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二章一六項 アルノ


 喉が渇くくらいに歩き続けて、風が暗所の終わりを告げに来た。

 強い風が吹きぬけ、やがて、光が見えてくる。


「外だ! やったぞ!」


 言ってしまってから、僕が一番はしゃいで居ることに気づいた。


「……うん。そだね」


 なんか……大体、生き返ってから一週間弱、街そのものより、地下道のほうが縁があったな。まあ、この姿なんだから、そりゃそうなんだけども。

 目が暗闇に慣れていたから、すごい眩しいや。

 光に目を慣らす。

 

 そこは、大都市の端っこから更に外にある、大きめの沢だった。

 大地の息吹は、こんな僕にとってさえも、どこか懐かしい。

 空は曇りと青空で半々になっていて、大地を明暗の二つに割っている。

 遠景に平たい均一な山々が望み、見通しが随分良い。文明の最も発達しやすい地形、三角州が長い長い期間を掛けて自然に生み出した平原地帯なのだろう。

 大地は刈られた真白なイネ科の藁で一色になっていた。

 風がそれらを巻き上げながら、撫でてゆく。


 臭いは……ヒドイな!

 遠くにある麦稈ばっかんの山々に、牛のような家畜が集まっていた。

 牧畜犬がウロウロと、牛の周りを回っている。


 魔法がある世界でも、イネ科は人類の食料を支え、牛や犬は家畜として人類とともに歩む社会になるんだな。

 そう言えば、猫っているんだろうか?

 エジプトがないと、イエネコが誕生しないわけだから、論理的に考えて猫いるわけないか……。


「冬が明けても、藁が残ってる」

「これから夏に向けて、腐葉で畑に栄養を与えるのでしょうね。厳しい季節に備えなければいけません」

「へえ〜。春と夏は厳しいんだ?」

「大都市の大半の人は、毎日パンだけを食べますから……。収穫は秋なので、夏の終わりの時期が一番、食料が厳しい時期ではあります」

「そっか。意外だ」

「おいおい……、確かにのんびりしたいところだが、ちょっとばかし急ぐべきかもよ。本隊に追いつかんといけないからな。まだまだ、俺達は追われる身だと考えておいたほうが良い」

「あ、ごめん」


 全くその通り。

 牧歌的な風景につい見とれてしまった。


 ケイオンの外をみるのも初めてで、何だかちょっと感動してしまったな。

 この世界は、本当にある広い世界なのだとついに知った気がする。


「我々もお尋ね者ですから、イレベラム大河まで直行しましょう。迂回が必要なラズデアを飛ばせば、イレベラム大河まではそう遠くないので、先行した人達と急げば合流出来るかと思います。アルノ様はお目立ちになられるので、あそこの森林を突っ切るしかありません」


 ルイカさんは、そう言って歩き始めた。


「前途多難といった始まりだが、まあいつものことか。ただひたすら歩くしかねえ。歩くのが、戦士の一番の仕事ではあるしな」


 ハイロが苦笑いしながら、ボヤいた。

 歩けば、意外と悩みは大したことのないようにも思えてくる。

 有酸素運動はストレス解消には、結局良い。

 栄養不足の場合、筋肉は有酸素運動で減る可能性があるが、でも健康にはいいし、そもそも根本的に僕は歩くのが好きだ。

 人は歩くために体毛を失って進化したらしいから、歩いてこそ人間なのかもな。

 

「行くか。でもアルノ、そんな足で大丈夫か?」

「ああ。大丈夫だ、問題ない」


 言ってから、何だか無理そうな雰囲気が漂った。あとでハイロに頼んで、藁でも貰ってきてもらおう。草鞋でも作れば、なんとでもなる。


「歩けそうかい? ソイエン」

「うん」

「おぶってやりなよ。俺はくさいらしいから」

「……ごめん」

「怒ってるわけじゃねえよ。義理で面倒見てる娘にも毎回言われてるし。ただ、俺は口さがねえの。悪いね」


 そうだろうな。

 僕が見た限り、ハイロは鋭敏さが言い回しに出るタイプなだけだろう。

 中間管理職の上司にはあんまり好かれないタイプかも知れない。


「おぶるよ。僕も大概くさいと思うけど、急がなきゃいかんし、我慢してほしい」

「わかった」


 あの僕を拷問して暴れてた時とは嘘のように人が違うな。

 顔の痣からみて、かなり暴力も受けただろうし、それを思うと悲しくなっちゃうわ。

 

「あ、よっこらしょ」

「なに? それ? 『よっこらしょ』」

「願掛けさ。旅の安全を祈るためのね」


 ソイエンを背負った背中は、思いのほか熱かった。

 人って、こんな熱をもってんだ。

 もし本当の家族がいたら、そういうことも当然知ってるもんなのかも。

 

 この娘は、リンデレイルに連れてけない。

 そんな気持ちが、突然湧き上がる。

 僕の心が異様な焦りと、熱を帯びてしまった。

  



 

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