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二章三十項 レデレール


 負傷したオーラを急いで連れ出さなければ。

 爆弾は一個だけとは限らない。自爆されるという手段はまだ残っている。

 さっきはオーラが脅しで警告してくれたから良かった。この女が問答無用で爆破していたら、なす術が無かった。


 息が上がる。胸が痛む。

 興奮状態が落ち着いてきて、痛みを感じ始めた。負傷や魔術の過剰使用に対して体が悲鳴を上げ始めている。

 折れた右手首に力が入らない。

 ナシアの身体は軽いとはいえ、今、人間一人を抱えて階段を上り続けるのはそこそこ大変だわ。


「ハハ……」

「……なにか可笑しいかしら?」

「ざ、残念時間切れ……アンタ終わった」


 オーラが言った時だった。

 大きな振動と衝撃が、坑道を震わせる。上から、目も開けられないほどに砂埃が落ちてきた。

 小石がしきりに頭を打ち付ける。その中に、ひんやりとしたものが混じっていた。

 バラバラと黒い土砂が横を掠めてゆく。


 水が……!

 縦坑の上から、水がボタボタと滴り落ちた。瞬きする間に、水量が多くなっていっている。


「上の階段と排水用の道をぶっ飛ばした……。アタシ達はもう何処へも行けない。アンタの……負けだ。アンタの大好きなこのナシアと共に死ねばいい」


 なるほど、上層は迷路のように広いが、下層に行くほど横に狭くなる。

 水でここを満たし、私を溺死させるつもりね。


 落ちる水は、滝のようだった。

 この廃坑は街に近いだけあって、比較的低地にある。どこかの水源が排水路に経由されているらしい。


「残念だけど……愚策ね。さっきも言った通り、もう二度と貴方は別の体に乗り移ることは出来ない」

「い、いつまで……下らねえ嘘で乗り切ろうとしてんだ」

「嘘ではない。私の仲間が貴方の残りの身体の位置を特定して、無効化しているはずだわ」

「……特定?」

「私が連れてきた仲間は、魔導具の知識に関しては最先端の知識を持つ人間よ。貴方はこの坑道の霊信石を介して転生している。貴方の一体目を殺したのは、まず転生に使われるその霊信石を特定するためだった」


 魔導具を用いるということは、この女の魔術も原則に漏れず、距離の制限を受けるということだ。


 街への襲撃があった時に、クタイア達は、“声”によって意思疎通していた。魔術師が意識の支配によって完全に制御していたなら、そんな必要はないはず。

 つまりこのオーラの魔術は、他者を操作するものではなく、目的や思念の植え付けのようなものだと推測した。


 だからこそ、あれだけの数のクタイアを同時に扱えるし、コントロールしている間も自分が動ける。

 それを可能としているのが、“巨大な魔導具と化した廃坑”だということね。


 ペコがその機能を破壊するのが本命。

 彼はこの街で調達した“注射器”という道具を使って、自らの体にエーテルを注入し、クタイアに探知されない状態になった。

 身を守れないペコは静かに動かなければいけないので、クタイアを可能な限り私が引き付ける必要があった。


 オーラが未だにペコを認知してないということは、その作戦はまだ有効なことを意味する。 


「私は深部にある貴方の予備を無効化する目的はあったけど、それ以上に仲間が予備の体を無効化するための囮でもあった。貴方が今ここで私と死ねば、二度とこの世に生き返ることはないかもしれない」


 確証はない。

 このオーラの予備の体が何体あるかまで、具体的に数を把握しているわけでは無い。


「ふざけんな。なにやってくれてんだ……。それじゃ、アタシが……死ぬってのか。このアタシが……」

「助ける。死ぬと決まったわけじゃない」

「ああ。……そ、そうだ。負けるはずがねえ……アタシには、まだ出来ることが……。私の魔術……“写生ウェブラー”で――」


 オーラは力を振り絞り、腕で手繰り寄せるように私の襟を掴んだ。


「ア、アンタの体を貰う!!」


 一瞬、目の中に電気が走った。

 視界が膨張し、目から飛び出るような感覚。意識を強引に掴まれるかのようだ。

 強い閃光と目眩で、昏倒しそうになった。


「痛ッ……!」


 ――良かった。ギリギリだった。

 まだ魂は、形を保っている。


 ナシアの体は用済みと言わんばかりに、崩れ始めた。

 溶けるように皮膚が引き裂かれ、腕が落ち、黒ずんだ肉や骨が露わになる。皮膚が破れたからか、強烈に体から腐臭を放つ。


 この体では、もう長く持ち堪えることは出来なさそうだ。手の施しようがない。

 階段の踊り場に、そっと下ろした。


「何故効かない……?!」


 オーラは苦しそうに叫んだ。

 どうやら、オーラの魔術は完全に無駄だったらしい。星霊術の厄介なところは、掛けられたら自覚が難しいことにある。


「な、なんでだ……? 何で……」

「こんな活動しているのよ。対策してないわけがない。星霊術を使う敵がいるのなら、自分自身に星霊術を掛ければ良い」


 その道の専門家のメドラに対策を習っている。自分自身を“操霊術マロイカ”で操れば、あらゆる律導壁への干渉を防ぐことができる。

 うっかり加減を間違えば、意識を失って二度と目は覚めないらしいけど、その失敗をしたとしても、生きている間は星霊術で操られることは完全に防げる。


「ずっと星霊術を使い続けて――……? ア、アンタ……何なんだよ。何者だ」

「貴方と同じ、過去から逃げ続けている亡霊よ。かつては……殺戮者なんて言い方で呼ばれた」

「もしかして……、アンタあの“ジオ”か」


 自分から言ったことだけど、その名を聞くのは今でも憂鬱ね。

 オーラは苦しそうに笑った。


「“暴風の殺戮者(エザエラ・ミュジオン)のジオ”。そ、そうか……。じゃあしょうがねえ。なんだよ、アンタが最悪の人殺しだと知ってたら……、もっと面白くなったの……に」


 そこまで言って、突然息絶えた。

 時間が止まったかのように、不気味に笑顔を固めたまま、目の中の球体の魔導具がひとつ、転がり落ちる。


 ……そうね、貴方と遜色ない人殺しだわ、私も。否定する気はない。

 とうに捨てた名だけれど、その名からこの身に染み出してくる腐臭は消えない。私にこの女の悪行を責める資格はない。


 結局、この敵は何だったのだろう。終わってみれば、ナシアの死体は、まるで随分前からここで朽ちているような様相だ。

 虚しく腐乱した遺体となっていた。


 幻影と戦ってて、我に返った気分だわ。

 これでラズデアが生み出した怨念は、消え去った。せめてそう信じたい。

 現時点までの被害者は、誰も救われない形になってしまったけれど……。安心しきる前に、この女が転生してないか確かめなければ。


 滝の勢いは強いが、水位の上がり方は激しくはない。

 階段は崩れ、ここを出るにはかなりの高さをなんとか自力で上がらなければならない。

 

 体は、どうも限界らしい。

 星霊術と風の魔術を常に併用していては、持久力が落ちる。


 もし水中から空気を集めることが出来れば……下の溜まった水に飛び込んで、浮力を使って上に飛ぶことが出来るかも知れない。

 果たして、それで上に上がることができるか……それを行うにしても、回復に使う時間が残されているかしら。


「疲れた」


 何にせよ、一旦休もう。

 最後の望みに賭けるにしても、ちょっとだけ休憩は必要だわ。 

 笑顔に見えたナシアの顔は崩れ、今や悲しげにも見えた。


「この世は騙し合い……なんて思ってたのかも知れないけど、それで自滅するんだから、駄目じゃない」


 誰しもが、死ぬ前は弱者。いつかは例外なく必ず弱者になる。傲慢でいることで自分を守ることは出来ないわ。


 だからこそ、いつかは憎悪を溶かさなければならない。

 信じてくれ、というのもおこがましいのは分かっている。一度は、対話すらせずに奇襲で殺したんだもの。


「おい、汚えオカマ!」


 上から、声が響いた。

 随分とヒドイ言い草……。どうやら、エゲンらしい。


「上から土石搬出用のゴンドラを下ろす。おい、聞こえてるか?」

「ええ……。お願いするわ」


 そうか。暗闇で分からなかったが、縦坑にはそんな気の利いた物があったのね。

 オーラも目が見えていないから、使用されない限り搬出用のゴンドラがあるなんて知らなかったのかも知れない。


 上から、丁度一人が収まる程度の容器が吊り下げられて、ここまで降りてきた。


「ナシア……。貴方をここから出すことは、どうやら叶いそうにない。本当にごめんなさい。深い間柄では無かったけれど、貴方は勇敢で素晴らしい同僚だったわ。サンドラ様に、全て報告させてもらう」


 他の女性達の遺体も置き去りになると思うと、心苦しいわね。

 しかし、私が心中してしまえば、それこそ永遠に闇に葬られてしまいかねない。


 さようなら。ナシア。

 貴方の情報は、受け継がれるわ。

 

 



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