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二章十四項 アルノ


 刑場のくたびれた木材と香辛料のような臭いが変わって、風の臭いになる。

 ボロボロになりなからも、なんとか出口までたどり着けた。


「外だ!」

「あ~……、ちょっと時間掛けすぎたな。待て、こっちこい」


 あとちょっとで外というところまで来て、ハイロは脱出を躊躇った。

 外に目を凝らしても人の姿のようなものは何も見えない。


「なんだ?」

「聖教騎士団が、来ちまったな」

「え……? 居るのか? 誰もいなそうだけど」

「クソ野郎どもの獣の臭いがするだろ。食い物があちこちに落ちてるのにあそこ見ろ、鳥が屋根から動いてねえし。それに、あんだけな騒ぎになってんのに、誰も視界に入らないほうがむしろおかしい。恐らく、隠れていやがるってことだな。出たところで包囲する気だ。包囲して袋叩きにすんのが常套手段なんだよ」


 言われてみると、あの静けさの違和感が凄い気がしてくるな。

 傭兵って、凄いな……。


「また説得が必要かな……」

「いや、どうしてもってんなら止めないがやめときな。確実にさっきの男よりも道理が通らねえ相手だし、毎回説得してたら時間がいくつあっても足りねえからな。多勢に無勢、強行突破は無理だ。上手く逃げるしかねえ」

「私が……囮になる」

「馬鹿言うなよ。相手はあの“楔打くさびうち”とか呼ばれてるデルウィスの直属の部下だぜ? 治安維持とかじゃなくて、ほとんどタチの悪い人殺し集団だ。悪辣で殺しに躊躇いが無い。魔術師とはいえ、厳しいだろ」


 ソイエンの犠牲心は尊いものだが、もう少し自分を大切にしてほしいもんだな。

 それに、せっかく僕らおじさん二人が助けに来た意味もなくなってしまう。

 とはいえ、透明化の魔術は凄まじく応用の効きそうな魔術だけに、無茶をしなければ活躍の期待値は高いかもな。


「私が案内しましょう」

「わっ――!!」


 僕とソイエンが驚いて、思わず悲鳴を出しそうになってしまった。

 すぐ後ろに、人が居たらしい。

 振り返ると、毛に覆われた耳が大きく尖り、猫のような顔つきの女性がいた。

 頭髪が長く、身なりは綺麗に整っている。いわゆる、亜人というヤツだろう。


「だ、誰……ですか?」

「私、ルイカと申します。今は説明致すだけの時間がございません……どうぞコチラへお歩き下さいませ」


 ルイカと名乗る獣耳の女性は、気品のある立ち振舞だった。


 不安そうな目で、ソイエンが僕を見つめてくる。少しでも宮廷を匂わせる存在そのものが、トラウマなのかも。


「まあ、他に選択肢もねえかもな。一先ず、ついて行ってみるか」


 ハイロの状況判断の緩急はユニークだな。直感がいいのかも知れない。さっきまではあそこまで慎重だったのに、時として、投げやりに見える。

 実際のところ、人を疑うには疲れ過ぎているし、他に案があるわけではない。とりあえず、ついて行って見ても良いだろう。

 どうせ、僕とソイエンの負傷では逃げ惑うなんて無理だ。割り切って、賭けるしかない。


 ルイカと名乗った女性は、刑場の構造体の外輪ともいえる外側の層をなぞるように歩いていった。

 臭いが変わってゆく。

 ゴミゴミとしてて、雑然とした通路に、斜めに下ってゆく階段の入り口が設けられていた。


「ここを行くしかありません」

「地下ですか……」

「ええ。刑死した者を、実験台として運び出すための入り口だそうです」


 死者の道みたいなことか。嬉しくはないが、ある意味では僕にお似合いかもな。

 まあ、ハイロとソイエンは実際のところ僕よりもかなり戦闘能力が高いから、敵が少人数なら対処出来る可能性はある。

 堂々と街を突っ切るよりも閉所のほうが安全かも知れない。

 なんとも言えないが、他に道も無い。


「行こう。僕は体が丈夫だから、先導する」

「いえ、道が分からないでしょうし、私のほうが夜目が効きますわ。中は暗いですから」


 ルイカさんは、さっぱりと言い切って地下に下りて行った。

 ついて行ってみると、奥は本当に真っ暗だった。

 ソイエンが遅れ始める。


「足が痛むかい……? ソイエン」

「うん……足引っ張ってごめんね」

「いや、無理して傷が悪化したらコトだしな……おぶって行けば良いだけだ」


 ここまでむしろよく歩いた。僕が気付くべきだっただろう。

 流石に地下の衛生状態を素足で歩かせるのは、不味そうだよな。


「なら俺が運んでやるよ。アルノも怪我人だし、デカいから中腰になる地下はキツいだろ」


 そう言えばそうだったな。

 ソイエンは何故か一瞬僕を凝視したが、抵抗せず、静かにハイロの背中に載った。


「くさ……」

「あのさ。もうちょっと慎ましやかさを学ぶべきだぜ、お嬢ちゃん」

「でも、ホントにハイロが来てくれて助かった。僕もソイエンも、感謝してるよ」

「うん……」

「そりゃどうも」


 感謝は世辞じゃなく、本当だ。

 まあ、ソイエンもまだ混乱してるに決まってるわな。

 死刑になりかけるなんて、ホント、どういう気持ちになるか当人しか分からないんだから。物事は経験が全てではないにせよ、経験してみないと、人の気持ちは分からん。


 赦されるべきかは難しい。

 人の命は戻らないし、ケイスの判断は全面的におかしいというわけではない。

 僕の愚かで一方的な私情なのだ。

 でも、綺麗事かもしれないが、恨みで恨みを洗い流す輪廻は、どこかでは終わらせなければいけない。

 

 ソイエンは今後、自分の行った悪行をより省みるようになれるだけの人間性もあるだろう。

 取り返しがつかないぶん、答えもない。

 それに、たった十六歳の女の子だ。なまじ魔術師としての才能があったからこそ、引き返せなくなってしまった。

 道を変えるだけだなんて、僕は軽く言ったけど、それは自分じゃないから言えるだけのことだ。


 でも、ソイエン自身が、これからの道を決めるしかない。 

 更生という言葉にはなんだか違和感があるが、それでも前に進むためには更生するしかない。


 贖罪は行為ではなく、どちらかと言えば、気持ちだとは思うけど……。どっちが欠けても、駄目かもしれない。


 一段落したら、何らかの活動には付き合ってあげるのも良いだろうな。

  



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