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二章十三項 アルノ



「お! どうやら、いいトコらしいな」

「ハイロ、なぜここに!?」

「いや、もうそろそろ聖教騎士団が押し寄せてくるし、時間切れだ。流石にあんた一人じゃなあと思ってさ……ついでにこれを探してたんだよ。見たがってただろ」


 ハイロは手に弓を持っていた。

 確かにちょっとだけ見たかったけども……。期待に応える男というわけだ。

 弓は恐らく木製の短弓で、大きさはそれほどでもないが、両端が反っているリカーブボウとかいうヤツだろう。


「まあちょっと弱い弓だがな……クセかなりついてるし。でもま、だいたい問題ねえ」


 ハイロは手に持っていた矢筒を置いて、矢をとった。


「どれ、やってみっか!!」


 ハイロは上に弓を掲げ、指先で摘むように矢を掴み、引手を引きながら弓を胸元まで下ろし、腕が水平になるように真っ直ぐ矢を番えた。

 矢の先端の銅鏃どうぞくはほぼ尖りが無い。恐らく藁の束を射るような競技用か何かの弓矢を見つけて持ってきたらしい。


 一息も静止することなく、引き絞りきると、一気に矢を放つ。

 弓は甲高い音を放ち、矢はソイエンを囚えた檻に一直線に飛んだ。


 的中する。

 全てのガラスが一斉に崩壊した。

 みぞれのような粒になり、跡形もなく木っ端微塵になる。


「なに……!?」


 ケイスが狼狽した。


「おお……意外と悪くないわ、この弓」

「ソイエン!」


 ソイエンは解放され、無数のガラスの粒の中に崩れ落ちた。

 やったぞ! まだ、助けられる!


 ハイロの力のお陰だ。

 これがいわゆる“脆性破壊”ってやつか。

 “強化ガラス”は、応力がかかる場所、内部の引張応力と外部の圧縮応力を作ることによってガラスの強度を上げるものらしい。

 つまり、ギュッと凝縮されたガラスのような感じだと勝手に思っている。


 それもあってか、一点の衝撃にかなり弱い。

 可塑性がないために、傷が付くと爆破でもされたかのように全体が一気に破壊される。

 実は強化ガラスは防犯や防弾には適していないらしい。ケイスはそこまでは知らなかっただろう。


「衛兵!」

「おいおい動くな。魔術師は弓には勝てんぜ。さっさと行くぞ、お二人さん」

「待て……、ここから死刑囚を連れ出せば、未来永劫ケイオンで日の目をみることは出来ぬぞ」

「だから何だ? 俺達は出てくんでね。このケイオンにもうなんの思い入れもねえよ。いつまでもこの都会が優れていると思っている所から二流なんだよ。若造」


 それ僕にも刺さるんですけど……。だって都会はお洒落なんですもん……。

 未だ憧れているのだ。都会の往来を見ながら、ハイカラでオシャンティなカフェのエスプレッソみたいなの飲むのに。

 コーヒーの違いはさほど分からない男だが。

 しかし確かにいざ都会を歩いてみると、特に必要なものも何もないし、お洒落な服は寸法が合わないし、コーヒーなんて三分ぐらいで飲めるし……それほど都会に用がないことに気付くんだよな。

 まあ、そんなことはどうでもいいんだけども。


 とにかくハイロが来てくれて、本当に良かった。人を頼れるのって、こんな凄いことなんだな。ラルサスがあそこまで信頼するわけだ。


 もう迷ってる暇はない。あとの選択肢は逃げるの一択しかない。グダグダしてても、何が起きるかわからんからな。


 ……脚も背中も酷く痛い。でも、魔人じゃなきゃとっくに死んでいるし、まだまだ乗り越えるべき試練はあるはずだ。

 入り口に向かおう。

 

「立て、ソイエン……! 行こう、ここから先の地獄へ」

「……」

「へッ! 地獄にご案内ってわけだ。死んだってなかなか見れねえからな」

「僕達も一緒だ」


 ガラス片にうずもれるように横たわっていたソイエンは、気怠そうだった。

 緩慢で何も答えず、上体をなんとかもたげる。やがてゆっくりと、膝に手をつきつつ、しかし力強く立ち上がった。

 足に、白い砂を纏わせる。

 

 走った。

 よかった、辛い道でも歩む意志が残ってる。


「待て!!」


 残った守衛が武器を構えて立ちはだかる。


「止しなさい。もういい。行かせてやればいい」


 制止したのは、意外にもケイスの声だった。


「我々はやるだけのことはした。どうせ、この都市を出て長く生きてはおられまい。アルノと言ったな」

「なんだ?」

「精々、上手くやることだ。あるいは……イベルとウディエの笛吹きが、天啓の門を開く時が来るかもな」


 ん……?

 何それ? 神話の逸話的な……?

 なんかシャレオツな含みのある言葉なのかも知れんけど、意味は分からない。

 でも、掴みどころのない奴だ。


「承服致しかねます。王佐殿。この娘は、あの広場で私の父の死を招いた大罪人だ。そういう、みなの想いがあるのです!」


 意外な声だった。

 今まで、ほとんど声を発していなかった、守衛の一人だ。

 ケイスは場をコントロールはしていたが、ソイエンに手を下すという行為そのものは、全て守衛の男達に任せていた。

 こうなってもおかしくは無かったかも知れない。


「正義は、どこにあるのです!」


 ケイスは、何も答えなかった。

 その男はソイエンの進路を阻んでいる。

 武器を振り上げた。


「う、うおお! 死ね……悪魔!」


 ここまで来て、させるかよ! 想いはあるだろうが、広場の死はソイエンに関係ない。

 するべき対話を放棄したら、正義じゃなくなることを理解すべきだ。

 

 僕は、その男を突き飛ばしていた。

 ソイエンの腕を咄嗟に掴む。


 近くに来ていて、正解だった。

 もうこんな場所に用もない。これ以上、罪のない人間を相手にするのも厄介だし、とっとと立ち去るに限る。


「さよならだ、石頭のケイス! お騒がせしたな」


 ケイスは立ったままこちらを一瞥し、あとは興味でも失ったかのように、何処かへ歩き出した。






 

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