一章十九項 アルノ
「来ました! おまたせしました!」
エトルが派手にドアをぶち開けて、登場した。
手には中華鍋のような銅の大鍋を持っていて、その中に多量の肉が山積みになっている。三キログラムくらいはありそうだ。
ガチのボディビルダーでもこれだけで三日から四日分くらいは賄えそうだな。
頼みはしたから有り難いんだけど、それはいくらなんでも多すぎじゃ……。
「あれ? ネオンはどこかへ行ってしまったんですか?」
「うん。まあ……てっきりエトルのところへ行ったのかとも思ったけど」
「そうですか! たぶん家に帰ったのかも。夜も更けてきましたし」
エトルは特に気にした様子も無かった。
「いやあ凄い時間かかっちゃって……。私、要領が良くないものですから」
「いや。こんなことまでしてくれるのは本当にありがたいよ。何かお礼出来ればいいんだけど」
いろいろと不安な気持ちもあるが、とにかく、一旦は切り替えてまずここは気持ちよく礼を言っておくべきだよな。
ここまで親切でやってくれて、今僕が謝るのは違うだろう。エトルがこの為にどういう過程を経て来たかは、知らない体のほうがお互いのためにもいいかもしれない。
「お腹すいたでしょう。どうぞ。召し上がれ!」
エトルは陶器の火鉢の上に、どんと鍋を置いた。
ワイルドなとこあるなぁ、この娘。
肉は山積みになった鶏肉のようだった。
恐らくはここは僕の生前から全く知らぬ社会で、常識なんて共有してないようでもあるけど、鶏肉はあるんだよな。
この魔法世界でも鶏さんは食肉用の家禽だと思うと、ちょっと不憫に思えてしまうな……。
食糧難の時期にこれだけの量だから、あの嫌味なネオンにしては随分と気前が良い。まあ、エトルへの正式な対価という訳だろう。
僕が言い出したことだ。有り難く頂くしかない。
「いただきます」
「え? なんです?」
「ん?」
「今、こうやって……」
エトルは両手を胸の前で合わせて見せた。僕がそうしていたらしい。目が合っていたので、意味が分からないながらも応えなければいけないと思ったのかも。
しかし自分でやった事なのだが、確かに今のはなんだろう?
僕の記憶は虫食いのようにところどころ不鮮明ではあるが、意外と残っている。
どうやらつまり、僕の前の習慣が無意識に出たってことだな。
考えても分からない。
習慣や直感的なことは、具体的には思い出しにくいみたいだ。当たり前のことは改めて意識することが難しい。しかしある程度は、僕の中に残ってるという所だろう。
僕の以前の記憶はまるで歴史書のように、特筆すべきことだけが克明に記憶されているらしい。
「厳密なところは分からないけど、恐らくは感謝……。有り難い気持ちを表すための言葉だな……」
「ああ! なるほどですね。イスラへのお祈りですか! もしかして、結構記憶が戻りつつあるんですか?」
「う〜む……どうやらそのようだ。まだかなり断片的だけどね。でも、イスラって存在には全くピンと来るものがない。どちらかというと、糧となる生命や人の労力に対する言葉とかかな。そんな気がします僕」
エトルはキョトンとして、薄い青みがかった灰色の眼でこちらを見つめてきた。
なるほど、そういう文化ではないか。
僕の前の人生は、この文化圏と大分異なる宗教観であったらしいな。
「一生の内に、どれほどの命を消費するのだろうと考えるとね。この世が弱肉強食だからだとか、いくら言い繕ってもやっぱり残酷ではある。だから、せめて感謝したい。鶏さんにね。あと苦労してくれたエトルや、鶏を育てた人、餌になった穀物類。そういうもの全てに感謝するもんだったと思う」
「お……おお! ちょっと斬新ですがなんか……凄い良いと思います!」
意外と納得してくれるもんだな。
まあ、なんとなくエトルがイスラとやらの敬虔な信徒であるようにも思えないんだけど。
「昔から、確かにイスラってのは気に食わんヤツだと思ってたんですよね! 私も今度から鶏さんに祈ります」
微妙にニュアンスが伝わってない気もするが、まあ良いか……。
エトルがアンチ神だったとは、ちょっと意外だ。しかも十秒くらいで改宗出来ちゃうんだな……。
もも肉であろう骨付き肉を手に取った。
最初の晩餐。
初のちゃんとした食事が、今までさんざ食ったような気がする鶏肉なんだもんな。ま、自分で指定したのだけども。
食べ慣れた感じもあるから、抵抗感とかもない。
「う――ッ!」
これは!!
うま――……くない……。美味しくない。
咀嚼した瞬間、強烈な塩辛さが舌を刺す。ミント、柑橘、あるいはシナモンのような豊かな風味だが少しばかり薬品っぽさを感じさせる香辛料の匂い。そしてそれらを以ってしてもほぼ消せない強めの腐敗臭。
痺れるようなじんわりとした苦さが後味に残った。
「どうですか? アルノさん」
「うん。お……、美味しい!」
僕の感想が本心で無いことは一目瞭然らしい。エトルは怪訝な顔をした。眉間にシワを作って、切れ端のような肉片をつまんで、口にいれた。
「こ、これは美味しくないですね……」
「い、いや! 少しだけ癖はあるかもな。大丈夫だけどね」
「気を使わなくていいです。本当に申し訳ないです」
「いや。申し訳ないことはないよ。なんでエトルが謝るの?」
「だって……調理したのは私なんですよ。お出しする前にちゃんと確かめてみるべきでした。少し傷んでいるとは思ってたので……塩抜きしたあとに、臭みを抜くために茹でこぼししてみたんですが……こんな……」
エトルは途中で黙った。言い訳がましいと思ったのかもしれない。
彼女の苦労を考えると、それぐらい言いたくもなるだろう。
彼女が奔走して半日ぐらいでしかない。この寒さの中、僅かな時間でここまで傷むとも思えないし、つまりそもそもそういう管理はネオンの責任だということだ。
「気にしなくていいよ。まあ、しょうがない。あの男が金持ちだからって、こんな鶏肉が余っているなんて妙だったとは思うけどね」
「ネオンが譲ってくれたこと、知ってたんですね……」
あ……。つい恨み言が出たな。
嫌味を言われたこと……気にしないとは思っていても、あの男への苛立ちはまだリセット出来てなかったらしい。
「たぶん保存調理に失敗しちゃっただけだと思います」
「そうだと思いたいけど……理屈的には、鶏なら室内で飼うこともできるし、餌も大食いするわけじゃない。いっぺんに大量に精肉にする理由は無いのでは?」
「ポブフという鳥は、最大七年くらいは卵を産みますが、生育環境によっては、生まれて二年ぐらいで排卵が少なくなるんです。それに冬には日照時間が短くなるので、卵を産み落とさなくなります。大抵は一度に大量に飼育するので……だから、二歳を超える雌鳥は番となる雄鶏と一緒に秋の終わりぐらいに食肉にしてしまうんです。毛を毟ったりするのにも手間がかかるので、大人数でやったりする場合もあります。一応、理由としてはそんな感じです」
いま僕、ちょっと嫌なやつだったな。
ちょっとした好奇心からの質問という面は大きいが、ネオンを責める気持ちがゼロだとは言い切れない。
あんな事聞かされたんじゃ、味とか関係なく美味しく食えんというのはある。
しかし、こういう誤解を生みそうな態度は気を付けんといかんな。
すでに印象は最悪だろうけど。
「アルノさんの体調もありますし、お腹を壊しちゃうと不味いですから、やめときましょうか。生き返った記念のお食事ですし! なにか、身体に優しいものを見繕ってみます!」
「いや! 待ってくれ! 確かに非の打ち所がないという味ではないけど、全然問題なく食べられる」
そうだ!
全く食えないということはないんだから。
いっそのこと醤油で煮ちまえばましになると思うが、そんな贅沢言ってられん!
鶏肉を鷲掴みにして、口に運ぶ。
脂身と皮が特に臭みが強烈で、食感も悪く、意識するとえずいてしまいそうだった。
この程度で負けられん!
今まで何度となく鶏さんをこの血肉としてきたはずだ! 命を戴く以上、可能な限りは食するのが人としての道義だ!
「だ、大丈夫ですか!? そんなに……」
「ぼっ、うぼっ……!」
くっ……!
これは、やはり味が強すぎだな……。
腐敗の苦みのような後味と臭みはしょうがないとしても、塩気の強さ的に健康に良くなさそうだ。
茹でこぼしの結果、旨味もなくなっているっぽいし、癖のある薬味もノイズでしかない。
そもそも、お金持ちが食べるものだとしても、何らかの付け合わせと一緒に食べるモノだろう。
「み、水がほしい」
「それなら確かここに!」
部屋の端っこにエトルは小走りで向かって、ツボから椀に水を掬ってきた。
エトルに渡された水を飲むと、喉と気管に熱が一気に満ちた。
こ、これは……!
「くっ! かあぁぁ! 酒だよこれ!」
ほぼ消毒液! 灼熱感で胃に落ちるまでの感覚が確かにわかる。
一気に体が熱を帯びた。
「ああ!! ごめんなさい! すみません」
この娘、いわゆるドジっ子ってヤツなのか?
確認しなかった僕も悪いし、些細なミスだから怒るとかはないけど。
というか、なんであんなに酒が用意されているか謎だ。
「蒸留酒でした! ごめんなさい」
「いや!」
……待てよ?
これはこれで、ありかもしれん。
過剰な塩気と癖のある臭み、それらを一気に洗い流すような強い酒、これはむしろこの状況で逆に最高の贅沢になるかもしれん。
「この組み合わせ、これならありだ! 美味しいかも」
冷えた身体が、急速に熱を帯びる。
しかも、酒は食事と摂ることで太りやすくなる。
酒は肝臓がアルコールの代謝を優先させて血液を正常に戻そうとするため、消費されなくなった食事のカロリーが、脂肪として蓄えられやすくなるとのことらしい。
酒はコルチゾールというホルモンを分泌して筋分解を促すから、筋肉をつけるという点では不利益らしいが、影響は小さなものだし、そもそも今の僕の肉体の現状なら全く影響はなさそうだ。
コルチゾールの分泌という意味では、ストレスのほうがよっぽど問題だろう。
「いや、これは面白い……。癖の強いモノ同士が相互に癖を強めていながら、弱点も残しながら、しかし後腐れのない強烈な爽やかさにも感じさせる。まるでパルプ・フィクションのようだ。面白い」
エトルは明らかに「?」というような表情で答えてきた。
「嘘じゃないよ。エトルも一杯試してみないかい?」
「い、いえ……私のために用意されたものじゃないので」
「良いじゃないか。堅苦しいことを言いなさんな。この際だ、楽しくやろうじゃないか。僕も君のようなたおやかな女性と飲めると嬉しいのだよ」
ちょっと誘い方ミスったかな。
ミスったというか、ある意味正式と言えるほどにオッサン風の誘い方だ。
「でも、その感じ……ちょっと無理してませんか? 身体の調子も良くは無さそうですし……」
「無理してない。むしろ、とりあえずこれで良かったさ。君が無事で良かった」
「私ですか?」
「そうだよ。僕が孤立したあのタイミングで襲撃されたというのは、つまり事前に敵側に魔人復活のことを知られてたってことかも知れんしな。だから、僕のようにエトルやへルフェに危害が加えられないか心配していたんだ」
「だからって、あなたがボロボロになるこの結果が良かったとは言えないですが……。確かにまだ不安ではあります。へルフェ……大丈夫なんでしょうか」
「分からない。でも多少の危機があったとしても、彼女の才能的に僕よりはよっぽど上手くやれるだろう。そう信じるしかないな、今は」
「そう……ですね」
一度、静寂が訪れた。
エトルは結局へルフェを見つけだすことは出来なかったらしい。
憂いを湛えた顔も、絵になる娘だな。
うっかり、ネオンとエトルがどういう関係なのか想像してしまう。僕には全く関係無いのだが、好奇心には抗えない。
彼女のことを考えるなら、やはり素直にネオンのところへ送り出してあげるのが、正解なのかもな。
「あの後、私が去った後、一体なにがあったのか聞いてもいいですか?」
「いいや。説明も難しいし……人の命運に関わることを、中途半端な僕が言って良いのか分からない。今は陰気くさくなりそうな話はやめとこう」
エトルが攻撃の対象にならないのなら、知らないままのほうが良いかもしれんしな。
あのネオンにも言われたことだし、世話をしてもらうのも程々にして、このことについて深入りさせないまま、出来るなら関係を切ってしまう方がいいとも思う。
イシエスさんがエトルをどう扱うかはわからないが、少なくともここよりはネオンと居たほうが安全だろう。彼は指折りの貴族だと言うことだから。
結局、ネオン自身の真意はよく分からないし、やっぱりどう考えても僕と居るのが安全とは思えないよな。
「むしろ説明を聞きたいのはこっちさ。エトルは何故ここまで良くしてくれるの?」
「ええ。具体的に目的とかはありませんが、一応二つ理由があります。一つはカリア様に助けてくれって言われた事です」
カリア様って、イシエスさんのことだっけ。
「助けを求めるのは、結構難しいことですから。責任感が強い人ほど、助けてほしいとは言えなくなると思うんです。だから、助けを求められたら、少なくとも一度は助けなければいけないと思って。自分の力が役立てることなんて、実際そうないですから」
「その心意気は見習いたい。なかなか素晴らしいと思うよ。君のお母さんもそうだったのかい?」
「え? なんで分かったんです? そ、そうなんです! お母さんが、いつもそう教えてくれたんです……」
「そっか。素敵なお母さんなんだな」
「アルノさんのお母さんは、どうだったんです?」
「そりゃもう、全然ひ――……」
言葉が詰まった。
やめておこう。記憶も確かじゃないし、嫌な事を口にすべきでも無い。
「いや……、あんまり思い出せないな」
「なんか、うっかり無神経なこと聞いちゃいました。ごめんなさい」
僕の境遇を考えれば、親を恋しく思うみたいなのを想像するかもな。
その点については幸いだ。息子が化け物になったって、母親は気にしやしないだろう。
「そんなことないさ。それより、さっきの話だけどさ。もう一つの動機はなんなのさ?」
「理由の話ですか? アルノさんが一人ぼっちで、きっと寂しいだろうと思ったんです」
眩しい……!
何故か恐ろしさすら感じさせる、剥き出しの純真。あまりにも光属性!
今も昔も、闇の眷属である僕には、光が強すぎる。
欲望のお化け属性のネオンが、ぞっこんラブになるわけだな。
「い、いやまあ、それに関しては大丈夫さ。僕、一人ぼっちの時に頭が冴えて考えがまとまるタイプだし。大人数の中とかだと、特に疲れるような人間性だから」
「それなら良いんですが……。でも、もし……もしの話ですけど。さっきのイシエスさんを助ける話とは矛盾するんですけど……。アルノさんがここから出たいと思ったなら、正直に言ってください。私が協力します! 絶対に逃げ出させてあげます!」
え? 逃げる!?
なんといきなり、急な話でそりゃあ驚きだ。
エトルは時々、大胆な面があるようだ。
「ど、どうしてまた」
「だって、本当にあなたがここを嫌になった時、私がお手伝いする以外に無いじゃないですか」
「い、いやあ。まあ、そうか……。つってもまあ、そこまで逼迫していないし、安心してくれ。それにさ。僕のような人間を逃がせば、君も後々大変だろうし」
「覚悟の上です」
「……ありがとう。でも君を巻き込むようなことは僕が嬉しくないんだ」
「私は大丈夫ですから! 出来るだけ早いほうが良いと思いますし! 帰りたい場所は無いんですか?」
ネオンに何か吹き込まれたかな?
何か思い詰めてると思ったが。何か僕について知っているのかもしれんな。
「帰りたい場所ね。それが、無いんだよな。全く。それに、そういうのは、少し加減したほうがいいかも」
「え? 加減……?」
「善意は時たま、望まない決断を迫ることになる。必ずしも見返りを求めてるわけじゃないのは分かってる。でも、それが良い結果がついてくるばかりでもない。エトルのことはまだまだ知らんことも多いけど、百回良いことをしても、九十九回は見向きもされないって感じだったりするんじゃない? 結局、つまらんヤツに都合良く扱われてしまうとか……」
「……それは」
この娘、特別なほど優しいが、しかしそれに反比例するかのように自尊心は低そうだ。
だから優しさの安売りで空回り。
善行って、脅迫的になっちゃう時があるよな。
しかも、施す者の周りには、施される者ではなく、いつの間にか奪う者が集ってくる。
信頼関係の重要性は、綺麗事ではなく、人同士の行いの核となるもんではあると思う。 信頼のない奉仕の行き着く先は、例外を見つけるのが難しいほど、ただの搾取になっている。
エトルは目を合わせると、気恥ずかしそうに俯く。
白銀の髪。眩いまつ毛。雪原と青空を宿すような光芒。白磁を形どったような、白く滑らかな肌。
下世話な話……この顔立ちの女性なら自己肯定感の塊になりそうなもんだが。
僕の想像の及ばない複雑な過去を持っているのかもな。
「なんか君なりの想いがあって、親切にしてくれているんだと思う。でも、焦る必要はない」
「そうなんです。わかってはいるんです。でも、他にどうしたらいいのか分からないんです……」
「他にどうしたら?」
「あの女の子……ロネリアさんが危なかった時みたいに、いつも何も出来ずにあたふたして――……それでいつも寝る時になると、思い出しちゃって自分が情けなくなるんです」
「まあ、それは知識や訓練がないとしょうがないかもな……。本当に混乱した時、人間はまったく動けなくなる時もあるもんさ」
「それでも……何とかしたいんですよね。私っていつも期待を裏切ってばかりですから」
人の期待なんて、まったく気にする必要はないのだが、そういう“生き様”だからしょうが無いんだよな。
尊厳を踏みつけられて、失敗して、コケにされて、来る日も来る日も悩みながら、どこかでは分かってる。このままじゃ自分の憂鬱は変わらないと知っておきながら、どうしても“いい人”はやめられない。
好きでやってるわけじゃない。そう魂が型どられてしまったのだ。
「大丈夫だ。それに、君は証明しなくたって素晴らしい人さ。見過ごさないことは苦しいことだけど、それでも自発的に人に尽くそうという気持ちが、素晴らしくないはずがないもの。慎ましいことは決して恥じるべきじゃない。泥中の蓮というやつだ」
「……デイチュウ?」
エトルは至って真剣なのかも知れないが、なんとも言えない上目遣いに思わず吹き出しそうになってしまった。
「……そうだよ。ただ、ロネリアみたいに緊急性がある時以外は、まずはゆっくり相手の呼吸を読んでからでいいし。たまたま何か持っている時、必要とする人がいれば施すだけでいいと思うし。誰かのために選んだ道じゃなく、一歩一歩、自分が一番求めている事を自分によく聞いて、確かに歩んで行けば良い。君の申し出自体は有り難いモノだから、ただ、ここで礼を言わせてくれ」
酒飲んで説教なんて、我ながらやっている事は褒められたものじゃないとは思う。
「え、ええ。……あなたがそれが良いなら」
「それじゃ、やっぱこれ! まずは一杯、僕の盃を受けいれておくれよ。古来から、酒を酌み交わすのが信用の契なのだ」
「お酒……ですか。私、ダメなんです」
「お酒は苦手でしたか。ま、それなら仕方ないか」
たぶん、まだ僕は信用されてるわけじゃ無いんだよな。この娘は、信用していない僕を逃そうとしたってわけだ。
それは、なんだかちょっと危ういな。
ネオンも、その危うさを知っていて利用していたに違いない。
「いや、苦手とか……そういうわけじゃないんですけど」
「まあ、ちょっと舐めるくらいで良いのさ」
「わかりました。……ちょっとだけなら」
「え?」
エトルは僕の手から盃を強奪して、意を決したかのように一気飲みした。
いや、僕の飲んでたヤツを飲めって言ったわけじゃ無かったんだけど……。
どうやら、今後この世界の文脈というのを学ばないといけないようだ……。




