一章二十九項 アルノ
エーテルを爆破?! 道連れ?
どういうことだ……!
しかし、マナもエーテルも要は魔術の源となるエネルギーって感じだったはずだ。今更あえて言及する意味があるのか?
爆破を使えば、共倒れみたいな口ぶりだったが……。
つまり、マゼスのなかではさっきまでの魔術と違う条件下にあるってことだ。
さっきエトルを爆破しなかったということは、普通には使えなくなっているというのは確かだ。
……もしかして、コントロールが効かない?
体外に存在するエーテルを使用した場合、爆風の威力を制御できないのか?
だとしたら、つまり――
『自爆する気か……!』
『き、貴様を完全に消せば議会は少なからず評価するはず……。もう二度と我が家名が泥に塗れることはない』
評価……。それは妄執でしかない。
こんな作戦を与えられて、今さら評価されるはずがない。
僕の言葉を否定してこない点からみて、捨て身の攻撃を覚悟しているという見立ては正しそうだ。
『そんなことが何になる。そもそも、こんな無茶な仕事、君は初めから使い捨ての駒にされただけだ』
『知ったような口を――! 誰のせいだ! 自分は棚上げか!』
『棚上げさ。無謀な計画を強要する議会とやらと同じ場所に留まれば、少なからず関わる者に泥を塗るらしいからな』
『ならば望み通り人間として死ね』
命を軽んじ虐殺さえも躊躇しない男が、歪んだ社会構造を否定することは、全く考慮しないのは悲しいな。
マゼス自身にとってみれば、本当は使い捨ての駒でもいいのかも知れない。
述べた動機は、たぶんそれらしい理由に取り繕っただけという感じもする。
本音は、“プライドが許さない”なのだ。
矜持は魂よりも重い。自尊心は命に勝る。
マゼスは最後まで己のプライドを満たすことを選択した。
ただ、僕達にただ勝つというメリットだけでみれば、確かに決定的に優位だ。
『消えろ! 全員!』
結晶の侵食はもう上半身に達している。
腕すらも満足に動かせない。
まさか、自爆するという手段が残されているとはな。
でも、確かにマゼスにはうってつけの汚れ仕事だったわけだ。爆破以外、他の魔術なら、敗北した際に魔人の死体が残る懸念も大きい。
エトル自身にも結晶化が止められないとすれば、妥協する手段は僕らにも残されていない。
……決められない。
コイツを勝たせるか、この場の全員が吹き飛ぶか。大差ないように思える最悪の二択だ。
別にマゼスが生き残ったっていい。しかし、そうなった場合もエトルが……イシエスさんやヘルフェが生存する保証がない。
近くにいるエトルが顔を上げて、目が合った。まだ生命はあるようだが、頸部を負傷したらしい。手で抑えた首から、血が溢れていた。
ごめん。無力だった、僕は。
それでも最後に、賭けてみよう。
最後に全力の踏ん張りに賭けてみるしかない。
マゼスが自爆する隙さえあたえず、薬品を奪う。本当にこれは賭けだ。
なりふり構ってられない。
意味もなく、ただ大きく叫んでいた。
もう痛みは感じない。
今出せる、全身全霊だ。
マゼスが抗う。
くそ! 腕が攣りそうだ!
もういい加減にしてくれよ!
互いの力が反発しあって、腕が大きく上にそれた。
薬物の容器を、高らかに掲げる。
だ、だめか――……!
結晶は鎖骨ほどまで上がってきている。爆破はもうマゼスのタイミング次第だ。
薬品を奪って僕が回復するという選択肢が、あるべきだった。口が回るうちに、もっとみんなに退避を促すべきだった。
逃げてくれ……!
今すぐここから!
マゼスの顔は、凄惨だった。
自ら死ぬということが、これほど怖いこととは知らなかったのかも知れない。
覚悟を決めたらしく、目を瞑る。
「待たせた」
声がした。
一閃。
マゼスの手首から上が、消えた。
刹那、砲声が唸る。
『――あっ!!』
マゼスが、驚愕の声を上げる。
あの青銅の銃砲で、撃ち抜かれた。
『ぐああ!! なぜ、まだ……!?』
何故まだ……? そうか!
イシエスさんのさっき言った“最後の一発”とは嘘か。でなければ、魔人の言語で言った理由がない。
イシエスさんは、マゼスに“もう手出しができない”と思い込ませるためにあえて嘘をついたのだ。
吹き飛んだ手首の断面から血が吹き出す。
たちどころに、血液は結晶となって、大輪の花のように咲く。
マゼスは叫んだ。
夥しい出血で自ら血を浴び、結晶化が進行した。
爆発的に、結晶の侵食を促す。
一瞬で析出した結晶は場違いなほど、美しい。
雲の切れ目から差し込む光を受けて、風に吹かれて、キラキラと眩い光を放った。
マゼスの顔が大きく歪んだ。
悲壮感に満ちていた。
最後を悟ったのかもしれない。その変化は眼の前にいて、人種が同じである僕にしか分からないだろう。
言葉が出ない。
お前は間違った。お前は地獄に落ちるべきだ。咄嗟に浮かぶ言葉は、罪を責めるものばかり。
結局は本当の兄弟とは言えないからな……。マゼスは間違いなくこのまま死ぬだろう。
コイツのことを何も知らない僕が、コイツの信じる社会や誇りを一方的に否定した。
それは、結局、憎しみを返すことでもある。
最後の一瞬、自爆を躊躇ったこの男は、結局、必死に自分を守っていただけなのかも知れない。
最後には、誰かがそのトゲだらけのプライドを受容せねばいけないんだな。
『僕らは同じクソ野郎だ。でも、君は遥かに僕を凌駕し、圧倒的だった。紛れもない強者だった。君の隣に居てやれなかったことを悪く思う』
マゼスはほとんど動かず、鈍い反応のまま、僅かに表情を動かした。
『……貴様は……一体、誰だ』
そう言って、ぷつりと電源が落ちるかのように、動きが停止した。
今まさに、この男の死の瞬間が、生々しいまでにハッキリと感じられた。




