連れ込まれて、否応なしにとあるDVDを
見せられてからだった。
始めは嫌悪感すら感じていた絵柄であり、
物語もたかが知れていると舐めてかかっていた。
無理やり見せられたのだから屁理屈や難癖をつけて
さっさと帰ってしまおうと思っていたのだが──
──ねえ、アンタが考えている正義って、
そんなに他の考えを認められないようなものなの?
──だ、だって……正義って言うんだったら、その言葉に
絶対に揺らぎがあったらダメなんだよ……!
──いい!?この世に〝絶対〟なんてものは存在しないの!!
それは正義も同じ!誰かの正義は誰かにとっての悪な時だってあるの!!
アンタが自分の正義を信じているように、その人だって心から
自分の正義を信じて行動しているの!
それすら認められないようなら、アンタこそが〝本物の悪〟なの!!
いつの間にか、俺は次の話を、次の話をとせがんでいた。
こんな緩そうなデザインでありながら、その話の中身は
人間性を問うような物語だった。
誰もが一度は考えて、それでも答えは出し切れない。
そんなことにも、見ているアニメは〝それでもお前の考えを示せ〟と
叫んでいるようだった。
「この、アニメは……なんでこんなにも人が悩んでいても
答えにたどり着けないことに挑み続けてるんだ……?」
「むふぅ~、そりゃあ当然ですぞ~。
アニメとは現実世界とは切り離された世界と言えますな、
だから現実では辿り着けない答えにも辿り着こうと
足掻き続けることが出来るんですぞ~。
緩いデザインだから話の内容だって軽いものだって
言う人だっておりますが、時にそんなアニメの方が
現実の真実をついていることだってあるんですぞ~!」
自分の心の浅ましさを見透かされているようで、
俺は恥ずかしくなった。
うわべだけでしか判断できておらず、その本質を見ようとしていなかった。
そして、その事実すらも現実で誰もが気が付くべきなのに
気付くことが出来ないことだと悟った。
それ以降、俺はその手のアニメにどっぷりとハマっていた。
萌えを前面に押し出したアニメだったり、
カワイイ全開な作品も、放送されればリアルタイムで視聴した。
そして、その作品全てが人と人の絆であったり
命の尊さを描いていているような高尚な作品であるとわかってから、
ますますその世界へと深く踏み込んでいった。
そして、今日はそのアニメ界隈でも人間という存在の尊さを描く作品、
〝魔法少女・まじかるマリリン〟の第一話が放送される日なのだッ!!
当然、大事なことなので2回と言わず何度だって言おう。
今日は──
「はわぁ~!召喚に成功いたしました~!!
やっぱり私、優秀なんですね!」
「……え?」
目の前にあるはずのテレビは姿を消し、
そこにいたのは華美な装飾をした1人の女性の姿。
おまけに辺りは暗いリビングではなく、
カラフルな色に染まった雲で満ちていた。
「……え?」
俺は何度も目をこすった、そして頬もつねってみた。
目の前の光景は変わらない、今度は右フックを頬にぶち込んでみた。
……それでも光景は変わることは無い。
なんだ、いったい何が起きたというんだ?
なんでまじかるマリリンを目前にしてこんな場所に来なけりゃいけない?
「あ、あの~……大丈夫ですか?
なんで自分の顔を傷つける様な真似を──」
「そこの貴女ぁっ!!!ひっとつ聞きたぁいっ!!!」
「うへぇぇ!?な、何でしょうか~?」
ドン引きしている女性に、俺は更に質問を投げかける。
なんせ、大事なことなのだ。確認しなければならない。
「ここは一体どこなんでしょうか!?
貴女は一体誰なんです!?
何のために俺はここに来たんですか!?」
「おお~ぅ、それを聞きますかぁ?ふふん、良いでしょう。
お答えしようではありませんか!」
女性は胸を突き出すような自信溢れる姿勢で、
俺の質問に答え始めた。
「ここは創造神の世界、〝ロゴス〟と呼ばれる場所です。
そして私はそこに名を連ねる神の1柱、『アルジル』と申します。
貴方は、この世界にて新たなる世界の創造を任されたのです、
これは大変光栄なことになります、神の名の下に励んでくださいませ~」
創造神の世界。
それは一般的に言われる創世神のことだろうか?
それは神の中でも最高位に位置していると言われる、
この世を作り上げたとも言われる神……
そんなところに、俺は、呼ばれた。
「ひ……ひ……」
「ひ?あ~、もしかして神に選ばれたことが光栄すぎて
『ひゃっほぅ』と叫んじゃいますか──」
「非 道 極 ま る 行 為ィィィ-------ッ!!!」
「へぇあっ!?」
俺の叫び声に女性、アルジルはその場に尻もちをついた。
「なんで俺が呼ばれるんだよッ!!
おまけに本当に大事な時期に呼びやがってよォ!!
俺はまじかるマリリンをリアタイする為だけに……ッ、
本当に楽しみにしていたんだぞッ!!!
なんで他の奴に任せなかった!?
なんで俺である必要性があった!?
目の前に心待ちにしていた楽しみがあったのに
それを突然取り上げられる気分がお前にわかるのかッ!!?
神は何をしても許されるとでも思っているのかぁッ!!!」
「ひえぇぇぇ……っ!あの、その……普通、こういうことになったら
人の子は喜ぶものなのではないんですか……!?」
「その短絡的な思考そのものは神の傲慢と呼ばれる所以だッッ!!!
お前らは人を自分たちよりも下と見下しているがッ!!
自分が造り上げたものが自分の想像の範疇を超えて
さらに進化していき、制御不能になることなんて当たり前にあることだッ!!
いやそんなことはどうでもいいッ、今アンタは〝こういうことをされたら
人は喜ぶものなのではないか〟と言ったよなッ!!
自分たちの考えは全て人から喜ばれて当然だなんて思うんじゃないぞッ!!
〝神風情〟が思い上がるなッ!!!」
言い切ってから肩で息をして、深呼吸をしながら落ち着くことにする。
ふざけたことを言う神がいたものだ、自分たちの言葉が
人の喜びとなるのは当然などと、思い上がりも甚だしい。
青い顔をしながら震えているアルジルに、俺は目を向けながら聞いた。
「……で?俺はお役御免として帰してもらえるんだろうな?
さっさと戻りたいんだけどな」
「え、えっとぉ~……普通は神がお願いしたことを人が成し遂げるまでに
帰すのには、ものすごく手間が掛かるんですけ──」
俺はアルジルを凍り付くようなまなざしで見つめた。
「やれ」
「はい……」
──かくして、神のアルジルは初めて人に使われるということとなり、
黒桐 雨は元の世界へと帰る運びとなった。
元の世界へと帰ることが出来た黒桐はテレビを目の前にしており、
楽しみにしていたまじかるマリリンを見ようとリモコンでテレビを点けると、
そこに映っていたのはまじかるマリリンのエンドクレジットと思われる
スタッフロールだった。
アルジルは完全に失念していたのだ、
〝黒桐を呼び出した時間に戻す〟ということを。
そして、その時の怒りが忘れられず、後に死して
黒桐がロゴスへと討ち入りを果たすことになるのは、
また別のお話。