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二章九項 アルノ


 やっぱり、止めるしか無いか!


「やらせない! そんな横暴が許せるか」


 突然、地面から白い茨が現れた。

 走り出そうとした時、それらが無数に地面から突き出て、進路を阻んで来る。

 地面の砂と同じく真っ白で、逆茂木さかもぎのように鋭利な棘が幾重にも絡み合っている。

 これは……!? 魔術か……!


「これ以上妨害するならば、命の保障は出来かねる」

「これが君の魔術か」

「貴殿に勝ち目はない」


 確かに厄介な能力だ。

 ケイスまでの距離は目算ではおよそ八十歩ほどもある。

 これが彼の魔術だとしたら、まず相当な効果範囲を持っているということになる。

 この場の支配者という、その強権に見合うだけの実行力も併せ持った魔術師というわけだ。

 

 三人の守衛は僕から離れて、ソイエンのほうに向かって行った。

 

「もう観衆は誰一人として残っちゃ居ないぞ。こんなむごい茶番、なんの意味も成さないはずだ」

「意味を成すかという問題ではない。やるべきだからやる。亡者の妄言に屈するべきではないというだけのことだ。よりにもよって魔人である上に人目を憚らずにやってきた貴殿に、罪人の刑執行を阻止されたとあれば、悪評は間逃れぬ。ケイオンの威信に傷をつけるだろう」

「罪をでっち上げすることは、ケイオンの威信を傷つけはしないのか?」

「でっち上げではないし、そんなことで傷つくこともない。民衆は本当の正しさや真実など求めていない。彼らは時折口だけ挟んで、勝ち組の側にただ立って愉悦を感じたいだけだ」


 随分と割り切った見方をしているな……。

 悪辣ではあるが、しかし民衆のコントロールという意味では実践的なのかもな。


 守衛達がソイエンの拘束されている台座にたどり着いた。


「待ってくれ! 僕の言ったことを聞いていただろ」


 嘆願など耳に入っていないかのように、守衛のうちの一人が、道具を手に取った。

 見る限りでは、二十センチ長、四センチ幅ほどの可塑性はあるがやや硬そうな帯だ。

 装飾品のチョーカーのような物に見える。 


 ソイエンが何かを察したようで、体をよじらせて僅かに抵抗するが、二人の守衛に肩を押さえつけられる。

 その輪はやはり首に取り付ける物らしい。

 ソイエンの首にチョーカーが取り付けられると、たちどころに青く光った。


「何だ……?」

「う、うぐっ……! ぐああ!」


 これが……刑執行の方法なのか?

 しかし、苦しんでいる。ソイエンは、拘束されてほとんど動かない手で、必死に首を引っ掻いた。


「――ああっ!!」

「一体、どうしたら……」


 くそ……! こんなのが、現実なのかよ。

 マゼスの暴虐の次の日に、こんなことを目の当たりにするだなんて。

 しかし……、少なくとも言論では中止させるだけの根拠はもうない。彼女は紛れもなく重罪人ではある。


 これは失敗だった。

 武器も持たず来てしまった。対話が通じたことなんてないのに、なんとかなると高を括りすぎた。

 なにも考えずに、刑場の砂地へ飛び降りたのも良くなかった。

 観客席に留まれば、少なくともケイスの魔術の影響力をここまでは受けずに、ヤツのもとへは行けたはずだ。


 ソイエンは呼吸を激しく繰り返し、地面に跪きながら、首を掻きむしっている。

 あの魔導具を無理矢理外そうとしているのだろうが、首に食い込むものであるらしく、どうにもなっていない。

 引っかき傷で、血だらけだった。


 くそ! 覚悟を決めるしかない!

 もう行くしか……茨の道を進むしか無い。

 ただソイエンを助ける。それだけだ。


「――いい!? うッ! 痛ぇ!」


 茨の針の長さは親指程度。足の踏み場もないぐらいに密生している。

 避けて進めるものではない。

 しかし、なんとか上手く選んで踏めば、痛いぐらいで済む。腱や骨までは刺さらない。

 ある程度、負傷は仕方ないと割り切るしか無いだろう。


「そのまま越えてくるとはな……気でも触れたか」

「うおお!」


 これぞ受難の道!

 ガラスの茨は膝の位置まであるから、肉が裂けるくらいは割り切るしかない。怯んで脚を滑らせれば、内股の大動脈を切って死ぬ。


 負傷を避けていれば永久に進めない!

 ただ進むしかない!


「クソォ……痛え!」


 皮膚が、前に踏み出すたびに引っかかる。

 駄目か……! まだ半分も行ってないのに、脚がぐちゃぐちゃになりかけている。踏み出すたび、脚がトマトを踏み潰したかのように、嫌な感触になっている。

 こりゃあ地獄だな。しかし、躊躇っていれば、無駄にもっと負傷が増えてゆくだけだ。


 それは分かってる。理解はしてる。

 しかし、半分で……途方もないな。こりゃあヤバイ。

 情けない……! 意識すると、次の一歩が出ない。


「愚かなことを……無謀だな。あと半分だ。たどり着いてみせろ。たどり着ければ、もしかしたらどうにかなるかも知れんな」


 ケイス……。

 一見、冷静で明晰。しかし蓋を開けてみれば、もはや非合理的とさえ言えるくらいに冷徹。恐ろしいタイプだ。


「臨むところだ! 見てろ、すぐにたどり着いてやるさ! おい人間……、魔人の力を舐めるなよ」


 僕が前に踏み出す。

 反射的に動きがあった。

 台座に上っていた一人の守衛の男が、ソイエンを遮るように、割ってくるように相対してくる。


 その時、鈍い音がした。

 その守衛の男が大きく体制を崩した。勢いよく台座から突き飛ばされる。


「ソイエン!」


 ソイエンがすぐ前に躍り出てきた守衛の男を、体当たりで突き飛ばしたのだ。

 守衛の若い男は、ガラスの茨の海に落下した。

 



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