二章五項 アルノ
地下基地のような場所に移動してから、二日ほど経って、計画が明かされた。
とはいっても、全部ネオンが仕切っていて、詳細に説明があったわけでもない。
曰く、リンデレイルという西の都市に行き、魔族に制圧されているその廃墟の支配を人の手に取り戻し、リシルという名の少女を復活させる。
あえて聞かずとも、すでに僕の参加は決まっていた。
計画が遂行出来るかは別として、聞く限りは、まあ複雑ではないな。
もう今日の午後になる前には、出発するらしい。
僕自身は準備らしい準備というものもない……というか、外に出られないので、ただ待ちぼうけのまま、とにかく待つしかない。
天井の低さのせいで、微妙に屈まなければいけないので、正直待っていても窮屈で居心地は良くない。
なにより……気が急く。僕の気性かこの体の魔人の気性か分からないが、やるべきことを残してノンビリできないタイプだ。
楽しみとかではないが、早く出発したい。
とはいえ、体調もイマイチなのがな……。
回復も遅くなっている。負傷につぐ負傷のせいか、体も目に見えてほっそりとしてきてしまっている。魔人の特質かは分からないが、異様に消費が激しいらしい。
まず太らなければならないってのは、趣味や好み以上に“魔人が生き残る手段”として重要そうだ。
しかし、提供される食事をドカ食いするのは悪いし、働きもしてないのに、事細かに食事の注文するわけにもいかない。
もしかしたらこの先、この社会情勢で体をデカくするってのは、とんでもなく難しいことなのではなかろうか。
可能な限り早めに解決すべき、大きな壁というところだな……。
他の皆は意外と準備を入念に行っていて、僕とネオン、ミエフ爺さんという老人の三人、それとデカい犬一匹が静かに待機している。
ミエフ爺さんは、モナの行いについて、かなりのショックを受けてしまったらしい。小部屋で塞ぎ込んでしまって、まともにコミュニケーションがとれなかった。
結果、ネオンと二人きりである。
「イシエスさん達も行くの?」
「いや。行かない」
「まあ、あの負傷じゃ無理か」
「負傷というかさ……一番困ったことにフスやキサラも行けないんだよ」
ネオンは頭を抱えた。
「広場の市民がマゼスの襲撃に大勢巻き込まれただろ? あの広場には貴族とかも居たから、派手に責任問題になっちまった」
「ああ……。でも、あのサンドラとかいう人に何とかしてもらうしか無いんじゃ……」
「そんな単純な社会じゃ無いんだわ、ボンクラ。聖教の典爾法官とかの娘も死んだんだ。あのサナラとかいう娘、死体すら残らずに行方不明状態になっちまった。あの娘、エガニオン宮の上級魔術師だったんだから」
「あっ――……ああ」
あの静かな娘か……。
この目で、吹き飛ばされて木っ端微塵にされてしまったところを目撃している。
「ここだけの話、聖教は金貸しとして随一の影響力を持ってるから、問題にならざるを得ないんだよ。“ご神託”を象徴する人間だったからな」
サナラは若そうだったけど、ネオンの言い方的にそれなりに重要な立場だったのかもな……。
マゼスは僕を処分しに来たのだから、あえて“それに関わってそうな立場の人”を残してから、利用出来そうにないとみるや爆破してたんだもんな。
聖教とやらは僕には無関係だとしても、それが魔族のマゼスに理解出来るはずもなく、ただ偉そうな人間を探していたとは考えられる。
運は悪かったが、比較的、犠牲になるのが避けにくい立場でもあったわけだ。
どうしようもなかったとも思えるけど……サナラがあそこでパニックになって逃げ出さなければ、もしかしたらイシエスさんの機転で生き残れたかもしれなかったというのは悔やまれるな。
「ま、君が強制でリンデレイルに行く必要があるのも、ある部分ではそれ。敵じゃない魔人がいるって理性的に理解できる人間のほうが少ないだろうし、民衆の感情ってのは理屈でどうこう出来るもんじゃないしな。今回の責任やらの訴求で、真っ先に槍玉に上がるのはイシエスと君なのは間違いない。見方を変えれば、リンデレイルの奪還は、君を逃がす口実にもなってる」
「行くことに異存はないけど、正直、殺し合いってのももうたくさんだな」
「……おいおい、だからって敵側に渡るなよ」
「イシエスさんへの義理を無視できるとは考えてないさ。それに、仮に魔族側に行っても、戦争なんてのはもう切り上げるべきだと説得するよ。最初から僕には、敵なんて一人としていないんだけれども」
ネオンは椅子の背もたれに大きく寄りかかったまま、ため息をついて睨んできた。
「おい、原始人。魔人の社会は、そんな博愛みたいな観念が無いんだよ。奴隷の種族で労働が成り立ってて、人間の扱いはされない。一度は奴隷になりながら、離反できたマイスが奇跡だ。マイスのオスがほぼ居なくなったのは、離反の決起で殺されまくったからだしな」
「そうなのか……」
「マゼスとかいう魔人と話して分かっただろ。君とは真逆で、“強いだけのアホ”なの。だからこそタチが悪い。戦争をやめさせるにも、まずは実体験として理解させなければ。“戦争が不利益になりうる”という理解をさせるために、こちらが勝たなけりゃならない」
なるほど、一理ある。
しかし、ネオンは意外と僕のことを少しでも認めてくれてる部分もあるのかな。そうでなけりゃ、この作戦に向かわせるってこともないだろうし。
「俺は考えごとしてんのに、下らないこと言ってんじゃないよ。ダボカス」
「考えごと?」
「イシエスが行けなくなって、ヤツの取り巻きも拘束されちまって行けないんだから、リンデレイルでリシルの蘇生を取り仕切ることが可能な人間が居ない。手順が分かっていても、一発勝負だから、知識や対応力は必要だからな」
「ああ。確かにそれもそうだな。ペコとかじゃダメなのか?」
「ペコ?」
口に出してみて、ここで白羽の矢が立つのも流石にペコが可哀想かとも思えてきた。
行くのはかなり危険な場所らしいし、勝手に推薦するのもおかしいか。
女の子な上に怪我もあるエトルやヘルフェも本当なら待つべきだと思うんだけど、そもそもその二人の魔術がないとリシルという子の復活が成立しないんだから悩ましい。
「一つ思うんだけど、二手に別れて、ちょっと時間を置いて、“復活担当班”みたいな人達は後から追いかけてくる形じゃ駄目なの?」
「駄目だから一緒に行く。障害は魔族だけじゃ無いからだ。いいか? 目的地にも、後ろにも、敵はいるってことを理解しとけよ」
理解しとけよって……。
そう思うと、かなり厳しい条件に思えてならない。すべての試練を乗り越えた先で、魔族だけしかいない場所に乗り込む。あまりにも難易度が高すぎる。
「君が守るんだよ」
「守る?」
「蘇生にまつわる技能を担当する人員は、絶対に欠けてはならない。一人でも犠牲を出せば、失敗する」
「そうだな」
「君が守るしかないだろ。単純な話だ」
「どうかなぁ……」
もちろんそうしたい。
しかし、マゼスの時も運が良かっただけで、破れかぶれになって立ち向かったら、たまたま生き残った感じだし。
いざという時、何も出来ずにあたふたしているだけということにもなりかねない。
情けないが、僕は出来ることをやるしかない。
「シャキッとしろよ。昨日みたいに、働けばいい。君は真正面から立ち向かったじゃないか。ただ死を受け入れることは出来ても、自分からぶつかりにいける狂人はそう多くない。だから、それをやってくれればいい。それが君に求められる役割だよ」
「簡単に言うけど……僕は好きでやってるわけじゃないんだよ……」
いや、でも初めての死は割と好きなことが高じて死んじまったとも言えるか。
さながら体当たりで自分も敵も粉砕する、玉砕要員ってわけですか……。
魔人の体の希少性という部分さえ無視できれば、“合理的”な使い方だろう。僕のこの身体が粉微塵にでもなりさえしなければ死んだとしても、何回でも再利用が可能なのだから。
そんな消耗品のような働きは嫌だという気持ちは、僕個人の事情でしかない。
ゾンビ前衛ってわけだ。
「それが嫌いだろうが、この場所、この時代に生き返ってしまったんだから、やるしかないだろ。平和的に解決しようと思うな。リンデレイルに住んでいたあらゆる人間は、ほとんどが虐殺され亡骸を打ち捨てられて占領されたんだ。時間も有限だ。説得や寛容さは、事態を悪化させるものにしかならない」
「君は分かってないが、この身体に相応しくないほど僕は凡人だ。誰よりも弱いんだ。行きたくないとかじゃないけど、全部が全部、シャカリキ頑張って何とかできるって自惚れられるわけじゃない」
「アホか。魔術師じゃないんだから、むしろ自信と覚悟しか持てるモンないだろうが。何かを成し遂げようって言うんだから、先ずは自信と覚悟ぐらい持ってゆかないと始まらんよ」
「そうかも知れないけど……」
「ビビっても、ビビらなくても、どうせ時代は変わるんだ。ただ、やってみろよ。それに、君の命の燃やして立ち上がる姿は、まあ面白かったしな。何だかんだ、君は重要な働きするかも知れんぜ」
喜んでいいのかな……それ。
筋肉を如何に減らさずに、脂肪を燃やすかとかのほうが得意ではあるけども。
まあ、ネオンが作戦に参加しないからと言って、ただ無責任に言っているというわけでも無さそうなのは分かる。
コイツなりに、熱意はあるんだろう。
「言われなくたって……出来る限りエトルやヘルフェは最優先で守るつもりだ。他の人が、犠牲になっていいと言うわけではないけど、彼女たちは普通の女の子だし、僕の初めての友達だから」
この作戦が誰の益にもならなくなった時点で、見切りをつけて計画を放棄してしまうのも選択肢としてはあるかも知れない。
僕が思うに、諦める勇気が最も重要だ。
尻込みしているだけかも知れないが、それはかなり現実になりそうな予感も大きい。
「ああ……当然だ。俺からしても、まだエトルには付き合ってもらいたいからな」
例の趣味か。
嫌なこと思い出させるな。コイツ。
でも、初めて会話した時よりはネオンにトゲがないから、ここはたしなめるべきかも知れない。
「あのさ……その趣味はほどほどにして、しばらくは大人しくしておいたほうが良いんじゃないか?」
「どういう意味だ? 大人しくするからこそ、趣味に興じるしかないじゃないか。敵に対して、遊興にふける愚者という印象付けは有効だからな」
「別にすべて否定したいわけではないけど、良い印象をもたれるような趣味とは言い切れないだろう。今は反感を買うのはマズイというのは僕でさえ感じる」
「宮廷でも意外と好評だぜ? 年嵩の魔術師達以外にはな」
「それって、若い女の子を引っ掛けてるだけじゃないか」
「そうだよ。でも、そういうのが一番、情報収集にも良いからな。若い女は退屈してるし、欲に弱い。自分の美貌を高値で売りたいという本心があるからね」
改めて感じるが、品性は最悪の男だな。
さっき、ちょっと鼓舞されかかったことを反省したい。良くも悪くも正直者で、人の良いところを掛け値無しに評価できる面がモテるのかも知れんが……。
まあ、奔放で自分の魅力を疑ってないのはステレオタイプ的にもエリートらしい性格ではある。
「そもそも俺も気が進む時ばかりじゃなくて、宮廷の女に求められて嫌々やってる時さえ結構あるんだから。最早、必要なことなんだよ」
「仮にそうだとしてもさ……相手は女性だろ。もし……もし出来てしまったら、責任をとらにゃならんだろう」
「そりゃ出来るさ。というか処分に困るくらいな。ま、気に入らなきゃ誰かに融通するだけだよ。別に本人に押し付けるのでもいいしな。大概は出来たら放ったらかしで、執事に面倒みさせるだけにはなるが。下らないことを気にするなよ」
「おい! いくらなんでも、それは最低すぎるけど!」
「あのな。こっちもそれなりに払うもん払ってんだ。君ごときにとやかく言われる筋合いないんだよ」
「責任もだしさ、本人の感情とか、あるだろう!」
こんなやつにエトルを手籠めにされたと思うと、僕としてはやっぱ怒るしかないよ。
「俺は今までこの趣味で下手を打ったことはないし、これからも変えるつもりはない。社会に価値を産むんだから、なんら気後れする理由もないね。馬鹿」
「ハァ……」
“清濁併せ呑む”とはいうが、なかなかこの社会の道徳には慣れない部分もあるな。
毒蛇も武器として使いこなしてこそ、戦争が起きている情勢という荒波を乗り切ることが出来るのかもしれない。
綺麗なばかりの人間はいない。そういった面では僕はイシエスさんほど、大局を見れていないのかもな。
「もしかして、君、俺に嫉妬しているのか?」
「――嫉妬?」
「満たされていれば、怒りなんて湧きようがない」
「確かに……そうなのかも知れない」
現実、人生二周目でさえ僕には何もない。
何周しても、モテ男にはならないだろう。
結局、深く考えれば考えるほど、何が駄目なのかも分からなくなるし、そもそもネオンの趣味なんて僕には全く関係ない。
「じゃ、分かったよ。生き残って帰ってきたら、君にもやらせてやるよ。今丁度、メスガキが二人ほど屋敷でタダ飯食ってるから、君のような素人の手習いに丁度いい。嫌とは言わんだろう」
「ガキ!?」
「あのフラエルとかいう魔術師と、アリルとか言う十四歳の餓鬼。俺としてはもっと成熟してるほうが好みだからな」
「だッ! 駄目だろ! いかんだろう、それは!」
「どこからどう見ても君は不器用そうだもんな。無駄にデカいし。フラエルには一応、慣れさせておくよ。それで良いだろ?」
「いや……駄目ですよ! 相手にだって、選ぶ権利があるでしょ!」
「意外と面倒くさいやつだな。わがまま言うなら、もう駄目」
やれやれ。
これも、この男なりのサービス精神なのかもな。
こんな大仕事の前だと言うのに……出発前に、なかなか疲れさせてくれるじゃあないか。




