一章十八項 アルノ
僕はイシエスさんにフクロウ達の行為を、覚えている限り詳細に説明した。
「ソイエンとレーマか。しかし……そのような状況でよくそれだけ情報を得たな」
「僕がそう感じただけのことですが……彼女達がむしろ自分のことを知って欲しがっていたんだと思います。その道が幸福になんて繋がっていないことを、心のどこかでは自覚してたはず。それでもやるしかなかった。自分というものが社会の人々にとって、道端の石ころのような存在でしかないなんてのは、誰しも受け入れられませんから」
ただ生き残るという目的だけなら、悪事に加担することだけが選択肢では無かったはずだ。
ただ、最後に帰るべき場所すらなく、野良犬のように生活する勇気がある人間がどれほどいるだろう。
ソイエンとレーマの決断が分かれたのも、レーマにはまだ退路というべき場所が残されていたからなのかもな。
ソイエンが自分の価値を認めて欲しかったという動機なのは、偽りなき本音だっただろう。
承認欲求は渇きのように、誰にでもあって、生きる上で完全に切り離す事はできない。石ころのように、雑草のように扱われるくらいなら、悪人にだってなれる人も当然いると僕は思う。
それが許せるという話ではないけど。ソイエンに偉そうなこと言った僕だって、そういう気持ちを克服できた聖人じゃない。
「あの二人は本来ならたぶん学生とか……そのくらいの年齢です。あのような暗躍とかに向くタイプじゃ無かった」
「そうだな。その見方には概ね同意する。しかし生き残ったのは、貴公の機転によるところも大きいだろう。その二人の仕業かは分からないが、最近、密室で不審死する要人や政治犯が出ているという噂はあった。まあ、宮廷の外だったら熟練者が相手だったろうから、そこは運も良かったが」
イシエスさんの顔に特に驚きのようなものは無かった。僕としては、未成年の女の子が暗殺だなんて驚嘆がありまくりではあるけど……。
悲しいことだが、若者を汚れ仕事で使い捨てにすること自体には違和感がないのかも。
そんなことがあってもおかしくもない情勢ってことだろう。
「こういうことは想定していたんですか?」
「ぼんやりとはな。情報を集めるだけの手勢は持っていないし、向けられる害意を未然に防ぐことは難しい。想定は出来ていないが、ただし起こりうるという印象もある」
つまり現状、なされるがままというわけか。
「無責任に思えるかもしれんが、それだけ今は微妙な時だ。派閥争いに敗れた下級貴族などは、戦場へ懲罰左遷させられる。私は特定の相手には敵対してはいないが、勢力の拮抗を保てるだけの存在を失った。だから攻撃への抑止力というものは無い。苦しいが、今やれるだけのことを準備している段階だ。まさか、貴公がいきなり狙われるとは想定外だったが」
なんとも息苦しい場所に生まれ変わってしまったもんだな。
こういう場合、僕が死んでもまた別の人格を使って蘇生するつもりだったのかな……。
しかし、なんで魔族と戦争してるって時なのに、そんな人間同士がいがみ合ってるのかは分からんな……。とは言っても、偉い人が身勝手で自己中心的だと、我が身可愛さの気持ちがみんなに連鎖して、誰も彼もが身構えるしか無くなる。そういうもんではあるよな。
僕もまず身を守るために備えるしかない。とは言っても、今ですらもうボロボロすぎて五体満足まで回復出来るかも分からない状態だ。
「現状、ケイオンの都市機能はおよそ十二の管轄によって分担され、その支配者層である貴族はざっくり大分すると八つほどの派閥になっている」
「争いが生まれる予感しかしないぐらい、派閥が多いですね」
「それはもう、いがみ合ってきた数百年の歴史が裏付けだな。貴族はそれぞれの所領があるので、地元が破滅しない限り権力を失うこともない。まあ、皮肉にも夷狄との戦争でやっとその派閥も整理されるかもしれんという局面でもあるが……。ちなみにここは四代前の宮廷魔術師が創立したトルス宮で、私もここに在籍させてもらっている。マナ化論と魔導具を研究開発する所なのだが……、それらが比較的新しい研究分野であるため、一部の保守的な魔術師にはまあまあ疎まれている」
なるほど、魔術師は政治、軍務、学問を担うという感じなのかな……?
少なくとも、僕のもといた場所では魔術という概念はオカルトというものでしか無かったと思う。それが社会の基幹となるなんて、想像も及ばないことだ。
「あの女の子二人は、つまりその保守的な派閥から送り込まれて来たってことですか?」
「必ずしもそうとも言い切れないが……。その二人について本気で特定しようと思えば、そう難しくはないだろう。おおよそ、誰の手先か目星はつく。こちらが報復するかは別としてな」
そこで、不意に扉が開いた。
冷たい風とともに入ってきたのは、エトルでもネオンでも無かった。
武人のような……というか任侠のような凄みのある男だ。
まだ若そうではあるが、いぶし銀の渋さを感じる。強いくせ毛の黒髪、背が高いが痩躯。面長で頬骨が高く色黒で、野性味と凛とした雰囲気を兼ね備えている。
それと、何故か長い棒を携えていた。
この社会、極道みたいな魔法使いもいるんだな……。
「失礼。捜索の報告だが……ある程度は探したが、どうやら見つかりそうにない。この広い宮廷では当たりをつけないと限界がありそうだ」
「ああ。それもそうだ。仕方ない。全部の部屋に押し入るわけにはいかないからな」
「一部の経路は、従者や使用人と確認した。誰かと共に庭園を歩いた痕跡が途中まで残っていた。そこからの足取りは掴めない。あなたは宮廷内で囚われていると考えているのか?」
「いや、分からないな。自発的な失踪というのも否定出来ない。大人しそうに見えて、果断で頭のいいお方だけにな。しかし目撃されてないとなると、何処かの部屋に動かずにおられると考えるのが比較的自然ではある」
「イエルやキサラに探して貰うべきか?」
「そうしてもらおう。とにかく力を尽くすべきではあるからな。やり方は任せる。他の仕事は後回しにしていい。とにかく、見つけることに注力してくれ」
そう言ってから、イシエスさんは腕を組んだ。
「人探しですか」
「そうだ。本来は、私はそういう立場ではないが。事情があってな……後回しにも出来ない事だから」
「お姫様でも探しているんですか?」
僕が興味本位で聞くと、二人は僕に振り向いた。イシエスさんが、口を開いた。
「なぜそう思うのだ?」
「いや! ただ聞いた印象からの予想でしかないというか……。なんとなくですね」
僕が言うと、渋みのある男は怪訝な顔で僕を見つめてきた。
こういう世界で失踪するといえば、お姫様と相場が決まっているんだ! とは言えんものな。
答えられずにいると、イシエスさんが苦笑した。
「この件ばかりはみだりに話すようなことでもないが、まあいい。もう答えているようなものだしな」
ちょっと興味本位で詮索しすぎたかもな。
「そう予測した理由を聞かせてくれ。貴公の考え方にヒントがあるかもしれない」
「……会話を聞く限り、つまりその人は宮廷のどこに居ても不自然じゃなくて、逆に街にいるというのは考えにくい人って条件になりますよね? この失踪が誘拐事件だとして、誘拐事件の被害者は未成年である場合が多数らしいですから。そこらへんを考慮すると、高位な身分、女性、おそらくは十二歳くらいの子供とかって感じですかね?」
という、一応それっぽい理由も考慮しているが……。
おとぎ話と違い、高貴な人が単独行動することは現実ではほぼ出来ないのは確かなはず。
しかも、生活習慣や服飾が違う事で生まれる容姿の差が凄すぎて、一般社会ではとにかく目立つ。街を出歩けば、必然的に目撃者は出る。
この人たちには、そういう文化の裏付けがあるから、探している人が“町中に隠れた”という発想が最初から除外されている。
高貴な生まれというのはとにかく束縛の世界ではあるのは、あらゆる歴史、場所で共通だ。
自発的に逃げられるとしても、公人として認められる前の年齢である確率が高いわけだ。
しかし色々理屈をこねてみても、やっぱ“自由奔放な姫”みたいなのが好きだからそう思いたいってだけの部分もある。
「まさにその通り。この都市の君主は十二歳の少女。エトラネミア陛下だ。勘が良いな。普段は大人しいが、好奇心が強い方でな。それ故か今現在、失踪状態になっている」
「時たまこういう問題が?」
「そうなのだが……。最後にお姿が目撃されてからもう丸一日以上は経っているはずだから、さすがに捜索に本腰を入れねば無くなったというわけだ」
丸一日の失踪?
いやしかし、それって緊急事態なのでは?!
十二歳というのも驚きだが、君主の失踪に丸一日以上気付かないってのもな……。しかし年齢的に考えて、いわゆるお飾りのトップなのは間違いなさそうでもある。
「そりゃあ、かなり心配ですね」
「なにより、ただの子供じゃないだけに彼女の取り巻く環境はとても複雑でな。エトラネミア様は、中庭の中にある別館でほぼ軟禁状態にあった。中庭といっても、広大で管理すら行き届いていない。直径で一厘近い森でな」
「そりゃあすごい。それだけの広さとなると、確かに捜索も苦労しますね」
「そもそも古代のケイオンはここの台地に造られた要塞のような小さな街で、現在の中庭がちょうど古代ケイオン全域だったらしい」
「なるほど……?」
「まあ歴史の話はともかく、古代の街とはいえ、かつての街一つの広さにたった数人で住んでるわけだからな。逃げ出したくもなるし、環境もあって探し出すのは容易でない。フス、宮廷内にエトラネミア様が入った痕跡は見つかって無いのだな?」
フスと呼ばれた男は、声を発さずただ頷いた。
「例えば……姿を消す魔法とかを使われた可能性は無いんですか?」
魔法の世界なのだから、魔法を駆使されることのほうがむしろ当然に思える。
実際、ソイエンが姿を消す魔術を使えてたっぽいし……。そんな魔法が使われたら、捜索の難度も桁違いに跳ね上がるだろう。
魔法を知らない僕の推理なんて、無力なものでしかない。
「貴公を襲った娘のように、ということか。もちろん、その線もあるにはある。エトラネミア様が単独ではないならな。しかし、その場合、特定しやすい面もある。姿を消すのはかなり難しい魔術で、宮廷でもそう使える者は居ないはずではあるし、誰かが蔵書を参照した時の記録も残る。なにより、今のところ魔導犬の捜索にも引っかからんという事実があるからな」
「魔導犬?」
フスと呼ばれた男も魔導犬なるものを知らないらしく、聞き返した。
「魔獣の一種を捕らえて、普通の犬と交配し、人間に懐くように品種改良した新しい家畜だ。エーテルへの適性を持っているので、魔導具を扱わせる事も出来る。高度な命令遂行はまだ難しいが、警邏や人探しに使うことは出来るとの話だ。貴公と同じように、エーテルの流れを探知出来るという特殊な感覚を持っている」
なるほど、魔法世界の警察犬とか軍用犬みたいなもんか。
しかし、その魔導犬の精度がどこまで優れているか分からない。生き物である以上、絶対的な能力というわけでもないとは思える。
なんと言っても、森林に隠れた人間を探すのは簡単じゃない。
まあ、僕が推理するには、知識も情報も中途半端すぎるか。
僕は前世知識の上でしか物を考えられないから、ほぼ机上の空論だもんな。張良ぐらい頭が良ければ別かも知れんが。
「つまり、手勢も魔導犬も居ない我々は、推理に頼るしかないということでもあるがな」
イシエスさんが肩をすくめた。
「しかし、逆に魔導犬が動いたという事実は、重要かも知れませんね」
「どういうことだ?」
「消去法的に、場所を絞り込めるという意味ではあります」
警察犬は、雨が降ると臭いが消えて探知能力が大きく下がるというのは聞いたことがある。魔術の力もそれに近いかも知れない。
しかしそれならそれで、雨に作られた泥濘で、足跡なんかの痕跡もより明確に残るはずか……。
そこら辺は、もっと追及できそうな気もするな。
「ちょっとまだ粘ってみても良いですか? 足跡が途中で無くなったって言ってましたよね?」
「ああ。二人組で、もう一人もな。どちらも大人では無さそうだから、一人はエトラネミア様である確率は高い。本来、身分の低い者は立ち入りできん場所だ」
フスという人が答えてくれた。
そうなると、もしかすれば、すでに中庭からは脱しているかも。
「なるほど。中庭に川はあるんですか?」
思考を巡らせている感じで、フスという人は黙った。代わりにイシエスさんが答える。
「いいや、無いはずだ。私もそう歩き回った経験があるわけではないが、川は無かったと思う。水源として地下水を汲み上げる井戸ぐらいはあるはずだが……。昔は堀があって、現在はすべて地下になっている。雨水などは暗渠のような人工的な地下水道に排水されてゆくはずだ」
「それじゃ例えば、その地下から逃げ出したとか?」
「……地下か」
「併設された地下道があっても変じゃないですしね。水路があれば、水は匂いを消すことができますし。それは考慮されてはいないんですか?」
だいたい城には地下がある印象だ。特にファンタジーなんかでは、必要不可欠の構造だろう。
もはや推理でもなんでもないが、地下から逃げるってのはお決まりのルートではあるかも。
「地下は暗く、迷宮のように入り組んでいる。かなり危険な場所だ。補強のレンガも劣化していて、触れば崩れる程老朽化している。訓練なしに子供が歩き回れるとは思えんが……。しかし、言われてみれば、それしか無いようにも思える。協力者や犯人が居るとすれば、充分にありうる」
「俺が探してみよう。場当たり的にウロウロするより良い」
「ああ。頼む。リリア区の石工組合のデトという男が地下構造の保全を担っているはずだ。話を聞いてくれ」
フスはすぐさま行動し始めた。
あまりにも机上の空論っぽいし静止しようとも思ったが、逆に静止するだけの根拠も無いな……。
予想が大ハズレだったらちょっと申し訳ない。
この辺りの地図とかがあれば、ちょっとは理解度も違うかも知れないが、宮廷の見取り図となるとなかなかセキュリティ的に見せてもらえなそうではある。
しかも、イシエスさんの懸念のように、もしこの会話が誰かに盗聴されていたら、さらなる問題に発展させてしまいそうな気もするな……。
ちょっと、面白半分に首を突っ込みすぎたかも。
フスが扉を開けると、部屋の反対側の大きな窓がガタガタと揺れて、風がわずかに流れ込んできた。
「なかなか良い推察だったな。身体も不調な所、いろいろと堅苦しい話をさせてすまなかった」
「あの……突っかかる訳じゃないんですが、王女様が心配では無いんですか?」
「こう言ってはなんだが、フスは神よりは頼りになる男だ。口は下手だが、荒事にかけては私よりよっぽどいい働きが出来る。彼が失敗するなら私にはどうしようもないが、まあ上手くやるだろう。心配だが、心配して無い」
「な、なるほど」
「それに今は貴公が貴公であった事に、とにかく安心している」
「安心?」
「残念ながら、話がまともに出来ないような相手が珍しい訳では無い。そうでなくとも別の人間であったなら、魔人の身体に移され殺されかけるというという経験を経て、冷静でいる方が難しいだろう。客観的で動じずにいるというのは、口で言うほど簡単じゃない。アルノ。貴公は、その運命を担うに足りうると私は思う。これから力を貸してほしい。貴公の存在が、きっといつか戦争終結の要ともなりうる」
戦争終結か……。
なるほど、要とは言い過ぎな気もしないでもないが、確かに戦争終結には僕という存在は多少価値があるかもな。実験動物にされる事に怯えてばかりで、考えてもみなかった。
人間サイドに友好的な魔族が他に全くいないとした場合、僕の存在は架け橋としても重要だろう。人質、交渉材料、諜報活動、プロパガンダ。何でもどれでも有用性がある。
ネオンに政治的な存在と言われた時、大袈裟と思ったが、そうでもなかったかも。
「僕にも役目があるわけですね。自信はないですが……。それに、僕は魔法はからきしですし。僕が選ばれたのは、たぶん大ハズレです」
「そんなことはない。良いじゃないか。魔法がからきしの魔人。それも自由だ」
「自由?」
「このごろ、思うところがあってな。闘争に人を縛りつけるのは、言ってしまえばプライドなのでは無いかと感じている。魔術もそうだ。ただただプライドになって、寛容さも、平等さも失い、己を見ることしか出来なくなる。しかし、人々とって必要なのは、魔術の上手い者では無くパンを作れる者だ。行き過ぎたプライドは食えない。その実像のない価値を手放せた時、自由を得る。絶対的ではないにせよ、それは貴公が自由である理由だ」
なるほど、そりゃ結局どういうことでしょうか?
バリバリ手枷で繋がれています僕。
「これからどう行動するか、可能な限りは貴公の意思を尊重したいと思っている。手枷足枷のまま引っ張って行ったところで、問題解決が出来るわけも無いからな。無理に協力してくれとは言えん。もう私もそろそろやるべき仕事に戻るが……何か聞きたいことがあれば答えられる限り答える」
そりゃあもちろん聞きたいことがないわけでは無いが、とにかく休みたいな。
当たり前の日常だけが、疲れたこの自分には必要だと感じ始めてる。
「いえ。とにかく、今は自分の現状を見つめて見ようかなと思ってます」
「わかった。生活に必要なものは一応そこにそろえてあるから、自由に使ってくれ。服ばかりは寸法が合わないので、今のところ布を纏うぐらいになるが」
確かに、ずっと半裸なのもそろそろ居心地が悪く感じ始めたところだ。
「ゆっくり身体を癒してくれ。しばらくはまた襲われるようなこともないはずだ」
気休めだとしても、その言葉は確かに僕を安心させるものだった。




