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一章十六項 イシエス


 くぐもった高音だけが、頭の中で響く。

 まだ生きている。

 じわじわと、深い苦痛が全身を襲う。気のせいではない。ギリギリではありそうだが……生きているらしい。

 爆破をモロに受けた。

 しかしどうやら、私はまだ立っているようだ。

 昏倒しかけていたが、反射的に踏ん張って立っていたらしい。


「エクサ イディンテ」


 なんだ? ……ああ、魔人の言葉か。

 なんという意味だったか……。

 “死んでいない。何故だ?”とでも言ったところか……。


 くそ……。瞼が重い。

 確かにまだ死んでないようだが、まともに爆破を食らって死に体らしい。負傷の具合もわからないが、正直、立っているだけで精一杯だ。

 もう一度攻撃されたら、再起不能になるだろう。とはいっても、この状態であとどれだけのことが出来るか……。

 呼吸はまだなんとか正常。左目はボヤけるがさほど問題なし。口の中は血だらけ。右手は完全にダメそうだ。


 悔しいが、順当というべき展開ではある。

 理想的とはとても言えないし、善戦したともいえないが……しかし、これでいい。

 結局、なるようになるだけだ。

 今逃げるとしても、そう素早く動けそうにない。背中を見せれば、ただ追い打ちされて終わるだけだろう。

 ならば、あとは可能な限り時間を使って足掻くだけ。

 やれるだけはやってやる。


『なぜ生きている?』

「……水銀だ」


 導弾筒ギカフには、矢弾の種類が複数ある。

 分割された殻で矢弾を包み、その殻が圧力を受け、中身の矢弾が押し出されて飛ばされる仕組みだ。

 その構造的に導弾筒ギカフは異なった形状の矢弾でも撃ち出せる。


 普段は貫徹力の高い硬質の矢弾を使うが、この魔人に撃ち込んだ矢弾は、水銀を吹き込むことが出来る水銀弾だ。


 魔人は、へルフェのほうを見た。

 へルフェは顔を伏せ、言葉は訳さない。


『一体なにをした? 魔力が練れぬ』


 無機水銀であるため毒性は低い。

 しかし、水銀は魔力の流れを阻害する。

 導魔インデエス溜魔アグナムという魔力の流れを作る魔術師には、特効の武器となる。


 つまり、私が頑丈になったわけではなく、魔人を弱体化させた。

 一時的な弱体化とはいえ、水銀がすぐに体外に排出されるわけじゃない。

 そうするかは別として、誰かがこの魔人を討ち取ることも現実的に可能なことになっただろう。


『まさか……毒矢か? くだらん……本当にくだらぬな。低能のサルめ。お前を痛めつけて、殺してやる』

「いいさ。やればいい。時間が経てば経つほど、お前の計画は失敗に近づくのだからな」

理解わかる言語で話せ!』


 魔人は私の目の前で、腕を振った。

 遅れて、足元から衝撃が伝わる。

 左足首が、横に真っすぐ斬られるかのように弾けた。


「ううっ!!」


 足首が折れる。

 前のめりに体勢を崩し、片膝をついて跪いてしまった。身体がずっしりと重く、金属にでもなったようで、立ち上がれない。


『そうだ! こうべを垂れよ。分をわきまえろ』

「……は、はは」

『面白いか。自らの惨めさが』

「貴様のその油断がな。近距離戦では完全に優位だとおもっているらしいが……。その傲慢さ、命取りだ」

『動くな!』

「貴様もな」


 懐にある青銅の筒が、一斉に唸った。

 導弾筒ギカフの同時発射。

 懐中から白い外套を突き破って、私を上から見下す魔人を突き抜く。

 無数の至近弾だ。防御のしようもない。

 魔人は仰け反って、よろめきながら数歩下がった。


 導弾筒ギカフは必ずしも構えなければ撃てないわけじゃない。狙いをつけないと当てにくいだけだ。エーテルを伝導する素材の端子の位置が分かれば、布一枚ぐらい隔てていても射撃することが出来る。

 不格好で姑息ではあるが、だからこその好機。意表をつける最後のチャンスだ。

 

 魔人は負傷していた。

 ひと目で負傷の大きさがはっきり分かる。

 右目を砕かれ、鎖骨あたりに貫通しなかった矢弾が突き刺さっている。

 しかし、どうやら致命傷ではなさそうだ。


「運が良いな。顎を貫けば即死させられたが……。まあ、こんなものだろう」

『猿ッ! よくも……! 卑怯な』

「我が身大事さで防御しようとしたな。危険を察知した時に即攻撃していれば、私はなにも出来なかった。貴様にちょっとした覚悟さえあればな」

『おのれ、卑怯者め……!』


 なるほど、自分勝手で自己中心的。随分と都合がいいものだ。

 不意打ちで戦闘能力のない市民を虐殺することは、卑怯ではないと考えているらしい。

 

『黙れ外道。多少は、戦士らしくなったではないか。抵抗できない民を一方的に殺した卑怯者にしてはな』


 初めて喋った魔人の言葉が、こんな口汚いとはな。文法があってるかは分からない。

 とにかく言わずにはいられなかった。市民たちが……我が王女がこんな誇りもない稚拙な者の手にかかったことが、不憫だと思ったから。


『なっ……!』


 魔人は面食らったように、心底驚いた表情した。


「はははっ」


 あまりにも意外な反応だったので、意識の不意をついて笑い声が飛び出てしまった。


『……虫けらごときが!』


 魔人が腕を振り上げた。

 腕を振るという行為が、エーテルを腕部に集中させる導魔インデエスになるらしい。


 悔しいな。

 どうにも、打てる手は無さそうだ。

 恐怖もない。未練はさほどない。悔しさはばかりはあるが……。今さらでもある。

 守るべきものを守るには、ちょっと失いすぎた。


 見上げると、青い光に溢れていた。

 無情に思えるほどの快晴。

 なんとも憎いもので、地を這う人々の苦しさなど些末さまつなことと言わんばかりに、青々としてる。

 これから春だ。

 暗い夜も寒い冬も、大概黙っていれば勝手に終わるらしい。

 思えば、確かに急ぎすぎたのかもしれない。

 あの腹黒の貴婦人達が、正しかった。人々が、この辛い時を耐え抜けることを、今はただ祈りたい。

 エトラネミア様の命を失わせしめたのは、忍耐力のなかった私の強引さだ。私は、結局間違っていたのかな。

 わざわざ命の火を焚きつけてまで、世界のちっぽけな一隅いちぐうを照らす必要なんて……本当はなかったのかもな。

 魔人と戦うハメになるだなんて。

 こんなこと、がらにもない。


 一瞬、影がよぎった。


「おい!!」


 何かが急降下してきて、魔人にぶつかる。

 地面すれすれで急旋回して、緩やかに錐揉みしながら鋭く上空へ羽ばたいてゆく。

 鳥……? 大型の猛禽だ。


「逃げろ! ヒゲ!」


 へルフェか……!

 彼女が星霊術を使ってあの鳥を操っているらしい。


「よせ……! 手を出すな。使役している動物を殺されると危ない」

「分かってる! 何年やってると思ってんの! 良いから逃げろよ」


 魔人は猛禽類の鳥を爆破しようと、斬撃のような爆破で空を斬った。

 軌道をずらすように浮き上がって、スレスレで当たらない。


 これが、へルフェの才覚か。

 星霊術で遠距離の鳥を捕まえられるとは、天稟てんぴんとしか言いようがない。

 あの猛禽……詳しくは種類を特定できないが、急降下するときには音速をゆうに超える速度を持つと聞いたことがある。その速度で獲物の頭部に蹴りを当てて脳震盪させる。人ほど大型の生き物なら昏倒はしないだろうが、相手にさせられたら煩わしいという程度ではない。


 しかしだ。

 操霊術は応用が効き便利ではあるが、リスクもそれなりに大きい。律導壁を弱めて、魂を繋げる魔術だ。

 他者と魂を部分的に共有するといって良く、使役される存在が死んだら、魔術師の一部も死ぬということになる。

 術者が死亡するほどではないにせよ、精神に強烈なダメージを抱える場合がある。

 この娘を廃人にさせるわけにはいかん。


 導弾筒ギカフを取り出さなければ……!

 しかし、さっきの一斉射撃によって、どの導弾筒ギカフが使用できるものか分からない。

 見た目では、どれが使用済みでどれが装弾されているか分からない。


 手が震えた。

 理由は分からないが、肝心要のこの時に、もう身体は言うことを聞かない。  

 バラバラと、からになった導弾筒ギカフを落としてしまう。


『お前は良い加減に消えろ。三下!』


 魔人はとっさにふこちらに振り向いて、その勢いのまま腕を振った。


 鈍い音が鳴る。

 衝撃音とともに、魔人が身体を大きく震わせた。

 遠くから、別の乾いた音が響いてくる。

 魔人はうずくまるように身体を折りたたんで、大きくよろめいた。


「なんだ……?」

『うっ……!』

「あいつ! やってくれたのか?! おい、ヒゲ!」


 へルフェが身振り手振りで私へ逃げることを促してくる。

 その時、魔人の足元の石材が強く弾けた。先ほどのように、遅れて乾いた音が反響する。

 石材が弾けたところに、大きな矢弾が突き刺さっている。


「イ、イエル!」


 間違いない。あの偏屈の娘だ。

 イエルは魔術も武術も料理もまったく不得手といえるが、抜群に導弾筒ギカフの扱いが上手い。

 ここを撃てる位置と角度だと、二百歩ほど東のニムレ教会の鐘楼ぐらいだろう。


 肉眼で見て的中させられるとなると、彼女以外は考えられない。

 そもそも、使い捨てである導弾筒ギカフは工作精度に微妙なムラがある。それぞれ個々にわずかな癖があるので、弾道が異なる。それを把握しなくては当てられないはずだから、単に上手ければいいということでもない。まさに個性的ユニークな資質だ。


 へルフェが、どたどたと慌ただしくこちらに走ってきた。


「馬鹿! なんで逃げねえの?!」

「もう、どうやら動けそうに……なくてな」

「おら、行くぞ! 折角イエルが援護してんじゃから」

「一体どうやって……知らせた」

「リシルの遺したもんがあってな……」


 厳密なところはよく分からないが、この亜人の娘も想像より機転が利くらしい。

 おそらく鳥を使ったのも、まずイエルへの伝達のためということだろう。


 魔人は勢いよく顔を上げた。

 空を斬るように腕を大きく上に開く。

 迫っていた矢弾の飛翔体と、防御の爆轟がかち合った。運動エネルギーの衝突で、キツい金属音と爆発音が轟く。


『次から次へと! そこか虫けら……!』


 魔人はイエルの位置に目処をつけたらしい。

 しかし、およそ二百歩も先だ。如何に優れた魔術師であろうと、絶対に攻撃が届く距離ではない。

 魔人は懐から、細長い棒のようなものを取り出した。まさに導弾筒ギカフのようなものだが、手のひらに納まる程度に小さい。


「あいつ、何かする気じゃぞ!」


 止めねば!

 止めたほうがいいが、しかし攻撃手段がない。

 

 小さな棒には紐が着いていて、その端を持って振り回し始めた。

 魔人が踏み込む。

 謎の棒をニムレ教会の方角の空へ、大きく放った。弧を描くように飛んでゆく。


『ッ!!』


 魔人が手をかざした。腕を震えるほどに力ませると、かざした手を握るように閉じた。


 中空で、小さな棒が炸裂する。

 一瞬、空間が収縮したように見えた。

 衝撃が、突き抜ける。

 大地を叩きつけるような爆音が降り注いだ。

 反動で土埃が地面から放たれるように一面に飛び上がる。

 ここにいても鼓膜が突き破られそうだ。


 強烈な爆轟。

 見上げると、大きな煙が立ち上っていた。


「く、くそ!!」


 広域を爆破できるような手があったのか……!

 砂煙の中、目を凝らす。

 ニムレ教会の鐘楼は、半分になっていた。骨組みだけが突き立っていて、教会の屋根もボロボロに朽ちている。

 爆風で吹き飛ばされたらしい。


「み、耳が……なにがおきたんじゃ?」

「あの魔人……、魔導具を持っていたらしい」


 魔人は、静かにこちらへ振り向いた。

 イエルの与えた負傷は一発ぶんだけとはいえ、腹部を貫いている。

 重傷だ。


『許さんぞ、ゴミども』


 魔人はもう一つ、さっきと同じ棒を持っている。先端に蓋がついているらしく、それをはずすと、なにやら小さな針がついていた。

 それを自らの首に突き刺す。


「な、なんじゃ?! 何やってんじゃ?」

「分からん」


 魔人は大きく吠えた。

 苦痛を感じているらしい。

 悶えるように、前のめりになる。


『ハァ。さすがに……効くな』


 魔人はため息をつくと、引き抜いたその魔導具を投げ捨てた。カラカラと石畳の上に転がる。

 その音から察するに中は空洞になっていて、魔導具というより、液体を入れる容器なのかもしれない。


『悪くない。なかなか面白いものだ。サルの玩具にしてはな』

「な、なんだと……!?」

『おお! 見ろ、傷が完全に塞がった。これはいい。身体に力がみなぎるぞ!』

「う、嘘じゃろ。回復したってことか?」


 馬鹿な。治癒だと?

 それに、あの容器を……『玩具』と言っていたのか?


 つまり、裏切り者がいる。

 ほぼ間違いなく、人間に魔人に与する者がいる……!


 魔人は己の魔術を誇る性質上、実力至上主義を美学とし、道具に頼る人間を下賤としていた。

 魔人はかなり少人数であるが、魔族社会の中でも揺るぎない支配者層でもある。奴らの社会では、労働階級は奴隷となった魔人以外の人種がほぼすべて担っている。

 つまり、インフラの発展などに関与しないため、科学力や技術力が低い。組織的な探求ということにかけては、ひどく欠点を持った種族でもある。 


 そもそも魔導具は、人間が生み出したものだ。あの針のついた容器自体は、魔導具というほどの複雑なものではないにせよ、恐らくエーテルの濃縮液を容れるものとして作られている。

 濃縮液を作るにも、科学的知識とそれなりの加工技術がいる。なんらかの形で、技術が導入されたのだろう。


 これは、もういかんな。

 もし、魔人にもっと高度な魔導具が普及すれば……手に負えないだろう。

 そもそも、我々にとってそれが戦争の要だった。

 魔導具の発展こそが、人間の活路として第一の道筋だった。

 魔術師としての実力の差を補いうる魔導具の普及が、魔人の戦闘能力に対抗しうる可能性だった。

 魔導具が発展さえすれば、無限の戦術が広がる。そう思えばこそ、アルマも私も大きく時間を掛けてきた。

 魔導具を魔人が使えば、まさに鬼に金棒だ。未来の優位性は、完全に消失する。

 私のやってきたことは、何もかもが裏目裏目に出るのだな。


「へルフェ、もういい。ここまでの協力に感謝する」


 ともかく、あの魔人に完全回復されたのなら、ここでもう勝ち目はない。種族さえも異なる私のために、この娘も充分やってくれた。

 へルフェを生存させるべきだ。


「足止め出来るかはわからない。今すぐこの場を離れろ」

「そ、そんなの! で、出来ねえよ。ここでワシだけ逃げて、リシルとモナにどう顔向けすればいいんじゃ」

「忘れていい。もともと戦争に巻き込まれた君たちマイスには無縁のことだ」

「ふざけんな、諦めんなよ! ワ、ワシはあいつを許せねえ! こんなこと、許して良いはずがないんじゃ!」

「もちろんだ。気持ちは、同意したい。勝ちたいのは山々だがな。もう打つ手がない。君が生きてさえいれば、きっと未来は拓ける。いいさ。大したことじゃない。気にするな」


 ちょっと可笑しいくらいに悲しそうな顔で、へルフェはただ私を見つめてきた。


『もう交渉はできぬぞ。くだらぬ策を弄するな。その鼠から殺してやる』 





 







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