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二章四項 ネオン


 ハイロが即、応じた。

 腰元の後ろに拳を引き付け、左足を僅かに浮かせる。僅かに上体を捻った。


 金貨を、横から鋭く投げる。

 空間にひしめく無数の蝶が木っ端微塵になった。


「いぎゃッ!」


 悲鳴とともに、肚に響くほど鈍い音が響く。


「えっ……?」


 アリルすらも驚き、その場の全員が呆気に取られていた。

 潰れた金貨が、床に転がる。

 蝶が制御を失ったらしく、壁際に四散する。埋め尽くされていた視界が、一気に開けた。

 ドカッと空洞を響かせるほど、床が響く。 女魔術師は、前のめりに地面に倒れ込んで気絶していた。


 おいおい……。

 パンを敵に投げつけたとかいうデカブツもいたが、今度は金貨かよ。


 しかし、金ほど投げつけるのに向く物体もないかもな。

 純金はかなりの重さがある。たしか比重にして、純金は水のおよそ二十倍弱ぐらいの重さだから、点でぶち当てられたらたまったもんじゃない。


「あ……手加減したんだが……モロ顔面にぶち当てちまった。悪いね」

「おめぇよ! ハイロ! こちらさん宮廷の宝玉なんだからよ、顔はいけねえよ? おめえ、石ころ風情がさ。玉にきずって言葉知ってっか?」


 痩せた老人は嬉しそうに膝を打って大騒ぎしながら、ハイロに皮肉を言った。 


「石ころで上等。戦場では石ころも値千金。扱い方さえ知ってりゃ、こうやって武器になることだってあるのさ」


 いや、君が投げたのは石ころではなく、態々(わざわざ)俺が用意した純金の金貨なんだがね……。


 女魔術師は顎に的中させられたらしく、ボタボタと口から血を流している。

 最低でも骨が砕けたに違いない。

 しかし、あれだけ見下してた傭兵にただの一発で負けるとは、流石に魔術師の戦闘能力を疑いたくなるな。


 アルマやイシエスが、宮廷魔術師の戦力強化の必要性を必死こいて説くわけだ。

 正直なところ、魔術師の強化云々とか言う前に、問題解決にのぞむ精神性や覚悟からして二人と他の魔術師では出来が違いすぎる。


「あの襲われていた男のひと、どこ行ったんだろ?」

「どさくさに紛れて、這いずって逃げたらしいな。まあ放っとけよ」

「でも……その魔術師、あの男の人を殺すつもりだったみたいだし。あんな重症で大丈夫かな」


 アリルが入り口から外を覗く。


「蝶の毒ぐらいで人を殺してしまえるもんなのか?」

「蠍とかもいるし、魔虫なら難しくは無いだろ。種類とかにもよるとは思うが、一説にゃ体の中で毒を作り出すのはエネルギー消費の二割ほどを占めるらしい。それで飢えて死んでも意味ねえから、作れるのは自然界で生存に適切な程度の毒だとも言える。逆に言えば、“家畜としての魔獣”なら、その弱点もない。魔物ならエーテルのエネルギー源によって消耗を補えるからな。品種改良を続ければ、人も容易く殺すほどの猛毒になるのかもしれん」


 ずいぶん魔虫に詳しいな。

 ハイロ本人は“魔物狩り”を嫌がって居るみたいだが、これ以上ないってくらい適切な渾名かも知れん。


「面倒なことになったな。お前さん、名前なんて言うんだ?」

「ネオンだよ。ネオン・クレバルク・リドア。ご存じエリート貴族のリドアの当主だ」

「なるほどな。やってやるよ、仕事」

「本当か!?」

「やるさ。見ただろ。もう後には引けねえし、ケイオンから逃げるにしても金はいる。逆に、もうやらないわけにゃいかねえだろう」


 どこでどう気が変わったのかは分からんが、粘った甲斐があったな。

 ハイロは度胸や戦闘能力もいいが、何より怜悧れいりかつ慎重なのもいい。


「アリル。仕事やりそうな奴は一応、誘っといてくれ」

「分かった。でも……宮廷の魔術師を怪我させちゃって大丈夫なのかな?」


 アリルは不安そうに女魔術師に歩み寄った。


「ネオン、この伸びてる女は俺が宮廷の門前まで運んどく。あんたはアリルを頼んだ」

「頼んだって……?」

「俺が宮廷の人間に手を出したんだ。絶対に安全とも言い切れん。リンデレイルに旅立てば、もう俺が帰ってこない場合もあるし、帰れたとしてもケイオンには住めなくなるかも知れんからな。一区切りつくまでは、コイツの面倒見てくれんだろ?」

「だから、私も行くって言ってるじゃん……!」

「それはせっかくお前のために代役を買って出てくれた、レデレールとか言う奴のメンツを潰すことにもなる。大人しく待ってなよ」


 ハイロが依頼を受けるのを渋っていたのも、アリルのためだろう。俺が仕事を頼んだ以上、アリルの保護は当然の措置ではあるな。


「まあ良いだろう。俺の家で面倒見るよ。それも必要な責任だからな。さほど広くない屋敷が、賑やかになるが……」


  なんと言ったって、すでにフラエルとかいう飲んだくれの魔術師が、勝手に俺の屋敷に居着こうとしているのである。

 怪我の治療はしたから帰れといっても、よく分からない言い訳をしながら、擦り寄ってくる。あの女、働きもしないし最悪なのだが、几帳面そうなアリルが監督してくれるなら、それは良いかも知れない。

 なにより、我が屋敷では現在フラエルが最も自衛力を持っているとも言えなくもない。聞くところによると、あの見た目で意外とベテランということだから。


「女将、店を荒らして悪かった。手間賃置いとく」


 ハイロが歪んだ金貨を拾って、女主人に投げ渡した。


「あんたがツケにしてるぶんもあるから、全然足りないよ。帰ってきたら、きっちり払ってね」

「ハイロと言えど、生き残れるはずねえよ。でもよ、おめえがおっ死んだらアリルの金で酒が飲めるや。せいぜい、悔いの残らねえように潔く戦え」

「うるせえな。耄碌じじい。その様子じゃあんたがくたばるほうが先だろ。禁酒でもしてな」


 口調は荒々しいが、それが別れの挨拶らしい。二人はにやけたまま、それっきり何も言わない。

 そういや、ダーチェとリヤルはどこに行っちまったんだ?


 ハイロとアリル、縛りあげた女魔術師と共に店を出た。

 十歩ほど先の道に、ダーチェとリヤル、そしてさっき出ていったレデレールがまだ居た。


「おう? なんだまだ居たのか、あんた」

「このお二人が襲われていたのよ。そこの担がれている御婦人と似たような謎の魔術師にね。流石に見過ごすわけにもいかないから、ちょっと説得が必要だったのよ」

「なるほどね」


 見ると、ダーチェは負傷しているらしかった。重症というわけではないらしく、怯えた様子のリヤルと歩み寄ってくる。


「この紳――……ご貴人がおらねば、危ういところでした」

「襲われたのか?」

「ええ。それはもう。心底、恐ろしゅうございましたな」


 いや、襲われたことについて君の感想を聞きたいわけじゃないけども……。

 しかし、まあダーチェは普通の執事で、ケンカすら出来やしない男だから、冷静に相手を見極めるってのも荷が重いか。


「ああ……ダーチェ、リヤル。災難だったな。無事でなによりだ」

「相手は宮廷の魔術師ね。たぶんレボン新解釈派あたりの流れを汲んだ魔術師よ」


 経歴がより気になるが、レデレールは魔術師の流派とかすら理解しているらしい。

 しかし、俺のほうがまったく魔術界隈のことを知らないから、答えようがない。

 この女魔術師の正体を知りたいかと言われると、難しいな。知るべきなのだが、全面的な抗争になれば、最後には負けるだろう。

 丁重に突き返して、深入りしないってのもある意味では相手を慮る面はある。しかしそれで手打ちになるはずが無いから、何処かの有力な派閥の貴人に介入してもらうしかない。


「あんた、戦いになったのかよ?」

「そこまでではないけど、考えの違いからくる問題はあったわ。相手を殺さずに、二人を守るだなんて、結構骨ね」

「こっちもだ。アリルの件もあるし、助かったよ。あんたにゃこれからもまだまだ世話になりそうだ」

「あら、気が変わったのね。なら、よろしく」


 二人は互いに手を差し出して打った。

 貴族社会では見られないぶっきらぼうな流儀ばかりだが、なんだか頼もしく思えてくる。


 





 

 

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