二章二項 ネオン
「リ、リンデレイルかよ!?」
「なに? リンデレイルって? 凄いとこなの?」
ハイロは一応、場所を知っているらしい。驚いたハイロにアリルが聞く。
「ああ……本来、魔術研究の総本山と言われた場所だ。学問の都市とも言われている。とはいえ、六十年くらい前に陥落してから人間は誰一人として踏み入れてない。恐らくは、とっくに廃墟になってる」
「そりゃ、ホントおめぇ死にに行くようなもんだ」
痩躯の老人が、未だに横槍を入れてきた。
「それって……ねえ、ハイロ……」
流石にポジティブな性根を持つアリルも、相手が魔族となると不安になるらしい。
たしかに、ハイロは魔人と戦って敗北を経験してるとすれば、心配にもなるだろう。
「そうだ。ハイロ、君になら意味がわかるはずだ。荷運びとは言っても、交戦は高確率でありうる。しかし死を賭して行くほどにリンデレイルが重要なんだ。征西軍にとっても、絶対に協力すべき作戦なんだがな」
「だったらおめぇさんよ、それこそ征西軍に頼みゃいい。しない理由があんのかい?」
「ここだけの話、ゲスギカ宮のバウメルという貴族のオバチャンが征西軍の大統括なんだが、いわゆる鳩派のグループに属しててね。他の貴族が協力的というわけでもないから、支出が増えるだけの損な役回りで不満があるらしい。そもそもが消極的になってる」
「なるほどな……ま、少しは理解した」
ハイロが膝を叩いた。
「リンデレイルに行くだけなら、確かに行けるかも知れねえ」
「えっ?! あたしゃ良く知らないけども、そこって、あのタノラの先でしょ? それなら魔族の巣窟じゃないのさ」
「だからこそだ。まず基本、魔人は共闘しない。魔人一人でもエーテルの消耗が大きすぎるから、互いに干渉してしまう性質が強く、多人数で同時に戦うと弱体化することもあるはずだ。それに、逆に考えても見ろ。すべての拠点の防備が、完全無欠であるはずがない。重要な拠点に戦力を固めたほうが合理的だからな。『前線でもない僻地に、どれほどの戦力をさくべきか』ってことさ」
「おめえ以外に分からねえ話すんなよ。ハイロ」
「つまり、リンデレイルは守備が手薄な可能性が高いって話だ。そこまでの道を見つけさえすればという大きな条件はある。だがつまり、このお坊ちゃんにはその方法あるというんだろう。リンデレイルに辿り着き、敵の守備に奇襲を仕掛けて制圧することが出来れば、関門砦と対峙している敵を挟撃するための拠点になるってこった。戦況の一端ではあるが、成功すりゃあ一気にひっくり返るぜ」
そんな簡単に理解されると逆に不安だが、まさしくそういうことだ。
挟撃、つまり前後の挟み打ちの形が成立すれば、常勝不敗の魔族と言えどもその攻勢を凌ぐのは容易ではない。
魔人は個人の能力を最大限活かすために、個人行動が多い。
連携を意識せず多方面展開できるという奴らならではの強みはあるが、軍隊として見た時には凡庸でもある。最大の戦力を軍団の中で個人が持っているため、戦死した場合、即座に組織が瓦解しうる。
そして現在、タノラの関門砦といういわば絞られた地形で固まって、侵攻が止まっている。
挟撃によって、魔人の長所を封じながら一網打尽にできるかも知れない。
つまり、リンデレイルの奪還に成功すれば表と裏の目的二つが同時に達成される。
表の目的はタノラの関門砦と連携する軍事的反攻、裏の目的はその都市の持つ唯一の特性でエトラネミア様の蘇生を成し遂げることだ。
「そうは言うがおめぇ、んなこたぁよ、征西軍の兵隊がとっくに考えてんじゃねえのかい? 偉い貴族のババアがボスとは言え、生死はかかってるわけだしよ」
「そうだろうな。だが、軍隊はガチガチの身分意識が受け継がれてる。俺も何度も連携したが、とことん食えねえ奴もいる。人材も玉石混交といった感じだった。それに、奴らは大兵力を維持しなけりゃいかんから……養うだけの兵站が必要だ。つまり、貴族の供出する食いモンがなけりゃいけねえから、偉い御婦人の機嫌を損ねられねえってこった」
「ああ。バウメルは東南の大穀倉地帯アーフを治めてるニブカフロジオ家の出だけにな」
人類の存亡を賭けるとか言っていても、軍隊という最大の武器は、たった一人の御婦人の采配に委ねられている。
「しかし、逆にいい面もあるがな。征西軍の奴らはすでにボロボロだが、ミュネゲカダンとかいういかれた英雄のオッサンの活躍でギリギリ保ってる。恐らくは魔族にも名前が知られてるから、囮としては最高。六十年も小競り合いを繰り返し、互いに消耗し尽くしてる。前線は、ガタガタにほつれた仮縫いでやっと繋ぎ止めてるようなもんだ。背後から攻められたら、一気に崩れる。だからこそ魔族軍も征西軍も、その場を離れることは出来ねえ」
やはり戦士は腐っても戦士だな。
詳しいことまでは分からないが、ハイロの饒舌さは、興味の表れだろう。
「魔物狩りのハイロ。どうやら、だいたい道筋が見えてきたんじゃないのか?」
「馬鹿言いなさんな。成功するとは言ってない。寡兵じゃ拠点を制圧するなんて不可能だし、とてもじゃないが現実的じゃねえ。補給の有無も、戦力すらも知らねえしな。結局、計画ってのは順調にそのまま進むってことはまずない。戦争は相手も必死こいてやってんだからな。そこらへん、よく考えろって伝えとけよ。リドアのお坊ちゃんに」
「――え? リドア!?」
「リドアってあの……」
ハイロ以外の奴らが、鳥達が互いに鳴きあうようにざわめいた。
ハイロは俺の正体に勘づいていやがったらしい。ま、魔人と渡り合って生き残るだけの切れ者なのはよく分かった。
「猶予内で考えられる程度だが、計画を用意してるに決まってるだろ。だが、もうこれ以上は明かせないな。いろいろ言い過ぎた」
「悪いが、全部聞かなかったことにしておく」
ハイロはアリルのことを一瞥した。守るべき者を残しては行けない……そういうことかもな。
「金は返す。夢のある話だが、悪いことは言わねえ、あんた自身のためにもやめとけよ。あまりに分が悪い賭けだ」
「まあ恐いなら仕方ない。諦めるよ。使えそうな奴がいれば紹介してくれないか?」
「恐いって……だから、そもそも計画に無理があるっつうの」
「これは賭けないという選択肢がない、必要必至の大博打だ。私利私欲だけで勘定できる次元じゃない。大袈裟に聞こえるかもしれないが、これは“義勇と忠誠の戦い”だからな」
「義勇と……忠誠?」
「或いは、あのオカマが言うところの“命運の約束”というものかもな。間違いなく過酷なものとなるだろう。意外とあっさり死ぬことになるかもしれないけどな。しかし、やるしかない」
あの女装のレデレールは実際、かなり明のある言葉を残した。やりがいという点では、これに上回ることはない。
「俺は戦わないから、都合がいいと言えばその通りだ。しかし、決行しないという選択肢は絶対に無い。必要なんだよ。選ばれし戦士、女王陛下の誠の騎士が」
「女王陛下の騎士……?」
そこまで言った時、入り口から誰かが入ってきた。
おいおい、外で人が入らないように見張っているはずのダーチェとリヤルは何やってんだ。
「失礼いたしますわ」
女性の魔術師。コツコツと優雅に入ってくる。
これは、不味いな。見たところ、かなり位の高い魔術師だ。すらりとした成人女性で、顔をベールで隠している。幾重もの層になった法衣を着ている。
恐らくは、上次級魔術師ぐらいのエリートだろう。
「俺にご用向きか。俺ほどのエリートとなると、ほっとかれないわけだ」
「ネオン様。あなた様の捕縛が、先ほど正式に認可されましたわ。大人しくついてきて下さると、助かりますけれども」
「デートのお誘いなら遠慮させてもらうよ。レディのお誘いを断るのは心苦しいし、やぶさかではないけどな」
「ご冗談を。私にも好みというものはございますから。勘違いされても、気色が悪いですわ」
いけ好かない女だ。
宮廷はこういう気位ばかりが高くて高慢な女が多いし、素材が作られすぎてるから絵に残したくないんだよな。
そう言えば、エトルは真っ先にリンデレイル行きを立候補したから、行かせてしまえば絵は未完成のままになるな。
「俺も縛られるのは好みじゃないね。お引き取り願おう。小鳥さん」
「大丈夫、そのうちお似合いになられますわ。犬には首輪があったほうが、高貴ですもの」
どうやら、ここまで来るのに跡をつけられたかな……。
密告することが出来る人間も一応、二人いるな。道案内してもらった歯抜けの老人と、レデレールとかいうオカマだ。
しかし、今はそこはどうでもいいかも知れない。俺も大概、ほうぼう廻って働きすぎたのもあるし、警戒されないほうが変だ。
宮廷の貴婦人たちの機嫌を損ねないようには心掛けたが、やたら目立ってはいただろう。
「率直に聞く。誰の差し金だ?」
「それはサンドラ様でございますよ」
「いや、それはないな。サンドラ様には、それなりに恩を貸してる」
「国家の第一の臣に恩を貸してるなど、大層なことでございますわね。御立派ですこと」
聞いたところで、正体をバラすはずもないか。
サンドラが宮廷魔術師となった時、政治的立場の潔白を証明するために、派閥に与するようなことはしなかった。
強いて言えば、出自関係なく個人を見込んで庭師を固めている。
彼女の立場では必然的に近しい派閥もあるが、あくまで本人は独立志向と言っていい。そのバランス感覚は、政治よりも派閥争いに長けている。
賢明で実直だが、サンドラは政治面での行動力には今ひとつ芯がない。その結果こういう下らない奴らに目が届かないんじゃ、仕方ない。
ただ、ここまでのエリートを直接的に動かせるとなると、たしかにサンドラに近しい身分の者が関わらないといけないはずではある。あくまで形式上では、の話でもあるが。
「わかってるはずだ。この話の重大さが。あんたも女王に宣誓した身分だろう」
「貴方様が本当の忠臣で、この話が本当に重大な旨ならば、何故にこそこそとこのようなドブ臭い場所にいるのでしょうか……? 今は聖堂で傷付いた民心のために動くべきと存じます、御隠れされている森城の大領主様に代わりましてね」
「それは今頃のんびりお茶会してる御婦人達に言ってあげて欲しいがね」
「あらまあ」
女魔術師はわざとらしく驚いた。
しかし、エトラネミア様が死亡したことは把握されていたか。
サンドラが言いふらすとは思えないが、時間の問題ではあった。
恐らくはエトラネミア様が蘇生可能だということは把握してないだろうが、何かしようとしているのはバレているだろう。
通行書の発行や、物資の買い付けは誤魔化せないのだから、いくらでも調べようはある。
女王陛下の交代、禅譲という形をとるにしても、その儀礼のために王笏は必要だから、どの人間にもエトラネミア様は必要だということは依然変わりない。
「では、きかん坊のドラ御曹司様、こちらの命令を聞けないご様子ですから、ちょっと失礼いたしますわね」
「おい。ちょっと待てよ」
ここで、ハイロが待ったをかけた。
「こいつはまだ俺と話してたんだ。許可もなく横入りは困るね、偉いお姉ちゃん」
「ねえ、ハ、ハイロ? なんだか不味そうだよ。黙ってたほうが――」
「うるせえな! クソガキ!」
いきなりハイロはアリルを怒鳴り上げて、店の奥に突き飛ばした。
アリルは大きくよろめいて、床に尻を打った。驚いたアリルが呆気に取られたように、見上げたまま固まる。
「あらあら……荒々しいですこと。可愛らしいお嬢さんに暴力するだなんて、やっぱりお酒はほどほどにしなければいけませんわね」
「用があるなら、黙って並べ。酒で暴れるより、マナーが悪いぜ」
「貴方のような下衆な男に、マナーなどと。野良犬に公務の貴さは分からないでしょうに」
「そんなもん分かってたら最初からこの会話してねえんだよ。貴さというよりも傲慢さなら感じてるがね」
こういう時に冷静に日和見するタイプだと思ったが……意外だな。
「そこまでお言いになるなら。程度の低い馬鹿につける薬はないと言いますけれども、鞭はいつも有用ですから……身分を自覚できる程度には、痛い思いをして頂かねばなりませぬわね」




