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二章十二項 アルノ


「なるほど。正直、予想外だな」

「私も丁度……エーテル切れだ」


 ここからだと姿は見にくいが、ソイエンは小さな白い刃物のような物を持っていた。


「忍び寄って、あなたの首を掻き切ってやろうかと……思ったけど……」

「ふむ……参考に聞きたい。どうやってここまで来た?」

「普通に歩いて来たんだよ。見ての通り、足が傷だらけ」


 ソイエンはズタボロの囚人服を太腿辺りまで捲り上げた。


「ならば、砂地に足跡と血痕がつくはず」

「あなたほどでは無いけれど、私も両手で持てる量くらいまでは砂を操ることができる。それで、操った砂で止血しながら、踏む瞬間だけ足場を固めながら来たってだけ。あの守衛さん達、“砂を踏む音がするはず”という先入観があるから、少しくらいなら足音を鳴らしてもバレずに来れた」

「なるほど。姿を消しながら、そのような技術を扱えるとは驚嘆に値するな」


 いや、なに二人で褒め合ってんの。

 僕は今にも潰れそうだと言うのに……! 魔術オタクが溢れ出とる。

 しかし、ソイエンがあの茨の中を突っ切る意思の強さがあるとはな……、自分もやったことだが、ソイエンは僕より長い距離を突っ切ってる。


「それに、ちゃんと砂地に血痕が残ってるよ……ほらちゃんと見て」


 ソイエンが、空いた白い砂地の一角を指した。

 手品のように、まさにたった今、その砂地に赤く血痕が浮かび上がってくる。

 それは一直線に曳かれたというよりも、大きく意図的にうねって描かれていた。


 文字だ……。

 なにかの筆記体のようで、一文字が歩幅にして二歩ぶんくらいの幅になってる。六文字ほどで、長くはない。

 僕には、読めなかった。


魔術教会文字ルダトリアで態々書くとはな。しかも、許せざる……看過できぬ嘘だ」


 あの短い文章に何が書かれているか分からない。しかし、明らかにケイスは動揺していた。


「でも、私の自白なら、真実の根拠になるって言ってたよね? 私ももう暴力はしたくない……。ここには砂もないよ。死にたくなければ、魔術を解いてくれる?」


 ソイエンは砂で作ったナイフを構えて、ケイスに歩み寄った。

 手を汚したくないのは本音だろう。首を掻き切るなんて、本当はしたくないから、あえて姿を見せたのかもな。


「伊達に魔術師を殺害しているわけではないということらしいな……だが」


 ケイスは手の甲を見せるように、腕を前に突き出した。


「マズイ……! ソイエン! 逃げろ!」


 そんな隙は無かった。

 ソイエンの周囲に、波が流れ込む様に砂が押し寄せ、たちまち大きな円形の囲いとなった。渦の中に取り込まれる。


 ふと、フワリとした感覚に包まれ、僕も砂に体を包まれる。

 その砂はサラサラと処刑台に積もり、そしてソイエンの方に向かって引き寄せられていった。


「はあ……!」


 背負っていたシリカの塊は、ついに消失した。

 軽い……!! 体が軽い!

 目眩めまいが襲ってきた。汗が吹き出る。

 ケイスの魔術は、ソイエンの行動によって一時、解除されたらしい。


「エーテルを躊躇なく使いさえすれば、砂地から離れていたとしても、その場に呼び寄せることは出来るのだよ。処刑台は私から遠いからこそ、直接攻撃が出来なかったがな。当然、近ければより自在に操って自衛が出来る。そして……」


 ソイエンを取り囲む砂は次第に小さく固まって、ビシビシと音を立て、透明になっていった。より硬質であろう大きなガラスの檻になる。

 透明な茨が絡み合う檻は、正直、神秘的だ。

 ソイエンは氷の彫刻に閉ざされたかのように、その檻の中で身動みじろぎ一つ出来ないくらいにガッチリ拘束されてしまった。


「私との距離が近ければ近いほど、ガラスは応力によって強固に作ることが出来る。逃げられぬぞ」

「……なるほどね。確かに、もう動けなさそう」

「詰めが甘かったな。しかし、私もギリギリではあったよ。エーテル量から言ってこれが最後の手段だった」


 それは、さながら勝利を確信しているかのような響きだった。


「衛兵。この者を殺せ」


 守衛の三人は、大きな長柄武器を持ちながら、二人のいる客席まで小走りで向かった。

 ソイエン……なぜすぐに逃げなかったんだ。


「魔人さん、約束は果たしたよ。じゃあ、これでお別れだね」

「えっ……!?」


 なんだと? 逃げ延びて生きるって約束じゃなかったか?

 お別れって……。


 いや。

 違ったんだ……ソイエンは手を汚すことを恐れていたんじゃない。初めからこれを狙っていたのか……。


 自分をおとりとして使うためにあそこまで行ったのだ。

 白い砂の挙動を見るに、恐らくケイスが一度操った砂が何度も使われ続けている。

 僕に魔術の理論はわからないが、つまりケイスは操るごとに新しく砂に魔術をかけている訳では無く、特定の砂を使い続けていた。


 恐らくそれは、ケイスの扱える砂の量は、見た目から想像出来る量よりも大きな制限があると言う意味でもある。

 エーテルの消耗が激しいなら、再利用し続ける仕組みは理にかなっているかも知れない。


 そうでないなら、ケイスにとって不都合な内容のあの血の文字を見て、解除した理由がない。


 ソイエンは似たような魔術を扱えることから、ケイスの魔術の性質を早期に察し、僕をその場で直接助けて解放するという選択肢を捨てて、ケイスに接近することであえて囚われて“砂を引き寄せるための囮”となったのだ。

 シリカの塊はほぼ固体の物質であるわけだから、仮にケイスの命を奪ったとしても、砂に戻るか分からない。

 僕を助けるために、ケイスに自発的に魔術を解除させ、ソイエン自身がターゲットになる様に魔術を使わせるしか無かったということか。


 実際、処刑台を取り囲んでいた茨も、ソイエンの血文字も何事も無かったかのように消えていた。


 ……馬鹿だ。

 おかしいだろ……。

 僕が君を助けに来たはずなのに、結局、僕が助けられてる。


「ケイス……待ってほしい。頼む。抵抗した僕が悪かった……。でも、ソイエンの命だけは取らないでくれ……お願いします」


 ケイスは変わらず、表情を変えなかった。


「なぜ、そこまでこの娘に肩入れする。所詮、つまらぬ犯罪者ではないか。この娘が仮に卑しい暴漢だったとしたら、貴殿はそこまでして助けるか?」


 そんな質問、知るかよ。

 助けが必要な人は、助けたくなるような人とは限らないとかいう話か。

 ここで適用できない例を出すのは、卑怯だ。


「そうありたいけど、正直、わからない。女の子だから守りたいというだけなら、駄目なのか?」

「……貴殿はそれでいいのかもな。おかしくはない。貴殿は貴殿、私は私の規範に則するというだけだ」

「いつか、僕は戦争を止める。生きている限りはそれを実現するために動くつもりだ……。虚偽の罪を擦り付けられた女の子一人助けられずに、戦争を止められるもんかよ」

「ふん」


 ケイスには何も響かなかった。

 漬け物からどうにか塩気を抜こうとする無益さかのように、彼は頭の先から足先まで“抜くことの出来ない正義”で漬かりきっていた。


 僕の主張がわがままってのは分かる。

 でも、彼女は僕なのだ。

 惑っているうちに、社会で溺れてしまった。必死で息継ぎしているのに、頭を押さえつけられる。それが、どんなに苦しいことか分かる。


「これこそが救済なのだ。死は大いなるイスラの恩寵だ。公平であり、揺るがぬ贖罪だ。罪があるなら、唯一魂が代償となる」


 懇願なんてせずに、最初から全力で助ければ良かったのかな……。学習しないわ、僕も大概。

 三人の守衛が、ソイエンの所へ辿り着いてしまった。


「魔人さん……。こんなことを言う資格は無いかも知れないけど、あなたって人間かもね。ありがとう」


 ソイエンは笑っていた。

 なんなんだよ、それ……。諦めちまったのかよ。


「――あッ!!」


 その時、視界の端が動いた。

 守衛の一人の頭部に、飛箭が当たって弾ける。

 回転しながら飛び上がった矢は、ケイスの足元まで跳ねていった。


 大きな声が響く。


「お~い、魔人のアルノ! まだ生きてるかね」


 極めて脳天気な声は、さっき別れたばかりのハイロであった。



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