一章六項 へルフェ
あれからというもの、三十分くらいこの迷宮のような宮廷で迷ってる。ワシは、ずっと魔術で操っているおっさんの背の上。
こりゃあ、まいったな……。
長く細長い通路は、林立した宮廷の建築を蜘蛛の巣のように繋げているらしい。
宮廷というから、一つの大きな城かと思ったが、様々な小さな城が寄りあって出来てるだけじゃな……。
帰るどころか、どんどんと奥に走ってる気がしなくもない。
一体どうなってんだ? ここ。
時々、ゴテゴテの服を着た原住民のフウリの女とすれ違う。が、眉をひそめ白いその顔をワシから逸らすので、なんか出口までの道のりを聞くに聞けない。
建物は立派だが、やはりそこは蛮族なんだろう。文明が大きいのと文化的であるかは別だと、故郷のババア共のいっていたが、全くその通りだ。
別に、ワシの力を持ってすれば、無理やり聞き出せないこともないんだけど。
しかし、そう出来ない困った理由がある。
「ヘルフェ~~~!! どこです~~!? どぉこぉ」
なんとあのエトルとかいう馬鹿女、大声でワシの名を叫び散らしながら追ってきておる。
あいつ馬鹿か!
あんな目立ってたら、いくら優しいワシでも近づけない。恥ずかしいじゃん!
あんな気まずい別れ方してて、なんで今さら追いかけてくるんじゃ。
というか、なんも悪いことしてないワシが、なんで逃げねばならないの。
「もっとはよ走らんかい!! おっさん、遅いぞ」
このフウリ族のおっさん、身なりはいいが足が遅い。役に立たん。
そもそも、たいして能力もないくせに、なんのためのいい服なんじゃろう。
いくらワシの凄まじい魔術とはいえ、ポテンシャルが低すぎるやつの潜在能力を高めたりはできん。グズはグズじゃ。
どんな魔術でも、術者から距離が離れるほど効果は弱まる。
遠隔で捕獲する場合、やはり使役する者の質は問えない。
選んでいる場合でもなかったが、こいつは乗り物としては最下級レベルじゃな……。
「ヘルフェさ~~ん!!」
さんづけすればいいというもんじゃないの!!
そんなので許す安い女じゃないワシは!
追跡者の声が徐々に大きくなってくる。近づいて来てるらしい。
意外とあやつ、足が速い。特にコーナリングで差を埋められる。
そもそも、あいつ、なんでワシの跡を追ってこれる……?!
絶対に追いつかれたらまずい。よくわかんないけど、ヤバい。だって理由がない。追いかけてくる理由がないじゃん。
「かくなるうえは……」
こいつに名を与えるしかない。今できることといえばそれしかない。
操霊術には、操る対象に名を与えると、ここ一番でやってくれそうな雰囲気になるという効果がある。
このゴミみたいな駄馬でも、雰囲気で頑張ってくれるかもしれない。
「ほれ! 疾風のごとく駆けよ! 漆黒の雷一号!! 嘶け!!」
「グ、グボォ……!!」
「負けるな! 漆黒の雷一号のゲリチャは、不敗神話のゲリチャだ!」
「オゲッポ!」
あ、ダメそうこれ。
漆黒の雷一号から、ひしひしと限界の感じが魔術を介して感応してくる。足回りがすでにダレて来てやがる。
仕方ない。
ちょうどこの先の廊下には大きい窓がある。少しばかり高さはあるが、まあ漆黒の雷一号が足を挫く程度なら許容範囲じゃろう。
窓から飛び出して身を隠し、一度エトルをやり過ごすしかない。
漆黒の雷一号が跳躍し、窓から飛び出す。
「うわぁっ――!!」
痛えぇ!
身体能力がそもそも低いので、窓枠に大きく足を取られ、漆黒の雷一号は縦に一回転した。
なんとか怪我は無い。一回転する前に投げ出されて、茂みに落ちたのが幸いしたらしい。
まあ、操霊術を介して伝わる感覚的に、吹っ飛んだあやつも問題ないが、術が解けたことによって昏倒してしまったらしい。もう乗ることは叶わないじゃろう。
星霊術は多少、掛けられる方にもリスクがある。
何度も繰り返し操霊術や降霊術を使われると、記憶にゴミのようなものがたまってしまって錯覚に悩まされるようなこともあるらしいし……。
倫理的に、操霊術の連続使用はできない。それにゴミカス程度の性能しか無いやつに、本当はわざわざ魔術を使いたくないし……。
まあいい。とりあえず安らかに眠れ、漆黒の雷一号。
あたりを軽く見回してみる。
視線が低くなってしまったせいもあるが、切れ目がどこにあるかもわからない大きな庭園じゃ。
雪をかぶった端っこの茂みに隠れて、エトルをやりすごす。
まさに間一髪。
ワシの飛び出したすぐ後に、凄まじい勢いでエトルが廊下の角から曲がって現れる。あの場に残るなどと……! ワシの恩を仇で返すようなことを言っておいて、今度はワシを殺しに来おった。
宮廷のピカピカの廊下を、あんなキレた叫び声をあげながら下品に疾駆できるやつなんて何人もいないじゃろう……あいつ一人ぐらいしかいねえじゃん。
エトルは急に廊下の真ん中で立ち止まると、ワシらが飛び出した窓のあたりをギロリと凝視し、入念に、舐めるようにあたりを調べ始めた。
大丈夫……大丈夫なはずじゃ。幸いにして、足跡はない。あの駄馬が窓枠に引っかかってはじけ飛んでくれたおかげじゃ。
エトルは、さながらその眼光でワシを射殺すべくあたりを睨んでいた。
一瞬、ワシと目があう。
ぎゅんっという感じで、心臓が飛び跳ねたのを感じた。
エトルはしばらくこちらの方向を見つめたかと思うと、諦めたのか、首をひねりながら再び廊下を進み始めた。コワ……なんであいつあんな自由奔放なんだか。
「何をなされてるのですか?」
「はわぁああ!!」
馬鹿か!
いい加減にせい、わしの繊細な心臓が破壊されてしまう!
振り返ると、フウリ族のごてごてした服装のガキがすぐ後ろにいた。
「突然話しかけるんじゃない! ビックリしちゃうじゃろ、このお馬鹿!」
「あら、失礼いたしましたわ……でも、じゃあどうやって話しかければ? あ、すごい! 随分と毛深いのですね。ご病気ですか? 私にご用です? どうやってここまでいらしたの? サンドラが許すなんて珍しいこともありますのね。もしかして、私の生命を奪いに来た暗殺者のお方? あ! もしかして噂の魔人って、あなた様のことですね」
「いや、凄い凄い。なんか言いたいことの多さがすごい」
「だって、おばさま方以外のお客人なんてこのごろ珍しいんですから! アルマとイシエスも最近は滅法来てくださらないですし」
ん? なんか聞き覚えがあるような……。なんだっけ?
まあ、いいか。
「いやぁ、つうかワシもう疲れたし喉もカラカラじゃからのう。ガキのお守りは勘弁してくれ。散れ」
「ガキですか……?」
「えっ? いや、ごめん。えっと……」
「ガキとは一体どういう意味ですの? やはり、下々の方のお言葉ですか? 私のことをそう呼びなさるのですか?」
「いや、圧が……。お前のことワシ知らんし……誰よ」
「あ、そうでございましたか。たまさかここにいらしたのですね。これは失礼いたしました、私、リシルという名でございます。是非お見知りおきを」
そう言って、リシルというガキは左胸に手を置いて片膝を着いた。人間族には、そういう礼儀作法があるらしい。
でも、もしかしてこれって、お互いに世間知らずなだけで、ワシ結構ヤバいことしてる? なんか世界の違いを凄い感じる。
ワシが戸惑ってしまったことに気づいたのか、ガキンチョはハッとして顔を上げる。
「ああ! 申し訳ありません。私、いつも質問攻めで、ルイカを困らせてしまいますの」
「いや突然出てくる身内の名詞が多い! ワシ、君のことなんも知らんし」
「そうですわよね」
リシルは華やかに笑った。子供っぽくはあるが、どことなく品がある。
「喉がお渇きでしたら、ルイカに言ってお酒を用意いたしますわ。たまたまとはいえ折角のご来賓ですもの。使いもしない来賓時の礼儀なども、日ごろ学んでおりますの」
「いや、なんで酒!?」
「え! 旅人はみな様お酒を嗜むものと……、お茶なら私がご用意できますわ」
「ええとぉ……」
それはまずい気がする。
なんせ、実質ワシはよそ者、見方によっては不審者そのものかもしれんのだ。
エトルに猛追された末、くびり殺されそうになったからといって、この宮廷の原住民どもがそういうワシの言い分を聞いてくれるかどうかもわからない。
「ううん、ありがとねぇ……」
やべえ。
上品な言葉遣いをワシは知らねえ。エクラナではババアどもに、言葉が汚いと何時もどやされたもんだが、よくよく考えたらババア共も言葉が汚ねえじゃん。
ワシが知る限りの丁寧だとしても、近所に住んでた優しめのババアのババア語じゃという。
ババア語しかしらんということを、ワシは今自覚した。
「ほら、君のような蛮族には薬でも、ワシらみたいな神秘的で高尚な人間には毒になる食べ物もあるからねぇ……うかつに口に出来ないねぇ……」
「じゃあ! どうでしょう? 私と遊びましょう。いつも退屈ですもの」
「ていうか、なんでこんな寒いところで一人、遊んでるんじゃ?」
雪もまだまばらとはいえ、曇天が暗く、こんな感じの女の子がいるところでもないだろうに。
「わかりませんわ。大事な話、私はいつも蚊帳の外で……いえ。大人の話には大人の話がありますものね」
「はえぇ~」
「あなたは何をしてくださるの? お伽の話?」
「いや、まだ何かしてあげるって言ってないしさぁ……」
「それじゃあ、旋盤加工しましょう! 最近、私凝っておりますの」
リシルはワシの右手を掴んで、振り子のように緩急をつけて左右に振った。
「やめい! なに旋盤加工って」
フウリの子供もいろいろなんじゃな。
町中でワシに石を投げつけてきた、心根の邪悪な子供もいたと思えば……。
ケイオンについてからというもの、通りすがりのフウリの原住民に罵声を浴びせかけられたりもした。野蛮なやつばかりと思いきや、こういう互いの距離感の無い不思議ちゃんもおる。
ただ、ここでぐずぐずしていられない。きっとこんなところを原住民の大人に見つかったら打首やむなし。
「ごめんな……、遊んでる暇ないし。お家に帰らなきゃ」
「えっ――! あ……、そ、そう……そうですわよね。私ったら、身勝手なお願いでしたわ。あなた様には、あなた様のご予定がありますわね」
目を水気で光らせたリシルが、ニコッとはにかんだ。
別に友達じゃねえのに、急に気まずい。いやあ、だって……しょうがないし。予定なんてものはねえが……。ワシにどうしろっていうのよ。
「いや、まぁそれならさ。遊べはしないけど、その代わりにはならんけど……出口教えてくんね? ワシも偶然この庭に迷い込んじゃったし、こうなったらバレないように街に出ないと怒られるしさぁ」
「わかりましたわ!」
すさまじい切り替えの早さで、リシルは張り切った。
「隠密ですわね!」
「なにそれぇ」
「ご安心召してください。実は私、現在、絶賛隠密中なのですわ」
そりゃあ奇遇じゃ……。ホントかよ。
ばったり隠密行動同士で出会うとは。
しかし、リスクも倍増する。
もし一緒に見つかって誘拐とかの嫌疑をふっかけられたなら、本当に打首獄門梟首街道まっしぐらになるかもしれん。
見つかった時のことを考えれば、むしろ一人のほうが安全じゃ。
「私、このごろ隠れんぼと旋盤切削加工しかしてなさすぎて、それなりのプロになってしまいましたの。寸分違わず、同じ規格の銅器を作れるのです」
いや、そっちはどうでもいい……。
「それにこの間は、隠れんぼで丸二日ほど本気で隠れてしまいまして、ここいらじゅう大騒ぎになりました。監督不行き届きで、危うくルイカと彼女の家族が鞭打ちの刑になるところでしたわ」
「ルイカは誰か知らんけど、それはやめたれよ……」
その時、廊下でゆらゆらと影が動いた。
見ると、なにやら原住民の女どもが手に火のついていない燭台を持って歩いている。
時々なにかを喚いており、慌てふためき様がシルエットだけでわかるくらいだ。実際にリシルを探しているらしい。
「行きましょう」
手招きしながら、リシルは庭園の奥に進んだ。
わざわざ枯れ草の茂っている、植え込みの中を歩いてゆく。
「もし敵のよく知っている地形を歩く場合、道なりに歩くのは危険ですわ。こういうふうに通り抜けにくいところこそ、あるかなければなりません。ほらそこ」
指さされた場所には、マジで罠が仕掛けてあった。落ちた葉っぱで覆い隠された道に、ネットが隠されている。跳ね上がるネットで罠を踏んだ者を捕獲できるものらしく、草むらの中にカウンター用の重りが草で偽装されて置かれていた。どうやらこのお転婆、潜入のプロらしい。
しかしどんどん雑木林は深くなって、管理さえされてなさそうな荒れた庭になっていた。
「なぁ~ほんとに道あってんのかこれ」
「ええ……急がねばなりませんが一応追っ手をまけるようにあるいてますわ。ルイカは折れた枝や葉っぱ、雪の落ちた跡を調べて簡単に私達を追跡することができますから……。時々、釣り針の形に回り込みながら歩いてるのです」
「いや、そこまでガチじゃねえのじゃけど。お前さん。確かに出口に向かってるのか?」
「えっ? えっと――……も、もちろんですわ。ほら、ちょうど! 見ててください。うむむ!」
急に立ち止まってその場で力んだリシルが、手を合わせて開く。すると、地面がミシミシと音を立て始めた。
互い違いで長さが変わって噛み合う歯のような亀裂が入り、それらが上にせり出しながら立ち上がって、地に長方形の大穴ができる。
中は洞窟のような狭い通路になっていた。通路のところどころ壁面がレンガで補強されているため、この道そのものは魔術ではなく人工的に造られたものじゃろう。
「お前、魔術使えたんか!」
「これだけです。これだけ、アルマに緊急用だからといって覚えさせられましたわ。それを契機にというか……実は私、第三の趣味がありますの。地下道のマッピングですのよ」
「ティカドゥー?」
「地下道」
「ああ、チカドウね」
「そうなのです。これで外まで一応いけるはずですわ。私、日々探索して、少しずつ知っている場所を広げているのです」
「そもそもじゃが、なんで宮廷みたいな場所にチカドウがあんのよ? こんなもんあったら侵入者だらけじゃん」
「理由はいくつかあります。そもそも、かつてお城のお堀があった場所がここなのです。そこから街の拡大をする歴史の過程で宮廷や街の建材として石材を掘削し、そのままお堀や坑道が排水道として利用されているのですわ。そして、それがあまりにも広すぎて埋め立てが難しいのもあるので、排水を優先して残されてますの。マッピングしてないと慣れた者でも迷いかねないほど広いというのもあって、侵入者だとしても地上から侵入したほうが楽ではありますし……。たぶん、今のところはここを利用されて大きな問題を引き起こされたこともないですわ」
「はぁ~ん。よくご存知で」
「アルマやイシエスの受け売りですわ。でも、ここから頑張ればケイオンの外までもいけるはずです。ネズミさんも一杯すんでおられますのよ」
「いやぁ。ワシ、ネズミ苦手なんだよなぁ」
「面白いご冗談ですこと」
リシルはくすくすと笑った。いや……冗談じゃねえんじゃが。
「でも、ネズミさんたちも侮れませんわ。その道が歩けるという証拠でもありますもの」
「歩けない場所があるってこと?」
「ええ。地上より低い場所は、空気より重いガスが溜まることもありますわ。うっかりそういうところに踏み込むとあっという間に死んでしまいますし……。坑内の風化や崩落で生き埋めになったりすることもあるかもしれません」
「あっ……へぇ~、そういうね。うん。やっぱ、やめとこうかな。別に怖いわけじゃないけど。なんか、帰り道、思い出せそうだし」
「でも、あなた様は部外者が踏み込んだらいけないところに来てしまっていますし……、見つかってしまってはどうなるか私もわからないですわ」
やっぱそうじゃん!
とにかく、なんでもいいからコイツから離れないと。薄々わかってきたが、厄介ごとそのものが歩いているようなものじゃ。付きまとわれたら、いつか地獄に引きずり込まれるに違いない。
ただ帰りたいだけなのが余計ややこしくなっとる。一旦とりあえず地下に降りて、あとはなんとか星霊術で乗り切るしかない。
「じゃあ、ありがと。なんとか行ってみるよ。ありがとね~リシル。バイバイ」
「え? 私も行きますわよ。貴方様お一人で行けば、迷って飢え死になされて確実にネズミの餌になりますわよ」
「いやまじかよ……。でもお前がついてきたら、それってワシが……」
なんでも無いような顔をして、リシルは「ほらっ」と言いながら、チカドウに跳ね降りた。そのまま手を差し伸べてくる。
「貴方様のお名前を聞かせて? 中は真っ暗ですし、もし迷って離ればなれになってしまった時、毛むくじゃらのお方~ではカッコ悪いですわ」
こやつ……ただのお転婆じゃねえ。伝説の悪童……スーパーオテンバール娘だ。
「はあ~。なんでそうなるかなあ」
「ほにほに様、どうぞよろしくお願い致します」
「いや、違うから! ワシはヘルフェ!」
「ヘルフェ様、どうぞよろしくお願い致します」
リシルはニコッと笑って、振り向くなりチカドウをずんずん進み始めた。
しかしまあ……ヘルフェ様ってのは悪くない響きだけども。




