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一章十三項 へルフェ


 夜が明け、祈星日となった。


 モナとリシルと三人で白い長衣を頭から被った。

 この葬式用の白衣はハンドメイド。

 リスクを侵すのを嫌がるイエルへの義理立てということじゃないが、時間の猶予もないしで、わざわざ仕立て屋に行くわけにもいかない。大急ぎで作った手製の物を着ることになった。


 なんだかんだ世話焼きのイエルが文句を言いながら厚手の木綿をたくさん用意してくれたので、即席にしてはまともな見た目に出来た。

 多少は寸法が崩れていても羽織るぐらいなら問題ない。

 しかし……裁縫経験者のモナに教わったとはいえ、ワシは初めての針仕事だけに、ちょっと縫い合わせが悪い。着た瞬間、どこかの糸がブチッとほつれた音がした。

 なんとも不格好じゃが、まあ今日一日着るだけだしええじゃろう。


「ほら、ヘルフェ様」


 リシルが金の刺繍が入った白い首巻きをワシの顔に巻きつけてきた。

 あの……顔に巻きつけられると前が見えないのですが……。


「なにこれ?」

「たいしたお礼も出来ませんが……ちょっとしたお土産になるかと思いまして……下手で恥ずかしいですが。受け取ってくださいますか? どうですか?」

「あ、ああ。うん。ありがとう……ありがとな」


 どうやら夜なべして作ってくれたらしい。

 もともとが器用な娘なんじゃな。負傷した片腕が不自由だというのに、なかなか上出来じゃ。しかも脱皮した大蛇の皮のように長い。

 見ると、刺繍はなにかの動物と文章がモチーフであるらしい。文字は大陸共和語ソダリアでないため読めない。まあなんにせよ、よく出来とる。一夜で作ったとは思えぬクオリティじゃ。

 しかしこりゃあ……どう喜ぶべきかわからない。ありがたいのだが、それ以上になにか期待されているのではないかという重荷は感じてしまう。


 リシルはしっかりモナのぶんも作っていたので、少し安心した。


「これ、何?! タヌキ?!」

「一応……竜のつもりですわ……」


 モナは高らかに掲げて、刺繍を吟味した。

 一応モナのほうが年上っぽいのじゃが、素直に子供らしく喜んでいた。


「お前、器用なもんじゃな。お針子とかもできんじゃん」

「ええ……。大人になったら、それも良いですわね」

「でも、ちゃんと眠れたのかよ?」

「眠る時間より、こういう機会のほうが重要ですから……大切にしたくて」


 いや、そうなんかもしれんけど……。君ちょっと重いよ……。

 そこで、イエルが部屋に入ってきた。


「子供たち! 準備は良いですか? 私とフスは偉いおばさんたちに顔が割れているので、ついていけません。絶対に三人一組で行動すること。四時間以内に帰ってくること、もし怪しい者がいたらフスの待機している酒場にゆくこと! わかりましたか!」

「いや、ワシは子供じゃないんじゃが……」

「お黙りなさい。返事は“承ります”か“かしこまりました”か“はい、喜んで”で返しなさい」

「“かしこまりました”……」

「行きますよ」


 イエルの後について行って、階段を上る。

 上に行くにつれて、ささやかに吹き抜ける冷たい風が、終わりかけの冬の臭いを運んできた。


 イエルが戸を開けると、光が溢れる。


「うぉお! 眩し!!」


 久しぶりの外!

 朝らしく、空気が美味ぇえ!

 空は曇りだが、多少の切れ目から清々しいほどの濃い青がのぞいていた。

 ワシが最後に外に出た時はまだ雪が降り積もっていたが、すでにだいぶ溶け始め、陽がキラキラと水気に反射していた。

 風の匂いは、これからの春の到来を感じさせるように豊かじゃ。


 モナとリシルが外へ飛び出して、光を全身で受け止めるように背伸びした。


「こらこら! キッズども! 騒ぐんじゃない」

「地下もいいですが、やっぱり外の空気も良いものですわ」


 まあ、地下で死体と対峙するような羽目になってはな……。

 ワシも魔人の復活のために宮廷でしばしの間待たされてたし……宮廷の庭園に逃げ込んだひと時を除けば、空を見る機会も無かった。随分と久々のシャバであるように思える。


 しかし外といっても、ここは四面を家に囲まれた小さな庭のような場所じゃ。街の様子はここからではわからない。

 家をくり抜いたかのような狭い通路が街に続く道であるらしい。

 小綺麗に植栽で飾られていて、出入り口であることがわかりやすい。


「じゃ、ヘルフェさん。頼みましたよ。いってらっしゃい」


 イエルは一息で全部吐き出すように、早口で言った。薄着だと肌寒い。だらしない寝起きの格好じゃから寒いらしい。


 外出かぁ……。

 別にワシはなんら悪いことしてないのに、なんだかドキドキじゃ。


「よおし、ガキども! 離れるでないぞ」


 館に開けられた通路を抜け、ケイオンのどっかの大通りに出る。


「おお、人だらけじゃな」

「どうにか献花用にリスネルを買わなくてはなりませんね。聖堂近くでは売っていると思いますが、この人混みだと……」

 

 まだ早朝だというのに、すでに人がかなり集まっていた。

 近くの階段に登ってみると、遠くの聖堂に向けて続く人の連なりが、見渡す限りの先まで一望できる。


「凄いですわ……ケイオンはまだこんなに人がいたのですね」


 なんか微妙に不穏な言い回しじゃな……。

 でも、確かにすごい規模の葬式じゃ。

 葬式だというが、人々の顔にそれほど暗さは無かった。談笑すら聞こえてくる。子供を叱る母、タバコを燻らせるおじさん、追いかけっこをしながら横切ってゆく少年達。

 白い喪服を着ていなければ、ほとんどお祭りじゃな。

 この陽気が、長く退屈な冬の終わりを感じさせるらしい。


「なんだか、ちょっぴり意外ですわね。人々は……もうアルマの死を過去にしつつあるということなのでしょうか……」

「アルマの戦死は、もう二週間前にはみんな知ってたから。死んだ瞬間悪く言い始めるような人もいたけど、ほとんどの人は最初は残念がってたよ」


 モナが捕捉する。


「そういうもんだとは思うが、いくらなんでもこの騒ぎ様は薄情じゃな」

「それでいいのかもしれません。人々が無意味に暗く生きる道理は無いのですから。アルマはなにかと行動が派手なお方でしたが、多忙で神出鬼没でしたし……。いくら彼女でも、直接関わりがあるお方ばかりじゃないですわ」

「そりゃそうだろうけど。死んでもなんとも思わない赤の他人なのに、みんな葬儀に参加してるんじゃな」

「そうですわね……。彼女の声望の高さについてはなんとなく知っていましたが……私もここまでとは知りませんでした。彼女はもはや伝説の人となっていたのかもしれませんわ。……ただ一人の人間として……普通の女性としての彼女を知っていると不思議な気持ちですわ」

「アルマは、どんな人だったの?」


 モナはアルマに関心があるようだった。


「申し訳ないのですけれど、わかりませんわ。そこまで打ち解けたと言える自信も無いですし……関心がないことは本当に関心がない方でしたから。たぶん、私に対して興味はそれほど感じていなかったのかもしれません。だからこそ、神秘的で掴みどころがないところはあったのかも……。皆さんご存知の通り、魔術師としては比類なき魔術師でしたから」

「比類なき魔術師ねえ……。特定の誰かを崇めて有難がるっていうのは、お前らフウリ族の不思議な習性のひとつかもなあ。そもそも、モナはなんで聖堂に行きたいんじゃ?」

「だって……アルマだし」


 いや、だから結局アルマがなんなのかワシは知らんのよ。

 まあ、偶像アイドル崇拝とか、フウリ族にはよくわからんけどそういう邪教も多いからな……。会ったこともないのに好きになるなんて、まったく面白え生き物だよな。


「モナは、アルマのようになりたかったのですか?」

「……うん」 

「モナも魔術師になりたいってことかい?」

「うん。爺ちゃんは良い人だけど、私は地下ぐらしが好きなわけじゃないから……」


 それじゃ理由になってねえよ。

 とってつけたような理由なのが、むしろモナの本心をさりげなく物語っていた。

 宮廷住みの魔術師となって、華やかに暮らしたいという想いがあるのじゃろう。


 リシルとは真逆じゃな。

 少なくともワシもあんなゴテゴテした服の化粧臭い姿に憧れはせぬが……、しかし理想の自分というのは別の形でワシにもある。誰にだってあるもんじゃ。


「リシルはお嬢様だったんでしょ……?」

「……一応、そうなってしまいますわね」

「いいんだよ。それが。そんな暮らし、手放す理由ないよね……」


 それが当然でもあるが、モナはリシルを羨んでいたらしい。しかも、いろいろ察するに、このお転婆は上澄みも上澄みのお嬢様じゃ。

 リシルは気遣いの人だけに、なにも言えなそうにして黙った。


 まあなぁ……。

 モナに対して、『きっと魔術師になれるよ』とは言いにくい。

 そもそも魔術師は遅くとも五歳くらいまでには訓練を始めなければいかんというのが、どの人種でも共通の常識じゃ。特権を得られるとあれば、必然的に競争率も高い。

 しかもワシの知る限り、どうやら魔術師界隈は、実力より経歴や家柄がものを言う仕組みのようじゃ。


 そういったことをモナに言う訳にもゆかぬし……、心変わりを願うのもそれはそれで傲慢な気がする。

 憧れは否定できるもんじゃねえし、無責任かもしれんがこればっかりはなるようにしかならんのかもな。


 人混みにまぎれて歩いているうちに、聖堂に近づいていた。

 ここまでくると、さらに人混みが凄えことになっている。

 目印を探すため、辺りを見回すと、ちょっとした看板が目についた。


「ベン……ベンピエン……グ、グスト」

「ベンティレン医院ドゥストですわ」

「あ、そうなの? 丁度いいじゃん。リシル、お前腕を怪我してるんだから診てもらっといたほうが良いんじゃねえか? ミエフ爺さんもちゃんと診てもらったほうが良いって言ってたし……なんかずっと動かしづらそうにしてるじゃん」

「い、いえ、大丈夫ですわ。時間をとらせてもモナが可哀想ですし」

「いいよ。そんなワガママじゃないよ」


 モナが了承すると、まさにちょうどベンティレン医院の扉が開いて、男が出てきた。

 渡りに船とはこのことよ。


「あの〜! おっちゃん!」


 男は体が大きく、頭半分はゆで卵のようにツルピコじゃ。瓶底のような眼鏡を掛けていた。


「はいはい。どうなされた? あなたはマイスの……お嬢さんかな? どこか具合が悪いのかな?」

「まあそんな感じじゃ。そこの……」


 ワシが振り返ると、リシルは何やら大慌てで顔の前で身振り手振りしていた。

 どうやら、なんかマズイらしい……。

 リシルは広場のほうを指差して、モナを引っ張って走って行ってしまった。


「あ〜……えーと。悪い、ダイジョブだったみたい。ゴメンな」

「うん。そうかい? 人混みが凄いから、押しつぶされないように気をつけるんだよ」


 ツルツル頭のおっちゃんはにこやかな顔のまま、ゆさゆさと体を揺らしながら自分の進むべき方向に歩いていった。

 どうやら、あいつとリシルは知り合いであるらしい。


 しかし、こりゃマズイ。だいぶマズったな。

 はぐれるなと言われたのに、リシルは慌ててどっかに行っちまった。

 周りのフウリ族で視界を阻まれて、まるで見通しがない。


「おうい! どこ行っちまったんじゃ~い! リシ――……モナとお転婆ちゃーん!」


 呼びかけても、人のざわめきに打ち消されて反応はない。

 困ったな。

 目立ってしまっては本末転倒だし。


「あれ……?」


 一瞬だけ、視界がぐにゃりと歪んだ。


「うわ!!」


 ……なんじゃ?!

 突然、耳元で大きな鈴の音が鳴った。

 頭の中を振動が反射しながら暴れるまわるかのような大音量。


「うるさ! 誰?!」


 ジャリジャリと耳元で大きな音が鳴る。

 どこに振り返っても、それらしき物を鳴らしているのは誰もいない。

 耳を塞いだら、より頭の中の反響がひどくなった。

 なにこれヤベえ! このままだと、耳が潰れちゃう!

 うるさいうるさい! 他の音が全く聞こえないじゃん!


「やめてくれ!」


 でもおかしい。

 ワシ以外、周囲の誰一人として取り乱した様子じゃない。むしろ、叫んじまったワシを周囲の人が訝しげに睨んでいる。

 こいつらは、異変を感じ取っていない。ワシの頭がおかしくなっちまったのか……それとも、そういうヘンテコな魔術の攻撃なのか……。

 

 これは魔術……。きっとそうに違いない。

 ワシの頭がイカれちまったならあのツルピコのおっさんに助けてもらうしかないが、魔術なら対処可能かもしれん。

 魔術ならエーテルの伝播があるはず。エーテルは力であるため、流動がある。

 それこそ音のように、特定の方向に流れるはずじゃ。つまり、遡ることが出来れば、発信源がわかる。

 ワシが、ワシ自身がどうにかするしかない。

 

「うっ! ……やっぱり」


 頭が割れそう……!

 音はどうやら、広場の手前にある、狭そうな路地から発せられている。

 路地は朝でも薄暗く、小便くさい。じゃが、それどころでもない。とにかく早く音を止めないと!

 目ん玉飛び出ちまう!

 荷物のようなゴミのような瓦礫をかき分けていく。


 人影がある。二人じゃ。

 やはりというか、一人は鈴のような小さな魔導具を持っていた。


「お前らか……! た、頼む。やめてくれ……その音を止めてくれ!」

「お、ああ! ごめんごめん!」


 そう言って、魔導具を持っていた女は素直にそれをしまった。

 騒音がやっと終わった。

 このクソ女……なにしてくれとるんじゃ……。

 頭がじーんとして、今度は静かさに圧迫される。どくどくとこめかみの血管が脈打っていた。


「……うえ……うっ」


 また胃液が込み上げてきた。操られた死体と対峙したときも、喉まで胃酸が上ってきたが……変な癖がついてしまったかもしれん。


「君、凄いね! 私でさえ、そんなオーバーリアクションにならないよ! 君が大袈裟なのか、才能の塊なのか、どっちかな」


 目の前の女は嬉しそうだった。

 見上げると、小さな太陽のような燃えさかる琥珀の虹彩を輝かせている。

 髪はくせ毛で長く、頭の先は紅色で末端にかけて黄色っぽく変色していた。

 太もも辺りまでの丈の白い外套を着ていて、そこから下はスラリと長い長靴が出ている。


「お前、なんなんじゃ」

「いや……なんなんじゃって聞かれても。確かに、なんなんだろう?」

「なんでそんな……迷惑なこと」

「あ? これ? これで才能ある魔術師が消えるのを防げるかなと思って」

「……消える?」

「効果は高いようですね。あなたが体験された通り、さっきの魔導具はエーテルの感受性が豊かなほど、音が大きく聴こえるように作ったのです。実際は音ではなく、律導壁への共鳴なのですが。エーテルの感受性の強さは魔術師の素質の一つとされていますから。むしろ、ここへあなたを引き寄せてしまうとは誤算でしたが」


 赤い女の後ろにいた男が答える。

 男といっても、姿からは性別はわからない。顔は仮面で覆っていて、白い外套で全身すっぽり隠している。むしろ、恰好が怪しすぎて目立つぐらいにうさんくさい。


「まさか、ねずみちゃんを引き寄せるとはね~!」

「そうじゃなくてさ! 消えるって……」

「ねえ……、もうさ、そんなことより始まるよ!」

「は? 始まる……?」

「夢がね。これは夢の幕開けへの合図なのさ。ついに始まるよ。どうだい? 君も一緒に来るかい?」


 その輝く炎の瞳には暗黒が秘められていた。

 なんじゃこの女、唐突に……。

 ワシの頭をぐちゃぐちゃにしようとして、謝罪もないので、無論良いやつには思えない。


 でも、美しい女じゃ。

 この世のものとは思えぬほどに、美しい女じゃな……。


「夢……?」

「きっと楽しいよ!」


 女が手を差し伸べる。

 見上げると、雲の切れ目に覗いた太陽を受けて姿が眩んだ。

 

「うん、夢さ。君のお母さんにまた会えるかも」


 お母さん……?


「そんなのどうやって……」


 炎の瞳の女はなにも答えなかった。

 でも、お母さん……。

 会いたい。

 会いたいに決まってる。


「それって……本当か?」

「嘘かどうか、星霊術でも使ってみるかい? 仮に現時点ではそれが嘘だとしても、それをいつか実現してあげられるのは私だけだし」


 なにを人の心を弄んで……。

 でも、それが本当だったら?

 本当にお母さんに会えるとしたら。

 子供のころから、実はお母さんは生きているんじゃないかと思ってた。

 ババアどもが何も教えてくれんから、 本当は隠してるだけだとずっと決めつけていた。

 お母さんに会えたら、やってほしいこと、話したいこと、百個くらいは考えてある。

 もうほとんど忘れちまったが……もしそんなことが叶うなら……。


「会って、抱きしめてもらおう! これからは魔術の革命の時代だ……君の才能があれば、君と私なら、なんでも実現できるんだよ」


 それは魔法じゃな。

 

「約束だぞ」


 お母さん……! 

 どんな顔なんじゃろう。

 すぐに会えるのかな?


 ふと、何かが裂けるような音がした。

 体に小さく振動が伝わる。

 手を伸ばした時に、白い衣の縫い目が完全に解れてしまったらしい。


 首からフワリと何かが落ちて、金糸の刺繍のタヌキが目に入った。


「あ、いけね。汚れちゃう」

「なにこれ? タヌキ?」

「いや馬鹿にすんな。竜じゃ」


 そうじゃ!

 そういや、それどころじゃねえ。


 リシルとモナを探さなきゃいけねえんじゃ。


「お前ら、唐突に変な勧誘するんじゃないよ 

。怪しいよ。わ、ワシはもう用事あるから……」

「おや、律導壁がすぐに回復してしまったようですね。星霊術を扱うマイスにも多少の効果が認められたのは面白いですが」


 危ねえ……。どうやら、あの魔導具の効果が切れて無かったらしい。

 こいつら、明らか危なそうな奴らじゃ。


「まあ、いいよ。人は森で迷えば、必ず道を辿ろうとする。それは運命なんかじゃなく、悲しき性なのさ。いつか、また会うことになるさ」


 炎の眼の女は、口ぶりとは裏腹にションボリしていた。

 兎にも角にも、ここから離れねえと。

 リシルとモナを探さないといかん。


 なにか……なにか良くない気がする。

 慌てて広場に戻る。

 依然、人混みで見通しは最悪。


 ちょうど、ツルピコのおっさんもその場にいて、まだ人に阻まれて立ち往生していた。


「バエンピエンのおっちゃん!」

「おお。君もか。人混みがひどすぎて歩けないね〜」

「それもそうじゃが、悪いけど、肩を貸してくれ。友達とはぐれちまったんじゃ」

「ああ、いいとも」


 ツルピコのおっちゃんは気前よく肩に乗せてくれた。おかげで、この場の誰よりも視界は高くなる。 


 じゃが、だめじゃな……。

 そもそもリシルもモナも背が低いし、見えるわけがない。


「お〜い! リシル! モナ!」


 あ……! しまった。つい、リシルの名前を呼んでしまった。

 ツルピコのおっちゃんは特に気にした様子でもなく、辺りの人々にもなんら影響は無かった。


 ふと、聖堂の入口を挟んだ向こうの通りに、一際目立つ影が見える。

 白い人々のただ中に、一点、異様な違和感を放っている。

 あれは人……じゃな。

 コッチに向かって歩いている。ゆらゆら動いているが、とても大きい。

 聖堂前に置かれた八柱の守護精霊の像の台座と遜色ない大きさ。ワシの背丈の五倍くらいはデカいじゃろう。

 人々の頭の上に胸があるくらいの長身じゃ。

 どうやら、場違いにも真っ黒のローブを羽織っているらしい。

 

 近くにいるフウリ族の人間どももさすがに違和感を感じ取ってるらしく、みな一様にそいつをぼんやりと見上げている。


 まるでアイツ……アルノのような……。

 一瞬、フードの隙間から、そいつがワシを見た。確かに目が合った。


 はあ? なんで……?

 嘘。

 嘘じゃろう……。


「ヤバい……ヤバいヤバい!!」


 あり得るか、そんなこと!

 この距離でもエーテルの収縮が見える。

 大きなその“異物”は魔術を使うつもりじゃ。


「え? どうしたんだい?」

「逃げろ!! お前ら、逃げろ!」


 喚くしかない。

 周囲にいる人間たちは、ただ不思議そうにワシを見上げてきた。

 母親と手を繋ぎ、唇をつまんで立ちすくむ子供と目が合う。


「お前ら、ここから離れろ! おっちゃん、逃げろ」

「な、なにがどうして?」

「リシル! モナ!!」


 聖堂前の人々が、赤い衝撃波となった。

 周囲が力の濁流に飲み込まれる。

 目に見えぬ巨人が人々を蹴飛ばすように、次々に身体の破片が吹き飛んだ。

 

 突風と振動、大きな騒音。

 おっちゃんにしがみつくので精一杯。

 ワシの顔面になにかが勢いよく覆いかぶさってきた。

 鼻と耳に温かいものが一気に流れ込んでくる。


 ヤバい……!


「ギュッ!」


 身体にどんと音が走った。

 混沌に知覚は飲み込まれ、意識だけが取り残される。


 人々の叫び声が聞こえる。目が開かない。

 ワシはまだ生きているのか……?


 ああ……こりゃヤバいわ。

 リシル……モナ。ごめんな。





 


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