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一章十二項 へルフェ



 だいぶ、グダグダと時間を経てしまった。

 地下であるため、今の時間は予測もつかない。そう時間が経ってもないはずなのに、すでに生活のメリハリが薄れてきているのを感じる。

 体を癒す点ではいいが、こりゃむしろ毒じゃな。お転婆リシルは、常に薄暗いここを何故か気に入っている。日の光も新鮮な空気もないから、ワシはそのうち鬱屈しそうじゃ。


 それに……イエルがある程度世話を見てくれるのはいいが、正直に言って出される飯は味気がない。味気がないというより、本当に味がない。

 ワシも包丁を握ったことさえほぼ無いから、偉そうにはいえんのじゃが……。あんな下拵えに時間を掛けてるのになんでなんじゃろ……。

 本人は至って大真面目に料理しているので、なんか最初に文句を言い損なってから何も言えなくなってしまった。


 二回目の飯の時、こっそり塩をかけようとしたら、「亜人は塩を摂りすぎるといけないんです」とか言って、結局は病の老人のような減塩生活を強いられている。

 

 最初は食料も限られているからという理由かと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 これはたぶん健康志向が行き過ぎて、粗食が極まってしまってる系のヤツじゃ。

 ブスは不在なので、一番話が通りそうなやつにも頼れん。

 元来、食事とは日々に彩りを与えてくれるものでなかろうか。いまは食事に怯えている。

 誰にもバレないように密かに舐める傷薬だけがワシのここでの快楽じゃ。


 今はただ、食卓に出された水煮にされた根菜と妙にいがらっぽいパンの昼飯を食べるのみ。

 リシルは昨日のこともあって、まぶたを赤くしていたが、特に誰も気にした様子はなかった。


「そういえば、魔導犬はどうするつもりなんじゃ?」

「連れてゆくしかありませんわね。王都へ」

「しかしなぁ……一応は対処したからもう操られることもないとはいえ、襲ってきたヤツじゃからなあ」

「もとのところに返せば、それこそまた良くないことをさせられてしまいますわ」

「確かに、それもそうじゃ」


 魔導犬をみると、何やら嬉しそうにこちらを見返した。コイツも退屈してるらしい。食事中にみだりにちょっかい出してこないあたり、結構ちゃんと躾されてるらしい。

 リシルがハッとなにかを閃いた。


「そうですわ。名前をつけてあげましょう!」

「お! 任せな。そういうのなら得意じゃ。でも……そういやオスかメスかわからんな」

「たぶんオスですわ」

「そうさなぁ、男なら強そうなほうがいいな。ブレメリリグレンシムケニョン……どうじゃ?」

「う〜ん……ちょっとクドいですわ……」

「ウソォ」

「まあでも、折角ですから短くしてブレメとでも呼びますか?」


 ワシとリシルが雑談していると、机を挟んだすぐ向かい側で、声が響いた。


「なんで?! 約束したのに!」


 意外なことに、モナがミエフ爺さんを怒鳴りつけていた。


「すまんな。許してくれ」


 ミエフ爺さんが謝ると、モナはムスッとして下を向いた。

 簡単には怒りが収まらないらしく、立ち上がって広間を出ていってしまう。


「なに? どうしたんじゃ?」

「……いやまあ、今日は禮神日で明日は祈星日だろう? 今行われてるアルマへの祭祀に、アイツが行きたがっていてな。今はこんな状況だし、儂もこのていでは動かれんからな」

「なるほど。ですが、アルマが……アルマがなにかしたのですか?」

「なにかというか……。アルマが戦死したことを受けて、喪の最中なのだよ。三日間の国葬が執り行われているんだ。明日の祈星日が最後の日で、葬式が行われるからな」

「え!? そ……それは真なのですか? 本当でございますか?」

「そのはずだが? 聖堂の式は祈星日に行われる決まりだろう」

「そうじゃなくて……! そうではなくて……アルマが戦死……」


 リシルは眉をハの字によせて、苦悩の表情になった。

 そういやケイオンの街ではなんか白い装束のフウリ族で一杯じゃったな。それがアルマだかいう人の葬式だったらしい。


「何故なのでしょう……私ってホント、愚かですわ。気をつければ分かるはずだったのに……。自分のことばかり」


 リシルは力無く項垂れて黙った。

 そういやアルマっていう人と、関わりがあるんだものな。リシルの口から何度か名前を聞いたし、そんな有名人とも親しかったのかも。今のリシルには、知人の訃報は堪えるじゃろう。


「それでいいです。リシル様は、まずご自分の身を案じたほうがよろしいです」


 イエルが横を通り過ぎながら、きっぱりと言った。いや流石に空気読めなすぎじゃろう……。あの女、ワシもびっくりの口さがなさじゃ……。


「あの、貴方はアルマの弟子なのでしょう……? 悲しくはないのですか?」

「悲しいですよ」


 イエルはケロリとして言った。

 なんなんコイツ? サイコパスなの?


「でも、本人は満足してるんじゃ無いんですか? あの人、西方に送られるときもあっけらかんとしてましたし」


 イエルはそう言って、忙しなく食器を片付けだした。

 なんか、大人になるってこういうことなんかな……。無関心に見えるほど割り切っているのは、ちょっと怖かった。


「私、明日アルマの葬儀に参加させていただきたいですわ……。それが私に出来るせめてものことですもの」

「ダメダメ! 駄目ですよぉ。そんなの」

「おいイエル。お前、気まぐれですぐ禁止令だすのやめろよ」

「気まぐれなわけ無いでしょ。バカ獣人」

「あ!! バカ獣人って言った!」

「イエル……それはちょっと酷いですわ」

「バカだからバカって言ったんです」


 コイツ! 飯に味がないのに、本人はクドいくらいにクセ強め!


「まあまあ……。実際問題、意外と工夫次第で行けるかもしれんぞ」

「工夫次第? どういうことじゃ、ミエフ爺さん」

「聖堂は一時的に一般人にも開放されるタイミングがあるはずだ。人でごった返しているし、みな白い長衣を着る決まりだから、顔を隠すことぐらい訳ないだろう」

「だから襲われないとでも? 万が一のことがあったら、どう対処するつもりです?」

「ワシはこの通り腰をやって行けんからなにもできんが……いくら手段を選ばない相手でも、さすがに衆目のある広場で襲われることもあるまい。まあ、絶対はないだろうが……」

「絶対がないなら行けません!」

「でも、イシエスも参列するのではありませんか?」

「他所は他所、ウチはウチでございます!」


 いや、そもそも他所じゃないじゃろう……。

 じゃが、共感したくはないが正直コイツが言わんとしてることもわからなくもない。

 リシルの狙われ方は尋常じゃない。それに子供で非力じゃ。魔術などなくとも大人が抱き上げて誘拐してしまえば、もうリシルには何もできん。

 ワシだって外出したい気持ちも半端じゃねえが、ちょっとばかしワガママであることは否めんな。


「それにイシエス様も出ますが、サンドラやキリル、ジーシェ、そうそうたる女狐どもも参列予定です。ハッキリ言って、アルマと懇意にしてた人間より、敵だったオバチャンのほうが参列者に多いですよ」


 なんかコイツ……どんどん口が汚くなっていってないか?

 時と場をわきまえない暴言って、どう扱っていいかわからんな……。ワシはそう思えるぐらいまともで良かった。


 無論、ワシの星霊術を駆使すれば、外出も可能じゃろう。しかし、流石に敵でもないヤツに使うのも気が引けるな。

 今でも関係が良好かはわからんが、後でこっぴどく怒られかねない。下手すれば憎まれるじゃろう。


「まあワシもついて行くし、イエル、お前の言うことも聞いて慎重に動くということにすりゃいいんじゃね」

「私? 私は無理ですよ。人混みも嫌いだし、腕っぷしも魔術もからっきしですから。なんの役にも立てません」


 なんでそんな自信ありげに何もできない宣言しとるんじゃ……。


「お前って、ヒゲとかアルマって魔術師の弟子なんじゃよな?」

「そんなこと言いましたっけ?」


 そこでリシルは「イエル」と、大きな声で目の前の偏屈な女の名を呼んだ。


「貴方に感謝しておりますわ。それに今後もこのことが影響する様なことはありません。ですが、諫言いさめごとは無用でございます。貴方の頭ごなしの態度、その貴方の立場で私の決定に異を唱えることは、本来なら筋目が違うことですわ。これ以上続くようなら、改めてもらわねばなりません。わかってくださいますか?」


 え? どうしたの……リシル?

 なんかちょっと怖くない?


「……ええ。かしこまりました。我が君。御心のままでございます」

「なんか急に……本当にいいの?」


 ワシが聞くと、イエルはムスッとしながら背中を見せた。


「どうぞご勝手に」


 行くか行かないかで揉めるのが二組に増えるとは……。


「今後、故人悼む機会もそうは訪れのかもしれん。人の命に貴賎をつけたくはないが、誰しもが愛するアルマほどの人物だからな。後悔のないようにしたいのは当然だ。だが、決して軽率なことはせんようにな」


 ミエフ爺さんがちょっとした気まずい空気を総括したように言った。でもぶっちゃけ、ここばかりは黙ってるのが正解かもな……。




 





















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