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二章三十一項 レデレール


 上に這い上がると、そこにはエゲンとペコが居た。

 みんな汗と泥と、水でドロドロ……。臭いもほぼドブと遜色ないわね。

 堪らず、壁を背に座り込んでしまう。


「お疲れ様です。レデレールさん」

「ありがとう、お疲れ様。おかげで助かったわ……ドニミはどうなったの?」

「エゲンがクタイアの襲撃からあのヒトをしばらく守らなければならなかったらしいのですが、それで戦っている隙に取り逃がしてしまったらしいです。今はクタイアは休眠状態にあって安全です。命令が更新されない限り、次第に活動が鈍化するみたいですね」


 ペコが答えてくれる。

 押し黙ったエゲンは私以上にボロボロだった。

 状況的に逃げられない役割だったので、戦いの過酷さで言えば、エゲンが一番だっただろう。

 目標としては、人々の脅威になるクタイアを制圧するのが第一だった。

 ドニミやオーラがどう関わっているか完全には分からなかったので、早期解決のためにエゲンも闘う必要があったというだけではある。必要な役割だったとはいえ、死んでもおかしくないような無理をさせた。

 ドニミを逃がしたことも、流石に責められないわね。


「貴方も結構くたびれているようだけど、深手はあるの?」

「……ない。少しは借りは返せたはずだ」


 愛嬌はないけど、五体満足で生き残ったのは褒められる点だわ。


「こちらもオーラを殺したわ……下層にあった予備の体も」

「オーラ?」

「そう魔術師が名乗っていたのよ。彼女について、何か分かった?」

「あの女についての情報は、今のところ見つかってません。盲人とだけあって、書類のような記録という類のものもないですし……。それに、あそこは恐ろしい場所でした……。思い出すだけで……あの臭いが鼻に」


 ペコは俯いて、息と手を震わせた。一度、大きく息を吸って、鼻から吐く。

 そうよね……。女の子達の死体の貯蔵庫なんて、想像するだけでも陰惨だ。ペコにトラウマを刻み込む結果になってしまったかも知れない。


「ですが、被害者達の証拠はそれなりに遺されていますね。あとで確認してほしいのですが、なんといいますか……多くの死体があったのですが……どうやら、犠牲者は普通の人ばかりではなくて……」

「普通じゃないとは、どういうこと?」

「これなんですが……」


 ペコは天秤の意匠を彫り込まれた銅のピンを手渡してきた。

 馴染みがあるわけではないけれど、見たことがあるわね。

 大概の魔術師は金属の装飾品を身に着けない。しかし、例外もある。


「これは……ティギス宮の魔術師の持ち物ね」

「ティギス宮?」


 一応、エゲンも関心があったらしい。


「ケイオン宮廷にある部門の一つよ。改称前のユセイア宮という名称で有名で、金融や為替、造幣を専門とする組織だわ。魔術使用による不正がない証として、例外的に金属の装飾品を身に着けている」

「レデレールさん……随分とケイオンの内部事情に詳しいのですね」

「ええ。その理由は後で話すわ。ティギス宮のトップはあのキリル……。大物ね」

「それが……まさにそうなんです」


 まさにそう?


「他ならぬキリルの死体から取ったものなんです。その装飾品は……」

「え?!」


 まさか!

 それが事実だとしたら、かなり意外な事態ね。キリルはサンドラ様と直接交流があるほどの大物で、貴族のなかでもかなり重鎮と言える。


「見間違いではないのよね?」

「分かりません。正直な話、見間違いかも知れません。暗かったですし……動揺してしまいました。自信はありません。もうあそこに戻りたくもないですが……」

「ええ。私が確認する。貴方は充分やった」


 これは予想よりも大事だわ。

 キリル個人はただの凡庸な女だとしても、ケイオン社会の重みが、彼女に箔をつけている。

 茶の渋や、衣服の糸のほつれを嘆くような身分の女が、こんな場所で惨殺されるとは……。


 しかし、 アルマの国葬にはキリルは出席していたはず……。


 状況的に不自然ではある。キリルほど身分がある女が失踪すれば、かなりの噂になるに違いない。

 私だって死体を見るのは嬉しくはないけど、確認は必須ね。


「あんたら、ケイオンに戻るのかよ?」

「いいえ。戻らないわ。ちょっと用を済ませて、他の人に仕事を引き継ぐ。結局のところ、依然としてリシルの蘇生ほど優先度が高いことはないもの」


 敵は複数の組織。複雑かつ闇に包まれた部分が多い。

 それでもブレる必要はない。私達の目的は明快かつ単純でいい。エトラネミア様は、実際、派閥の整理という面では、最適な死に方をした。


 今回このラズデアに残ってもらった仲間エゲン、ペコ、ドニミは、素性が調査しきれなかった、いわば潜入者の可能性がある者だった。

 対応出来るうちに、戦闘能力が低いメンバーと潜入者をあえて分断して様子を見るしかなかった。

 エトルちゃんやヘルフェを闇討ちされたら、それだけで詰み状態となる。

 私情ではなく、必要なことでもあったけど、後で上手く説明しないといけないわね。


 無実のペコとエゲンには悪いけど、結果的にその甲斐はあったとも言える。

 本人は否定していたけど、恐らくオーラは、誰かの意図を汲んで行動していたのは疑いようがない。

 たまたまドニミが意気投合して、その場で虐殺に加担するはずもない。

 最大の謎であるクタイア達の調達も、個人の力ではまず不可能だろう。


「ドニミはこの後、本隊に追いついて遠征を妨害するはずだわ。私達ものんびりすることは出来なさそうね」

「良かった。俺の最初の目的は、ドニミを殺し、そしてレデレール、あんたに勝つことに決まったからな」

「何を言ってるんですか……? レデレールさんは敵じゃないんですよ?」

「うるせえよ。別にコイツを殺したいわけじゃねえ。魔術師に勝てるようにならねえと意味ねえだろうが」

「何も、こんな状況で……」


 確かにこんな状況なのに、自分の強さしか頭にないのも凄いわね。それに、剣術で私に勝とうなんて意気込みは面白い。


「――結構。良いわ。面倒くさいけど、いつでも受けて立つ。それならば、私から一つアドバイスがある」

「何だ?」

「戦いの直前に、女性を抱くのはやめておきなさい。貴方が娼婦を買ってたら、不覚を取ってここで死んでたわ。戦士なら常識よ」

「そうなのですか? 何でですか?」


 年頃の男の子だから問題ないとはいえ、なんとなくペコには具体的な理由は答えにくいわね。




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