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一章五項 アルノ



 頭がガンガンする。目の左右と奥がビリビリと痛んだ。

 ――口の中が、ひどい鉄臭さ。

 少し力むと、肩の関節や腰に刺すような痛みがあった。全身の皮膚の触覚が鈍くなっていて、かわりに痛みだけズキズキと響く。

 それもそうだ。この体に魂を移植され、生き返ったと思ったら数時間で黄泉に送り返されそうになったんだからな。


「う……ううっ!」


 自分のうめき声だけが聞こえた。 

 たぶん爆弾みたなものでぶっ飛ばされ……でも意識はまだ完全にある。

 さっきの続きであることがハッキリとわかる。

 もしかすれば、前に死ぬ時よりよっぽど頑丈に出来ているかもしれない。その強さに感謝すべきなのか、今死んでいたほうが楽だったか、謎なところだ。

 弱音器ミュートが取り付けられたかのようにくぐもっていた音が、どういうわけだか明瞭に聞こえ始める。

 徐々に水中から浮かび上がるかのように、耳に雨の音が届きはじめた。


「げぼ」

「おい。大丈夫か……?」


 覚えのある声がすぐ近くで聞こえる。


「え……ええ。かろうじて――べホッ!!」

「そうか……それは良かった。一体……」


 まだ僕は雨の中にいた。

 さっきと違うところもある。見回してみても少なくともこの部屋にはあの二人組は居なくなっていること。ヒゲの人とエトルが帰ってきてこの場にいること。ヒゲの人が、青く発行する小さな道具を持っていて、随分と眩しい。

 部屋はもうボロボロで、扉はくの字に歪み、上のほうの石壁が圧力で外側に押し出されかけていた。そのうち崩れてしまうだろう。

 なぜか不思議に寒さは感じていないが、腕は意志ではどうしようも無いくらいに震えた。


「アルノさん……すみません。放ったらかしにしてしまって」

「うん。大……丈夫、大丈夫だ」


 エトルが寄り添ってくれたが、これ以上の言葉が出てこなかった。

 ダメージもあるが、体の血が蝋にでもなってるかのようにずっしりと重みを感じていて、うまく口が回らない。


「この娘は……ロネリアはもう死んでいるか」


 ヒゲの人が、操られていた女の子の首の脈や心音を確かめて言った。

 ……間に合わなかったのか。


「なにか……飲まされたと言ってたので。魔法に関係する水のような……」

「エーテルか」

「たしか、そんな感じです」

「そうか。生きてさえいればどうにかできたかもしれんが……。ここは実験棟だ。中和剤が置いてあった。不幸というしかない」


 眼の前の二人は、沈黙した。

 僕を蘇生することは出来るのに、今この二人が何もしないのは、魔術でも亡くなってしまった人はどうしようもないということか……。

 生き返らせるということも条件があって、かなり状況が限定されるのだろう。ヘルフェもここにいないし、どうしようもない。


 言及するまでもなく、こういうのは誰にだって愉快じゃない。

 悔しいとか悲しいとかなのかはよくわからない。ただただ、暗黒のように掴みどころのない心の疲れに支配されてしまう。


 でも、諦めるには早すぎだ。

 まだベストを尽くしてない気がしてならない。

 マッチョとって、筋肉と同様に大事な精神メンタリティがあった気がする。

 高重量を扱うということは、事故の温床だ。特に自分の限界を引き上げる必要がある筋トレにおいて、失敗はつきものである。

 だからただの筋トレといっても、命の危険と隣り合わせ……そういう印象はある。

 鋼の精神とは、自らの筋肉を虐めるだけの精神ではない。

 ゆとりがないとき、苦しい時、インターバルをとる時、いつも必要な精神性、助け合い……助け合いの心だ。


 死んだはずの少女は、一息、命を吐き出すかのように大きなため息をついた。


 まだ生きている……?

 わからないが、兎にも角にも、まだできることは残っているかもしれない。


「その娘、脈が止まってどれくらいですか?」

「わからん。私達も、ここにきてまだ数分だ」


 僕が最後に見た時は……、拘束から解放された時だ。その時は、当然まだ生命はあったはず。

 恐らくは十分は経っていないだろう。


「まだ……なんとかなるかもしれない」


 ヒゲの人が、僕の近くへ操られていた少女を運んできてくれた。

 ライトみたいな道具を借りて、瞳孔を覗き込んで見る。

 瞳孔が開いたままで、動かない。胸に耳を当ててみても、心臓の音もない。

 死んでいる。心臓が止まっているのは間違いなさそうだ。


 やるべきことは、一つしか無い。

 そう、CPR(心肺蘇生法)だ!


 記憶に間違いがなければ、タイムリミットはおよそ五分前後。十分を越えると、仮に蘇生できても脳に障害が残る確率が高くなるとかだった気がする。とにかく即断即決を要する。


 心臓マッサージのリズムはおよそ分間百二十。一秒に二回だ。

 いわゆるマーチテンポといって、体感でとりやすいリズムだ。


 躊躇っている暇はない。

 やるしかない!

 遠慮なく、心臓を押す! 押すべし!

 

 僕は単純な男だ。

 希望があれば、それしか見えないらしい。

 なぜか、蘇生できる希望しかない。


 イケる気しかしない!


「大丈夫! 来いよ、帰ってこれる!」


 危機が記憶を呼び起こしてくれたのか……。

 少しだけ知識はある。

 どんな記憶もあらゆる思い出も、財産きんにくさえ失ってしまったのに、付け焼き刃のはずの知恵はあまり失ってない。

 人の一生で知りうる知識は万能ではないが、筋肉にも魔法にも変えられる。付け焼き刃でもニワカでも、もし人を助けることが可能だったならそれは素晴らしいかもな。

 ヘルフェさん、ありがとうだ。君の口の悪さは直したほうがいいと思うけど、その欠点を補ってあまりあるフォースの力だ。


「貴公は一体なにを……?」

「どうにかやってみます! 生き返らせます!!」


 ロネリアに外傷はない。可能性は残されている。


「わ、わ、なな、何か出来ることあります!?」

「――な~い!!」


 エトルのせっかくの提案に、よくわからん勢いで返答してしまった。

 そうだ、やるべきこと……!


「あ、そうだ! 人工呼吸」

「じん……じ、じん、じん……?!」


 エトルはじんじんという鳴き声の生き物になってしまった。

 おかしいな。

 CPRの習得とドラゴンボールを読むことは、国民の二大義務のはずである。

 でも、僕は魔人のことすらまだ思い出せないし、人の常識にとやかく言えるわけでもないか。


「人工呼吸!!」


 心臓マッサージの勢いがあるせいか、僕もわりかし必死だからか、つい勢いのある口調になってしまう。


「じ……じん?」


 エトルは泣きそうな目で僕を見つめた。

 仕方ない!

 わからないものは仕方ない!

 泣かなくて良い。むしろやるべきことを聞いてくれただけで、充分な勇気だ。なんといっても、どうせ心臓マッサージと人工呼吸は同時に出来ない。肺を損傷してしまうリスクがある。

 エトルに頼んだのは僕がセクハラしたくないという理由だけだ。

 マッチョ(仮)の魔人のゾンビに、人工呼吸された女子生徒がいたら、社会的にまずいし、女の子自身もトラウマになるかもしれない。セクハラならぬ、マジハラだ。


 僕の手の火傷からの出血と雨のせいで、死んだロネリアはおぞましいほど血みどろになった。


「だいたい、分かった。魔人の血は少しだけ毒性があるし、貴公も怪我人だ。私が代わろう」


 そう言って、ヒゲの人が交代してくれた。

 本当はエトルに人工呼吸をお願いしたいが、説明している暇もない。

 やってみせるしか無いだろう。


「ヒゲの方、僕がこの娘に息を吹き込みます。その間は待っていてください!」


 顎を上げるようにして、口と気道ができるだけ一直線になるように、頭を抑えた。

 躊躇っている暇はない。

 鼻を塞ぎ、息を吹き込む。


 ―――……。

 ……反応はない。

 マジハラのリスクを侵しても駄目か……!

 やはりあれ、AE――……AEB……ええと、あれ、AC/DC。ちょっと離れた……DB――AE、D。AEDだ……! 

 そうだ。AED。あれが無くては話にならないのかもしれない。

 なんか通い詰めたところでよく見た気もする。たしかにそういう物が存在した気がする。


 どういうものか思い出そうとすればするほど、後頭部が、ずっしり重くなった。

 頭を打ったせいか、電撃を食らいまくったせいか……。

 まてよ?

 電気……?


 さっき合体で必殺技を放つ時、タシギでもフクロウでもなく、このロネリアが前に立って手から電撃を放った。

 電撃はタシギだけの魔法じゃないかも知れない。

 指輪だ……。つまり、もしかすれば、そういうことなのでは?!


「あった……!」


 たぶんこれらのどれかだ!


「エトル!!」

「なんですか?!」


 僕は少女の手についていた何個かの指輪のうち、端っこの一個を抜き取って見せた。


「これは何?! どういうやつ!?」

「わ、わわ、わ、わかりません」


 そうか……。

 そりゃあそうだ。見ただけで、わかるはずがない。

 ほぼ全部、形はそっくりだ。全部を片っ端から使うことは可能か……それすらもわからない。


「それは、エーテルの暴発を抑制する補助の魔導具だ。それ自体に魔術としての効果はない」


 ヒゲの人が、言った。


「その隣は、音を消すための魔導具、その隣は電気を発生させる魔導具、その一番大きなのが……たしか腕とか脚のムダ毛を生え難くするやつだったか。その隣はたしか……」


 天佑てんゆうというものがあるのか、僕は自分で実感したことがない。

 他の人なら、運命とでも言うだろう。

 なにか不思議な感じだ。悪しき運の糸すらも大いなる運命の一束としてまとめちまうほどの重力が、この娘にあるのかもしれないと僕は感じた。


 女の子を、最初に僕が寝ていた大きな台に寝かせる。


「これを、お願いします……ほんの一瞬だけ、心臓に向けて全開で電気を流せますか?!」


 電撃の指輪を、ヒゲの人に渡す。

 人の命で賭けをしてしまうようだが、なんだろう、上手くいく気がする。ここまでやって駄目なら、後はもう自分の浅慮を反省するしかない。本来は電気ショックに適切な電圧とかの値というものがあるだろうが、指定しようがないから、そこは賭けも賭けになる。


「よくわからんが、やってみる。貴公がこの娘を助けようとしている気持ちは確かだろう……。そこに望みを懸けてみるしか無いのかも知れない」


 ヒゲの人が、指輪に念を送るように集中した。

 電撃が、少女の身体を走る。






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