二章二十七項 カレル
来た、ここだ! この縦坑だ。
十体のクタイアだ。
今やるしかない。まずは五体、四方から攻めさせる。
「なるほど、策を弄する知恵があるらしいわね」
自身を中心とした旋風によって、四方のクタイアをすべて弾き飛ばした。
このフザケたオカマ、正直、魔術の練度が高すぎるな。
しかし、恐らく溜めなければ先程のような強い威力はない。クタイアの損耗を避けるためにも、数で攻めるのは間違っていない。
防御と攻撃を兼ね備えた風の魔術だとしても、波状攻撃でタイミング差を作れば、対応は難しくなるはずだ。
レデレールが前に駆けた。
大坑に面した柵間際にいるクタイアを、ぶっ飛ばして落とす。
「次から次へと……今日は何体目かしら」
もういいから、いい加減死ねよ!
レデレールは、襲いかかったクタイアを地面に叩きつける。
一瞬、気配が無くなった。壁が弾かれる音が鳴る。
――あ?!
あのオカマ、壁伝いに飛んでるってことか!
上から急襲し、一体のクタイアの脳天を砕き即死させた。
その真隣のクタイアを振り向きざまに吹き飛ばす。
「これで位置が整った。安心して。全部片付くわ」
なるほど、クタイアを一箇所に誘導しつつ、群れの塊から外れた奴を排除した。あの包囲を一瞬で戦いやすい形に整えやがった。
魔術師は、如何に優れていたとしても普通そんな発想はねえ。どうやら、コイツはかなり戦い慣れしてる。
しかも態々、アタシを巻き込まない位置までクタイアの群れを誘導してたってわけかい。
だが、調子に乗れるのもそこまでだ。
散開して次の波状攻撃だ。
レデレールが大坑を背にして、応じる体制に入る。
「掛かった!」
「――何!?」
本命は、後ろだよ馬鹿!
レデレールが正面の包囲を攻撃しようとしたタイミングで、背後に忍ばせていたクタイアで拘束した。
予め、何体かのクタイアを大坑の縁に忍ばせておいた。
エーテルは空気に混ざっている。
密着して後ろから掴んじまえば、風を起こすだけの空間が無くなる。つまり、しがみつかれたらどうしようもないってわけだ。
クタイアは、レデレールの首元に思い切り噛みついた。
「うッ!!」
三体に組み付かれたら、逃げられまい。
一般的に近接戦闘が可能な魔術師でも、ごく至近距離の肉弾戦は不利。
クタイアは身体能力だけでいえば、人間を凌駕している。
やっとだな。コイツはここで詰みだ。
さっさと殺しちまいてえが、ちょっとだけ確かめるべきことはあるな。
「あ~……待て待て。まだ殺しちゃいけねえわ」
「オーラちゃん……」
「レデレールさん、どうやらここまでだね。ホント、手間取らせやがって。驚いた? 悲しいかい?」
「ええ。……悲しいわ」
「まんまと騙されちゃったんだもんなぁ。このアタシが、ここの主なんだよ」
「知っている」
は?
それは嘘だ。強がりだな。
「知っていたとしたら、なんでさっさとアタシを殺さなかったんだ」
「知っているけど、全てを把握してるわけではないわ。貴方の正体を確かめねばならなかった」
「正体……? だが、あんたカレルを問答無用で殺しただろう」
「それを含めての確認だったのよ。貴方の魔術についてね。恐らく、貴方は自分の本来の肉体を既に失っていて、目に宿した魔導具に魂を移植して生きながらえている“亡霊”よね」
おいおい、なんで知っている?
「なんで知っている? ……と言うような顔ね。何故なら、貴方の肉体は“オーラ”なんかじゃなくて、“ナシア”だからだわ」
「ナシア?」
「貴方は知らないだろうけど、ナシアはこのラズデア近郊で、失踪事件を調査していた魔術師なの。腕に罪人だった名残りの入れ墨があるわ」
なるほどな。
流石に人攫いをやりすぎたか。十二体しか造ってねえんだがな。まあ失敗作も含めたら、三十二ぐらいか……でも位置を特定されないように、コマメに場所を選んだつもりだし……。
まあ流石にバレるか。
「ナシアはこのラズデアで群発した薬物中毒者の失踪事件の位置から、貴方の拠点を割り出したところで失踪した。消える間際に、メッセージを残して行ったのよ。“瞳に宿りし亡霊”さん」
「そのメッセージがあったとして、なんであんたが受け取るんだよ」
「同僚だからよ」
コイツ、何者だ?
アタシの情報を調べられている。これは思ったより由々しき事態かもしれんな。
このレデレールというオカマは、つまりカレルとして会った瞬間から、アタシに目星をつけていた、ということか。
ついてねえな。
陰険な街だからこそ、人攫いもしやすかったが、この街の女は健康に問題を抱えてる場合が多く、素体造りに苦労させられた。
その点、ナシアとかいうこの肉体は健康で身体能力的に、一番荒事向きだった。それで肉体を失った時に、転移する優先度を上げたのが災いしたな。
「近年、ケイオンやウストルを崩壊させるための活動をする反乱組織“レア”が台頭しているという噂は耳にしていた。ナシアは貴方がそうであると考えていた」
「まあ、そうかもね」
「問題はどうやって貴方がそこまでの技術を持ち得たか、という話だわ。ケイオンですら、そこまでの複雑な魔術は珍しいもの」
教えるわけねえじゃん。
でも、そこまで調べられているとは予想外だった。何にしても、コイツはここで処理しておかないとな。
どこまで察知されてしまったか情報を聞き出せたらいいが、それよか逃したりこれ以上暴れられる方が面倒だ。
「あんたを殺してもあんたみたいな厄介な魔術師が他に来るってことか?」
「さあ? みんな忙しいから」
「あ、そう。じゃあ、終わりだ」
レデレールはクタイア共に、縦坑の底へ落下していった。
奈落の底へご案内。
声一つ漏らさず、落ちてしまった。悲鳴も嘆願もなしとはな。
階段を使っても、下るのに六分ほどかかるほど深い。
面倒臭えが、見に行くか。
オッサンの肉体なんて要らねえし、正体にはさほど興味もねえが、死体の確認は必要だな。




