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一章十項 へルフェ


「――フェ様……! ヘルフェ様……!?」

「お……。おお。おお、リシルか」


 夢から覚めた。

 一瞬のことのようであったが意外とそうでも無かったらしい。

 大事な記憶であったような気もするが、意識をリシルに向けた瞬間、その詳細のほとんどは朧になって消えてしまった。


 辺りの風景が一変していて、どこかの部屋にいる。血も屍肉もない。

 しかし、臭いだけは微かに残っていた。


「大丈夫ですの? どこか痛いところはありますか? 意識はちゃんとしてますか?」

「うん、まあ……。たぶん大丈夫じゃ。ここは……?」

「どこかの地下の宿舎ですわ。あの御仁が連れてきてくださった、秘密の施設ですの」

「御仁って、あの死体ぶっ飛ばしてた奴? 危険かどうかもわからんのに、ホイホイついて来ちまったのか?」

「ええ。そうするほかにありませんでしたから……。ヘルフェ様も意識が無くなってしまったこともありますし。ひとまずはここで休息するしかありませんわ」


 う~ん……ちょっと状況に取り残された気分。

 実際はそこまで時間がたっているわけじゃないのだろうが。

 地下にずっといることもあるが、流石に二度も意識を失うと、完全に時間感覚がない。


「……他の奴らは?」

「皆ここに居ますわ。私がそうお願いしましたの。エリジュ達のご遺体がそのままなのは心残りですが……皆様の安全がまず大事ですから」


 まあしょうがないじゃろう。

 なんせ魔導犬が居ることで目立つし、ワシも決してケイオンでは馴染んでいるとは言い難いため、無理に地上へ逃げたりするのも考えものじゃ。これが無難な選択であるとも思える。

 今後を決めるにしても、まずはリシルの逃避行の動機を知らなければならないだろう。それが分からないうちは、ワシがどこまで付き合うかも決められないし、逃げる云々の話どころじゃない。


「なあ、それであのことなんじゃが……」


 マジで矢継ぎ早にいろんなことがあったせいで、頭の整理が難しい。


「ええ、皆様とお話しましょう。お食事を用意してくださるとのことですが……」

「あ、そう? それもいいけど……それなら流石にまずお風呂にでも入りてえな」

「一応ですが、汚れたまま寝かせておくのも宜しくないと思いましたので勝手ながら、蒸留酒エスクスでできるだけお体をお拭きしました……でも、簡単には臭いが抜けないようですわね」


 本来いつものワシなら特に理由なくブチギレてるところじゃが、その条件は他の人達も同じじゃろう。地下に設えた風呂などあるはずもなく。替えの外套とかも持っていないので、ここはちょっと我慢じゃな。


「……そうかい。まあいいや。あとちょっとだけ休むから、先に行っててくれ」

「お疲れですか?」

「まあな」


 なんだかどっと疲れた。

 ぶっちゃけ、ワシが一番の役立たずじゃったな……。

 というか、むしろ足を引っ張ってたのではなかろうか。リシルを勢いで説教したが、なんならワシのほうが何もしてない。

 空回りして気絶したとあって、元気に飯を食う気力がない。

 鼻にはまだ随分と死臭が残っている気がした。


「そういえば、私あなた様に言わなければならないことがありますわ」

「なに?」

「ヘルフェ様、ありがとうございます。謝らなければいけないこともありますけれど、それでも貴方に一番に感謝しなければいけないと思いまして」

「なんだ? やめろよ、こそばゆい」

「私達まだ知り合ったばかりで……友達だなんて言うのも烏滸がましいのですが……嬉しかったのです。あんな身を挺して助けてくれるなんて」

「だって、お前はガキじゃん。ワシが逃げるわけにゃいかんじゃろ」

「ヘルフェ様は、毛むくじゃらの小さな勇者ですわね」


 リシルは笑って、勢いよく抱きついてきた。

 うざいうざい! 無理やり引き剥がそうとしても、子どものように無邪気に笑ってしがみついてくる。いやまあ、本当に子供なのか……。


「うっ! 臭いですわ」

「お前から抱きついてきたんじゃろ!」

「よし……ほら! とりあえず、広間に向かいましょう」

「ほにほに。マイペースじゃのう……」


 ちょいちょい自分も危ない目にあってるのに、元気なヤツ……。

 リシルに促され、扉をくぐって廊下に出る。ミエフ爺さんの小屋とは雲泥の差じゃ。

 居住空間としては、充分な広さがある。廊下でさえ二十人くらいは入りそうで、そこら辺の宿よりもむしろ広い。しっかり木材の壁で間仕切りされているため、断熱性も問題ない。

 ちょっとした絵画も掛けてあって、フウリ族の王族かなんかかは知らんが、お上品に描かれたおばさんじゃ。


「地下にしては、文明的じゃな」

「ええ。私の部屋よりずっと居心地が良いですわ」

「お前の部屋は、穴ぐら以下かよ……」

「ある意味では。プライバシーなどないですもの。三面張りの鏡なんて、見たくもないですし。おめかしより旋盤加工のほうが面白いですわ」

「それは女の子としてどうなのかな……」

「その通りかも……。鏡、エリジュは欲しがってましたし……」


 死んだ女の子のことを思い出してか、リシルは暗い顔をした。

 宮廷とは、そこまで恐ろしいところかとワシも思う。

 魔族と戦争していようが、お構い無しか。虐げ、虐げられ、よくぞそんな野良猫みたいに喧嘩の日々で嫌にならんもんじゃな。


 地下ながらこの宿舎は階層になっているらしく、遠くの灯火を頼りに暗い階段を降りた。


「ほら見ろよこれ。蠟燭じゃ」

「蝋燭がどうかしましたの?」

「……いや、だから蝋燭だなと思って」


 いまの御時世には蠟燭を使うどころか目にすることでさえ、庶民にとって珍しいとは知らんか。リシルのお嬢様育ちを思い知らされながら、広間の扉を開けた。

 広間は本当に広間で、奥行きにして十五歩ぐらいの広さじゃ。


 ミエフ爺さんが背もたれの傾斜の緩やかな椅子にぐったりともたれ掛かってて、その横にモナが座っていた。

 魔導犬は床の絨毯にぺったりと伏せていて、目だけでこっちを見上げてから、首をすっと持ち上げる。


 棍術で死体をぶちのめしていた謎の男は、深々と椅子に腰掛け、堂々とした姿は王様のようじゃ。

 一人、見知らぬ短い黒髪の女性が佇んでいた。


「よし、そろいましたね」


 誰よりも早く、黒髪の女性が口を開く。


「あーと……どちらさん?」

「私、王都で働いています。イエルといいます。あなた方を救ったこの男は、フス。あなたはヘルフェ様ですね。どうぞお見知りおきを」


 言葉のリズムが端正で、涼やかでよく通る声じゃった。理由はないが、これはワシがいけ好かないタイプ。 

 名前はえっと……? なんだっけ? 今日は名乗られてばっかなので、もう覚えられるか自信もない。


「お前ら、一体何者なんじゃ?」

「まずはお座りください」

「はい」


 強制されたわけではないが、思わず体が言う事を聞いてしまった。


「まず助けたフスに礼の一つでもあるべきかと思いますが」

「は、はい。ありがとうございますです」

「ヘルフェ様は私を助けようとして巻き込まれただけですわ」


 リシルはムッとして反論した。


「あ、そうでしたか。あなた方二人には、これから王都に移動してもらいます。事情は聞かないでいただけると幸いです。質問は一応受け付けます」

「い、いきなりじゃな。それに、なんで二人だけ?」

「それこそ御老人とモナ様は無関係な上に巻き込まれただけなので……家に戻ってもらうしかありません。ただ、安全の保証はできかねますので、少なくとも数日間はここに留まったほうがよろしいとは思いますが。しかし、深入りしすぎても生活に支障があるかと。折を見て帰っていただくしかありません」

「王都って……また急な……。なんの権限で、ワシらを従わせようってのよ」

「イシエス様のご命令です」

「イシエス……? それって、確かあのヒゲだよな」

「あのヒゲです」


 イエルとかいう名だったか? 黒髪のお姉ちゃんは、説明を終えたというばかりに満足気な顔をして黙った。

 ここでブスだとかいう名前の男がやっと口を開く。


「今、ケイオン……とりわけ宮廷は蛇たちの巣窟だ。誰しもが寝首をかこうと策謀をめぐらせている状況では、敵も味方も判然としない。何が起きるかは誰にも予想できん。それは今日体感しただろう」

「そりゃあそうじゃな。なにより、今だってお前さんたちが信用できる証拠もないし」

「申し訳ありませんが、その通りかもしれませんわ。イシエスも最近ずっと音沙汰がなかったですもの……助けていただいたのは有り難いですが……」


 リシルが不安を口にし、そこにミエフ爺さんが言葉を続けた。


「確かにな。引っかかるところはある。あんたの現れるタイミングが良すぎた。なぜあんたらはこの娘達の居場所がわかった?」


 まったくその通り!

 本当は別に疑っているわけでもないのじゃが、聞けることは聞いといて損はないじゃろう。

 というか、タイミングよく突然現れたのはミエフ爺さんも同じだし……。


「ちょっとした予測があってな。あの者……マイスのお前、アルノという男を知っているだろう」

「え? ええと、それってあの……あいつか?」


 ブスはワシの顔を見た。

 当然、ワシ以外にこの場でアルノを知ってるやつはおらんじゃろう。話を取り仕切っていたイエルでさえもキョトンとしていた。

 じゃが、なんと説明したらいいか……。まさか『復活させた魔人です』などとも言えんしな……。


「あの男、なかなか面白い。お前達が地下に逃げ込むことを予見してみせた。もしかすれば、そういう魔術かもな。俺は気の流れをわずかに追うことができる。地下に入ったところで、異変を感じ取った。あの死体の残した足跡を辿ったというわけだ」

「死体を操っていた魔術師は見つけられなかったのか?」

「ああ。むしろお前たちに近づくほど、気の流れは強くなった。暗闇を歩いたので、そこまでに異変は感じ取らなかったが」

「やっぱそうか……」


 これは、たぶん嘘ではないじゃろう。


「なあ。話は変わるけどさ、そもそもの話、なんでお前らも襲ってきた奴らもリシルに固執するんじゃ? それを知らんと、王都に行くだの何を言われても納得することは出来ねえな」


 黒髪の女、イエルは手を胸元で振った。


「言えませんね」

「それは私が……」

「言ってはなりません。リシル様。それはここに居る者達を守るためです」


 堅苦しい女じゃのうコイツ……。

 ただ、ミエフ爺さんとモナが今後巻き込まれることはマズイのも確かじゃ。


王笏おうしゃくを持ち出したのだ。この娘がな」

「って、おおい!」


 ブスとかいう男は話が通じるらしい。黒髪のイエルが慌てて遮ろうとするが、全く遅かった。


 しかし……王笏を持ち出した?

 一体なんじゃそりゃ?


「マイスには王のような統治者がいないだろうからな。王笏とは国を統べるものが持つ、杖とかのことだよ。権威の高い者は、その象徴として斧や杖を持つのだ」


 察したミエフ爺さんが、説明してくれる。


「なんじゃ? お前、国の大事なもん盗んだのか?」

「盗んでなんかいませんわ。ちょっとお借りいたしましたの」


 それ盗人の論理!

 さすがお転婆ミラクル少女じゃ! 次元がちげえな。人は見かけによらなすぎる問題じゃ。


「そりゃま、盗まれた方は、大激怒じゃな。じゃが、ここまでされる程かよ。問答無用でぶち殺されかけるなんてよ。返して赦して貰うってわけにゃいきそうもないな」

「ヘルフェよ。それだけでは、まだ説明のつかんこともあるぞ。死体をマナにあらかじめ加工することは、妙だからな。リシルが王笏を盗んでからでは、時間の猶予的に不可能なことだ」

「まあそれもそうだよな。あれって……死体は爺さんが見つけたんじゃよな?」

「ああ。だがもちろん宮廷に報告したからな。ずっと安置しているわけにもゆくまいし」

「たしかに」


 爺さんは魔術師ではないため、どの時点で死体が加工されたのかは知らんじゃろう。


「それについて、何かわかってんのか?」

「いいや。おそらくはなにも特定できない。イシエス様は今や宮廷でもかなり浮いている存在だ。元来、男子禁制の場所だけあってな」

「なんじゃ、役に立たんの。リシルお前、その王笏っての今はどこにあんのよ?」

「ええと、今も持っています。収納に便利なように折りたためますわ」


 いや冗談だよな? そんなん威厳もクソもねえじゃん。どっかのババアが言っとった。“オシャレは我慢”であると。

 これみよがしに見せつけるから、満足感があるもんなんじゃねえの?


「嘘ですわ。一応、隠せる秘密の魔術がありますの。でも、取り出すのが難しくて練習中ですわ」

「なんじゃそりゃ。そんな杖意味あんの? でもとりあえず、もう返しちまったほうが良いんじゃねえ」

「それは……出来ませんわ。返すべき相手がいればそれでもいいのですが……。でも、こうも立て続けに攻撃されるだなんて思っていませんでした。皆様には申し訳なく思います」

「いいよそれは。もうやっちまったもんはしょうがないしな」


 ワシが言うと、皆黙った。

 リシルは純度高めのお転婆ではあるが、いたずらや派閥争いで盗みを働くような人間じゃないだろう。何らかの深い理由があるのかもしれん。

 責めたって、何かが改善しそうにもない。


「ワシの星霊術なら隠密行動できるし、こっそり返せそうだけどな〜」

「返すったって、だれに?」


 ミエフ爺さんが聞き返してくる。


「女王様とかいるんじゃろ? 話せばわかってくれるかもよ」


 それを聞いたリシルとミエフ爺さんが、突然はじけるように笑った。

 ブスですらも小さく笑っていて、イエルは溜息をつく。

 何!? 意味わかんないんじゃけど! はあ?! 笑うんじゃないよ!

 ワシとモナと魔導犬だけが、困惑してしまった。


「ええ、そうですわ。きっとおわかりになって下さると思います」

「おい! なんかお前、まだガキ扱いしてるじゃろワシのこと」

「ガキの意味がわかりませんわ〜」

「コイツ! 許せねえ!」

「でも、嘘ではないのです。ヘルフェ様のそういう優しさには感謝しておりますわ」

「へん! おりこうぶりやがって」


 結局のところ、ワシは蚊帳の外であるらしい。

 リシルはそう言うが、具体的な現状はモヤに包まれたままじゃ。





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