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一章三十三項 イシエス


 背後からヘルフェが現れた。

 昏睡から覚めたのか……。起きてすぐに自発的に歩けるということは、懸念したほどのダメージはないのかも知れない。


 この獣人の娘にも助けられた。

 爆破されてしまった鳥は憐れではあるものの、幸い操っていたヘルフェは脳に影響は無かったようだ。

 とりあえず礼を言うのは後だな。

 来たタイミングはかなり悪いが、エトラネミア様のことは、結果的に知ることにはなっただろう。


 ヘルフェは遠巻きに、その痛ましい友人の姿を見た。


「あ?! ウソ……。ウソ!? おい!」


 ヘルフェはサンドラが抱く魂の抜け殻となったエトラネミア様に駆け寄って、しがみついた。

 小動物が仲間の様子を確認するように、遺体のあちこちを触って揺さぶる。


「ウソじゃろ! お前! 死んじまったのか! 駄目じゃろ。なんだよお前!」


 当然、反応はない。

 ヘルフェが遺体に頬をつける。


「ホントに……ホントに死ん……お前ホントに自分勝手……」


 ヘルフェは嘆息を繰り返した。

 その取り乱し方は、誰よりも人間臭いように思えた。

 この場の皆が、言葉が無くなって、自然に黙祷を捧げるような沈黙が生まれた。

 気高く、慈悲深い。

 一度でも会ったことがあれば、嬉しそうに名前を呼びかけてくれる少女を、誰もが自然と敬愛していた。


 エトラネミア・ソレア・エングライス・“リシル”・ウビユール・ケイオン。

 その血筋に見合った長い名前を持つこの娘は、ケイオンの主君であるが、実際のところたった十二歳の子供だ。


 このヘルフェは、彼女を一人の普通の子供として理解しているのだろう。

 マイスは人間ほど概念や神のために命を賭す種族ではない。だからこそ、弱く下劣だが、慈悲深い。


 エトラネミア様の陶器のように生気の無くなった肌は、神秘性とかを感じるには、まだあまりにも儚かった。


 損得とかは抜きに無情だな。

 だが考えようによっては、エトラネミア様の欲しかったものは、確かに自ら手に入れていたとも言える。


「深い友情だったようだ」


 フスが意外そうに感想を漏らす。

 確かに、まだ三日間もないほどの間柄でしかない。

 しかし、気のおけない友達というのはそういうものなのかも知れないな。共に経た時間が、必ずしも関係の重さに比例するわけではない。


「マイスはネズミのようだと卑下されることも多いが、その根拠は全く無い。そもそも手や足の指の数も違うし、歯の数も違う。類似するところのほうが少ない。マイスにはマイスなりの習慣や生き様がある。私が思う特にユニークな部分は、血縁関係なく全員が子供の育児に関わることだ。自分より年下なら、それは守るべき子供であるということらしい。この種族が、明確に人間よりも美しい部分だな」

「そうか……確かにそうだな」


 多くを語らないのは、それはそれでフスという男の良さだな。


「フス。さっきの言葉について、後で詳細を話す。実は緊急の仕事があって、立て続けに悪いのだが、他に頼める人間がいない」

「分かった。内容はなんだ?」

「アルノが、この近辺の地下に落ちてしまった。緊急事態だが、同時に捜索に危険があることが予想される。可能であれば、見つけて救出してほしい。できる限り、準備はしてくれ」


 アルノのことを考えれば、さっさと言えば良かったのだが、フスを危険に晒すことにもなりかねないので、なかなか判断出来なかった。

 しかし、まだ敵がいるとして、魔人の巨体を地下で運搬するのは容易ではないはず。

 彼がマゼスと呼んでいた魔人と、それぞれ二体を同時に運ばねばならないとすれば、どちらかが先に運び出され、片方が後を追ってゆく形で分断されるはずだ。

 アルノの負傷から考えて、自衛は不可能と見ていい。

 意味があるかはわからないが、危険を少なくする意味では、ただちに救出に向かうより、後から追いかけるほうが得策だろう。

 後は、フスの要領に任せるしかないな。


「罠と待ち伏せだけには注意してくれ。貴公なら心配ないとは思うが、現状やることは他にも多い。とにかく、これ以上負傷者は増やしたくない。魔導犬を連れて行ってもいいかもな」

「ああ。了解した。しかし、そこまでは必要ないだろう。任せてくれ」


 フスは素早くその場を離れた。


「お前ら離れろ……ワシがリシルを連れてゆく。おい、あんたリシルを離せ!」


 ヘルフェはサンドラからリシルを引き剥がそうとした。

 魔族以外でサンドラにそんな口を聞けるのもこのヘルフェだけだな。

 サンドラは意外にも、抵抗もせず何も言わずヘルフェにリシルを優しく授けた。

 この女傑とて、少なくともエトラネミア様が普通になりたかったという願望を持っていたのは知っていたのだろう。

 死んで尚、エトラネミアとして束縛するより、リシルという子供として責務から解放するという考えなのかも知れない。

 でなければ、獣人に主君の遺体を触らせるなど、貴族としての作法ではまずあり得ない。


「君が連れてゆく? どこにだ?」

「コイツが行きたいって言ってた場所じゃ」

「一人でやるつもりなのか?」

「だって、お前らは……お前らはリシルにとって一体なんなの? おいヒゲ……死んで好都合じゃと? ふざけんな馬鹿」


 失言はキッチリ聞かれてしまったからな。 

 確かにそれを聞けば、そういう考えにはなるか。


「イシエス……。貴様の目的が何であるか、なぜこの様な事態を招いたか説明してもらう」

「かしこまりました。しかしまず、それぞれに把握している状況について、誤解や不明な部分があるでしょう。端的に整理します。ヘルフェも一旦、聞いてくれ」


 ヘルフェは私から顔を背けた。

 抱かれたリシルのほうが大きいので、上半身だけを抱いている形になっている。

 一人で立ち去るのは無理だろう。


「まことに申し開きも無いことですが、私の主導した魔人蘇生は魔族に察知され、この悲惨な事件を引き起こしました。これは、私の責任です。そして、魔人が襲撃を仕掛けてきたのですが、恐らくこのケイオン内部の人間から情報を得て、利用されたものと思われます」

「魔人……利用? 何故そう言い切れる?」

「状況的にはそうとしか考えられません。敵がこの広いケイオンの重要な聖堂一点に絞って、攻撃を仕掛けて来たこと。遺骸となった魔人に関連があった親類の魔人が、直接襲撃してきたこと。その二体の魔人は何者かによって、回収されようとしていること。つまりすべて内通者の情報があり、その悪意によって導かれたと考えられます」

「しかし、エトラネミア様を巻き添えにしてしまえば、彼女が秘術で隠した王笏の回収はより難しいはずだ」


 恐らく、手引きした者にも誤算があったのだろう。

 これは完全に予測でしかないが、一番巻き込まれてはいけない“王笏”が、たまたま巻き込まれたのだ。

 これは誰にしても予測不可能であり、明確に回避しようとしたのはイエルくらいだ。


「恐らく、狙いは貴方だったのかもしれませぬ。サンドラ様」

「何だと……どういうことだ?」

「この聖堂は、広さの割に出入り口が二箇所しか無い。正面と、地下道です。この都市で王笏を取り出すことが慣例や知識的に許されているのは、立場上たった二人だけ。女王陛下と、その陛下を輔弼ほひつする宮廷魔術師の二人です」


 厳密には実質的に皇帝となるウストル国王も権利はあるが、ここでは無関係だ。

 本来は女王だけが王笏を管理する名目ではあるが、それで運用する機会があると不便なので、実利性で宮廷魔術師も扱えることになっている。

 知識の必要性、儀式の準備や管理などの不便さ、緊急事態の対処の観点から、実際は女王自身よりも宮廷魔術師が一番携わるものだ。


「王笏はただの杖ではない。サンドラ様、それは貴方も知っているはず」

「ああ……」


 敵であろう人間が、“人間や死体を操る魔術”を使えるとしたら?

 即ち、封印された王笏を奪取し制御する難しさを“死体を入手する”というひと手間に変えることが出来る。

 しかし、こればかりはサンドラには言い難いな。


「“敵”はどうしても王笏が必要だった。しかし、貴方様は独自に星霊術の対策や自衛の手段を用いている。だからこそ、このアルマの葬儀のタイミングを狙ったのです。国葬となれば、ここに必ず無防備な要人が集います」

「なるほど、概ね筋書きは見えてきた。しかし、王笏が必要な敵とは……一体」


 分からない。

 だが、いずれ知ることになるだろう。


「ここからの話ですが……さっきの“好都合”という話です。誤解を招くような言い方をあえてしますが、この状況が好都合な計画があるのです」


 ヘルフェは憎悪を込めたような目で、こちらを睨んだ。


「エトラネミア様……ここからはリシルと呼ばせて頂きます。その立場上、彼女は特殊な血族でもある」

「もちろんそうだが……」

「ここで肝要なのは、彼女は魔術師たる魔術師達……その子孫だという点です」


 宮廷は学問や軍事を同時に修める場所であり、それは必然的に優れた魔術師の集う場所でもある。

 血筋が今ひとつだとしても、魔術師として実力があるという名声を得ることが出来れば、それなりの官位が与えられ、貴族と血縁関係になるという流れになる。

 とはいえ、学問を修めるにも金がかかるので、優れた魔術師は貴族出身が圧倒的に多いのだが、それが狭い社会の中で家族を“取り替えっこ”する関係になる根本的な仕組みではあるだろう。

 親戚と結婚すれば、政争で裏切られるというリスクも小さくなるし、自由恋愛は難しいが、台頭した魔術師が誰かの婿養子となって、貴族と結婚するという展開は珍しくない。


 エトラネミア様は、その魔術師達の言うなれば“濃縮された遺伝”による“特殊体質の発現者”である。

 結果、“血”がある奇形を持つまでに進化している。


「リシルは魔術師の特殊な体質の数々を祖先から引き継ぎ、エーテルへの耐性が常人より遥かに高くなっていると考えられるのです」

「それが何だってんじゃ」

「“竜血”だ」


 サンドラとヘルフェは、「竜血?」と、私の言葉をほぼ同時に復唱した。


「リシルは、定期的にエーテルを抜かなければ自然に体が蝕まれてしまうほど、先天的に体組織のエーテル融和性を持っていた。これはケイオン家に時折現れる、“竜血”という常人を超越した体質だ」

「まさか! 竜血とは……!」


 サンドラは一応、リシルの体調不良を知っていたはずではあるが……。

 過去の女王は、ケイオン家出身がしばらく居なかったため、実経験として知る者は一人も居ないだろう。

 伝聞上の体質としては知っているのかもしれない。

 宮廷の医学、薬学の最たる人物として、ジーシェが君臨しているが、誰しもがジーシェの能力と性格を知っているため、頼ることが出来ない。

 そこでリシルの側近達が、秘密裏に独立性と学術志向が強いトルス宮に薬を処方させていたのである。


「それは、間違いないのか?」

「分かりません。公然と人体実験が出来る状況ではありませんでしたし、患者はリシル一人でした」

「なぜ妾に相談せぬ」

「無理でした。無礼を承知で言いますが、あなたの部下には、正直、いかがわしい者が多すぎる。しかし、ここで魔人の蘇生が鍵となってきます。それが活きる。それを許可されただけでも、英断と言えるかも知れません」

「いい加減、計画とやらを申せ」

「それは賭けです。まさに本当に起死回生の手と言えるでしょう。誰が阻もうとも、私はその一点に賭けてみるつもりです。つまり……」


 この場に居た三人が、皆顔を上げた。


「このリシル……我が女王を生き返らせるということです」






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