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二章八項 アルノ


 刑場に入ってからも、すでに観客として入っていた人々は僕を見るやいなや、逃げ惑った。


 いくらなんでも、流石に慌てすぎなのでは……。ほぼ落下する様に、観覧席の柵を飛び越える人さえもいる。

 別に誰にも危害を加えてないし、追いかけもしてないのに、そこまで逃げるものかね……。

 いや……、そんなことを思う資格なんて無い。人の恐怖心を軽んじるような考えは良くないな。


 今ばかりは、逃げ散ってもらうのはむしろ好都合だと思うしかない。余計な心配をしなくていいというのはあるし。


 刑場は外から見るより広い。狭めの球場くらいの大きさか。

 中央の広場を取り囲むように建物は環状の層構造になっていて、立体なぶん観覧席は狭い。

 観客席の内側は逆すり鉢のような形になっていて、上の階ほどバルコニーが内側に突き出ている。

 刑場といえば砂地なイメージだが、綺麗に白い砂が敷き詰められている様だ。

 刑場というより、劇場だな。 

 妙に凝った建築を見るに、処刑というのがかなり娯楽として意識されているらしい。


 既に“その娘”はいた。

 中央の木製の台座の上に、ソイエンが繋がれている。 

 粗末な衣装に身を包み、跪くように台座に両手を固定されている。

 褐色の肌に、灰色の髪。異様な痩せ型。間違いないだろう。


「ソイエン!!」


 呼び声は、逃げ惑う人々のざわめきに埋もれた。

 しかし、逃げ道が少ないだけあって、僕の周りからは人が捌けてきている。


 仕方ない、まずは降りるしかない。 

 白い砂地に降りると、施設の警備をしている守衛が三人、武器を持って向かってきた。


 中東のシュマグのように頭を隠し、皮革の防具の上から黒い法衣を纏った姿で、脚はゲートルになっている。

 ビルフックやハルバードのような長柄の武器で、僕は丸腰だから相手にもならない。

 死を覚悟したような凄みのある目をしていて、顔を隠していても守衛達は言葉を発する余裕もないくらいに必死なのがわかる。


「待て! 僕は暴れにきたんじゃない。だけど立ち向かってくるならば、戦わざるを得なくなる」


 僕の言葉に三人は応じなかったが、明らかに狼狽ろうばいした。

 それもそうだ。守衛と言えど、命のやり取りをするような戦闘経験がある人間ばかりじゃない。むしろ、一般人寄りだろう。

 ただ、職務放棄させれば、この人達も処罰されるかも知れない。


「ここの責任者を呼んでくれ。危害は加えない。ただちょっと話がしたいだけなんだ」


 三人の守衛は動かない。

 明らかに葛藤している。

 それで良い。そうすぐに決断できる人間ばかりじゃないだろう。

 責任感があって真面目で優秀な守衛なのは間違いない。

 ここでリスク度外視で攻撃されたら、僕はなんの能力もない見た目だけの魔人だから、ボコボコにやられるだけではある。


「下がりなさい。私が対応しよう」


 広い処刑場に、声が響いた。

 男性である。


 探してみると、斜向かいあたりの客席の二階に若い男がいた。

 緑と黒の法衣を纏っており、端正な顔立ちで、冷たい眼差しを持っている。


「こんにちは。予期せぬ来訪者」

「ああ、こんにちは」

「私の名前は、ケイス・ラスラーズ・エニス」

「僕はアルノだ」


 なかなか礼儀正しいイケメンだな。見た目にも明らかに身分が高そうだ。

 言葉が通じそうなので、まずは一安心。


 ソイエンがここでようやくゆっくり顔を上げた。

 目が合う。

 顔は青痣があって、髪はほつれ、虚ろな目をしている。

 酷いな……暴行を受けたのか。


「ケイス。貴方が、この場所の責任者なのか」

「この場所の責任者ではないが、そう思ってくれてもいい。聖教法王佐なのでな」


 聞く分には凄い偉い人のように感じるな。

 しかし、またとない好機かもしれん。

 

「その娘の罪状に対して、陳情を申したい」

「貴殿の様な者が陳情か……特別に聞こう。言ってみたまえ」

「ありがとう。彼女には罪自体はあると思うが、それはあの広場の惨劇とは別の話だ。明らかに魔人マゼスの襲来には無関係だから、量刑を見直してほしい」

「証拠は提示できるのか?」

「証拠はないが、虐殺事件の幇助という点に関しては濡れ衣を証言できると思う」 


 ケイスという名の男は黙った。

 ただし、身動き一つせず、僕の言葉を考慮しているという雰囲気には感じられない。

 

「……他にはあるか?」

「他にって……」

「言説的な証拠だけでは認められないし、判決を覆すことは出来ない。証拠が無くては検討しようがないだろう」

「しかし、少なくとも“冤罪であるかも知れない”という蓋然性は生まれたと思わないか?」

「だから再考すべしと?」

「そうだ。人の命を奪うなんて、そうそう簡単に決めるべきじゃない。そもそも、証拠ったって、ソイエンが虐殺に関わった証拠こそないだろう?」

「しかし、本人が罪を認めている」


 それは自白を強要しただけだろう。

 泣きそうに顔を歪ませたソイエンの様子が物語っている。


「貴殿は、この娘とどういう関わり合いが? 確か……王都魔術師のイシエス殿が魔人を復活させ、その体を依り代にした者だとまでは聞いたが」

「それは……。実を言うと、僕もこの娘に殺されかけた側なんだけども……。ただ、やってもいない罪で人間が殺されるなんて不条理だから」

「自身を殺そうとした人間のために、抗議すると……?」


 一度死んだという経験も、あるからかもな。心のどこかで、ここは本来の居場所ではないと考えている。

 実質的にはまだ、僕は世界の部外者だ。だから、社会情勢や構造なんて実はどうでもよくて、自分がただ不快になるような残酷さだけ許せないと思ってしまう。

 無敵の人、とか言うやつかもな。


「残念ながら、この娘はそれでなくとも三人の人間を殺害している。一人はエガニオン宮の二十八歳の女性で、私の部下だった」

「恨みがあるのか……」

「そうではない。いや……それもあるが、それだけが動機ではない。つまるところ、法は法なのだ」


 真っ当な意見ではあるな。

 ケイオンの司法制度なんて知らないが、僕の訴えを聞いてくれるだけで、それだけでも特別なはからいではあるのかも知れない。

 よく考えたらソイエン含め、マゼスやチロルのような頭のおかしい人ばかりと言い合いしてたから、ガチで真っ当な人だと逆にやり辛くはある。


「確かに……。虐殺に関わり合いがないとしても、ソイエンは無罪ではないだろう。でも、だからこそ今は殺すことは出来ないのでは?」


 僕の問いにケイスは答えなかった。

 実際、彼もそう思っている部分があるのだろう。


「ソイエンの個人的動機で、無差別に暗殺なんてするわけがない。指示していた人間が居るはずだと言うのは同意出来ると思う」


 これが僕の使える、ほぼ唯一の論理だ。

 しかし、そこが一切考慮されないってのは、普通に考えたらあり得ないから、圧力を掛けられたってのが自然な見方だ。


「三人の殺害が罪だというのなら、実行犯より、その指示を出していた人間の方がより大きな罪なはず。その黒幕を捕まえずして、数日で死刑執行というのは違和感しかない。彼女に協力してもらって、真実を突き止めるべきだ」

「決定は覆らない。厳正な審議の上、判決されている」


 いかにも、お役人の言葉だな。文字数だけ多くて、なにも答えてない。

 

「ケイス。それが、あなたの考える“法は法”というものなのか? 偉い人には簡単に屈するのが、法と言えるのかい?」

「国家なくして、法はない。国家のためなれば、個別に検討が必要になる」

「それはただの“忖度”だろう。法の一番の良いところは“酌量”だと思うけどな。思いやりが無ければ、法である意味がない。ひたすらに強きを助け、弱きを挫くだけなら、別に法が無くたって同じじゃないか」

「……そうだろうか」


 ケイスは今度は真剣に憂いを湛えた顔で俯いた。

 

「証拠と言うほどではない僕の見立ての一つだが、聞いてくれるか?」

「一応、聞こう」

「僕自身、彼女ともう一人の二人組に襲われたんだ。その時、少しづつ様子がおかしくなっていったようにも思えた。情緒に異変を来していたように見えた」

「それはそうだろう。まともな神経で、小娘が三人の暗殺など出来はしまい」

「まさにその通り。その通りなんだよ。二人は、最初はむしろ愉快に僕を拷問してた。しかし、途中から怒ったり、嘆いたり、体を掻きむしったりしてた」

「それがなんだと?」

「つまり、“薬物”を使っていたんだ。仕事に臆したりしないように、興奮剤のようなものを使用したんだろう。しかし、何度も使う度に薬物に耐性が出来てきて、僕の所へやって来た時には効き目が弱くなっていたんだ」


 アンフェタミンやメタンフェタミンのような覚醒剤は、あらゆる仕事、軍事行動や競技、勉学など集中力が必要なときに非常に役立つものであるらしい。


 ソイエン達の使用が事実とは言い切れないが、計画的な暗殺をするような人間が倫理的に使わないっていう方が無理がある。


 いま考えると、タシギことレーマが異様な早さで体温が低下したことを見ても、レーマのほうは特に強い薬物依存だったように思える。

 つまりそれらが示すのは、薬物の提供者が居た可能性があるということだ。


「ソイエン……君は汚れ仕事をやらされたんだろ?」


 目が合ったソイエンは、驚きと悲しみの目で僕を見返すだけだった。

 なんでだ? 何故、答えない? 死にたいわけじゃないだろう。

 生き残らなければいけないって想いは、嘘だったのか?


「君……口封じしているのか? ケイス」

「どうやら、認識の齟齬から誤解されているようだ。そのようなことをする理由がない」

「あるに決まってる。娯楽として見世物にするくらいだ。観衆に向かって、無罪を主張されて同情でもされれば、ソイエンに罪をなすりつけた意味が無くなる」

「論拠がない憶測は控えて頂こう。とんだ難癖なんくせであると評せざるを得ない」

「しかし、そもそも死刑というのは“魔人誘致の罪”ってことへ対してだろう。まだ三人の魔術師を殺害したことは、審議されてないはずだ。だから、ここから進むならそれは君の私刑でしかない」

「ハァ……」


 ケイスはため息をついた。


「貴殿の意見、大変参考になった。貴殿は仁恕じんじょ哀憫あいびんに富むお方のようだ。意見、今後に活かせるよう検討させてもらう。……衛兵、執行役が逃げてしまった。代役として刑を執り行ってくれたまえ」


 いや、その発言の情緒おかしくない?! 同じ文章内で人格変わっとる。


「本気なのか……!」

「無論。私自身は貴殿の立ち振舞には興味がない。今回だけは見逃そう。直ちに立ち去ってくれ」

「だが……知ってるか? 僕はアルマって魔術師を殺した……捕まえなくていいのか?」

「……下らない。帰りなさい」


 クソ……また駄目か。

 まだ一度たりとも、対話によって平和的解決が成功した試しがない。


「衛兵。何をしている。……今すぐ刑を執り行うのだ」







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