一章十五項 イシエス
意表を突けたことは大きい。突然の三連射は予想外だっただろう。しかし、それは今後は相手も警戒するという事でもある。
魔人の回復能力からみても、一気呵成に勝負を決めねばならない。
「玩具から受けた傷は深いようだな。それは名誉の負傷になるのか?」
挑発に、魔人は何も答えない。
大陸共和語が通じないため、意味はわからないだろう。
「いや、ここにいるということは貴様は使い捨ての駒だろうからな……。そんな者に名誉もクソもないか」
『黙れ』
魔人は、裾を払うように手で空を薙ぐ。
一瞬遅れ、石畳が切り裂かれるように一直線に爆ぜた。
身体を沈ませる。
来るか……!
魔人が、走り出す。
真っ直ぐこちらに向かって。
大きさもあって、猛獣さながらだ。
一見、愚策にしか思えない。
極限の集中力が必要な“爆破”で飛び道具を撃ち落とすのは、ただでさえ難しいはずだ。
互いの距離が縮まれば、それだけ反応に許された猶予は少ない。
爆破での防御は、より難しいはず。
だが、確かに近距離戦はこちらが格段に不利だ。
しかも導弾筒の残る残弾は、おそらく十本前後しかない。
相手がリスクを侵しているこの好機、ここでの三連射で確実に致命傷を与えなければ。
導弾筒を構える。
魔人は、爆破を使うつもりらしく、腕を振りかぶった。
親指と中指を付け、その左手を突き出す。
地面から吹き上がるように、大きな炎が生まれる。立ち上がる焔の壁が視界を阻んだ。
放射熱を受けた顔が焼けるようで、直視出来ない。
「炎だと……?」
距離をとらねば……!
これは攻撃ではない。おそらく目眩ましだ。魔人の姿が見えない。
しかし、導弾筒を手に構えてさえいれば、素早く狙いをつけて撃ち出すだけだ。攻撃速度には依然こちらに歩がある。
ドンと音が鳴る。
地面を揺るがすほど勢いよく、もう一層、炎の壁が私を追い詰めるように手前に広がった。
考えたな……。
炎とは本来、見た目ほど攻撃能力は高くない。閉所などでは強いが、デメリットも多く、扱いにくさのほうが勝る。魔術の戦いの中で、あまり実戦向きではないと考えられてきた。
術者が相手に接近するために壁として使うというのは、まさに予想外だ。
次の瞬間、爆破で炎の幕をこじ開けて、魔人が中から飛び出した。
こちらは点の攻撃であるため、闇雲に撃っても中らない。
認めざるを得ない。確かにその一手は、明確に距離の優位を奪った。
こちらとしても、もう迎撃するしかない!
導弾筒を構える。
「うっ!!」
甲高い音とともに、手と導弾筒が爆ぜた。
右手の感覚が無くなる。
『勝てると思ったか?』
魔人は目の前まで、悠々と歩いて迫ってきた。
どうやら、もはやこの距離ではこちらが動くより先に、爆破が間に合うらしい。
なるほど、この魔人は戦闘経験も豊かなのだろう。一瞬にして対応され、追い詰められた。
導弾筒の最大の欠点は、乱戦になると意外なほどに中らなくなってしまうことだ。
しかも、撃つまでに予備動作があるので、視覚的にタイミングがわかってしまう。
相手にするのが普通の魔術師や魔獣程度なら充分に補いうる欠点ではあるが、爆破の魔人との相性はかなり悪いらしい。
魔術は創造性が影響する。やはりと言うべきか……その高い応用性には、決められた機能しか持たない魔導具は柔軟性や応用性で劣ってしまうらしい。
『こい』
魔人は五歩の距離で止まって、手招きした。攻撃してみろ、という意味だろう。
勝負に出るしかない。
右手は粉砕されたので、左手で左の懐から導弾筒を抜き取らなければ、攻撃できない。
だが、やるしかない。
「やるしかないんだ!」
『雑魚め』
意識そのものをガツンと殴られた。