二章二十二項 レデレール
外に出ると、エゲンはすでにボロボロになっていた。
それもそのはず、クタイアは四体に増えていて、ほぼ嬲り殺しされるかのようにギリギリで生かされている。
クタイアがその発達した脚で、蹴りを繰り出す。
剣を小さく旋回させ、打ち消すように合わせる。打ち合うと、強い高音が鳴った。
逸らされた蹴りが、エゲンの背後の石灰岩の壁を砕く。
破壊され勢いよく弾かれた壁の破片が当たって、一瞬の隙が生まれた。
怯んだエゲンは首に噛みつかれ、皮膚を大きく剥ぎ取られた。ギリギリ頭を反らしたおかげか、皮膚を持っていかれただけで、恐らく大動脈は傷ついていない。
「クソッ! うぜえ、ゴミども!!」
動きは悪くない。
致命的になりそうな攻撃だけ、紙一重で捌く。
剣で防ぐが、ただの蹴りとは思えない衝撃音を鳴らした。
軽い攻撃は体捌きで力を流すか、無視して受ける。頭だけをとにかく守っている。
逆にクタイアは、“自身を守る”という本能が希薄なせいか、様子見の呼吸の間が無く攻撃性は苛烈。
エゲンは一見すると揉みくちゃではあるが、ギリギリで保っている。
しかし、包囲されたならばもう戦いの体を成さない。
爪で腕を引き裂かれ、振りほどこうとすると、首に噛みつかれ、反対では脚の肉を千切られる。
「うがぁ!!」
闇雲に剣を振り回しても、相手に致命傷を与えることは出来ない。
「こっちに走りなさい!」
劣勢に追い込まれたとしても、エゲンは戦闘巧者ではあるらしい。タイミングを即座に合わせ、クタイアの一体の頭部に、薪割りのように銅剣を叩きつけた。
剣はクタイアの頭蓋の半分ほどを断ち、食い込む。
転がるように三体の包囲を抜け、こちらに向かって走ってくる。
「――手のかかる最強剣士だこと!」
エゲンは脚を負傷しているため、私が迎え討たなければ離れることさえ出来ない。
やるしかない……!
敵は減るどころか、まだ増える。クタイアの新手が通りの先に、家屋の屋根に、現れていた。
見えているだけで、すでに合計八体……。時間をかければ、私もエゲンの二の舞いになりかねない。背中を取られるのだけは、避けなければ!
――まずは三体、纏めて叩き潰す。
強い風圧によって、轟音が響いた。石灰岩の舗装が大きく歪む。
手加減は出来ないわね……!
囲まれないためにも、一気呵成で勝負を決める。
しかし、潰れた三体のうち一体は立ち上がった。
「面倒くさい!」
このしぶとさ、脅威的とまでは言えないにせよ、なかなか疲れるわね。
風圧を加減しきれない。立ち上がった一体の上半身をバラバラの肉片にした。
しばらく制御の訓練をサボったせいで、魔術の消耗が激しい。既に疲労で瞬発力は落ちてきてしまっている。
屋根の一体が地面に降り立ち、その反動で弾き飛ばされるかのように突進してきた。拍のない俊敏さに、呼吸をずらされる。
――合わせられない。
思わず、蹴りを腕で防御してしまった。
「――うう!」
折られた……! 手首を負傷した。
でも、まだだ。
手首を折られたところで、問題はない。
クタイアを吹き飛ばすべく、大気を溜め、放つ。
「え!?」
――回避された?!
垂直に跳ね上がり、宙を翻り、私の背後をとってきた。
他とは違う。個体差がある……クタイアにも、“猛者”が居る!
「おらあ!」
エゲンの声がした。
体当たりで、クタイアを突き飛ばす。猛者の個体だといえども予想外だったらしく、大きく体制を崩した。
小さく固く溜めた空気圧で、強者のクタイアの頭蓋を圧壊させる。
危なかった……。
相手が雑魚だと過信した。あって当然の、個体差を軽視してしまった。
「助かった……ありがとう」
「限界だ。いくらなんでも数が多すぎる」
「ここに来て、初めて意見が互いに尊重できそうね」
私の残エーテル量も、かなり際どい。
風の魔術を扱えるのは、あと数回といったところだろう。
馬車まで戻れば、魔導具があるので何とか出来るかも知れないけど……ここではお手上げね。
「家に逃げ込むしかねえ。開けろ」
間違ってないけど、言い方はまだムカつくわ。でもとにかく、それどころでは無い。
急いで 空き家に逃げ込まねば……!
「――ぐッ!!」
突如、視界外から急接近したクタイアの一体に、エゲンは押し倒された。ここから逃さないと言わんばかりに、私も囲まれる。
なるほど……。感情だけは動物並みにあるのかしらね。仲間を殺されて、“ただでは済まない”とでも言いたいのかしら。
この怪物にそんな感情があるかは分からないけれど。
飛びかかってくる一体を横から殴るように弾き飛ばす。
そろそろ苦しくなってきた。
エゲンを助けたいけれど、流石の私も限界が近い。
これ、いつまで続くのかしら……。
僅かに木が軋む音を立てて、民家の扉が開いた。
ドアノブの引かれる音はしない。さっき私が開けた壊れたドアだからだ。
「いけない!! 開けてはいけない!」
テドが、エゲン目掛けて飛び出てくる。助けられると思ったらしい。
予想外だ。
――動けない。
クタイアの一体が、テドのその背中を押しつぶす。
「しまっ……!」
テドは全身を地面に叩きつけられるように倒れた。




