二章一五項 アルノ
ルイカさんが先導してくれるとはいえ、流石に進むのは大変だ。
なにせ、暗闇で上下左右の感覚すらなくなってゆく。
戦闘機のパイロットが自分がどこを向いているのかわからなくなるという空間失調症は、暗闇でもなるものなのかな……?
ルイカさんは、恐らく長い耳の聴覚によって、さほど視界に頼らずに物体の立体感を把握出来るのだろう。
しかし、他の人種にそんな能力がないってことを知らないというのもありそうだ。
僕が位置を把握しやすくするなら、まずは自発的に声を出すしかないか。
「そう言えば、自己紹介がまだでした。僕はアルノっていいます」
「存じております。そして、“魔物狩り”ことハイロさまと、元モニモイユ宮所属、魔術師のソイエンさん」
「随分、詳しいじゃねえの。俺が仕事を受けたのは、昨日だぜ?」
「僭越ながら、イシエス様に教えていただきました」
「違うよ。あんたが何者か教えてほしいつってるわけ」
「エトラネミア様の、召使いにございます」
あ、そうなんだ。
そりゃ当然そういう人もいるだろう。でも、ルイカさんは今の今までなにしてたんだ?
「……噂、聞いたことある。昔、南方の豪族だったフェリス族って種族。ケイオンに組み込まれる時、一部がケイオン家の家政を司る身分になったんだ。人間が裏切らない証として重用されたらしい」
ソイエンが解説した。
なるほどなあ。
家族となって信頼し、相互に人質となる間柄ってことか。戦国武将みたいな感じだ。
マジョリティであるヒトとは子供を作れないとしたら、子孫繁栄みたいな理由で、政争を起こす動機も少なくなるだろうし。
「安心して下さいませ。絶対に裏切るような愚行は犯しません」
「それは良いが……、この先ついてくるつもりか?」
「ええ。刑場の騒ぎのお陰で、なんとか合流することが出来ました。ありがとうございます。エトラネミア様を守れなかったのが、我が一族の歴史で最大の恥。死んで責任を取るつもりでしたが、イシエス様のお心遣いで参加させていただけることになりました」
なんか随分と覚悟決まってるな。
「そうか。そういうことなら、大歓迎だ。なにせ、僕は旅も戦いも政治も家事もズブのド素人だから、安心してしまうよ」
「いえ。むしろあなた様のような頼もしい方は、エトラネミア様もお喜びなさいますわ」
忠誠心は揺るがないんだな。
エトラネミア様か……なんかイシエスさんの口ぶりだと、冷遇も冷遇な扱いをされていたみたいな感じだったが、しかし意外にも人徳はあるみたいだな。
まあ、子供が命を落として、というのはそもそも愉快じゃないが、それでも女性が魔族の領地に乗り込んでまで助けるつもりってのも、なかなか出来るわけでもない。
「でも……よく分かんないんだけど、ルイカさん。それって、エトラネミア様のそばに居なかったってこと……?」
そうか。
そういえば、ソイエンは状況を知らないわけだもんな。
女王がマゼスの暴虐に巻き込まれてしまったってのは、恐らく、噂を耳にして何となく知ってるのかもしれん。
「それが……まことにお恥ずかしい限りで、出来れば言いたくないのですが……」
「いや、言えないならいいけど、その言い回しだと、逆に気になるだろ」
確かに。
「大人げないことですが、エトラネミア様の優しさに気が緩みすぎて、少し前に些細なことで大喧嘩になってしまったのです。それで、言い合いの後に絶交だと……」
あ~、そりゃ後悔するわ。
自害するつもりとか言ってたから、流石に覚悟決まりすぎだろうとか思ったけど、それはそうなるわ。
「遊び盛りのお方であられましたので……二日ほど時間を開ければ、仲直り出来ると思っていましたが……」
家事のプロとは言っても、毎日一緒にいるとな……。何年も一緒に過ごすと、些細な杜撰さとかズボラな挙動が気になってくるのは仕方ないものだよな。
なんなら、僕らよりよっぽど正当な理由でこの遠征に参加するって感じでもある。
何だかんだ、後悔は強い原動力だ。
中途半端な気持ちじゃないだけに、頼りになるだろう。




