二章二十三項 レデレール
なんてこと……!
テドを追って、ペコが扉から飛び出した。
「ペコ、出てはいけない!」
「……大丈夫」
ペコは静かに、しかし臆することなく廃墟となった家屋から離れた。
そして、素早く倒れたテドに覆いかぶさる。
攻撃されない……?
驚くことに、クタイアはペコに襲いかかるどころか、注意を向ける素振りすらしなかった。
姿が見えていないらしい。
ペコは自分の鼻を指し、こちらへ口の動きで何かを伝えてこようとする。
エー……、エーテル?
どうやら、なにか秘密があるらしいわね。ペコはクタイアの一体を指した。
そうか……!
なるほど、そうか。
見た目でもわかる通り、クタイアは目が潰れていて恐らく視力が弱い。あるいは視力は全く無い。
つまり、視覚以外の感覚によって、空間や距離を把握している。それがペコが示したエーテルなのだ。
エーテルの密度を感覚で捉えることによって、距離や物体を認識している可能性が高い。
律導壁が働くうちは基本、人間はエーテルを体に持っていない。
クタイアが見通しの良くない夜の闇の中でも、迷わず人間を狙い打ちできる理屈になるってわけね。
あと少し、理解が早ければ……。誰のせいという訳でも無いかも知れないけど……テドが巻き込まれることもなかった。
テドは微動だにしなくなってしまった。頭の重さが気管を圧し、口もとに力がなく、目がうっすらと開かれている。
即死だった。
クタイアの一撃によって、命をあっという間に失ってしまった。子供があの蹴りを受ければ、耐えられるはずがない。
呼吸があれば私には分かる。もう息は完全に止まってしまっている。
この私の目の前で巻き込まれるなど、一生の不覚だわ。本当に……申し訳ないことをしてしまった。
クタイアは、テドの死体を見つけられずに戸惑っていたようだが、次の標的に切り替えた。
エゲンだ。
私は魔術の使いすぎで律導壁が弱くなりつつある。ペコはなんらかの対策を編み出している。
現状としてはエーテルに染まっていない人間……全く魔術を使えないエゲンが真っ先に狙われるわけね。
あれだけクタイアの攻撃を食らっておきながら、まだ動けそうではあった。
しかし、囲まれてしまったので、どこにも逃げ場はない。
エゲンの顔つきには怒りと憎悪が見えた。
誰に向けたものかはわからない。不甲斐ない自分か、数の暴力に訴えかけるクタイアか、どこかに忍んでいるであろう首謀者へか。
その我の強さは、認めたいわ。
変わりさえすれば……もっと視野を広げることが出来れば、大きく飛躍出来る資質ではあるのかも知れない。
そのチャンスは、まだある。
「待ちなさい! 相手はここにいるわよ。この世に迷う亡者達」
言葉を発した私に、その場に居たクタイアは一斉に振り向いた。
音は感知できるようね。それもそうか。声で仲間を呼べるんだものね。
クタイアへの対策は理解した。
少しばかりの賭けとなるけれど……。このレデレール、こんなところで止まるには早すぎるわ。
エゲンの言うことを信じるならば、誰かがこの街にクタイアを放ったと思える。こんな魔獣が自然発生するとも思えない。
首謀者が居るなら、絶対に倒すべき。
「エゲン。この襲撃の首謀者を、倒しに行く。子供を巻きこむような邪悪は、排除しなければならない。今こそあなたの力を示す時だわ」
エゲンは神妙な顔で答えた。
「歩けるはずよ。信じなさい。反撃を始めるわ」




