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二章二十六項 カレル


 …………――

 ――くそ!! やっちまった。

 何だったんだ……!? 何が起きた?

 体を一体、失っちまった。造るのにどれだけの手間が掛かっていると思ってやがる……!


「はあ……!」


 まだ一応、ドニミの気配はあるな。

 あのエゲンとかいう奴と一緒だ。ぶっちゃけ、ドニミを助ける必要性は……感じないな。


 そうだ。

 助けるにしてもクタイアを向かわせれば良いだけだった。初めから態々(わざわざ)自分で迎え討とうとしたのが馬鹿だった。


 問題は、“エゲンは魔術を使えたのか?”というところだな。

 安易に動く前に、考えねえと。いきなりだったので、何が何だかわからねえ。

 目が見えねえってのは、こういう時に厄介だな。


 ただ、アタシが攻撃された時、エゲンとドニミは戦闘中だった。あの距離で戦っていて、片手間でアタシに魔術を放つ隙があったのか……。

 それか、感知できない別の魔術師がいたか、という話になる。

 別の魔術師というのは無さそうな線だけど……。

 なにせ、この坑道のあらゆる場所、五百個の特殊な霊信石を仕掛けてある。

 その霊信石を介して、どこに誰が居ても常に把握できる。アタシの魔術“媒音フォニア”に死角はない。絶対に。


「あ……」


 ドニミが……負けた。

 ほぼ動かなくなった。

 あいつ、使えねえ。まあ、あのオッサン魔術師でもないから、もしエゲンがあんな威力の魔術を使えるなら相手にならねえだろうけど。


 先ずはクタイアを全部、エゲンのもとへ向かわせることだな。

 ここからそう遠くない。

 ただ、エゲンの魔術の性質を理解するには、またアタシ自身で近づかなければ……。“媒音フォニア”では、位置しか分からないからな。


 くそ! やだな。面倒くせえ。 

 とりあえず、向かうしか無いが……今度はもっと慎重にやらねえと。

 痛いのは、もう嫌だ。


 でも、もしドニミが生かされていたら、さっきアタシの死に様を見ていたはずだ。情報が得られるということなら、ドニミを助けたほうがいいんだよな。

 あーもう……、なんであんな落ちぶれたオッサン! アタシだって死にたくないのに。

 折角、キレイな体だったのに! 


「くそくそくそ! なんかクタイア殺されてるんだけど!」


 何が何だか、わかんねえ。

 クタイアが殺されたら、もう動けねえじゃん。

 何体殺られた?

 一体……二体。まださほどではないけど、こんな仕事でクタイアを消耗するなんて、最悪だよ。


「いいや、諦めよ。もう、大体仕事はしたんだ。うん。もういいから、ここで隠れていりゃあいいんだ」

「あら? こんなところで可愛らしい女の子が、身を隠すなんてね」

「――あっ?!」


 レデレール!!

 コイツ、なんでここに居るんだ?!

 いつ、何処から現れた? どういうことだ!?


 死んでなかったのか……!

 今まで私の“媒音フォニア”の探知には全く反応が無かった。アタシを卑劣にも闇討ちしたのは、コイツの魔術だったってことか。

 ……いや、分からない。アタシは誰にも危害は加えていない。真っ先に狙われる理由がない。

 コイツがイカれた気狂いで無ければ、忍んでまでアタシを狙い打ちする動機は無いはずだ。 


「怯えなくて良いわ」

「え? ええ……」


 バレてない。そうだよな。

 まだ、この体では一回も会ったことは無いものな。


「お嬢さん、何故ここに?」

「あ……ええと、逃げ惑っているうちに迷い込んじゃって……」

「なるほど。運がないわね。どうやら、目を患っているお方のようだけど……差別したいわけじゃないわ。ただ、杖も持たずに坑道を歩くなんて、よほど慌てていたのね」

「ええ、まあ……襲われかけて、必死で壁伝いになんとかここまで……」

「なるほど。でも、こうして無事なだけ運は良かったかも知れないわね。ここには、魔獣も悪の魔術師もいる。安全ではないわ。私の名前はレデレール」


 しつこいな。知ってるよ。


「レデレールさん……ありがとう。私はオーラ」

「あら、私のことを疑わないのね。オーラちゃん」

「いや、心細かったので、疑うだなんてそんな……。レデレールさんが悪い人だったら、もう私にはどうしようもありませんから」

「クタイアからは逃げて来たの?」

「そぅ――……ええと。クタイアというのは、あの蛙の化け物みたいな見た目だとかいう魔獣ですか?」


 危ねえ。

 カマかけて来やがった。


「そうよ」

「そうなんです。両親は殺されてしまって……わけが分からないまま、逃げてしまったんです」

「ご両親はどこに?」

「そのクタイアに……精錬所の近くで……」

「それはお気の毒に……。ご両親のためにも、あなたは生き延びねばならないわね。安全なところまで案内するわ」

「あ……ありがとう」


 これはラッキーだ。

 またとないチャンス。エゲンに向かってるクタイアをこちらに向かわせて、レデレールを襲わせればいい。

 それで討ち取れるなら良し。そうでなくても、レデレールの魔術を暴くことが出来る。

 間違いなく、レデレールは優れた魔術師だ。アタシの探知に引っ掛からずに、ここまで来れるとなれば、魔術師であることはほぼ確定と言っていい。


 丁度、この先に空気を坑道に取り込むための大きな縦坑がある。クタイアを多数配置出来る程度には、広さがある。

 先ずはこの先で数体のクタイアをレデレールにけしかけ、それを乗り越えられた場合に、その縦坑で一斉攻撃を仕掛ければいい。


「オーラちゃん、私が仇を討つわ。あなたのご両親のために」

「何故ですか……?」

「何故?」

「あなたの名前を聞いたことがありません。この街の外の人ですよね? 無関係なら逃げてしまったほうがいいのでは?」

「その通りね」


 実際問題、レデレールやエゲンを始末したいのはドニミの事情であって、アタシは興味ねえし。

 あのオッサンを利用するどころか、迷惑でしかねえよ。割に合わなすぎて、ムカついてきた。


「お節介でも、称賛されなくても、それがやるべきなら、やるしかないわ」

「立派なんですね。普通、どうやって逃げるかしか考えられないのに」

「立派だなんてことはない。私、何度も命を救えなかった経験があるわ。そういうことに携わる立場だったの」

「立場……」

「いつからか、人の死に全く動揺することも無くなった。自分でさえ気付かぬうちに、無感動な別人にすり替わったかのように」

「なんといいますか……いざという時にトラブルとかに左右されない様に、成長したってことじゃないんですか? 貴方はとても強いように感じます」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、成長ってかなり結果ありきの言葉じゃない? 私は誰かに決められた後付けのような強さよりも、自らが大事にしたい物の為に生きたいの。もう二度とは、前の自分に戻れないとしてもね」

「つまりは、人の死に慣れてしまった自分を否定したいがために、正しいことをしていると?」

「まさしく」


 馬鹿だねえ。

 こんな歪んだ世界で、そんな軟派な感情に浸ってどうすんのさ?

 ま、修羅の道を征くというなら、お望み通り試練を差し上げましょう。


「……来たわ。ここで動かないで」


 クタイアが来た。

 こいつ、察知が異様に早いな。

 足音が聞こえる。レデレールの存在を認識して、次第に歩速を早めた。

 クタイアが猛然と走り接近した。


 レデレールは全く動じない。

 手にエーテルを伝導し、強固に集束する。


 クタイアが六歩の距離に近付いた時、そのエネルギーを放った。

 見えない岩がぶつかるような衝撃。

 頭が押し潰されるかのように、波動が鼓膜を圧迫する。


 う! ……耳が!

 空気が焦げ臭え。血の匂いも酷えな。

 坑道内のクタイアを瞬時に排除していた魔術はこれか。


「な、なにが……」

「一体だけか……私、これでも少しだけ魔術を扱えるのよ」

「凄い……。どうやったんです? どんな魔術を使えるんですか?」

「風を操るだけよ」


 風……? それだけで、そんな風に威力が出るものなのか?


「圧力を制御すれば、攻撃が出来る。大気の流れを感知すれば、暗闇を歩くことも出来るし、風を圧縮すると火を灯せるわ。結構、便利な魔術よ」


 べらべら喋って、馬鹿だ。

 自分の魔術をひけらかすなんてどんな教育受けてんだよ。


 でも、喋ってくれたお陰で対策が分かった。この先の縦坑で、決着をつけられるはずだ。

 近くのクタイアを、すべて集結させよう。


 これが、あんたの命取り。可哀想に。

 表情に気を付けねえと、ニヤけちまう。




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