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一章三十一項 アルノ



「デボッ!」


 衝撃が襲ってきた。

 体を硬い床に叩きつけられたらしい。

 拍子に身体から結晶が剥がれて、キレイに劈開へきかいした破片が散らばった。

 散らばった破片は、虹のような揺らめきを放ちながら氷のように小さくなってゆく。


 もう結晶は成長しないらしい。


「いて……な、なんだ次から次へと」


 思わず悲嘆の言葉が出たが、よく考えると痛みはもうそれほどない。

 幸か不幸か、痛覚の殆どが麻痺している。

 体はまともに動かないが、しかしまだ、僕は死んでない。

 何回同じ感想になるかわからんが、この身体の持ち主に申し訳ないくらい死にかけているな。


 まだ一応、目が開く。息を吸うと変な音がするが、呼吸も鼓動もある。顎を動かすと、めしめしと音がうるさい。身体のあらゆる肉がブニブニとしている。

 どうやら、立ち上がるのはやめたほうが良さそうだな。


 でも、この状況は一体なんだってんだ……?

 辺りは闇。どうやら空洞になってて、音が響く。


 ここが地獄じゃなければ、地下の空間だろう。

 たぶん、上から落ちてきたらしい。

 落ちてきた穴の真下以外、辺りは暗がりだ。水が流れ込む場所らしく、暗がりの中でうっすら水面のような波打つ光の反射がある。

 僕は差し込んだ太陽光でスポットライトのように照らされている。痛覚や触覚は鈍いが、尻が太陽の光で温かい。


「いや〜、困ったもんだ。まさか魔人ちゃん、殺されちゃうとは。救えない結末だなぁ」

「だ、誰……?」

「誰?」


 女性の声だった。

 視界の端に、マゼスの死体もある。どうやら、何らかの方法でマゼスの死体と一緒に広場から落とされたらしい。

 この女の魔術なのか……?

 光のもとに、女性は歩いてきた。


 波がかった灼炎のような髪に、黄金の瞳。豊かな肉付きでありながら、流麗さも感じさせる姿。腰つきは弦のように弧を描いていて、生命力が漲るような活力を感じさせる。

 その姿は、自ずから光さえ放ちそうだ。


 上から石の重々しい擦れるような音がした。

 どうやら、穴が閉じたようだ。上から差していた光が無くなる。


「あ、やべ、顔見られちゃったかも」

「見たけど」

「うん。まあ、しかたね。いいよ〜。記念ってことで」


 一体なんの記念なんだか……。まあでも、ここに居るのは、とりあえずここまでは生き残ったからこそとは言えるかもな。


 マナ結晶とやらは、仄かに発光していた。辺りを照らすほどではないが、蓄光塗料のように形がくっきり見える。


 女はすぐ近くまで、歩み寄ってくる。

 僕の側にしゃがみこんだ。呼気の湿り気がわかるほど、息遣いが近い。ほんのりと甘い香りがした。

 なにやら手を出してきて、あのほっそりとした指先で結晶をぴんと弾いた。


「うぐっ!」


 一瞬、ビリッとする。

 途端に、身体からバキッと結晶が剥がれる。結晶はたちどころに脆くなって、鉄を鍛造する時に生まれる酸化鉄のようにパラパラと崩れ始めた。

 締め付けられていた全身が、解き放たれ、殻が割れたかのように一気に開放感が訪れた。


「面白いね。魔術だけで晶出するマナ結晶とは、とんでもなく興味深い魔術だなあ。どういう仕組みだろ」

「体が……軽くなった」

「まあマナ結晶ってね、電気の魔術で簡単に組成が変化するんだよね。つまり、上手いこと電気流すと壊せるのさ。知ってれば簡単に対処できるけど、やれやれ……魔人は基礎魔術、学ばんからなぁ……」

「魔人……? あなたは……やっぱり、マゼスの襲撃に関わり合いがあるのか? なにか……知っているのか」

「私を誰と存じていらっしゃいます? そりゃなんでも知ってるよ。知ってることについてだけはね。全知全能を標榜するのが、最近、女子のトレンドなのだ」

「自己肯定感は過去最高に高まりそうな流行だな……」


 ゼウス系女子ってところだろうか。

 たぶん全知全能ではないだろうが、確かにこの焔色の女は只者じゃないかもな……。

 真面目な話、この女は見る限りでは魔人ではないが、魔人サイドではないとは決めつけられない。マゼスのことをそれなりに知ってはいるようだし、相当胡散臭い。

 黒幕という程の悪人かは分からないが、明らかに多かれ少なかれこの事件に関与している。

 ただ、この人が仮に敵だとしても、僕はもう何もできない。


「……あなたは僕を殺さないのか?」

「死にたいの?」 


 ふと足音が聞こえ、別の誰かがこちらまで歩いてきた。暗闇だから、姿は判別しにくい。


「お! リサルス。随分、この私を待たせてくれたもんだね」

「……チロル。お待たせしたうえ、まことに申し上げにくいのですが」

「……?」

「失敗しました。鍵の奪取に……」

「え? 冗談でしょ? 失敗?」

「まことに申し訳ありません」

「嘘つき。嘘つき殺すよ?」

「いや。確かに私は割と嘘つきなほうではありますが、今だけは嘘つきではないので、殺す必要はございませんので」

「役立たずはもっと殺す」


 女は威圧するように沈黙した。

 冗談のようでもあるが、なにやら本気を感じさせる恐ろしい雰囲気があるな。


「理由が……。私もはなはだ困惑しました。鍵の奪取まであと一歩ではあったのですが、謎の棍術を扱う武俠のような男が突然躍り出てきて妨害されたのです」


 それって……。

 あのイシエスさんの部下か?


「その男、鈴の音によって律導壁に干渉できず、昏睡させることが出来なかったうえ、やたらに腕が立つもので」

「だから? 言い訳それだけ?」

「いや、だからというか……そもそも鐘の音の催眠も、半径千歩ほどまでに効果が及んでいるはず。つまり、魔導具による催眠に、完全に対策があったようなのです。まさにこれは誤算でした」

「無論だよ。そうに決まってるよね? イシエスの部下は、星霊術かけられないように、催眠ふせげる霊信石を改造した魔導具もってんだもん」

「えっ? 『だもん』じゃ――。それって……こう言っては何ですがつまり、私の過失じゃ無いのでは?」

「は?」

「いや。要するにですが。それって、チロル、あなたの責任じゃ……」

「う……?」

「私はそこまで事情を知らなかったわけですし、イシエス殿の部下のことなら、尚更あなたが教えてくれても良かった気が……。そもそも、その魔導具に関してもです。恐らくではありますが、他でもないあなたがその手で開発したものでは? 全部あなたが原因のような……。なんなら私、そのせいで死にかけました」

「え? そう?」

「だって、その律導壁を守る魔導具は、あなたが作り出したものでしょう?」

「どうだったかな〜? いやね。凝ってた時は、年間少なくとも百個くらいは魔導具、改造してたから。でもさ、そうやって人に責任転嫁するのゴミじゃない?」


 うわ……。

 凄いしらばっくれて乗り切ろうとしてるじゃん、チロルとか呼ばれてる女。

 今ひとつ状況はわからんが、『殺す』とまで言っといて、最後に罪のなすりつけはちょっと酷いかも……。


 やっと暗闇に目が慣れてきて、ぼんやりと二人の姿も輪郭ぐらいは判別出来るようになった。

 チロルという女はさっき見たが、リサルスと呼ばれてる男は、どうやら仮面のような物を被っていた。


「それに君、過ぎたことグチグチいいなさんな」

「いや、そうですね……。あなたがもういいならいいのですが……」

「本懐は遂げられなかったけど、こちらは議会に対してそれなりの仕事で示した。彼らが、約束を反故にするほど野蛮で無ければいいけど。しかし、私たちは未だ可能性を持っている。今ばかりは失敗は不問にしよう。革命は暴勇によって成るが、治世は寛容さによって生ずる。私は寛容で最高なのだ」

「それは……感謝いたします。言わずもがな、あなたは最高です。しかし、また鍵を奪取する計画を立てなければなりませんね」

「もういいって。とりあえず今日は」

「この魔人達はどうなされます?」


 やっとこちらに話が移ったな。 


「死んだほうは処理してしまうしかないな。この魔人ちゃん、性格的に制御難しすぎる。結果的に計画にいらんリスク生んだ」

「この生きている方の魔人は?」

「いや。別にどうでも……。任せる」


 なんか冷た……。

 僕には関心がそれほどないらしい。

 この二人、特に話の内容を隠すようなこともせず、僕を警戒もしていない。それ故に、ただならぬ不穏さも感じさせる。

 ならば、折角だから踏み込んでみて、むしろ聞くべきことは聞くべきかも知れないな。


「あなた達は何が目的なんだ?」

「そりゃシンプル。私、チロルが親切にも君のような部外者に教えてあげましょう。君、“星の命泉(イスロレイユ)”というものは知っているよね」

「いや、全く。素人なもんで、専門的なことは分からない」

「専門的でもないんだけどね。端的に言えば、それを調査してるのさ。近年の調査によって、いまデュレーターは過活動、過活性状態にあると観測されている。かつては魔人でさえも戦争に魔術使うなど、難しい話だったそうだよ。“星の命泉(イスロレイユ)”には本来、巨視的に見て流動的平衝……言うなれば見えざる神の手の制御があったが、ある時期にこれが急速に失われた。それは木の年輪や地層のデュレーター層からも観測できる。人々の営みは溢れ出すエーテルの飽和に侵され、それはこれからも加速してゆくはずだ。物理というのは、指数関数的に影響が加速してゆくこともあるからね。明日、ふとした瞬間に全生命が滅んでいる、なんてこともあるかも知れないんだよ」


 う〜む……。

 どういうことなんだ? 全然、シンプルじゃない。シンプルと言ってから、たぶん十個くらい文章が続いたし……。

 それにこの今の僕の状態で、耳で聞いただけだと全く頭に入ってこんな……。

 つまり簡単に言えば、魔術の影響が社会問題や環境問題を加熱させている、みたいなことかもな。


「それで、つまりその問題を解決するために魔族の戦争行為に加担しているってわけかい?」

「別に魔族だけではない。私たちは私たちの目的に適うよう必要に応じて都度、取捨選択しているだけ。社会に動きがある方が、活動に好ましいというのはあるけどもね。とにかく言えることは結局のところ、創造には既得権益や利権が障害になりうるという話に尽きるからね」

「それでこのマゼスを手引きしたとか、そういうことなのか? そうだとしたら、君等の大義のために民間人を大勢巻き込むことは問題だったと思うんだが……。君らの目的に適ったからといって、それが殺戮を助長させるとしたら、そこに違和感は感じないのか?」

「感じない。何故なら、権威におもねる凡庸さは、別になんの可能性を持ってないから」


 うーむ……。そりゃ酷いな。

 人権というものは、確立されてないのかな。

 しかし、確かにこの三日間、さんざ似たようなことを“敵”に訴えかけて、軽くあしらわれてる気もするな。


「もしかしたらあなた達の理念は大きな視点では正しいのかも知れない。でも、過激な手段を採る前に、人々を説得してみるべきだったのでは?」

「したからね。誤解しないでほしいんだけど、別に人殺しを好んでるわけじゃない。しかしあらゆる局面で、知性派の反論というのはとにかく見過ごされるものだ。君の言いたいこともわかるんだよ。でもさ、大局動かすなら、考える前に“暴力振るったる!”ぐらいの馬鹿にならなければいけない時、あるわけじゃん」

「そうなのかも知れない。でも、暴力を扱うにしても、虐殺はやり過ぎだった」

「何回も同じこと言うなよ〜。今回は必要だったの! とにかく、災厄は待ってくれるわけじゃないし。私達は明日だけ飯のためだけに、己の運命を決定づける家畜然としていることを是としない」

「それは理不尽に殺された人達もってことかい? 家畜呼ばわりはいくらなんでも酷い」

「家畜だって、いつも理不尽に殺されてはいるけど。ま、定義が正しいか否かという話をするつもりはない。そう自分を啓発してるというだけ。常に暴力するわけじゃないさ。しかし、必要不可欠な選択肢だ。少なくとも既存の国家は、主柱さえも腐れかけた館ばかりだ。だからこそ破壊。朽ちた廃屋を破壊せずして、そこに一から城を築くことなど出来まい」


 ガチめの思想犯という感じだな。

 国家への反逆ってやつか。

 ただし、目的を達成すれば、千年は名前が語られるであろう英雄となるタイプでもあるかも知れない。


「チロル。もうそろそろ退去しましょう。征西軍イネリアムや聖教騎士団に嗅ぎつけられると、流石に厄介です」

「別に鈴の魔導具、使えばいい」

「壊されたのです。こう見えて、頑張って戦いはしたものですから」

「やれやれだね。こっから山登りせんといけないっつうのに、なんの成果も得られませんでしたとなると」

「面目ございません」

「許すと言ったんだから、もう謝るな。ウザったい。切り替えて、次の作戦を考えましょう。人生は夢幻の泡沫。止まってる暇はないのだ」


 いまさらだが、このチロルとかいう女、半分くらい言ってること分からんな……。





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