一章二十六項 アルノ
咄嗟に身を逸らす。
青銅の筒が砲声を放った。
僕のすぐ横を高速の飛翔体が掠る。直後、鈍い音が後ろで聞こえた。
振り向くと、マゼスの胸部……左手側の小胸筋に、小さい矢のようなものが突き刺さっている。
僕の身体で隠れて、被弾する寸前まで状況も分からなかったのだろう。避けることも防御することも出来なかったらしい。
肩と胸の接合部である小胸筋を負傷すれば、恐らく唯一の攻撃の予備動作とも言える腕を振ることも難しくなる。
チャンスだ……!
イシエスさんがつくってくれたこの好機! 今こそ接近する時!
落ちていた木の板を咄嗟に拾い上げる。
四歩の距離!
なんとか一撃だけ耐えれば、間違いなくコンタクトできる。
『舐めるな! そんな板切れで防げるか』
攻撃が、来る!
木の板は木っ端微塵に吹き飛ばされる。
『止まらない!?』
「うああぁ!」
掴める!
この距離なら、手が届く!
マゼスに、完全に組み付いた。
柔道で腕を取るように、動きを封じる。
「はあ……はあ。知らないみたいだな。爆破は密度のある遮蔽物を貫通しない! 特に弱体化したらしい今の君の魔術では!」
『離せ!』
密着しているなら、爆破は使えないはずだ。
しかし、なにやらおかしい!
さっき攻撃を防御した左手に力が入らない。
いとも容易く、腕を振り解かれた。
内臓に大きな衝撃を感じた。
空がぐるんと翻る。
――くそ! あの至近距離でもやられた!
「うぐっ! ゲホッ!」
内臓をやられた……! ヤバい、息が……。
意識を保たねば。
肺を傷つけられたのか、口と鼻に血が溢れ出てくる。
息を吸うだけで、刺すような痛みが脇腹に響く。
マゼスはまだ立っていた。
なぜだ。どうしてだ? ほぼ密着しても、攻撃された。
こいつ、もしや爆風の方向を完全にコントロール出来るのか……。そうだとしたら、まあまあ予想外だ。
つまり、普通に考えれば爆破という魔術で自分を巻き込みかねない接近戦でさえも、問題なし。接近するしかない僕には、手出しが出来ない。
しかし、まいったな。
弱体化してても、手も足も出ないって感じだ。冷静にもなってみれば、当たり前ではあったかも。
その道の生え抜きにして、しかも生まれながらのエリートの戦士だ。ズブの素人が、プロ中のプロに勝てるわけないわな……。
兵は詭道なりなんて言うが、実力があること前提ということだな。作戦だけでなんとかするには限界がある。
なんで選ばれてしまったのが僕だったんだろう。魔法使いでも、軍人とか……あるいは格闘家とか、僕よりよほど上手くやれただろう。
『どうした? 見窄らしい。一体なんの狙いなのだ? 何故、魔術を使わない』
コイツ、意外と察しが悪いな。
僕の中身が別人であること……正直に言ったら、許してくれるだろうか。
いや、流石に甘すぎるな。
とにかく、僕の存在は公式的に抹消が決定されているということだから。
それにこの男の誇りが、同じ種族の魔人の死体の再利用なんて許すはずもなさそうではある。
『貴様……まさか貴様、魔術を使えないのか?』
『……そうだ』
『ば、馬鹿か!! なぜ!?』
意外にもマゼスは強く憤った。
鼻で嗤って、ただ僕を嘲るものかと思ったが。
『何のために……こんな所まで』
そりゃこっちが言いたい台詞だけどな……。
でも、僕が“魔族を裏切ったから抹殺する”という表向きの理由以外の動機も、何となく分かっている。
心の底では兄貴を妬み、羨んでいたんだよな、たぶん。兄を殺し、自分自身を認めたかったという動機も大きいのだろう。
『……もはや、ただ不佞の塵芥。ゴミクズだな。殺す値打ちすらなくなったか』
『人を輝かせることができない魔術なら、僕には必要無いからな』
『だから、貴様はいつまでも鈍臭い!』
マゼスは構えた。
来るか!?




