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三章一項 リリル


 私の初めての遠征実習。

 明け方ケイオンを飛び出して、ずっと歩き通しだ。

 初実習でいきなりこんなに歩かされるだなんて、どうかしてる。

 たった三人で、みんなで生活用品や実習道具を持ち運んでいる。この私、リリル・ブラディカラートに従者がいない外出なんて初めてだから、超不便……それに不安でしょうが無い。


 はあ……。

 半日歩いただけで、服が埃とドロに塗れていて、靴はグチョグチョ。汗だくだし、肩は荷物で擦れて、血が滲み始めてる。擦れた箇所がヒリヒリと痛すぎて、荷物を背負ってられないし、もう踵と脹ら脛が途轍も無く痛む。

 何もかも最悪だ……。


「はあ、お風呂入りたいなぁ……。あとどれくらいですか?」

「もうちょっとです。しかし歩き出してまだ四時間……休憩してから、まだ一時間しか歩いてませんよ。頑張って、リリルさん」


 先生はニコニコしながら言った。


「たぶん、もうお風呂はお屋敷に帰るまでしばらく我慢するしかない。それに、あんまり愚痴を言うと、もっと疲れる」


 ユレシアが、私をたしなめてくる。

 外泊するって話だったよね? 風呂我慢とか、ありえる? どういうこと?

 ユレシアは私に構わず、どんどんと離れていった。ちょっとくらい歩調を合わせてくれたっていいじゃん。

 あいつ、私より家格が低いクセに、魔術師としては三位席マホロアの二番目、上次位級デュレーゼスで、しかもインセニオとかいう役職持ちだ。

 ほとんど同い年なのに、この違いはなんなのだ。

 畜生。憎たらしい。私はもうべしょべしょだってのに、あの子は平然とゆるふわカールの黒髪を維持している。

 いまに証明してやる、私のほうが凄いってトコロを。


「ねえ、休憩しようよ〜先生」

「コースに着けば、船で移動です。休憩できるかどうかは別ですが、着いてしまえば多少はゆとりがあるはず。兵士ぐらいの速さで歩けば、それほどかからずに着きますよ」


 くそ~。

 先生じゃなきゃ、お母さんに言いつけて解決できるのに。なんで馬車使わねえんだよ〜。大ベラートの直系の子孫にこの扱いはない。

 このラディカ先生、陰気なキモいオタクぽい見た目に反して、ケイオン魔術師界最高峰の魔術師なんだもんな。

 男の癖に、アルマやエラムイレトと同等の実力者と言われてる。この昼行灯のような男の姿からは、そんなのまったく信じられん。


 まあ、アルマも死ぬまで私と同じ上中位級グラベリスだったわけだし、お上の評価なんて存外、適当なのかも……。

 戦争を二百年も続けてるってのもまともな判断能力があるとは思えないし。

 凡人が上に立つから、何もかもが悪い方向に行くんだ。


「考えようによっては、幸運かも知れません。今回の調査で上手く功績を残せれば、評価されるはずです」

「あのですね、私はリリル・ブラディカラートなんですよ……? 生まれながらにして、エリート。コツコツやれれば、展望安泰、それで良いんです! ユレシアちゃんは違うかも知れませんけど」


 二人は、静かになった。

 な、なに? 間違ったこと言ってないよね? 事実を言っただけじゃん。


「考えても見なさい。貴方ほどの潜在性を持つ魔術師なら、コツコツやらずとも、ここで確かな実績をつくれるでしょう?」

「そりゃあそうですけど……」

「実績……。今回、私達がそんなに重要な任務を与えられたというのでしょうか……? 異端魔術師の捜査だとは聞きましたが……」


 異端魔術師? 捜査……?

 なんで私が知らないことをユレシアは聞かされてんだよ。そういうのって、仲間なら周知しとくべきじゃないの?


「重要です。現状、動ける魔術師はどんどんと減ってしまって、宮廷は人材不足が深刻化しています。なので、多少、荒っぽくなってでも早く一人前になってもらう必要があるわけです。そんなわけで、実習といえどもそれなりにリスクのある仕事にはなってます。しかも、かなり重大な調査です」

「重大な調査?」

「我々は“事実を知る”ということで、敵をも知ることになるはず。曖昧さこそが美徳のケイオンでは、宮廷関連の捜査は賭けでもあります」

「私の人生でギャンブルしないで下さい」

「しかし、貴方のお母様も、駄目とはいえないでしょう。リリルさんはご存知ないかも知れませんが、最近の防衛的な危機もあって、政務院は中位級魔術師デセリア上中位級魔術師グラベリス上次級魔術師デュレーゼスの派遣も検討され始めているらしいので」

「危機って……魔人のことですよね。派遣ですか?」


 ユレシアが首を捻る。


「タノラへの派遣です」

「――タ、タ、タノラ!?」


 は? 嘘だ……!!

 嘘だよね? わ、私もタノラに行かされるの? 流石に家格的にそんなことにはならないよね……?


「タノラの北道はかなりの隘路で守備しやすく、主に魔術師で守られていましたが、ある日を境に戦死が増え、そこから現時点までおよそ九割七分ほどの駐在魔術師が戦死しています。そのほとんどは貴方達よりも若い少女達だったのですが……」

「だからって、なんで私達が……!」

「人数合わせにしても、ある程度資質や成熟度の基準は必要。訓練しても、元々が戦士向きではない魔術師は、パニックになって味方を混乱に陥れてしまう……まともに戦えない魔術師を送っていたずらに戦死を増やすよりは、多少なりとも精鋭を送り込んだ方が理に適っているとは言えます。皮肉にも高級魔術師の身内が聖堂前で多数亡くなられて、やっとサンドラ様は、体制の合理化を進められるようになったわけです」


 そういえば、イーズマーだかエガニオンに行ったサナラ様は、魔人の攻撃で消し飛んだんだっけ……。

 わざわざ名家に生まれて、そんな死に方するなんて悲惨だ。


「ラディカ先生。本来、魔術師が前線の守備を受け持つなんてことは無いはずです。西征軍イネリアムは、もうそんなに危機的なのですか?」

「ええ、まあ……。ユレシアさんは、お兄様が西征軍イネリアムだという話でしたね。西征軍イネリアムはこれまで、主に精強とされている北方民族が主力でしたが、もともと人口が少ない地域ではあるので、芳しくはないはず。戦争はあまりにも長く続きすぎていますから」


 つまり、戦力不足が深刻化して、魔術師とはいえ女子供まで戦争に動員し始めているってことか……。

 聞きたくなかったな……そんな話。


「……先生、もし私が派遣になったら、助けてくれるよね?」

「残念ながら、無理です。だから、ここで頑張ろうということですね」


 そんなの詭弁じゃん。

 だって、頑張って実力を示したら、それはそれでアルマみたいに使い捨てにされるかも知れないんだから。

 ラディカラート家は旧ケイオス家だったから、目立ちすぎないのが一番良かったんだ。


 大体、上次級魔術師デュレーゼスまで派遣の対象なら、対象外は一番上の上級魔術師ガイリゼスと一番下の序任学士ミエットぐらいになる。

 ここまで勉強も社交も頑張ってきたのに、それが仇になるなんてあんまりだ。

 こんなこと、これから初の外仕事って時に聞かせないでほしかった……。


「おや……、ちょっと過激な新情報でしたね、お二人には。私もタノラに行ってみたかったのですが、しばらく先になりそうです」

「なんで!?」

「先ほども少し述べた通り、今回の魔人襲撃事件で、まだ安全だと思われていたケイオンの防備も必要だとは痛感させられましたからね」

「なるほど。それは先生が、ケイオンに魔人が来た時に戦うという意味ですか?」

「いやいや。外側ではなく、内側に向かって、ということです。その仕事は、すでに始まっているのですよ」


 ラディカ先生は、楽しそうに言った。

 もしかしてこれから、血を血で洗う血みどろの世界が、私を待っている……?


「戦うなんて無理だ……。私には」

「そこはある意味、貴方達は他魔術師達に比べて有利な部分もあります。私の生徒だということです。貴方達二人には比較的、実戦向きの魔術を教えた。アルマのように、戦って勝てば良い」

「アルマも死んじゃいましたよ〜! 無理に決まってます」

「確かに……」


 ユレシアは、私を肯定した。

 『確かに』ってのは、浅く見られたみたいでちょっとカチンと来るが、流石に魔人に複数回勝ってるアルマのほうがおかしいだけってのは疑いようがない。むしろ、絶望が増すだけだ。


「面白いじゃないですか」

「なにが?! 楽しくなんてないです。私は家で楽しく暮らしたいだけなんです!」

「なるほど。……例えば、メリガ記の中での話。エストラが、目的地の寸前で悪しき精霊によって生み出された途方もなく大きな谷と、急流によって進路を阻まれた。貴方達ならばどうします?」


 おじさん特有の昔話来たな……。

 そして自分の決めた答え一択以外は、問答無用で即不正解になる質問だ。先生はこれ多いから面倒臭いんだよな……。


「はあ……? そんなの、橋造るとか、埋め立てるとかですよね」

「普通、迂回するとかだと思うけど……」

「伝説上、エストラはそこで三十三年過ごしたと言われています。川があれば、植生が豊かになる。植生が豊かになれば、動物も現れる。また、いつしか川の発展した先では三角州が生まれ、農業が豊かになり都市が繁栄するでしょう。見たこともない鳥、新しい昆虫や植物。エストラは、そこで今日こんにちで言う第三の都市、ニルヘースを造りました。障害を全て潰すことは、発展ではない。そして利益とは、相手を納得させたとしても他の価値を奪う加害行為。自分たちに都合の悪いことを改善するばかりが、面白い世界だとは限りません」


 結局どういうことよ? 話がクドすぎて、逆に話が入ってこない。


「そんなん屁理屈じゃんよ〜」

「それでも……戦争や諍いごとなんて無くなればいいと、私は思います」


 そうだよ! たまにはまともなことも言うじゃないですか、ユレシアちゃん。

 先生はあれだけお喋りオタクにも関わらず、それには特に何も答えない。

 先生は自分が興味のない話の時は、何も答えないからな……。


「そもそもがさ、態々さ、美しくて有能で国の宝な女の子を戦わせるんじゃなくて、兵士に魔術を教えればいいじゃん」

「なるほど、悪くない考えです。発想することは、いいことかも知れません」

「でしょう?! 宮廷の考えなんて、私のような天才と比べるとまだまだ凡庸なんだから――」

「しかし、課題はあります。知っての通り、鎧や武器を身につけると、金属の性質でまともに魔術が使えません。それと、人が一箇所に密集しても強い魔術は使えません。そこが戦争と魔術の相性の悪い点です。なにより、魔術を使う才能は“色彩のイメージ”と似たような物だと言われています。事実として、女性のほうが魔術師としては平均的に優れているのは間違いなさそうです」

「ふ、ふ~ん……」


 やっぱ、男なんて駄目じゃん。ガサツで臭いし汚いし、醜いし、頭も悪い。それでいて弱っちいなら、何のために存在してるかわからん。


「それらを解決できれば、不可能ではないでしょうね」

「今すぐ解決してくださいよ。私がタノラなんかに行かなくて済むように」

「私は行かなきゃ……。兄様が行くとしたら、一人では行かせられない」


 あらまあ、随分と健気なことで。

 そこまで出世しておいて自分から死にに征くなんて、どうかしてんじゃないのかしら。


「やめておいたほうが賢明です。現状、タノラの崩壊は時間の問題になってます。無駄死にすることはありません。やるなら、勝つ。そこに健気さは必要ない」


 なんだよ?!

 さっきと言ってること違うじゃん。違うよね?! この人の本心、未だによく分からないんだよな。

 でも、そんな危ないなら、タノラなんてとっとと滅べばいいんだ。なんでそんな場所を必死こいて守る必要があるか分からない。

 明け渡しちゃえば、死地で闘う必要も無くなる。


 そもそも魔人になんて勝てっこないんだから、さっさと敗北を認めて、偉い人達が誠心誠意謝って、ちょちょっと責任取ってもらって、なんとか終わらせればいい。


「リリルさん。もし、本当に死にたくないのなら、領地に帰る準備はしておいたほうが良いですね。帰ってしまえば、少なくとも今ケイオンに手出しできるゆとりはない。身分は落ちるかも知れませんが、ケイオンが崩壊しても同じことですからね」


 やば。

 ラディカ先生に考え見透かされた? 領地なんて言ったって、子供の頃一度行ったきりのド田舎だ。

 あんな場所で暮らすなんて、無理すぎる。



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