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二章三項 ネオン


 正体不明の女魔術師は、一歩下がった。

 まさか、ここでやるつもりか。


「“毒蛾ドロエ”」


 拳を合わせ腕を突き出し、前から水平に真横に開いた。


 女魔術師の身体から星の河のような無数の光が現れる。

 雲霞のごとく、数が多い。

 それらが窓から入る僅かな日の光を受け、猛烈にキラキラと瞬いた。


「なにっ?」


 アリルと女主人が悲鳴をあげる。ハイロはまったく怯むことなく、微動だにしなかった。


「蝶だな」


 なるほど、蝶だ。 

 女魔術師の辺りから、煌めく蝶が一斉に飛びたったのだ。万にもなるだろう蝶の群が、大きな竜のように一体となって、酒場をほとばしる。

 酒場が埋め尽くされるほどの多さだ。


「おいおい。無関係の人間を巻き込む気か?」


 俺の言葉に、女魔術師は目元で卑しく嗤った。


「安心してくださいまし。死ぬことは稀ですわ。不要な抵抗をされて、私がその気にならない限りは」


 女が指揮者の様に腕を振るうと、煌めく大群が一斉に大きな体の男に飛びついた。

 雪崩に呑まれるように、一気に大きな男が蝶に覆い尽くされる。


「ぎゃあっ! やめてくれ! なんで――」


 ……躊躇がないな。

 俺は虫が苦手だから、悪夢の様だ。

 魔人に爆破で消し炭にされるよりはマシだけど。


「は、話がちげえ! 話がちげえよ! なんでオラに!!」


 体の大きな男は、蝶にびっしり包まれ、もがきながら、のたうち回りながら抗議した。


「貴方が計画を聞き出していれば、私が出張ってくる必要も無かったですもの。それに、見せしめは必要ですわ。そう思いませぬか? リドアのご子息様」


 なるほど。俺がここに来る前に見張りを仕込みしてるとは、なかなか手間をかけているな。


 あらかじめ仕込みするのも、出来ないことでもない。

 関所越えのための申請は、サンドラが根回ししてくれたが、それを調べられたのかも知れない。

 関所は地方領主の管轄であるため、関所でいちいちケチをつけられても困るから、ちゃんと条件に合致するように申請されている。

 しかし、“身分無差別の動員”で、“公的な仕事”の申請だと、見る者が見れば傭兵を使うってことが丸わかりではある。

 だからこそスピード勝負で何とかするしか無かったが、コイツらが察知するのがなかなか早かった。


 もがく男が暴れながら、卓にのしかかるようにひっくり返して、酒をぶちまけながら床に転がった。

 倒れる男から蝶が一斉に逃散する。真っ赤に皮膚が腫れ上がった体の大きな男は、地面でもがきながら苦しんでいた。

 見た目が派手な割には強力そうではないけど、即死しないだけに苦しむという面では残酷だ。


「おいおい……。このやり方は優雅じゃないよ。君の部下なんだろ?」

「心外ですわ。部下ならもうちょっとは有能なはずですもの。さて、ここからが大事なところですから。リドアのご子息様。次は誰に致しましょうね? それとも、隠しているモノを手渡して頂けますか?」

「まずは名乗るのが誠意ってもんだよな。欲しいものを強請ねだる時なら特にさ」

「強請っているのではございません。命令しているのです」


 痩躯の老人は、肝っ玉は座っているらしい。酒を片手に持ったまま、抗議した。


「おめぇさん、白昼堂々、脅迫かい。この張り紙が見えねぇのかよ? 迷惑客お断り」

「……死にたくないなら、黙っていることですわ。もう老いぼれなのですから」

「行きつけの店くらい地域一丸となって、悪者から守らにゃいけないからな。ここギキルでの流儀なんだよ」


 ハイロが痩躯の爺さんを庇う。

 その腰の座り方は立派だが……口喧嘩してたって進展があるわけでもない。

 ハイロは、女主人に向かって振り返った。 


「そういや、もう日も暮れるころだな。女将おかみ、……附木つけぎ全部くれ」

「附木かい?」


 女の店主が、手のひらほどの大きさで平たい木片が束になった物をハイロに投げ渡す。


「動くな! ……不必要に動かないように努めていただくと嬉しいのですが。だって、無駄に死体を増やすのも美しくはないですもの。次に許可なく動けば、あの肥えた男の二の舞いですわよ」

「姉ちゃん。脅しになってねえぜ。ここの人間が死んだところで、この金持ちのあんちゃんは構いやしねえんじゃねえの?」


 痩せた老人がタバコに火をつけながら、口を挟んだ。  


「まあ、今となってはそれもそうだ」


 ハイロが点頭する。

 確かに誰が犠牲になろうと、エトラネミア様のお体を渡すわけにはいかない。


 ハイロに中途半端に関与されてるが、逃げるべきか任せるべきか迷うな。

 この男が魔術師とも思えんし、かといって武器に出来そうな道具もない。

 ここの人達には悪いが、逃げる時を見計らうしかないかもな。少なくとも俺が狙われているはずではあるし、逃げれば女魔術師はこちらを追ってくる確率は高い。


「あらそ。あれだけ大きな口を叩いた癖に、もう及び腰になってしまわれたのですか?」

「そう思ってくれていいがね。これ以上やれば、あんたを無傷で帰せなくなる。あんたぐらいはどうにでもなるが、こちとらただでさえ貧乏だってのに、無駄な働きして追われる身になるのも愉快じゃねえし……あんたも無職の飲んだくれに負けたら面子が立たねえだろ? 互いに損ばっかりだって話さ」

「なら、黙ってなさい」

「それが、そうはいかねえ」


 ハイロはいつの間にか手に持っていた金貨を弾いた。その黄金を、女魔術師に見せびらかす。


「仕事を受けたからな」


 女魔術師は、皮肉っぽくお淑やかにうふふと笑った。


「戦って私に勝てると?」

「当たり前だろ。魔人の遥か格下。ただのクソみてぇな性格の女、悪いけど片手でも勝てる」


 そりゃあ……。

 この都市ではかなりタブーとされている身分が高い女性への侮辱。

 どんなに派閥争いしていても、派閥の人間のうち九割八分は女性だ。だから、女性の敵に味方は居ない。ケイオンで女性を軽視する発言は、一手で孤立する。

 社会そのものを敵に回すようなものだ。

 無益なことはしたくないとかいいつつ、それを平然とやる度胸は一級品だ。


 男性にこうまで侮辱されることなどない、その魔術師の人生。初めてみた、“ケダモノ”の態度に面食らっただろう。

 一瞬の戸惑いの後に、女魔術師は素人の俺でもわかるほど強い殺意を醸し出した。

 

「――なら、やってみれば!!」


 女魔術師が凄んだ。

 ハイロに向かって手をかざす。その勢いに流されるかのように、光る蝶の嵐が一斉に襲いかかってきた。


 ハイロがのまれる寸前、手元で青い炎が上がった。

 爆発的に煙が立ちこめる。


 驚くべきことに、蝶の竜はたちどころに怯んで、進路を曲げ、急転回した。

 煙が結界のように蝶の侵入を阻む。

 半分くらいは飛行する力を失って、地面にヨタヨタと堕ちてゆく。


「あちっ! あつ! あ――」


 熱がりつつ、ハイロは燃やした木片の束を持ったまま振り回した。

 蝶が散ったおかげで、女魔術師の姿を視認できるぐらいには見通しが良くなった。


「なに!? なにが……? 一体……よくも私の蝶を……!」

「……魔虫ってやつだろ。コイツら。しかしエーテルを消費できること以外は、結局ただの虫だからな。虫よけで撃退できるわけだ。虫は気門っていう体の穴から呼吸するんでね」


 魔虫?

 そういえば最近、宮廷の多くの場所で、動物実験が流行り始めたってのは耳にしたな。


「……ケイオンに仇なすつもりですか? 貴方のようななんの取り柄のない……つまらない野辺の石礫せきれき。王国の宝珠たる私達の、なにを阻もうと言うのです!」


 女魔術師はハイロを口汚く罵った。

 さっきのハイロの挑発は、やはりそのプライドを傷つけていたらしい。


 横で机を叩くような音がする。


「ねえ、ちょっとさ……その言い方! ハイロはそんなんじゃない! あなたから喧嘩売ってきた癖に……。仕事なら対立することもあるかも知れないけどさ……紛いなりにもプロなら、差別とかしてないで正々堂々ぶつかりなよ!」


 アリルがまさかの反論に出た。

 しかも、大人たちが恥ずかしくなるほど、今まで一番まともで正当な反論である。


「うるさい! 小娘!」


 女魔術師は蝶を操って、アリルに攻撃の矛先を向けた。

 竜が如く、束となった蝶がアリルを丸呑みにしようと螺旋を描くようにうねる。


















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