二章二十九項 レデレール
そこは坑道の規模から考えれば、意外なほどに狭い部屋だった。
まさに最奥と呼べるような場所で、袋小路の休憩所のような個室になっている。
普通の人ならば居住には全く適しているとは言えない、劣悪な環境だ。さながら、暗闇と不浄の聖域と言ったところね。
空気はかなり淀んでいる。臭いがかなりキツい。硫黄の臭いと、死臭に満ちていた。
遺体が四体。等間隔で、綺麗に椅子に並べられている。どれも若く美しい女性で、身なりもキチンと整えられていた。
誘拐されてきた若い女性の遺体だ。全員目をくり抜かれ、魔導具を義眼のようにはめ込まれている。
そしてもう一つ、部屋の中央に異様なモノが鎮座していた。
ほぼ結晶化した遺体だ。死して尚、苦痛に悶えるかのような表情でもあり、何かを嘆いて訴えているかのようでもある。
他の眠れる美女達よりも遥かに劣化が進んでいて、半分ミイラのようだが、マナ化が強く進んでいる。
大きな椅子に、その身体と一体となった結晶でへばりつくように固着していて、私の生み出した小さな灯火の輝きで煌めいていた。
かなり小柄で体格が他の女性達よりも小さい。
どうやら、これが彼女にとって特別な意味を持っているようね。
「なるほど、あれが貴方の本体というわけ」
「はっ!?」
女は、驚愕した。
驚きのあまり、地面に尻もちをつく。
「ど、どうやってここに!?」
「どうやってって……貴方に尾いてきただけよ」
「ツ、ツけて来た……?」
今となっては、ナシアなのかオーラなのか、はたまたカレルなのか、どう呼ぶべきかイマイチわからないわね。まあ、自称を尊重するなら未だオーラかしら。
オーラは、怯えた様子ながら不器用に立ち上がった。
「ア、アタシの後ろにいたってことか? この廃坑の中なら、蝿一匹の居場所だってわかんだぞ……。何故だ。分からないはずが――……」
「貴方の魔術は仕組みが分かれば、比較的簡単に対策できる。貴方の探知の方法は、空気の振動……つまり、“音”よね」
オーラは答えなかった。
別に私が既に対策できているのだから、答え合わせしてもらう必要もない。
「あくまでも、予想ではあった。貴方は、エーテルを介して音を聞いている。聴覚だけではなく、魔術を介して音を聞いている」
エーテル自体は、情報伝達に適したエネルギーではない。光、電気、振動などに変換するのが普通だ。
オーラは霊信石を使っているから、魔導物質学の専門家のペコならば、その魔術の性質を特定できる。
「アンタは音を鳴らさずに歩けるってわけかい」
「自分を取り囲むように真空の層を作り出せば、音は遮断されるのよ。貴方の位置探知から逃れられる。かなり、疲れたけどね」
「真空だと……? インチキみてえな魔術使いやがって……。でも、いい加減疲れたのはアタシもだよ。なあ、もう良くねえか? お互いに怨みはねえはずだ」
そう言いつつ、オーラはこっそり弩に手を掛けていた。
脅しのつもりなのか、あるいは私が空気の圧縮によって灯火を生み出せることを、失念しているのか……。
「もう止めにしない? こんな不毛な戦いはさ」
「おかしな言い分だわ。貴方の体は元々私の同僚であることを忘れているの? 貴方から始めたことなんだから、少なくともコチラには恨む理由はある。何故、クタイアにラズデアの人達を襲わせたの?」
「こんな場所、あってもしょうもねえ街だからだよ。みんな、死んじまえばいいんだ。アタシは、貰った不幸をそのまま返してるだけ」
「つまり、貴方はこの街の出身者だったのね? 本当の名前は?」
「そんなもんねえ。アタシには語るべき立派なモンなんてねえんだよ……! 雨に目を蝕まれ、煙突の乾留液で体を壊し、世間に忘れられて朽ちたゴミクズだ」
なるほど……、まだ子供だったんだわ。この魔術師は、あまりにも若い。
比喩ではなく本当に若齢のまま、何も知らないまま、囁く悪魔達によって亡霊にされてしまった。
あの結晶化したミイラの体格から言って、十代の中盤ぐらいの年齢であることは間違いないわね。
亡霊となってまで、この街に復讐したかったのか……。
恐らくは、美女を選んで自分の依代としたのは、強い後悔と憎しみの表れ。目が見えないのに容姿で依代を選ぶなんて、それだけ劣等感があったに違いない。
その感情を“レア”という反乱分子に漬け込まれ、利用されてしまったのだわ。
どういう方法でレアが人数を増やしているか、ヒントを持っているかも知れない。
「貴方の怒りは、もしかしたら理解できる部分があるのかも知れないわね。貴方に魔術を施したのはケイオンの宮廷関係者?」
「知らねえ。そんなの知らねえよ」
今ここで問答したところで仕方ないわね。
捕縛するしかない。
ペコから貰った薬で魔術を再び使えるようになったとはいえ、これ以上時間を掛けるのは得策ではない。
「考えても見なさい。仮に今は凌げたとしても、貴方の存在が永久に見過ごされるはずがないわ。クタイアの街への襲撃はすでに私達が収束させた。大局から見れば、貴方はすでに負けている。大人しく私に従えば、今後について多少の便宜をはかることは出来るかも知れない」
「嫌だ。信じるもんか嘘に決まってる。ここからアタシは出ない。お前、ここから消えろ!」
オーラは、拒絶のついでに弩を放ってきた。
咄嗟に空気の圧縮で軌道を逸らす。
「ちっ……! 動くな! アンタの後ろの入口には、爆弾を持ち運んでいるクタイアがいる! これ以上ここで暴れれば、この部屋を崩壊させて道連れにするしかない」
爆弾ですって?
なるほど、そうきたか。脅しではないらしい。部屋の出入り口に、確かにクタイアの気配がある。
オーラがここで死んだとしても、別の場所にある身体に移し替わることが出来るならば、間違いなく私の負けね。
「そうすれば、そこにある貴方の本体も永久にこの廃坑に封じられてしまう」
「本体なんかじゃねえ。もうなんの役割も意味もない過去の遺物だ。初めから、執着するようなもんじゃなかった! アンタのお陰で、覚悟が決まったよ。捨てるべきモノを捨てて、アタシは勝つ。明日のために……もう、踏みにじられないために!」
過去との決別か……。
過去をありのまま受け入れられないのは、結局のところ過去に囚われ続けているジレンマではあるわね。
でも、私も似たようなものだ。
他人のことをとやかく言えるほど、目を逸らしたい過去と折り合いをつけられたわけでは無い。
「貴方はここで死んでも転生出来ると思っているけど、それは恐らく失敗に終わるわ。本当に死ぬわよ」
「べらべらとうるせえンだよ! だったら、今すぐアタシを殺してみろ!」
それでもいいけど、本当に死なれてしまえば、レアの情報源は無くなる。
ここでオーラを殺すのは悪手。生け捕りにしなければならない。
それに、私の目論見が外れて仮にまだ転生が可能である場合、またこの坑道内で新しい体になったオーラを探すとなれば、魔術の限度が近付いた今の状態では難しい。
「おい、動くなよ! アタシも馬鹿じゃねえ。アンタの魔術の有効範囲はおよそ十歩。風を起こせるのは十歩まで! さんざクタイアを殺られて、いい加減学習したよ。それ以上の距離をとれば、何も出来ねえ」
「ええ。その通り。でも、一つ誤解があるわ」
「は?」
「私の魔術は、大気の密度を操る魔術。風が吹くのはあくまでも結果だわ」
圧力が高まる。
空間が震えるような爆発音を立て、気圧を解放する。
部屋を突き抜ける突風。
砂利まじりの埃が、濁流のように打ち付ける。
オーラは反対側の壁際まで吹っ飛び、過去の自分だったモノにぶち当たって、粉砕した。
美女達の遺体は床に投げ出され、質素な家具や什器は、バラバラに散らばった。
「ゲッ――……ゲホッ!! うっ……。騙してた――……。魔術を制限……してやがったのか」
「騙してはいないわ。間違いなく、私の魔術は十歩ほどの効果範囲よ。ただ、その効果範囲の気圧を高めれば、空いている空間に向かって風は流れるというだけ」
風とは空気の密度の差によって、対流が生まれることによって発生する。
魔術の効果範囲に制限があったとしても、制限の目一杯まで密度を高めれば、突風を効果範囲の外まで吹かせることは出来る。
たったそれだけのことでしかない。
入り口は小さく絞られているので、強烈に空気の圧力を受けたクタイアは排除できたらしい。
目的はオーラを吹き飛ばすことではなく、背後の爆弾を抱えたクタイアを吹き飛ばすこと。その目的を達成した。
部屋の入り口を発破されていたら、私が負けていた。
常識とも思えるような、風に対する些細な理解ですらも、このオーラは人生で学び得る機会が無かった。
少しだけ同情したいわね。それを含めて、彼女の環境だったんだもの。
悪しき過去は、ここぞとばかりに足を引っ張ってくる。“明日から生まれ変われればいい”、そう思ったところで、人生は地続きなことに変わりはない。
「貴方は死なず、しかし、もう陰の中に留まることは許されない。行きましょうか。過去と決別するならば、居心地のいい場所は、いるべき場所とは限らないもの」
「止めて! 触らないで」
「魔導具の中でしか生きられない亡霊となってしまった時点で、人間として未来を生きてゆくことは出来なかった。残念だけど貴方は、過去そのものよ」
「……お願い。ごめんなさい。許して。アタシが悪かった」
身体と目の中の魔導具を損傷して、体の制御を失いつつあるらしい。
虚しいほどに、抵抗する力が弱かった。
「殺しはしないわ。でも、……ごめんなさい。貴方の罪を許せるほど、私も強くはない」
テドや街の人達の犠牲は覆らない。
彼女が直接意図したことではないにせよ、望んだ結果の犠牲だ。




