二章十七項 レデレール
一行は山岳の麓に沿うようにある街に立ち寄っていた。
「合流出来てない人がいる?」
「ええ、まあなんというか……トラブルっちゃトラブルなんですけど、自由な人が多かったもんで」
ラルサスというお顔の可愛らしい男子が、気まずそうに言った。
なんでも、同行していた隊長さんと魔人さんが、知己の死刑囚を助けるためにケイオンに残ってしまったらしい。
人道という面では立派なのかも知れないけれど、判断としてはイマイチ良くないわね。
やるならやるで、皆で迅速に対処するか、部下に託すならともかく、隊長自らが残ってしまうのは自由奔放とは言える。
でも、もうしょうがないことでもあるわ。その不合理さを心の底から分かっているからこそ、ラルサスちゃんは悪びれていることだろうし、今さら責めてもなんら益はない。
彼の傭兵仲間のダンゴという、立派なヒゲを携えた逞しい男が口を開く。
「まあ、俺らもケイオンを出てから、かなり順調にここまで飛ばしてきたもんでな。始まったばかりでまだ計画からは外れちゃいないが、だいぶ待つことになるかもしれねえ」
「ここって一体どこなんじゃ?」
マイスの子は土地勘がないのも当然ね。
ヘルフェという可愛らしい獣人が、ブレメと言う大きな犬に引き回されながら問いかけてきた。
「ええ。ここはラズデアという街だわ。見ての通り、銅の産出で有名な街で、工業や鍛冶が盛んよ」
「ほ〜ん。盛んな割になんか陰鬱っつうか……寂れた場所じゃなあ。ケイオン以上に空気悪いし」
確かに、正直その通りね。
街ではかなり貧困と病気が蔓延している。
煙で薄暗く、石灰岩の舗装で綺麗なはずの町並みは煤で汚れ、水は淀んでいる。
発展の栄光に落ちた陰りは、それまでの反動と言わんばかりに着実にこの街を蝕んでいた。
「昔、鉱物の精錬で木を使いすぎて、その上、有毒な雨が降るようになってから、植生が絶えて、こういった荒涼とした風景になってしまったのよ。それに加えて近年、ここの風土病が強まってしまったらしいわね」
「風土病?」
「咳、内臓疾患、皮膚がどんどんボロボロになって、手足が動かなくなり歩けなくなってゆくといった感じね。見るとすぐに分かるわ」
「随分、詳しいもんですね。レデレールさん」
「一度、過去に滞在したことがあるわ。前はここまでじゃ無かったのだけれど」
「本当ですね……。今、ちょっと見回ってきましたが、多くの人が体調不良で動けないみたいです」
エトルちゃんは、見ず知らずの人にも優しい娘らしい。
まだ肌寒い季節なのに街路に寝転ぶような状況の人々を心配して、そういった人達にほとんど救済の余地がないことに心を痛めているようだった。
「街は発展してんのに妙に閑散としてるしなあ……こんな昼間から煤煙でどんよりしてる街、体も壊れるじゃろ。医者とかいねえんだ?」
「いるわ。でも、まさにその通りで、風土病というだけあって、この街にいるかぎりそう簡単には治らないのよ」
「……そうじゃろうな」
「ああいった人々は風土病の苦痛を抑えるためだけに、麻酔を乱用しているから、もはや対処療法で実質死を待つという形になってる。介入しても効果的ではないわ。ああなったら最期、九割の人は一年保たない。何より、残酷なようだけど、自らの足で立つ意志がない者は、どうしたって助けられないわ」
ラズデアは過去に様々な変遷を辿ってきている。
ある時、鉱山の採掘量が減じ、同時に木材の減少で新たな燃料の運輸が必要になり、鉱山資源の収益性では立ち行かなくなった。
人々の生活のために、新たな産業の模索が必要になってしまった。
洪水の抑止の意味もあって灌漑され、綿花の栽培も行われ好調になったが、織物の生産は横ばいだったことを受け、紡績機械というものが導入された。
今度は人手が余り、それを契機に女性が出稼ぎに出るようになってしまい女性人口が大幅に減り、次第に結婚できない男性も増え、ついに反対運動が起きたが、労働者組合はエガニオン宮に寝返る形で瓦解。
その上に無理な鉱山運営を押し出したことで鉱山の事故が相次ぎ、大規模な人身事故に補償もなく、未だに働き手の数は改善していない。
産業の需要はあっても、中途半端な施策を五十年続けて、この街は凋落の一途を辿っている。
結果的に街には、働けずに道端でただ死を待つような鉱員が溢れていた。
ケイオンのあぶれた貴族紛いの人間が運営側についていて、労働環境は劣悪。危険かつ重労働。
ここで一度貧乏になると、健康も生活の質も失い、みな仕事が出来なくなる。お金のために仕事が必要なのに、お金が無ければそもそも仕事ができない。
それなのに、お金持ち達は七色の理屈をこねて、“仮初めの競争社会”を維持し続けている。
根本が変わらなければ、この街は再起不能になるかも知れない。あるいは、もうとっくに手遅れと言われれば、そうだろうと納得してしまう風景だった。
治安も年々悪化し、正直な感想としては、来訪者でこの街に留まりたいと思える人間は、なかなか居ないはずだわ。
「まあ、それはここで議論してもしょうがねえ。ここ自体は、寄り道でしかないんだがよ。今から、どうすっかって話だな」
ダンゴは腕を組んだ。
「衰退はしてても、現状この街以上に武器の調達に適した街はない。だけど、それと同時に私達は公的に追われる立場になっているであろうことを、考慮に入れておいたほうがいいわね。積み込みに必要な人数は予定通り残して、他の人はイレベラム大河まで行ってしまったほうがいいわ。もし、ケイオンに残ってしまった隊長さんと魔人さんがトラブルに対処しきれない場合、比較的近いこの街まで累が及ぶ可能性はあるもの」
「確かにそうですね。隊長に限って下手を打つことは無いとは思いますが、まあ順調にいかないことを想定するのも重要ですから」
可愛いラルサスちゃんが、同意した。
「提案した私が残るわ。今、買い付けに出てる三人以外は、すぐに発って目的地に行ってしまってもいいかも知れない」
「ここで必要なもんって、そんな量じゃないんじゃろ? ちょっとぐらい待って、皆で運べばいいじゃん」
「もう物が揃っているならそうしたいのだけれど、準備に時間が掛かってしまってる品があるのよ。懸念点としては、ここで全員足止めを食うことね。ただでさえ、ラズデアはケイオンの強い影響下にある」
全て切り抜けられる一騎当千の戦闘能力があれば良いのだけれど、それでも聖教騎士団や宮廷の魔術師と戦争になるのは嬉しくはないわね。
味方のために慎重過ぎて判断を誤れば、より多くの戦力を失いかねない。まずは各々がトラブルから逃げに徹する。それが最初の肝だわ。
「分かりました。そういうことなら、最低限の荷物はこちらで先に運ぶ感じで、迅速に動きましょう。残るのは、レデレールさん、ペコ、ドニミ、エゲンですね」
「ええ。私から三人には説明しておく」
「なんだか悪い気もするけど、頑張れよ。じゃあな。女の格好したおっちゃん」
「ヘルフェ……、それはちょっと失礼かも知れません」
「ありがとう。でも事実だし、悪意はないんだからいいのよ」
「レデレールさん。今後、もしトラブルが起きるようなら、目的に拘らずあなたの判断で離脱してください。その時は僕から隊長に説明しておきます」
ラルサスちゃんは、なにやら不安を抱えているみたいね。
「ええ、ありがとう。心配無用よ」
私が計画を取り仕切ってしまうのは本意では無いけれど、傭兵さん達は柔軟だった。
私だけで最も先行する別働隊を見送った。
まだ彼らとはそう多くは会話をしたわけでもないし、後からすぐに追いかけるというのに、それでもなんだか別れは寂しいものね。
それから、残った三人と合流した。
とりあえず夜間に街道を進むことは出来ないから、明日になるまでここで待つしかない。
逆に考えて、敵も夜間の移動は出来ないはず。夕方までトラブルがなければ安全と信じたいわ。見えざる敵に寝首を掻かれるなんて憶測に、いちいち怯えたくないもの。
宿屋の酒場で卓を囲むことになった。
若いエゲンは、席に着くなり不満を吐き出した。
「隊長って、いつも後先考えずに行動するんすよね。実質的にリーダーだったニュード副隊長が死んでしまった今、こんな仕事、上手くやれんすか」
「そう言うな。参加は自由だったんだ。不満があったなら、受けなければ良かっただろう。それに今までお前の面倒見てくれているのも隊長だし、文句を言う筋合いは無いよ」
ドニミという傭兵はベテランの風格をもっていた。細身の紳士で、参謀の佇まいといった感じかしら。
反面、どうやらエゲンの性格は扱いに少し気をつけなければいけないタイプらしい。
「俺だって、戦えるんで。今まで荷運びや伝令ばかりやらされて来たんだ。ガキの使いじゃねえ。やってやりますよ」
「それは一体どこから来る自信なのやら……。まあ、隊長に勝てたら、一目置かれるかもな」
「エゲンは武術に自信があるのですか?」
今回の旅に、急遽徴用されたペコという若い男の子が、エゲンに質問した。
「あ? なんだテメェ」
「エゲン。私達は仲間なのよ。それに、ここではこのペコが一番重要な役割を担っているわ。プロとして、仲間は大事になさい」
エゲンは舌打ちで返答して来た。
わりとありふれた性格だけど、まあまあ曲者ね。
正直、態度がこのままなら、彼をここに置いていく判断を取るべきかも知れない。
普段から他人を尊重出来ない者が、命が掛かっている場面で仲間を助けられる道理もないのだから。
「心配すんな。俺、最強だから。今までどれだけ腕磨いたと思ってる」
実際こういうタイプでも、それなりに実力を伴なっている場合は多い。
若さならではの速さ、勢いのある強さというのは、強力な資質ではある。
それと同時によくあるのは、自負が強すぎて仲間の気持ちを折ってしまって、最終的に孤立して自滅するパターンね。
「それは、つまり武術に自信があるという意味なんですか?」
ペコは折れずに同じ質問を繰り返した。
「うるせえ。お前」
「う~ん……聞き方が難しいのかな? 剣技とか強いんですか?」
「強いよ。お前は黙れ」
「なるほど、でも僕も意外と強いと思うんですよね。きっと役に立てます」
「何か、修めた経験があるのかしら?」
「いえ、それが全く。でも、何でも無駄に自信がある方なんです。なんだか。根拠のない自信があるのです」
「お前、喧嘩売ってんの?」
「おい、エゲン。いい加減にしろ」
ドニミに注意されたエゲンは首を捻って、椅子の背もたれに体重を預けるようにふんぞり返った。
「ま、今日はもうあんたらに用もねえ。久々に女でも買ってくるわ。金は使わねえと、命賭ける意味もねえ」
「どうぞどうぞ」
立ち上がったエゲンを、ペコはニコニコしながら見送った。
「……なんでしょう。あいつ、めちゃくちゃ嫌な奴ですね! この街に置いて行きましょうか?」
「悪いな。そう言わないでくれ。根は悪いやつじゃないんだが……」
「根が悪くない人は、そもそもあんな態度悪くなるはずが無いのでは?」
「それはそうだが……。まあ、単純で馬鹿な奴だから、言ってやらないと分からん。臆さず本人に直接言ってやってくれ」
どうかしらね。
本来なら傭兵仲間で繋がりがあるドニミが、もっと厳しく手綱を握ってほしい場面と言えなくもないもの。
少なくともペコからして見れば、当然の憤慨ではあるわ。
陰口を叩くなんて、確かに美しくは無いけれど、横暴に対抗する手段の一つの選択肢ではある。
大きな目で見れば、義憤を仲間で共有できるのも、一つの生存の戦略ではあるわ。その義憤が、可能な限り公正であるべきという点は重要だけれども。
「前回の仕事で、中心にいた隊員が何人か死んだんでな。簡単な仕事だと思ってたが……まあ、気が緩んでたところに不運が重なっちまった。それでアイツにしてみれば、自分にお鉢が回ってきたと張り切っていたところに、逆にハイロが腑抜けてしまった。今回臨むに当たって、気負うところが大きいのだろう」
「だからこそ、もっと謙虚にいてほしいところだわ。暫くは、様子を見ないとね。とにかく、食事でもしましょう。お金使わずにずっと席を占拠しているのも店員さんに悪いわ」




