二章二十七項 アルノ
そこで、今度はルイカさんがやって来た。
心配して様子を見に来てくれたらしい。
「ルイカさん。無事に着いてたんですね」
「はい。お迎えに時間が掛かっているようなので、気になって来て見たのですけれど……なにか問題が?」
「大丈夫です。すみません。森から来た二人はちょっと疲れていたみたいで……」
エトルがルイカさんに答えた。
蘇生のことを隠す理由も厳密には分からないが、……味方とは言え、言いふらすわけにも行かないよな。
それに、信用してないのかと言われたら、正直、今は信用できないと言えてしまう。
僕達の仲間には、敵に通じている者がいるという可能性はある。それがルイカさんだとは思いたくない。決めつけられる証拠も全くない。
しかし、誰もイシエスさんが彼女への許可を出したのを確認したわけじゃない。少なくとも、イスラ聖教関係者は皆かなりこちらの本懐に近しいところまで事情を知っていた。その点で見れば、例えイシエスさんの説明がなかったとしても、話を上手く合わせるくらいは出来なくもない敵はいるはずだ。
彼女がそうだと言うわけではないが、しかし、彼女が“ルイカさん”であるかは、僕達には判断できる情報は一切ない。皆初対面も多いが、彼女も現行メンバーとは一切面識がなかった。
僕達の前に現れたタイミング、森で敵が襲来して来たタイミングも、不自然といえば不自然だ。
本格的に疑うとかではないが、一応、様子を伺うくらいの気持ちでいたほうがいいだろう。
ルイカさんは、神妙な雰囲気を纏わせたまま、ニコリと微笑した。
「そうですわね。夜通し移動なら疲れると思います。ご無事でなによりでございます。ところで、ハイロ様はどちらへ?」
「実は森の中で襲われてしまって……。囮になってくれたんです。無事だと良いんですけど……」
「敵でございますか?」
「ええ。なんと言ったらいいか……敵ではあるんですが……。後で一通り説明します。よく考えたら、ここも安全とは言い切れないですし……」
「森で襲われたのなら、それもそうですわね。ならば、道を知っている私がソイエンさんを直接、診療所に連れて行きましょう。大通りを通れば最短でいけますから。アルノさんは、お二人に道案内してもらって、隠れ家に直接向かって下さい。ここに居る方々は、危険を侵すべきではありませんから、ハイロ様の事情を傭兵の方々に伝えて下さりますか?」
う~む。
確かに、ここでのんびりしてるのもおかしいからな。僕は魔人だし、人に目撃されるのも可能な限りは避けるべきではある。時間がかかりすぎてトラブルだと思ったのだろう。
心の中とはいえ、勝手に裏切り者の候補扱いしといて悪いな。漠然とした不安もありつつ、しかしソイエンを頼むのも申し訳ない気もしてきた。
ルイカさんの判断は適切だと思うし、ちょっと穿った見方をしすぎたかも……。
「あ~。しかしなあ、ワシ、ついでに朝飯を買おうとしてたんじゃ。なあ、ケモミミの姉ちゃん、ちょっと奢ってよ。スイーツ」
「かしこまりました。なら、一緒に行きましょうか」
ヘルフェもケモミミではあるけども……。
しかし、これはもしかしたらグッド判断だな。意図的にその言動をしたのなら、ヘルフェは結構切れ者なのかも知れない。
少なくとも、誰かを一人にさせるのは色んな面で良くない。
ルイカさんがソイエンを背負っているまま襲われた場合、自衛も出来ないしな。
「なんか欲しいものあんの? 君ら。ワシは金ないけど、金くれるなら買うよ。面倒臭えけど」
いや、ヘルフェは特に何も考えてなさそうだな……。
「私は大丈夫です……」
「僕も金はないからな。エトル。君はスイーツ食べなくていいの?」
「はい」
「よろしければ、私が調達してきますわ。今後のことを考えると、ここで好きな物を手に入れておいたほうが良いでしょう」
確かに、今後、死ぬまで好きな物を食べることもないかも知れないな。
腹も減った。
また寿司やカレーやハンバーガーを食べられたら、さぞかし美味いに違いない。
「ええ。ありがとうございます。でも、お金を使わせてしまうのも、申し訳ないですから」
「アルノ様はいかがなされます?」
「美味い魚でもあれば、ありがたいですが……」
「かしこまりました」
ルイカさんは、おネムのソイエンを背負って、ヘルフェを連れていった。
さすが、家政を司る者ではある。しっかり者で、よく気が回る。
見送るエトルは、浮かない顔だった。
気になるが、ハイロのためにはまず傭兵達に状況を報告しなければならない。
「僕らも行こう。案内を頼めるかな?」
「はい」
エトルは結構、気分が下がるとハッキリと表に出るタイプだな。
擁壁の外堀のような溝を歩いているため、幸い、人は居ない。
「なにか不安かい?」
「いえ。そんなことは無いですけれど。ただ……」
「うん」
「これで良かったのかなと……。勿論、結果は喜ばしいことですし、ソイエンさんがどうなってもいいわけではありません。でも、正直、手放しで喜べる行いではないというのもあります」
「……その通りだ」
僕がそれを促し、決定したから、“そんなことはないよ”とは言ってはいけない気もするし……。
結局、直接は何もしてないから僕は喜べるというだけかもしれない。
しかし、そこまで思い悩むならば、提案しないという道もあったはず。
「何故、君はソイエンの蘇生を提案してくれたんだい?」
「理由は色々です。自分でも、これと言うものは決まってませんが、一番大きいのはあなたですね」
「僕か」
「あんなに一所懸命、ロネリアさんやソイエンさんを助けようとしてる姿を見ると……。逆に私が聞きたいです、何故あなたがそこまで人を助けようとするのか」
これは正解のない質問かも知れない……。
単純にいえば、自らに失望しないためだ。
それと、粋であってこそ体を鍛えても映えるという勝手な理想がある。
立派な思想や志が無くても、粋であればいい。
でも、そんなことを態々口に出して言うのも、恥ずかしいな。
「う~む……どうなんだろうな」
「あなたがあんな風に戦ってるなら、私だって役たたずだと思われたくない……」
「そんな風には思ってない。しかも、君に戦う義務なんてないでしょう」
「ありますよ! だって……、私は人殺しなんですから」
過去の罪ってそれか……。ニュアンス的には、確かにそういう言い方だったよな。エトルにとってみれば、終わらない贖罪なんだ。
「あなたは私のことを素晴らしいと言ってくれました。でも、本当の私は良い人を必死で演じてる、“子供にも大人にもなれなかった子供”なんだと思います。だから、動機なんて立派なものは無くて、後先考えられてないただの我欲で、自分がよく思われたいだけなのかも知れないと……」
「他人に良く思われたいだけの、子供にも大人にもなれなかった子供か」
「はい……」
魔術を使うたびに自己嫌悪になるってのもな……。
確かに特にやってることが大きいことだし、客観的にはソイエンは完全な善人というわけでもないから、精神的にストレスを感じるのはしょうがない。
「しかし、それって駄目なことなの?」
「え?」
「実際、僕も君に言っちゃったからな。人を見極めるということを放棄してるとか、不必要な自己犠牲の精神だとか。その後に君の能力を利用してんだから、随分都合が良い奴だと自分で思う」
「そんなことは……」
「君が自分自身をどう評価するかは置いといて、ここにいるコトたった一つだけが、君の本質なんじゃないかな。でも、迷うのもいいね。世の中、簡単に断じられることばかりではない。自分に迷えなくなったら、それは怪物じゃないですか。誰しもが完璧じゃないと言うならば、模索しなければ。迷わない信念がある、そう言えるのは迷った人間だけだし」
「そうかも知れないですけど……見つからないんです」
答えが……か。それは、そうだろう。
「君が迷い続ける限り、誰にも真似できない、偉大な選択肢があり続ける。勿論、蘇生の魔術が間違ってると思えば、やらなくてもいい」
「……わかりました。ありがとうございます」
戒めて欲しかったのかな……?
確かに、死者の蘇生なんて、無批判でやっていいことじゃないのは確かだ。
重大な事故は起きるかも知れないし、都合の良い利用のされ方をするかも知れない。誰彼構わず生き返らせるってわけにはいかないから、不平等そのものだ。
でも、世界でたった一つの選択肢を潰すってのはないよな……。実利面でみれば。
少なくとも、エトルは魔術の都市ケイオンの外国から呼ばれているわけだから、魔術植え付けというのは特異技能であることは間違いない。
迷うエトルにだからこそ授けられた、神からの贈り物とも言えるかも知れない。
本人からすれば、ありがたみも無いのだろうけども……。
ひとまず静かになった。
まだ談笑するって気分じゃなさそうだ。
道が狭いのもあって、黙って歩くしかない。
コースの街というのは、石灰岩を工夫したモルタルやらコンクリートで盛んに建築が行われているらしく、擁壁は堡塁のように通路があって、その道は要塞の中のようだった。
壁にある格子の小窓を覗いてみると、彫刻がなされた巨大な構造物が水路を跨いでいて、天井は視界に入らないが薄暗い。
僕らは目線がちょうど地面に続いていて、ほぼ地下一階にいる。
恐らくこの通路は、氾濫の時の排水路として使われているのかも知れない。
エトルは、振り返らずにおもむろに会話を再開した。
「もし、私の過去の殺人が数十人に及んだとしたら、どう思いますか」
どう思いますかって……。
そりゃ、あまりに唐突だな。
現実味がないとも言えるけど、軽視も出来ない話ではある。
数十人とはな……。
仮定だとしても事実だとしても、ともかく実感が無い。
しかし、出来なくはないのかも知れない。
技術革新によって、人間が災害になる。これは、ある意味では順当なことなのかも知れない。
産業革命以降、機械類の発展は、必要とされるかぎり際限が無くなった。人間はうっかり虐殺者にならないように生きるというように、大きな力を使いこなす存在になった。
なんの違和感も抱かずに、鉄の塊を動かすってのは、実際、凄いことだ。
加害者になってみれば、その恐ろしさは分かるだろうな。
それも自発的に止められない魔術を使うだなんて、スティーブン・セガールの乗ってない暴走列車か、キアヌ・リーブスの乗ってない暴走バスのようなもんだ。
しかし、どうだろう。エトルが数十人を殺したなんてのはな……。
「数十人か……」
「その時は、魔術教会の人が助けてくれて、収拾をつけてくれましたが、結果として詳しいことは教えてくれませんでした。その後は、義母に預けられて管理されたんです」
なるほどな。聞いていたお母さんってのは、義理の母か何かか。
「何年くらい前の話なの?」
「十年以上前です。事件後しばらくは、昔の私の名前が事あるごとに地域の会話に混ざるほど有名でした」
「そうか……。残念ながら、率直に言って、僕が何を言うべきか分からない。共感できる経験もないし、訓戒を述べるほどの知識もない。話してくれて、良かったとは思うけど……」
気休め程度の言葉ぐらいしか掛けられないのが情けないな。言葉を重ねると、軽薄さが増すように思えた。
エトルがソイエンを助けたのは、“罪の意識”という部分もあるわけだ。そして、その“罪の意識”が、魔術使用の後悔を引き出すものでもあると……。
「もしかしてさ……、君のやった事件って“延命治療”ってこと?」
「私自身、その時はよく分かってはいませんでした」
「でも、その魔術と紐付いている罪の意識なわけだから、性質的にソイエンと同じ、言うなれば“生命活動力の維持”の植え付けって感じなんだよな?」
「そ、そうですけど……」
「それって、つまりもう死にかけてた人間を無理やり生かしたってだけでしょ? 健康な人間に対して、なにか弊害があるの?」
「わかりません……試したことが無いので」
「なら、そもそも魔術で殺したって表現がおかしいのでは?」
「で、でも、多くの人を苦しませてしまったから……」
「それって苦しみそのものは病気とかでしょ? 苦しませて延命させるなら、医者も同じなのでは? 誰かから何かを奪ったわけでもないし」
「違うんです! 私、赦してほしいわけじゃなくて……!」
まあ、この娘ならそう言うだろうな。
まずは、エトルが何故僕に罪の告白をしたのか、何を求めているのか理解するのが重要そうではある。
それは、一時的な感情の問題ではない。行動や選択にまでに影響力を及ぼす、本当の意味での“トラウマ”だと言うことは確かだろう。
そうでなければ、マゼスの襲撃の時に、自己犠牲も厭わぬような極端な行動に出るはずがない。
しかし、十年来苦しみ考え抜いた罪の答えを、僕の言う綺麗事で解消出来るはずもない。
「嫌味とかではないんだけど、赦して欲しいわけじゃないなら、状況を整理するためにも自分が何を求めているのか言ってみない?」
「そんなの分かりません……。答えがあったら、私はもっと罰せられるべきだと分かってます。ただ、不安なんです」
「なるほど、自分が罪への対価を払っていない気がして、安心できないってことか」
見て見ぬふりも、魔術を使いまくるのも、どっちも消極的な選択ではあるわけだな。
「僕なりの見方で言えば、君には、習慣が必要かもな。これは、自分を強制的に変えようとか、罪そのものを解決するとかじゃなくて、己を受け入れる習慣って意味で」
「己を受け入れる?」
「一旦、見つめ直すためにも原因は何処かへ置いておく。そして、口に出して言うしかない。例えば“私はいつだって大丈夫”」
「は、はあ……」
エトルは、何やら半信半疑であった。
口に出して言うというのは、実は凄まじい効果がある。これによって精神的な安静をもたらす効果を“カタルシス効果”だとか呼ぶはず。
僕は独り言を非常に良く言うために体裁は若干良くないが、これが高ストレス下の環境では非常に恩恵がある。
しかも、なりたい自分になるための、自分への催眠にもなるらしい。
「僕の生まれ育った場所には、古来よりそう言うまじないがある。“言霊”というやつさ」
「なるほど、確かに詠唱は、安定した魔術を扱う効果的な手順ではありますね」
う~む。ちょっと解釈が違うような……。まあ、似たようなもんか。
「では、改めて復唱をお願い致します。どうぞ、ご一緒に! “私は完璧”!」
「わ、私は……完璧」
「“私は最高”!」
「私は最高……」
「“私は剛毅果断”!」
「私はごうき……?」
「“いつだって大丈夫”」
「い、いつだって大丈夫!」
これが、本当に正解なのかは分からない。もしかしたら、何かが予測できない形で影響して、更なる地獄にエトルを導くことになるかも知れない。
そればかりは、恐ろしいことだ。
僕のほうこそが、本当に“大丈夫”にならなければいけないよな。
恐らくは僕の命に、そう長くないタイムリミットはあるのだろう。一週間か……一ヶ月か。あるいは明後日、突然死ぬかも。魔術の力で身体を授かって、人並みの寿命があるだなんて、都合が良すぎるものな……。
なんとなく、理解してきた。エトルが僕に良く尽くしてくれるのも、ちょっとした蟠りを残した雰囲気で、悩みを打ち明けるのも、僕の魂の間借りが有限であるからのような気がする。
そう考えると、怖いな。
死ぬってのが、平気なことはない。
だからこそ、言い続けなければいけない。何もかも、大丈夫なのだと。
いつ再び死ぬか分からないからこそ、毎日、明日に賭けるしかないな……。
明日はきっと、今よりもほんの少し良くなる。まだまだ、これから。旅路は始まるのだ。




